000 淫花のように ~Swarm of Bees in My~
「君は『最後』だと信じるだろう。『淫魔』の姫の物語を」
――Vos Creditis, als eine 〝Last〟, / quod scribitur vom Principessa 〝Lust〟.
(著:スロ=ウス・ゲルブシュヴァイン)
それはいつかそこへ至るかも知れない、歴史の分岐点。
不定の未来のその先で起るであろう、動乱の時代の起点。
そんな風雲急を告げる鬨の声が挙がろうとする……まさにその日のことだった――
『竜紀2999年花月某日』
あーえーと……開幕早々いきなりで済まないのだが、オレが今いるこの場所――ここの異常な情景についてちょっと俯瞰視点というか、客観視点っぽいカタチで以って説明させて頂きたい。
そこはさながら時代がかったオペラハウスのように重厚で、大聖堂のように荘厳で。
長方形のその空間はバスケコートが六面分は入ろうかと思われる程にとてつもなく広く奥行きがあり、全面に渡って隅々まで描かれた天井画と、豪奢な装飾をされた巨大なシャンデリアが幾つも吊るされた天井は四階分は裕にあろうかと言う程に高い。
その真下の床には大理石の石畳が敷き詰められ、壁際には床同様に白亜の柱が左右の側面に沿って何十と列を為し、その柱と柱の間の壁の全てには桃色に着色された百合の花の彫刻が並んでいる。
さらにその壁際には空間と同化し、動かぬ飾りであるかのように綺麗に整列した百人以上のメイドを始めとする使用人たちが並んでいた……。
そこはまさに壮麗なる空間、絢爛豪華と呼ぶに相応しい場所であった。
ここまでならば『物凄く豪華な空間』の一語で済んでしまう話なのだろうけど、細部に目を向けると違和感を覚えることだろう。
その違和感の正体を知れば、ここが「壮麗なる空間で絢爛豪華」とは程遠い場所であると認識を改めることになるハズなのだが……まあ、説明すると長くなるのでそれについては触れないでおこう。
かつて初めてこの異常な空間を目にした時――体感的にはほんのちょっと前までは性欲旺盛で健全な男子だったオレは、ここの淫気に中てられてしまい、自分のアタマがどうにかなりそうになったものだ。
魂の底から湧き上がるこの欲求不満をを……マイサンを失ったこんな体でどうすればいいんだよ! 幻欲勃起しちまうわ!! だなんて思っていたのも懐かしい話だ。
あれから幾星霜……ここでの刺激的な生活にも、この体にもすっかり馴染んでしまった今、オレはこの程度のことではもう動じたりはしない。
話を本題に戻そう――これでお分かり頂けたであろうか、この場所が一体どんな場所なのか……ここが欧州風の王城或いは宮殿の中にある、絵に描いたような大広間――所謂、謁見の間であることが。
ま、もっとも、おそらく地球にもここまでバカでかい大広間を擁した宮殿など存在しないだろうけどね……。
その広大な謁見の間を埋め尽くすのは数多の魔族で、多種多様な顔ぶれが揃う異形の群れだ。
それはまるでハロウィンのパーティー会場、いやヴァルプルギスのようであり、集まった面々の恐ろしげな風体はまさに百鬼夜行か魑魅魍魎と呼ぶに相応しい。
普通の人間に――いや昔のオレがこの光景をいきなり見せられたら、確実にビビって失神して失禁したことであろう……。
そんな異形の群れが、動かぬ飾りたる使用人たちを除く全員が前方に向かって片膝をついて頭を垂れていた。
そうここは謁見の間なのである。頭を垂れる先にあったのは、この空間の主役とも言うべき玉座だ。
そしてその玉座に鎮座するのは――両腕を肘掛に置き細い脚を組み、集まった異形どもを満足そうに見下ろす玉座の主は、まだ幼さを残した少女だった……。
★★★LAST-PRINCESS or LUST-PRINCESS★★★
黒を基調とした全体に渡ってレースをふんだんに遇ったドレスを身に纏っている。
その上にはワインレッドのボレロを着用、袖が広がった長袖、引き締まった腰から下にはフリルたっぷりのふっくらした膝丈より短めのスカート。
膝丈の白いハイソックスはレース付きだ。その上に履いている黒いワンストラップシューズはハイヒール仕様。
因みにこのハイヒールは、背のちっこさを誤魔化す為の小細工であり、涙ぐましい努力の産物なのだ。あれ? おかしいな? 目からしょっぱい液体が……。
しかもここだけの話、玉座が大き過ぎる為、足元には踏み台(理容室にある子供用のアレみたいなやつだ)が置かれている有様。
気を取り直して――上半身の方に目を向けると、首元にはワンポイントとして大きな赤玉が嵌め込まれたポーラー・タイが巻かれており、頭にはフリル付きのヘッドドレスに、さらにその横には桃色の百合が一輪挿している。
余談だがスカートの下にはお洒落を兼ねて、スカートをボリュームアップさせる為にオーガンジー仕立てのパニエを穿いている訳だけど。
本来であればこのパニエとセットで、ドロワーズ……つまりかぼちゃパンツを穿いて素肌を覆うのが正式なスタイルらしいのだが、性的魅力を振り撒いて扇情をあおる為、演出として敢て素肌のまま太股を晒しているが、脚を組んでいるのもその演出の一環であったりする。
代わりに太股にはフリル付きの白いガーターリング(ストッキングを固定している訳ではないので、これは完全に装飾として着けているだけである)を嵌めることで、より一層フェティズムっぷりを遺憾なくなく発揮させている。
因みにかぼちゃパンツこそ穿いていないが……安心して下さい、穿いてますよ。
説明は以上だ。それはどっからどう見ても粉うことなき、ゴシックロリータだった。
そしてそんなゴスでロリなドレスを身に纏うのは――
そうそれはまるでお人形さん然とした――名工が丹念に仕上げた一点物の球体関節人形を髣髴させる、怜悧で妖しい美しさを湛えたゴスロリ少女は、その姿はまだ凹凸が少ない細身であり、人間でいう十二、三歳の見た目をしたその顔は、凛とした表情がよく似合っていて大変見目麗しい。
肌理細かい肌はまるで白磁のよう。繊細な指先と桃色のマニキュアで彩られた爪。腰まで長く伸ばした美しい青みを帯びた銀髪。
左がハシバミ色で右がスミレ色という特徴的な虹彩異眼。その眼を彩る銀色の長い睫毛。
両耳にはポーラー・タイと同様に赤玉のピアスが一対揃っている。
強い意志を感じさせるその相貌には、瞼と唇と頬にはそれぞれ薄紅――化粧が施されている。元より染み一つ無い肌でよく整った顔なのだから、化粧が無くとも十分美しいであろう。だが化粧というひと手間を加えることで、その美しさをより一層引き立たせていると言えよう。
因みにその少女の背後には、三体のうさぎ――弓矢を構えた青いのと、パチンコを構えた赤いのと、ハンマーを構えた桃色のと……三体のヌイグルミが宙に浮いている。
この空間の重厚かつ面妖な様式美の件を除けば、それはあまりにも場違いであり、その存在感たるや文字通り浮いていた……。
そのヌイグルミたちの主たる少女は――
美しいその見た目と華奢な体型と背のちっこさで以って、その全てにおいてハイレベルかつ完璧にゴスロリを体現した、その少女こそは――
人間族の長年の宿敵たる魔族が一支族、【淫魔族】が支配する【淫欲の大公国】の大公にして太夫であり、萌々色の淫花の二つ名で呼ばれる誉れ高き女性淫魔の姫君。その名は――
★★★LAST-PRINCESS or LUST-PRINCESS★★★
少女は自分に向かって頭を垂れる異形の下僕たちの姿をゆったりと見回してから、横手に顔を向ける。そこに控えていた白い大礼服でキメた金髪イケメンに目配せを送った。
イケメンは黙って頷くと、玉座の背後に移動してから口を開く。
「面を上げよ。姫の御姿を拝する栄誉を赦す」
その声に、バッと一斉に顔を上げる異形の群れ。どいつもこいつも恐ろしい面構えだ――昔のオレがこいつらの顔をいきなり見たら、確実にビビって(以下同文)。
魔族らは、「おおっ、相変わらずのお美しさ」「愛しき我が姫君」「おおっ、麗しき萌々色の淫花」とその美貌に熱視線と共に賞賛を送る者らがいる一方で……。
「なんと変わらぬ見事なロリっぷりよ。流石は姫様」「姫様萌え~」「一夜のご寵愛を」「ああっ、なんと素晴らしき絶壁よ絶景哉~」「姫様の匂いくんかくんか」「つるぺた、ぺろぺろ~」「姫様を孕ませてぇ」「ちっこい姫様、はぁはぁ……」「うおぉーっ、姫様をお持ち帰りしたい」「ちっぱいサイコー!」「その手で、そのお口で」「我が童貞を是非姫様に」「ああ……姫様、そのおみ足で踏んでくだされ!」「あああああ、今すぐ帰ってオカズにしたいよ」などと、少女を注視、いや視姦を本人の前で堂々とかまして口々に卑猥な言葉を発している。
因みにそれらを発言したのは男性だけでない。かなり多くの女性も含まれていた。しかもその面々の中には男女区別なく、実際に少女と一度は閨を共にしたことのある者たちも多く含まれていたのだ。
これがオレの前世の世界どころかこの世界の他国であっても、君主の眼前で堂々と猥褻発言したり性的対象にするなど、完全に不敬罪だし極刑待ったなしであろう。
しかし【淫魔一族】が支配するこの国は違った。女性淫魔に対しては、そういった卑猥な発言をするのは最高の賛辞であり、言われる方にとってもそれは誉れとなるのだ。
そしてそれが君主であろうとサキュバスには違いないので、こういった厳格な場所であろうと許される訳である。とは言え流石にいきなり公衆の面前で自慰るのはマナーに反する。許されるのはあくまで言葉責めまでとされていた。
オレも長い事この世界で生きて来た。正直言ってガン見されるのは、それだけでもう体の奥がじわっときて気持ちいいから好きだ。ガンガン見てくれても構わないぞ(ニヤニヤ)。
だがこの慣習は……面と向かって直球でオカズ宣言される、この独特の慣例には未だに慣れない。そもそも見境無く喰いまくった自分が悪いんだし、日頃の行いの結果とは言え――
あーーーーっ、こいつらウザい!――マジで全員今すぐぶっ殺したいわ!
特に「ちっこい」「絶壁」「つるぺた」「ちっぱい」って言ったヤツら! 自分で言うのは全然構わないが、他人にそれを言われてしまうのは我慢ならん……って言うか絶壁じゃないしぃ、コレちっぱいですしぃ。
と・に・か・く、アイツらだけは絶許!
諸君、評決をとる!
(有罪ね)
(ゆーざい、だよー!)
オレも異議なし!――よーしたった今、自分内法廷で速攻で判決下したわ……アイツら、後で死刑な! 絶対ぶっ殺す!!
少女が手を挙げると、ピタッと喧騒が止む。そして性的偶像たることを自他共に認める少女は、目の前で公開視姦されまくっていたことなど気にした風もなく、厳かな態度でその小さな口を開く。
「我が親愛なる僕たちよ、此度の我の呼びかけに集まってくれたこと真に大儀である」
よく透きとおった可憐な声でそう言い、少女は踏み台に足を下ろすと、カッとハイヒールを鳴らして立ち上がる。
余談だがスカートの裾と、膝丈のハイソックスの膝より上の間、太股の肌を露出させた部分――所謂、絶対領域を作り出しているところがお薦めの鑑賞ポイントである。
ほれほれ、色狂いの下僕どもよ。この自慢の美脚を存分にガン見するがいい!(ドヤァ)
「今日ここに集まった貴様らは大変運がいい。なにせ貴様らはその耳で新たな時代の始まりを告げる鬨の声を聞き、その目で世界が変わる始まりの時を見届ける……そんな歴史の証人となる栄誉を得たのだからな。故に――今この場に立ちあえた幸運を忘れることのないよう、しかとその魂に刻んで終生の誇りとせよ!」
そして下僕らの顔を一人一人じっくりと見回すと、その手に持つ玉状の玉璽を高く掲げて、毅然とした態度で宣言した。
「この長きに渡る虚栄の時代が終わる時が来た!――惰眠を貪る無知蒙昧なる支族どもに、今こそ【淫欲の大公国】の威光を知らしめる時ぞ!!」
「おおおおおおおおおおおおーーーーーーーーっ!!!」
一斉に咆哮が上がり、空気を振るわせる。
「立て! そして諸君らの力を姫の為に奮え! 姫の剣となれ!!」
と金髪イケメンが言うと、ザッと一斉に立ち上がり、ダンダンダンダンッ――と足で床を踏み鳴らす。その足踏みは途轍もなく大きな振動となって玉座の間を激しく揺らした。
その光景を見て、『そう言えば球場やコンサート会場では観客による一斉ジャンプが禁止されてたっけ』とかどーでもいいことを考えていたら――
踏み台に立っていた少女はその揺れでバランスを崩し、台から躓いて前のめりに素っ転び――ることは無かった。いやそんな瞬間があったことなど誰一人気が付いていない。
その危なかった瞬間を巻き戻して無かったことにしたのだから、それも当然だろう。
いや~危ない危ない。こんな大事な場面でコケたりなんかしたら、ここまで温まっていた場の空気が一気に冷え込んでしまうところだったぜ。
なお断っておくが……少女がコケそうになったのは、決して無理して履いているハイヒールのせいではないからな。あくまで振動でバランスを崩しただけなのだ、と声を大にして主張しておきたい所存。
少女は何事も無かったかのように言葉を続ける。
「邪知暴虐なる支配者どもに虐げられし者たちよ、我は貴様らに約束しよう。勝利の暁には貴様らの子孫が生きられる未来を! 自由と安穏の世界を! 我と共に立ち上がれ! そして我が【淫欲の大公国】が唯一無二の王国たらんことを遍く世界に知らしめよ! 我とともにこの手に勝利と栄光を掴みとろうぞ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーっ!!!」
その咆哮の声量はさらに大きくなった。
少女は満足そうに頷くと、一旦片手を挙げて足踏みと咆哮を鎮める。そして一呼吸を置いて大きな声で告げた。
「我が名においてここに宣言する――魔界統一戦争を始めようぞ!……欲望の為すがままに!!」
その瞬間、再び「わああああーーーーッ」と咆哮が上がると――
「フィオリトゥーラ姫万歳!!!」
とイケメンが叫んだのを皮切りにして、
「【淫欲の大公国】に栄光あれ!!!」
「我が姫君の仰せのままに!!!」
「萌々色の淫花万歳!!!」
「太夫万歳!!!」
「我らの力こそ正義なり!!!」
下僕たちは手に手に、フィグ・サインを作ったその拳を高く突き上げる。
同時に――ダンダンダンダンダンッ……と足踏みを鳴らし、さらにそれに負けない大音量で口々にそれぞれの言葉で以て万歳を繰り返し……その場にいた全ての者たちが熱狂の渦へと飲み込まれていくのだった。
【淫欲の大公国】の太夫であるサキュバスの姫君――その少女の名はフィオリトゥーラ=ノッテ・S・ラ・タリア=バビロニア・666。
愛称・フィリア……これが現世におけるオレの、転生した姿だった――
そして、この物語は――
転生して淫魔姫となったフィリアが……いやオレたちが後に××の××と×××××××××までを描く物語に――なるのかどうか、それはまだ定かではない……。