ポンコツVS川の主
王女様二人と旅をすることになってから一夜が明けた。三人分の料理を作ってからテントに向かい、ぐっすり眠っている二人を起こしに行く。
「ルル様。起きてください。リリも」
「…んー…もう朝?いつの間に寝たのかしら私」
「リリはどこまで私の話を聞いてたんだ?」
「んー?結構聞いたわよ。人間国にいた頃の話とか」
それ最初も最初じゃん。まあいいか。
「ルル様。ご飯が冷めますよ」
「んぅ…いつものしてくれたら起きます~」
「まったく。しょうがないですね」
ルル様が寝たまま唇を突き出してきたのでそっとキスをする。
「えへへ。目が覚めました」
「な、ななななな!?何やってるのよ!?」
「あ!リリちゃんもいたんだった!」
「いるわよ!変なこと私の前でしないでよね!」
「すっきり目が覚めるよ?」
「そ、そうなの?」
「そうだよ~。お姉ちゃんとする?」
「え。なんかヤダ」
「ひどい!!」
「それよりご飯あるの?クロネ」
「…ああ。あるよ。おいで」
初めてリリから名前を呼ばれて少し驚いた。案外本当に私の話を聞いてくれていたのかな。
それから三人でテントを出て、桶を出して水魔法で出した水を使って顔を洗いテーブルに着く。
昨日の夕食は缶詰だけの質素なものだったので、今朝は少し豪勢にした。
「わー!お肉だー!」
「美味しそうじゃない。どうしたのよ?」
「昨日の夜に狼っぽいのが襲ってきたから、それ」
「ふーん。やるじゃない」
昨日は明かりにつられたのかお客さんが多かった。でも一年間魔法だけで遊んできた私の敵ではない。遠距離から一方的に処理した。
ただ狩った魔物を食べられるかは話は別だ。捌いたりしないといけない。
幸いなことに私は数か月一人で旅をしていた時に狩った魔物を食べていたので、かなり適当だけど魔物は処理できる(直接捌くのは難しかったので遠くから風魔法でしゅぱぱぱっと)。
だから昨日のうちに血抜きをして、さっき火魔法で焼いたばかりの新鮮なお肉だ。
「冷めないうちにどうぞ」
「いただきまーす」
「いただきます。…美味しいわね」
「本当です!美味しいです!」
「魔物って意外とおいしいよね」
一般的な動物(鹿とか熊とか)は獣臭さとか癖がありそうだけど、意外なことに魔物はそれがほとんどない。だから香辛料でごまかさなくても美味しく食べられる。聞いた噂によると強い魔物ほどおいしいのだとか。
松坂牛よりおいしいのだろうか?松坂牛食べたことないけど。
そんなことを考えていると2人ともあっという間に完食していた。
「はふぅ。ごちそうさまでした!」
「美味しかったわよ。クロネは食べないの?」
「私はたくさん味見したから。お腹いっぱい」
「あらそうなの」
実は流石に魔物をそのまま二人に出すのは不安があったので、いろいろな個所を毒見して特に美味しかった部分だけを出したのだ。
その後テントを仕舞い出発。目指すは海。
ルル様の体力が心配だけど、何日も歩き続ければ身体は慣れてくるはずだ。
現在私たちは森の中にいる。森は日本のように整地させてはいないので平坦な道が少なく起伏が激しい。だからどうしても歩く速度は落ちてしまう。
「ごめんなさい…私が歩くの遅いせいで…」
「いいんですよ。急ぎの旅でもないのですから。それより見てください。あそこに大きい鳥がいますよ」
「あんな大きな鳥さん初めてみました!」
見渡す限り木々が生い茂っていて、心なしか空気も清々しい。鳥の声や川のせせらぎを聞きながら歩く大自然は気持ちがいい。これが森林浴というものか。
「のんびり歩くのもいいわね」
「だね。あ、この山菜食べられそう」
「あっちにも木の実が生ってます!」
道中で食べられそうな山の幸を取りながら歩く。しかし食べられるものや毒があるものなどの知識はまったくない。
そこで考えた解決策が…覚悟を決め食べて、お腹を壊したら回復魔法の【ヒーリング】で治すという雑な方法だ。
それから大自然を存分に満喫しながら歩き、時間もかなり経ったので休憩ポイントを探すことになった。昨日よりも休憩のスパンが長い。ルル様が成長している…!
「川の流れる音がしますね。行ってみましょうか」
「いいわね」
「さんせーい!」
水の流れる音を頼りに進んでいく。川に行けば魚もいる。お昼は魚を焼いて食べると美味しそうだ。
「あ!川見つけたわよ!」
リリが走って確認しに行く。私とルル様も急ぎ足で向かうと…太陽が差し込み、水面がキラキラと反射している美しい光景が眼前に広がる。
私たちのほかには誰もいないので独り占めできそうだ。
「うわぁ!とってもきれいですね!」
「はい。いい場所を見つけましたね。ここで休憩を取りましょう」
「ねえ!水の中に入ってもいいかしら!?」
「いいけど、服は脱いでね」
「わかってるわよ!」
気温はぽかぽかと暖かいので服を脱いでも寒くない。
リリは靴と靴下を手早く脱ぐと、何を思ったのかそのまま服もすべて脱いですっぽんぽんになる。まさか泳ぐつもりなのかな?
案の定勢いよく川に飛び込み、笑顔でこちらを見てくる。
「お姉ちゃんとクロネも早く来なさいよ!気持ちいわよ!」
「い、行きたいけど、服脱ぐの~?」
「私は準備があるのであとで行きます」
「お姉ちゃんの恥ずかしい身体なんて昨日見たから気にしないでおいでよ!」
「うぅ~!!それは言わないでよ~!!」
葛藤していたようだが、羞恥心と好奇心では僅かに好奇心が勝ったのかおずおずと服を脱ぎだすルル様。ぐっじょぶリリ。
私はシートを出したり椅子を用意したり、釣り道具を出したりと裸で水の掛け合いっこをしている姉妹を眺めながら休憩の準備を済ませていく。
暫くすると遊び疲れたのか2人が川から出てきた。
「楽しかったぁ!水が気持ちいいね!」
「クロネも来ればよかったのに。あら?これは何かしら?」
「それは釣り竿。これを使って川魚を捕まえることが出来る」
「お魚を釣るんですか!?面白そうですね!」
「私も釣ってみたいわ!」
「残念ながら釣り竿は一本しかないので、交代で釣りましょう」
釣り竿を持って移動する。
ちょうどいい具合に小さな崖があったのでそこで釣ることにした。
「まずの餌を釣り針に付けます。食パンを丸くこねてこうやって付けましょう」
「わかりました!」
「ふーん」
本当は怖がるルル様を見たいので石の裏とかについている虫を餌にしようかと思ったけど、それを食べた魚を食べるのはちょっとな…と思い直してパンにしてみた。
「あとは川に向かって釣り糸を垂らして、魚が食いついてくるのを待つだけです」
「簡単そうね」
「それだけで釣れるものなのでしょうか?」
「私も釣り初心者なのでよくわかりませんが、以前旅をしていた時はこれで面白いように釣れました…ほら!見てください!糸ぐいぐい引っ張ってきてます!」
早速魚が食いつき、釣り竿がぴくぴくと上下に揺れる。
「引いているわね!」
「あとは糸を巻いて引き上げれば…!」
「お魚さんです!」
20センチくらいの小ぶりな魚が掛かっていた。針を取って、用意していた桶に入れる。
「1匹釣ったら交代しましょう。どっちからしますか?」
「はいはいはい!私からやりたい!」
「ルル様はその次でもいいですか?」
「いいよ!リリちゃん頑張って!」
「ふふん。任せなさい!」
餌を付けて釣り開始。
大物が来たらどうしよう?とか川の主がいるかもしれないわね!とか話しながら上機嫌なリリであったが、なかなか反応がなく口数も少なくなっていく。
「ちょっと?全然魚釣れないんですけど?」
「もうちょっと餌を動かしたほうがいいかも。動きがないと魚も寄ってこないと思う」
「なるほどね!わかったわ!」
リリが上下に大げさに動かす。餌が水面から出たり入ったりしている。そんな動きの生物いないから!
「リリ。もうちょっと小刻みに動かして」
「注文が多いわね!」
「しばくぞお前」
文句を言いながらもだんだんうまくなってきたように見える。そしてついに魚が食いついた!竿がぴくぴく反応している。
「もう糸巻いていいの!?」
「まだだよリリ。グイッと引いてくるまで耐えて」
「待ちきれないんだけど!?」
「もうちょい」
「もう限界!おりゃああああ!」
いや待てよ!?
案の定しっかり食いついていなかったのか、途中までは魚も引っかかっていたけど空中で投げ出されそのままぽちゃんと川に戻っていく魚。3人共ああ~っ!とつい声が出てしまう。
「だから言ったじゃん。もうちょっと待ってって」
「そんなに我慢できないわよ。自分で川に入って捕まえたほうが早いんじゃないの?こうばしゃっと手ですくって」
「お前は熊か」
魚の食いつきを待つ駆け引きみたいなのが面白いのに。
「さぁ。次はルル様の番です」
「楽しみです!」
「期待はしてないわ。お姉ちゃん」
「ひどい!!」
ルル様が鼻歌を歌いながら針に丸めたパンを取り付ける。ルル様に針を持たせるの怖すぎる…いつでも回復魔法を使えるように待機していたが、何とか無事完了したようだ。
「おりゃああああ!!」
豪快な掛け声とは裏腹に全く飛んでいない釣り糸。
だがリリの釣りを見て学んだのか、餌をきちんと動かしている!
餌の動きに合わせて身体も動いているのが可愛い。
そしてなんと!よっぽどここの魚は警戒心が薄いのか、あのルル様にも魚がヒットした。
「き、きました!きましたよ!」
「ルル様。慎重に、ぱっくり食いついたら糸を巻いてください」
「わかりました!」
ぴく…ぴく…ぴく…………ぐい!
竿がしなった!
「今ですルル様!」
「おりゃああああ!ってちょ!強い!引きが強いです!」
よっぽどの大物を引き当てたのだろうか。魚の引きが強く、ルル様が引っ張られる。
「うわああああ!?」
「ルル様!?」
危うく川に落ちるところをなんとか腰を支えて防ぐ。人一人を川に引きずり込もうとするこの魚は…もしかしたらこの川の主なのかもしれない。
川の主とルル様&私の攻防が続く。
その状況を遠巻きに見ていたリリが私の後ろに来て私の腰をがっしり掴んでくる。
「私も混ぜなさいよ!」
「ルル様。私たちが支えていますから、あとは糸を巻くだけです!頑張ってください!」
「クロさん!リリちゃん!ありがとうございます!おりゃあああ!」
3人の力が一つになり、ついに魚が姿を現す。
15センチくらいの。
ぶっちゃけ私の釣った魚のほうが大きい。
そのまま私たちの横に打ち上げられ、ぴちぴち跳ねる小魚。
「ちっさ」
「お姉ちゃんは何と戦ってたの?」
そんな私たちの冷たい眼差しも気にすることなく、いい笑顔で私たちを見るルル様。
「生まれて初めて魚を釣りました!感動です!」
「せっかくですから手に取って私たちに見せてくださいルル様」
「わかりました!」
元気よく跳ねる魚をどうにかして掴もうとするルル様。
しかしちょっと触れるだけで「ひゃあ」だの「ぎょわぁ」だのとビビりまくり悪戦苦闘。
「ふぅ…無理です!」
「頑張ってルル様!」
「いえ…無理です!」
諦め早いな!仕方ないので私が先ほどの桶に入れる。
そして振り返ると…なぜかリリが竿を持っている。
「お姉ちゃんに出来て私が釣れないわけがないわ!」
とのことで再挑戦。
しかしどうしても待ちきれないのか魚が食いつく前に引き上げようとするリリ。当然失敗するのだが、よっぽどルル様が釣れたことが悔しいのか何度も挑戦する。
そしてついに一匹釣ることが出来た。
「やったわ!」
「おめでとうリリちゃん!」
「私たちの中で一番大きいね」
「ふふん。当然よ!」
3人とも魚を釣り上げることが出来てよかった。
その後も要領を得たのか何匹か釣り、時間もお昼に差し掛かってきたので食事を取ることに。
釣った魚にナイフを入れ、内臓を取って串を刺し、塩を振り火魔法で焼く。
「あんたよくそんなエグイことできるわね」
「こうしないと苦いんだよ。昔食べてみたけど」
「お魚さん…」
以前は何も気にしないで釣ってそのまま食べたのだが、生臭いし苦いし生焼けだしであまり美味しくなかった。
今回はその反省を生かして苦い原因だと思われる内臓を取り、弱火でじっくり焼く。
10分近く焼き、焦げ目がつき魚が焼ける香ばしい匂いがしてきたところで…
ゴブリンがこちらに近寄ってきた。
「も、もう食べていいかしら!?」
「限界です~」
「ルル様。リリ。食事は少しお預けです。魔物が来たので」
魚の匂いにつられてきたのだろう。数匹のゴブリンがよだれを垂らしてやってきた。