005 あのコの中にオレはいた ~Who Lived in~ 4
ちょっと待てーー!!
暴食の蛇なんかに『喰愛いたい』だなんて言われたら、洒落にならないんだってば……っていうかオレは女の子にマウントを取るのは大好きだが、いきなりマウントを取られるのはなんかヤだぞ!
この身が女で例え相手が同じ女の子であろうと、今もオレの心は立派に男子のつもりなのだ。据え膳はしっかりがっつり喰ってみせるさ!
だけどこんな風に暴走した相手から一方的に、しかも女体転生した直後にだなんてオレにも心の準備っていうものがだな……。
フィリアの両腕をホールドしていたホノカは、その拘束を解くと今度は自らの顔をフィリアのちっぱいに埋めて来やがった。お陰で息が出来るようになったのはいいが――
しゅるりっとホノカの口の中から、先端が裂けた二又の細長い舌が伸びる。
流石は【蛇媧種】だな。眼だけでなく舌まで蛇っぽいのね。ふむ、あの長さ改造舌なんか目じゃないな。
そう言えば蛇が舌をチロチロさせるのは、舌が嗅覚器官になっていて獲物の匂いを探る為らしい。
【蛇媧種】の場合も、蛇と同じように匂いも感知出来るのだろうか?……じゃなくて、んなこと悠長に考えている場合じゃなかった!
「んっ、チロチロチロ、チロリ……」
ちょ……そこっ!
ホノカの蛇舌がサクランボに……あっ、くすぐったい!!
幸い両腕が自由になったので動かして抵抗を試みるも、ホノカはフィリアの両手に指を絡めて来て、万力のような腕力で床に押さえつける。
やばい! このままだと本当に性的に喰われてしまう!……っていうか堕ちてしまう!
どうする? どうすれば……はっ!
そうだ今のオレにはアレがあったじゃないか。マイサンの生まれ変わり淫魔尾針ことマイサン二世だ。
尻尾に意識を集中させて……お尻の方でしょぼんと縮まっていた尻尾が、逞しく勃ち上がってにょきにょき伸びていく。よしいいぞマイサン二世よ、その調子だ。
尻尾はフィリアの股の間を、さらにホノカの脚の間も抜けて……ホノカの頭上に届いた!
尻尾をぶんぶんと振り回して勢いをつけると――行けマイサン二世よ、剛直尻尾打をお見舞いしろ! ハート型の先端を思いっきりホノカの脳天に叩きつけた!!
ベシッ!!
よっしゃあ、大的中!――よくやったマイサン二世!!
「あっ痛っ!――」
ホノカは拘束していたフィリアの手を放し、両手で自分の頭を押さえつける。
「……ハッ、私としたことが、なんてことを!」
よかったー。マイサン二世の剛直尻尾打の衝撃で正気に戻ってくれたようだ。ホノカは慌てて上半身を起こす……だが騎乗位はそのまま。
「私ったらもう……フィリア様が眠られてからずっとご無沙汰だったものですから、ついムラムラと――」
ご無沙汰? フィリアちゃんはこの子と一体何ヲヤッテイルノカナァ?……っていうかさっさとフィリアの上から退いてくんないかな?
「フィリア様の許しなく勝手に発情してしまって、申し訳ございませんでした!」
がばっと頭を深々と下げて、フィリアの腹の上で詫びるホノカ。いや謝るところはそこじゃないから!……っていうかなにか? フィリアが許可すれば、いつでもどこでも発情するワケか、この子は!?
取り敢えず今言うべきことは、ただ一つ――
「……謝罪はいい。重いから、早く退いてくれない?」
★★★LAST-PRINCESS or LUST-PRINCESS★★★
「あら?――」
腹の上から身を退かした後、フィリアを褥台の縁に座らせてから――気を取り直したホノカは、その闇の中で光る蛇眼で以って真っ直ぐオレの顔を見つめ、怪訝な表情を浮かべる。
「フィリア、様……? そ、の眼?」
「わ、私……の眼が、ドウカシタカナ?」
うーん、どうにもこの『私』という一人称は慣れんなぁ……。
「あ、いえ、なんでもありません」
ホノカは今確実にフィリアの眼のことを言おうとしてたよな? だがそれももっともな疑問であろう。なにせ本来のフィリアは虹彩異眼などではない。
一方は左右ともにスミレ色で、もう一方は左右ともにハシバミ色なのだから。しかしながら何故かホノカは虹彩異眼については触れず、気にしないことにしたらしい。
「フィリア様、お加減は如何でしょうか?」
「……ん。なんともない」
「ではお腹の具合は大丈夫ですか?」
「ん。ん?……って子供かよ!」
いかん、つい突っ込んでしまったじゃないか。
「……ふふふっ、そのご様子だと意識の方も大丈夫みたいですね。でも念の為、人を呼んで来ます。ここで少々お待ち下さい」
まるで幼い子をあやすようにフィリアにそう言うと、ホノカはキリっとした表情になると立ち上がり、背を向けると――
「……っとその前に――」
ホノカは窓辺の方に向かうと、遮られていた分厚いカーテンをザーっと一気に引いた。左右両側にカーテンを退かすと、そこに天井まで長く伸びた大きな窓が現れる。窓の外は眩しくて、とても明るかった。
その作業を終えて……こちらを振り向いたホノカの眼は、色こそ金のままだったが縦長の瞳孔は失せて、ごく普通のものになっていた。
再度、改めて――『人を呼んできます』と言ったホノカは、そのままベッドルームから出て行った……りなんてことはせずに、ドア付近にある壁側と向かった。
ホノカが向かった先の壁にあったのは箱形の機械、魔道具(と言うらしい)だった。
その魔道具はシミュラクラ現象を惹起させる形状だった――二つの目と口っぽいパーツが付いた、人の顔を連想させるそれはモノクロ映画で見掛けるような磁石式壁掛電話機にそっくりであった。しかもそれを魔石式デンワキと言い、名前まで似ているときてる。
ホノカはそのデンワキのレバーを回して、コードで本体と繋がったラッパ型の受話器を耳に当てると――
「宮中管理室ですか。こちら冥徒組二番隊筆頭、ホノカです。たった今フィリア様がお目覚めになりました。各員は大至急、食事と入浴の準備を開始して下さい。あとフィリア様は足腰が大変弱っていますので、人手を何名かこちらに派遣して頂けますか。手の空いている者たちは――」
と、ついさっきまでの発情しまくっていた牝とはまるで別人のように、デキる女の態度でテキパキと次々に指示を出していく。
「……それと、今のフィリア様は――」
四半刻ほどの応答を終えて受話器を置くと、ホノカは静々とこちらに戻ってきた。
「フィリア様。たった今、人を呼んだのでもう少しこのまま――」
「我が愛しの妹よーーっおはよう! お兄ちゃんが……来たーーーーっ!!」
ホノカが言い終わるより前に、バーンッと勢いよくドアを開けて一人の男が乱入する。
いくらなんでも連絡を入れてから来るまで早過ぎるだろ。おい!
はぁー……発情百合蛇っ子メイドに続いてまた変なのが、っていうか面倒くさそうなのが来た!?
★★★LAST-PRINCESS or LUST-PRINCESS★★★
その男は、金髪碧眼で上等な仕立ての白い|大礼服を着用し、首には襞付き首飾りを巻いていた。そして良く整った顔立ち。ソイツはまるで少女漫画に登場しそうな王子様――スマートな伊達男だった。
しかも身長は一九〇センチくらいはありそうだ。けっ高身長イケメンなんか全員爆死しろ!
この男の情報もフィリアの記憶にあった――通称ラテア、正式名をラテアステーレ・I・イル・タリアといい、フィリアの実兄である男性淫魔だった。
フィリアの兄、ラテアは乱入して来た勢いのまま、フィリアの元へ一直線に駆け込んで来る。
ちょっ待て! 側にいたホノカを突き飛ばすようにして、オレの前で片膝をつくとフィリアを全力でガバッと抱き寄せて抱擁しやがった!
「フィリア、お兄ちゃんは心配したんだよっ、キミが無事目覚めてくれて良かったよーっ!」
ギャーッ、やーめーてーー! 野郎に――まして高身長イケメンなんぞに、力いっぱい抱擁されたくなんかないわーっ!!
しかもフィリアってば今、真っ裸なんですけど!?
野郎に抱擁されるのはイヤだ!――オレの心は全力で拒絶している。
だけどなんだろう。この気持ち――ホノカに抱擁された時とはまた違う、この体の芯が熱くなって、魂の奥底から湧き出す高揚感は。しかもラテアから凄く甘美な匂いがするのだが……?
ナデナデナデナデ……。
ぞわぞわっ……ウギャーッ! こ、この野郎……片手でフィリアの頭をナデナデしつつ、もう一方の手でナチュラルにフィリアの生尻をナデナデしてくるだと!?
だがそっちがそのつもりならば、こっちにも手はある――行け、マイサン二世! お前の逞しい突き、剛直尻尾打をヤツに一発喰らわせてやれ!
グサッ!
ラテアの手に突き刺さった!――かと思いきやフニャッった? そんな莫迦な……!?
ヤツはそんな軟弱尻尾の一突きなど気にすることなく、フィリアのお尻を撫で続ける……だと!?
「はあ~、五旬ぶりのフィリアの感触、フィリアの体温、フィリアの匂い――」
お・前・も・か!――フィリアの回りにはHENTAIしかいないのか!?
「もう辛抱堪らん!」
そう言ってフィリアを押し倒そうとした、まさにその時――
「おイタが過ぎますよ、ラテア様!」
バシッ!
「あっ痛っ!――」
ラテアがフィリアから身を放し、両手で自分の頭を押さえつける。
「ラテア様。正気に戻られましたか?」
「……ハッ、僕としたことが、なんてことを!」
なにこの既視感?
ラテアに突き飛ばされた後で、即座に居住まいを正したホノカが止めてくれたらしい。
とホノカの足元――スカートの下から、ニュルニュルと蛇の尻尾が伸びていた。あーなるほど、どうやらその尻尾を使ってハリセンの如くラテアの高頭部を強打した訳か。
仮にも主従の関係にあるのに、主人一家に使用人が手(正確には尻尾だが)をあげるとか、大丈夫なのかね?……っていうかこの世界にはハリセン代わりに、尻尾でツッコミを入れる習慣でもあるのか?
「いやはやこれは失敬」
完全に正気に戻ったラテアは抱擁を解いた。
「ラテア様――ご家族の間柄とは言え、仮にも淑女の部屋にノックも無しに勝手に入って来ただけでも不躾だと言うのに、我を失っていきなり押し倒すだなんて、少々いえ……かなり無作法が過ぎるのではありませんか!?」
とホノカは諫言した。
彼女の言っていることは正しい。でも――我が兄と同じように、いきなり抱擁して発情してフィリアを押し倒したキミがそれを言うワケ?
「すまなかったね、僕としたことが……眠りっぱなしだった我が愛しの妹が目覚めたと聞いて、ついね。それに匂いが――ん……?」
ラテアは中腰のまま、目線を合わせてフィリアの顔をじーっと見つめる。
「フィリアその眼は? そうか。なるほど、ね。そうなったか……」
一人納得してそれ以上は何も言わない――またかよ。フィリアの虹彩異眼が気になるなら言えばいいのに。
「具合はどうだい?」
「ん。大丈夫」
「体調は?」
「ん。大丈夫」
「意識の方は?」
「ん。大丈夫……かな?」
「……みたいだね。僕や彼女のことは分かるよね?」
「ん。ラテア兄様と……ホノカは私の、専属メイド? 大事なコ?」
ラテアの背後に控えていたホノカが、 フィリアの答えを聞いてポッと頬を赤く染めていた。おっふ、ホノカかわいいよホノカ。
「大丈夫そうだね。では最後の確認だ――君が誰なのか分かるかい?」
うん……これはもうフィリアの中身が別人だってこと、完全にバレているよね?――