クロネの過去 後編 そうして私は王女様と長い長い旅に出る
「ルルフレール様。起きてください。お食事の準備が出来ました」
「ありがとうございます。クロネさん…でももう少しだけ…」
「冷えてもいいなら構わないですけど」
「うぅ…起きます」
ルルフレール様の護衛の仕事をすることになった私は今日も精力的に働いていく。
肝心の仕事内容は護衛とはいうものの、実質お世話係のようなものだった。
早朝にルルフレール様を起こすところから始まり、朝食を部屋へ持っていき食べてもらう。
その後は自由に過ごしてもらい、そばを離れずに護衛。昼食をまた部屋に運んで食べてもらい、午後も同様に護衛。夕食も食べてもらい、お風呂でルルフレール様の身体を洗って業務は終了だ。
たぶん1日12時間は働いている。労働基準法…
その分お給金は良いし、何よりルルフレール様の近くにいられるのできつくはないけど。
半分目を瞑りながらもきゅもきゅ朝ご飯を食べるルルフレール様を眺める。
…なんて愛らしいんだろうか…かわいすぎやしませんかね?こんなにもかわいい子をいじめるこの国は滅んでしまえばいいんじゃないかな。
つい顔がにやけてしまうのを抑えながらルルフレール様の隣に立つ。
「ふあぁぁ…クロネさんは朝ご飯をもう食べたんですか?」
「いえ。私は朝ご飯は取らなくてもいいので」
朝にお腹が空いたことがない。代わりにぎりぎりまで寝たい派だ。
「朝ご飯を食べないと気持ちが沈んじゃわないですか?」
「特にないですね」
「…もしよかったら一緒に朝ご飯を取りませんか?」
「え?」
「あ!やっぱりご迷惑でしたよね!今のは忘れてください!!」
「いえ。むしろ嬉しいですけど」
「ほ、本当ですか!?」
「はい」
「そうなんですね…えへへ。そんなこと言われたのは初めてです」
はい可愛いいいいいいいいいいいいい!!
こんなに喜んでもらえるなら今日の昼食から一緒に食べてみようかな。サプライズで。
その日の昼食を厨房から取りに行く際、コックさんに2人前の食事を貰って部屋に戻る。
「ルルフレール様。昼食をお持ちしました」
「ありがとうございます。…すみません。私こんなに食べられないと思います」
「大丈夫です。私も一緒に食べますから」
「わぁ!早速ですか!うれしいです!」
「では食べましょう」
「はい!いただきまーす」
「いただきます」
ルルフレール様の向かいに座って食事をとる。
護衛しろよと言われるかもしれないが、ぶっちゃけルルフレール様は部屋から一歩も出ないので護衛とか意味ない気がする。
「えへへ。誰かと一緒に食事をするのは初めてです」
「そうなんですか?家族とかとも?」
「そうですね。皆さんお忙しいですし、私と食事を一緒に取るのはお嫌でしょうから。クロネさんは無理してませんか?」
「いいえ。むしろご褒美です」
「…クロネさんはもしかして外国の方ですか?」
「そうですね」
外国どころか異世界出身ですが。
「やっぱりそうなんですね。この国の人で私にここまで優しくしてくれる人はいませんから…」
「私の国では、ルルフレール様のように細くて、かわいくて、優しい雰囲気の人は大人気です。萌えーーーってなもんできっとモテモテですよ」
「もえ?えーと…冗談ですよね?」
「冗談なんかではないですよ。その証拠にこの私を見てください。あなたにメロメロです。ちゅっちゅしたいくらいです」
「ちゅ…ちゅっちゅ?」
ルルフレール様が首を傾げている。
ノリで言ってしまったけど説明しないといけないのは恥ずかしい。
「つまりですね。こう唇と唇を重ね合わせると言いますかなんというか…」
「口と口を合わせるのですか?なんだか顔が近くなって恥ずかしくなりそうですね。ふふ」
「そうなんです。顔と顔がくっつくんですから、嫌いな人にするわけないですよね?だからキスは好きな人同士でするのが普通です。つまりキスをすることで、私がルルフレール様を嫌っていないという証拠になるわけです。ですから、キスしてもいいですか?」
ん…?何を口走っているんだ私は!?
「…本当に私のことが嫌いではないのですか?」
「ええ。好きです」
もう黙ろう私。
「…では、私にキスしてみてください」
「いいんですか?」
「はい」
ルルフレール様が目を閉じて唇を突き出し、プルプル震えながら待っている。
…いや、プルプルしていても私は容赦なくするよ?いいの?
こんなにかわいい子とキスするのは憧れではある。でもノリで女の子同士で手を繋ぐことはよくあったけど、キスをするのは人生初だ。意識するとドキドキしてきた。
よし。待たせるのも悪いし、ここはビシッと決めよう。
私は椅子から立ち上がり、対面に座っているルルフレール様に顔を近づける。
しかし、恥ずかしいのか若干顔を下に向けているのでキスがしづらい。仕方ないので右手であごを掴み、顔を上に向けさせる。
「あ…」
「しますよ」
「は、はい…」
…うわ。顔近い。肌綺麗。マズい急に興奮してきた!初めてすぎて鼻息が荒くなる。恥ずかしいから息を止める。心臓がバクバクしている。あれ?舌は入れる?入れない?どっち!?初めては舌入れないよね!?やばいわからん混乱している!
「ん…」
「………」
「……クロネさ…ん…」
「……ぷはぁ」
「はぁ…はぁ…クロネさん…」
勢い余って2回キスしてしまったけど、凄い良かった。唇柔らかすぎでしょこの人…あ。やばい。思い出したらもう一度味わいたくなる。
ルルフレール様を見ると顔を真っ赤にして唇に手を当てぽーっとしている。それを見た瞬間私は無意識にまた身を乗り出していた。
初めてのキスは私には刺激が強すぎて、中毒性が高すぎて…
お互いの目が合ったら、相手の呼吸が整ったら…何度も無言でキスをし続け、気づけばすっかり日が暮れるまで夢中になっていた。
「はぁ…はぁ…ルルフレール様…わかってくれましたか…?」
「はぁ…はぁ…はひ…よくわかりました…きょ、今日はもう帰ってもらっても大丈夫です…お疲れさまでした…」
「はい。また明日きます」
「うぅ…はい…」
フラフラしつつ部屋を出る。
護衛の仕事が決まってから城での住み込みになったので、自分の割り振られている部屋に向かうが、足取りが覚束ない。夢の中みたいだ。
その日はいつ寝たかもわからないうちに朝になっていた。
「ルルフレール様。大丈夫ですか?手が止まってますよ」
「はひ!だいじょぶです!」
初めてのキスをしてから数日が過ぎたが、ルルフレール様はずっとこんな調子だ。私と目を合わせようとしないし、近づくとあわあわする。私も気恥ずかしかったけどルルフレール様の反応を見て冷静になることが出来た。
だけど変わったことがある。寝起きだけはキスをせがんでくるようになったのだ。今朝だって…
「ルルフレール様。朝ですよ。起きてください」
「ふにゅう…クロネさん…?」
「そうですよ。もう朝食の準備も出来てますよ」
「…キスしてくれたら目が覚めるかもしれません」
「(ズキューーン)…では失礼して」
「んーーー…はふぅ…えへへ。目が覚めました」
とか…やったのになぜ!?
そんな朝以外は沈黙が続く日常を過ごしていると、ある日突然女の子が部屋に入ってきた。私が護衛に着いてから初めての訪問者でもある。
「久しぶりに来てあげたわよ!お姉ちゃん!相変わらず太ってるわね!あら?あなた誰かしら?新しい付き人?また人が変わったのね」
「リリちゃん!久しぶり」
リリと呼ばれている子はいきなりルルフレール様の悪口を言いながら入ってきたし、第一印象は最悪だった。
でも一応私はこの城で雇われの身なので、城の関係者にはあまり反抗的な態度を取ってはいけない。クビにされたら困るし。
「初めまして。この度ルルフレール様の護衛に着くことになりましたクロネです。以後よろしくお願いします」
「ふーん。私はリリフレールよ!」
「リリちゃんは私の妹なんですよ」
「…なんでお姉ちゃんあいつの顔見ないの?」
「ちょっといろいろあって…」
「ふーん。ま、どうでもいいけど。どうせすぐに辞めるだろうし」
「辞めないですけど」
「クロネさん辞めないでください~!」
「び、びっくりしたぁ!急に大声出さないでよね!お姉ちゃん!」
「あ、ごめんなさい」
「もう。私は忙しいからもう行かなきゃいけないけど、ちょっとは身体鍛えてよね!お姉ちゃん!そんな身体じゃ恥ずかしくて外歩けないんだから!」
「うぅ~。頑張る…」
「じゃあね!」
嵐のように去っていく妹リリフレーナ。私はあの子苦手だな。口悪いし空気読めなさそうだし。プライベートで会ったら呼び捨てにしてやろう。ふっふっふ。
でも初めてルルフレール様が私以外と話しているところを見た。それはちょっとあの子に感謝だ。
それからは穏やかな日々が続いた。ルルフレール様の挙動不審な態度も時間が解決してくれたし、数日おきに突然やってくるリリにも慣れた。
相変わらず部屋から一歩も出ないルルフレール様と、そんなルルフレール様を眺める私。でも今日は快晴だ。たまには外に出たほうがリフレッシュになるんじゃないだろうか?そう思って声をかけてみる。
「ルルフレール様」
「なんですか?クロネさん」
「今日は空が青くて、ポカポカしてますよ」
「そうですね」
「たまには外に出てはどうでしょうか?ずっと部屋にいては身体にも悪いですし、少しだけ散歩しませんか?リリも運動しなさいと言ってましたし。そこは私も賛成です」
「…(またリリって呼んでる…私はいつまで経ってもルルフレール様なのに)」
「ルルフレール様?」
「そんなに言うなら行ってあげます!でもクロネさんもついてきてくださいね!私の護衛なんですから!」
「??はい」
なぜぷんすか怒っているのかはわからなかったが、初めてルルフレール様と散歩に出ることになった。…これはデートではないだろうか?そんな浮かれた思いを持ちながら屋敷をルルフレール様と歩いていると、メイドさん(年上)とすれ違う。一応ルルフレール様に礼をするが、通り過ぎた後、私たちに聞こえるか聞こえないかくらいの声でこんなことを言い出した。
「ガラクタ王女を見たのは久しぶりだわ」
「本当にね。護衛のガラクタ王女のおもちゃも一緒だわ」
「お似合いの2人ね」
「くすくす」
あんのクソババァ共め…顔は覚えたから今日の夜にでも魔法でいたずらしてやる…そう思っていると、ルルフレール様が突然メイド連中のもとに引き返していく。あまりに突然のことで私はその場から動けなかった。
そしてメイドたちの前に立ち、震える脚で…でもしっかりとした声でルルフレール様は話す。
「訂正してください!クロネさんはおもちゃなんかではありません!」
「はぁ…」
「私のことはなんとお呼びしても構いません!でもクロネさんのことを悪く言うのはやめてください!」
「…行きましょう」
「ええ。むきになって…やっぱり変な子」
「あ!ちょっと!」
逃げ出すババァ。ざまぁみろ。しかし、ルルフレール様には嫌な思いをさせてしまった。
急いでルルフレール様のもとに向かう。
「ルルフレール様!突然すぎてびっくりしましたよ」
「…ごめんなさいクロネさん。あんな風に呼ばれているなんて私知らなくて…」
「いいんですよそんなことは。私はルルフレール様が近くにいるだけで幸せなんですから。あんなこと言われても痛くもかゆくもありません」
「クロネさん…」
「ささ。今のことは忘れて早く庭に行きましょう。急がないと日が暮れてしまいますよ」
ルルフレール様の手を取って歩き出す。その手は小刻みに震えていた。怖かったろうに私のために…ありがとうございますルルフレール様。
それから庭に行き、歩きながら外の空気を満喫する。この世界は車とかないからか空気が美味しい。風も気持ちいいし、いいリフレッシュになればいいのだけど。隣のルルフレール様も笑顔が戻ってきた。
「たまには外もいいですね~」
「そうでしょう」
「でも、久しぶりに歩いたせいで首が痛いです」
「なぜ首?」
「わからないですが…こう歩くと首が痛いです」
謎の症状を訴えてくるルルフレール様。部屋に戻ったら首をマッサージしてあげよう。
そうして日が暮れるまで歩き、そろそろ帰ろうかというところで男の人が通りかかる。その人を見たルルフレール様がビクッと反応した。こんなに顔がこわばったのを初めてみた。
「お、お父様…」
なんと目の前にいるガタイのいい人はルルフレール様のお父様らしい。つまりこの国の王様?
ノウキングダムの王にふさわしい筋肉ムキムキの人である。なぜこの人からこんなに幸薄い少女が生まれたのだろうか?生命の神秘だ。
そのお父様が私たちと反対方向から歩いてくる。
声を掛けないわけにはいかないのだろう。ルルフレール様が口をパクパクしている。声は出てないけど。頑張れルルフレール様!
そして距離がかなり近づいたところで、ようやくルルフレール様がか細い声であいさつした。
「お、お父様…お久しぶりです…」
「………」
声は小さかった。だけど絶対に聞こえる距離だった。なのにあの父親は、まるでそこに何もいないかのように、目も合わせようとせずにそのまま私たちを通り過ぎていった。信じられなかった。
「あ…あはは…帰りましょうか。クロネさん」
「…はい」
親があんな態度を取るなんて、私の常識では考えられなかった。訳が分からない。あんなの…ひどすぎる。
それからどう声をかけていいかわからないまま部屋に戻り、気まずい空気が流れる。
「あはは。気にしないでください。クロネさん。お父様は忙しい方ですから」
「でも忙しいからってあんな…」
「いいんです。あ!それよりも首をもんでください!痛くて痛くて~」
「…はい」
腑に落ちない気持ちのままルルフレール様の後ろに回って首をほぐしていく。
「…子供のころから私は何をやってもダメで、最初はお父様も熱心に色々教えてくれていたんですよ?でも物覚えも悪くて、次第にお父様の私を見る目が変わっていきました。それからしばらくしたらすっかり疎遠になってしまって。あはは」
「…」
「でも私の代わりにリリちゃんが凄いんですよ?何でもできるし、スタイルもいいし、私なんかとは正反対です!羨ましいです。本当に。私だけが…何も…持ってなくて…なんにもできなくて…ぐす…ダメダメなんです…」
「ルルフレール様…」
「どうして私は生まれてしまったんでしょう?リリちゃんだけでよかったのに…私って…生きている意味あるのかなぁ?」
…ルルフレール様は知らないだけだ。世界はもっと広くて、ルルフレール様を受け入れてくれるところなんてたくさんあることを知らないだけだ。でもこのままこの城に閉じ込められているままだとルルフレール様はいつまでも変わることはできない。
私なら…彼女を連れだすことが出来る。私だけが。
その覚悟はある。私はこの何をやっても失敗して、いろんな人から酷いことを言われて、でも心は純粋で、優しくて、かわいらしいルルフレール様を幸せにしてあげたい。心から笑って生きていけるように、生まれてきてよかったって言えるような。そんな人生を歩んでもらいたい。
「ルルフレール様。以前お話ししましたが、世界ではルルフレール様のようなお優しい方が慕われる国もあります」
「………」
「今日のところは帰ります」
「ぐすっ…はい」
「ですが、明日の日が昇る前…夜明け前にこの部屋に参ります」
「?」
「もしルルフレール様が変わりたいなら、一歩踏み出すお覚悟があるのなら。旅の準備をして、起きていてください。もし寝ていれば、また明日からいつものように朝起こしに参ります」
「どういうことですか?」
「ルルフレール様。私と一緒に…王国を出て、旅をしてみませんか?」
それから返事を聞かずに部屋を出た。
急すぎる提案だったかもしれない。でもいてもたってもいられなかった。
もうあんな悲しい表情は見たくない。そのためにはこの城に居てはだめだ。
自分の部屋に戻って旅支度をする。おじいちゃんから貰ったマジックバッグをまた使う日が来た。
「(おじいちゃん。また借ります)」
必要なものをバッグに詰めていく。
そして真夜中。こっそり部屋を出てルルフレール様の部屋へと向かう。寝ていたらどうしよう…とは考えなかった。ルルフレール様だって、この現状をなんとかしたいと思っているはず。諦めていたのかもしれないけど。でも私が手を取れば、きっと前に進んでくれる。
「…失礼します」
扉をゆっくりと開ける。そして静かに部屋の中に入るとごんと何かを蹴ってしまう。
「?」
「うぅ…」
蹴ったのはルルフレール様の頭だった。
「…どうしてそんなところにいるのでしょうか?」
「起きてようと頑張ったんですけど…睡魔には勝てませんでしたぁ。えへへ」
「………」
寝てたんかい!
ま、まぁ起きようとしてたということは、そういうことですよね?
頭をさすりながら起き上がったルルフレール様は、笑顔で私に手を差し出してきた。
「私は自分を変えたいです!だからクロネさん!私と一緒に旅をしてください!」
「喜んで。お供させていただきます。ルルフレール様」
手を取り、頷く。ルナフレール様が準備していた荷物をマジックバッグに入れ城を出る。夜明け前の警備は手薄なので、音消しの魔法を使えばバレることはほぼない。
まんまと城を抜け出した私たちはそのまま人がいない街を通り過ぎ、一気に国を出る。
手を繋ぎ、笑顔でひた走る。
「あはは。こんなに簡単に!外に出られるんですね!」
「これからが大変ですよ!ルルフレール様!」
「はぁ…はぁ…あの!クロネさんのこと。クロさんって呼んでもいいですか?」
「いいですよ!」」
「その代わり私のこともルルって呼んでください!」
「わかりました!ルル様!」
「ありがとうございます!あと!疲れたので休憩しましょう!もう走れません!」
「ええ…」
「それから外に出た私たちはスライムとの激闘の末に仲間になり、そしてリリに出会ったのさ…って寝てるし」
長い私の話に疲れてしまったのだろう。リリはぐっすり寝ていた。まったく自分から聞いてきたのに。
リリをテントの中にいるルル様の横に置いて、見張りを続ける。
話をしているうちに気持ちを改めて整理できた。
そうだ。これからルル様にたくさん楽しい経験をしてもらうんだ。そうして、生きることの楽しさを感じてもらいたい。
旅はまだまだ始まったばかりだ。