試練の逆さ塔 100階層
クロネのライバル(?)のアラタ視点
「ふぅ…次で100階か」
ボクの名前はアラタ。
今は世界の中心部であるノウキングダムの試練の逆さ塔に挑戦中。
今回は3回目のトライ。1回目は20階、2回目は50階と目標を達成していき、3回目の目標も無事に達成できそうだ。
「100階のボスは…キングシェルクラブか」
魔物を殲滅し終えて誰もいなくなった99階でパンフレットに書かれているボスの特徴を確認する。
このパンフレットは受付で販売していたもので、過去の猛者たちの証言によって作られたものだ。各階の特徴、ボス情報などが記されている。
試練の逆さ塔はソロ攻略専用なので咄嗟のアクシデントへの対応が困難だ。
なのでこのパンフレットは文字通りライフライン。
よく攻略情報を見るのは邪道であると言い、パンフレットを確認せずに塔に上るやつもいるそうだけど、大抵は帰ってこないらしい。
死亡率はこのパンフレットを見るだけで格段に下がる。それほど情報は大事なのだ。
「キングシェルクラブ…固い甲殻で守備力が非常に高い。また、横移動からの鋏による薙ぎ払いに注意…か」
ここまでの到達者が少ないのか、階を進むごとにパンフレットの情報が少なくなっていることに不安を感じながらも記事を読み込む。
キングシェルクラブは十本足の甲殻類の魔物で、防御力が非常に高く、生半可な攻撃は通用しない。
疲労しているなら99階で十分な休息をとってから挑むのが吉と。
弱点は前後に移動できないこと。なので後ろを取ることができれば優位に戦いを進められる。
また、唯一剥き出しの目だけは甲殻に守られていないので攻撃を当てると大ダメージを与えることができる。ただしそれはキングシェルクラブも理解しているのか、鋏で防衛してくるので無理に狙うことはない。
「ふんふん。要するに防御力が高いと。コイツを圧倒できるような攻撃力があればクロネの結界も破れるのかな」
身体強化のいい練習相手になるかもしれない。パンフレットを畳んでかばんにしまい込む。
「よし。休憩もしたし、とりあえず行ってみるか」
じいさん特製の弁当も平らげ、100階層に行くための赤い石に触れる。
石に触れると体が光り、一瞬で次の階に移動する。
5階毎にあるボス部屋はどこも構造が同じだ。外周は円になっていて、石造り。そして中央にボスが鎮座しており近づくと戦闘開始だ。
食事や回復薬などが入っているかばんを置き、キングシェルクラブに近づく。
「さぁやろう!」
「!!」
刀を抜き、攻撃を仕掛ける。
まずは正面から攻めてみるが、相手の鋏のリーチが長く、こちらの攻撃が届かないところから一方的に攻撃される。
このままではじり貧なので左右に移動しながら隙を狙う。しかし相手は巧みに8本の足で移動し側面を取らせまいと動いてくる。
「やっぱり生身じゃ通用しないか…【三倍強化】!」
「!?」
身体能力を全て3倍にする強化魔法を使用。
キングシェルクラブは突然加速したボクに反応しきれず見当違いの方向を見ている。
その隙に後ろへと回り込み一太刀を浴びせる。
「ッ!!」
「ギ!」
しかし予想通りというべきか…外殻を壊すことはできなかった。
刀がはじかれ攻撃が停滞したのをキングシェルクラブは見逃さず、即座に横移動でボクと距離を取り仕切り直しとなる。
刀を確認すると…切り付けた部分が欠けてしまっていた。これではもう使い物にならない。
「やっぱダメか。武器も使い物にならなくなっちゃったし…これを使ってみるか?」
腰に差しているもう一振りの剣に手をかける。
先程まで使っていた剣は、武器屋でじいさんにせがんで買ってもらったどこにでも売られている剣だが…この剣は90階を突破した時に出現した金箱から出てきた剣だ。
宝箱とは試練の逆さ塔のボス部屋を突破した時に中央に出現する宝箱で、食料や武器、マジックアイテムなど様々なものがランダムで入っている。
90階以前は茶色の宝箱しか出なかったので全て茶色の箱なのだと思っていたが、突然金色が現れたので心臓が跳ね上がった。嬉しさで。
説明書などは無いのでこの剣の名前はわからないが…業物だと触った瞬間に理解できた。
「さて。金箱の剣は当たりかな…?」
煌く剣を構え、再度裏を取るために縦横無尽に駆け回る。
三倍強化のボクのスピードについてくることが出来ないのかキングシェルクラブは中央で身動きが取れていない。
「もらった!」
「ギ…」
背中の甲殻目掛けて斬り付ける。すると先刻の手ごたえとは全く違う…まるでバターを切った時のようにスッと刃が通る。
キングシェルクラブが声にならない悲鳴を上げて口から泡を大量に吐き出す。
「うわ!」
一瞬でキングシェルクラブの周りが泡だらけになり、危険を感じたので咄嗟に後ろに下がったその時、泡同士がぶつかり破裂する。パァンと耳を劈くような大きな破裂音に鼓膜が痺れる。
「あっぶな…」
もしあのまま止めを刺そうとしていたら耳がやられていただろう。
耳が正常に戻るまで距離を取りつつ立ち回る。
「それにしても武器が違うだけでこんなにもやりやすくなるのか」
握っている剣を眺めながら思う。
ボクの目標は身体強化のコントロールだった。だけど武器や防具の収集ももっとしっかりするべきなのかもしれない。
「でも武器が強いと身体強化を使うまでもなくなるし…難しいところだね」
聴覚も元通りになり再び一方的に斬る。
そしてあと一歩で押し切れるというところでキングシェルクラブが発狂状態になり、鋏をむやみやたらに振り回すようになった。不規則に動くので回避が難しく一旦後ろに下がらざるを得ない。
「もっと力の差があれば回避しながら攻撃することができるんだけどなぁ。使ってみるか…」
【三倍強化】の次…【四倍強化】を。
一段階上げるだけでも爆発的に強くなる。
簡単に説明すると…例えば剣で攻撃するときは速さ×筋力で攻撃力が決まる(他にも色々要因はあるが)。
そしてこの身体強化は全ての能力が向上する。
だから三倍強化の時は速さ3×筋力3=9。つまり通常時の9倍の威力になる。
同様に四倍強化だと速さ4×筋力4=16
つまりトリプルからクアドラプルに段階を一つ上げるだけで攻撃力は2倍弱も上昇する。
しかし当然欠点もある。
使用後の反動もまた段階を一つ上げるだけで大きくなるのだ。
三倍強化の時はしばらく起き上がれなかった。
つまり四倍強化はそれ以上…もし四倍強化で倒しきれなかったら…死だ。
「でもここで退いてたら強くなれるわけもない…【四倍強化】」
強化魔法を発動し全身が高揚感に包まれる。体が軽くなり視野が広くなる。振り回している鋏の動きが鮮明に、スローモーションに見える。
「(これが四倍の世界…負ける気がしないな)」
さっさと決着をつけよう。正面に素早く移動して右目を斬り落とす。
そのままくるりと右にサイドステップしながら回り、左目も同様に斬る。
「ギギギ!」
「終わりだ!」
両目を失い体が硬直したところを一閃。
甲殻ごと真っ二つにしてキングシェルクラブは活動を停止した。
すぐに四倍強化を解除する。その瞬間膝の力が抜け立っていられなくなり仰向けに寝転がる。
「はぁ~。楽しかったぁ」
体中が痛いけどアドレナリンのおかげかつらくはない。
しばらく横になってぼ~っとしていると真横に宝箱が出現する。色は金だった。
「うわ。当たりじゃん」
這いずり中身を空けてみると中には杖が入っていた。
「魔法の杖かな?じいさんに土産ができたな」
それから体が動くようになったのでキングシェルクラブを担ぎ、戻る用の青い魔力石に触れる。
討伐の証は体の一部でいいので斬った目だけでも十分なのだが、この魔物は美味であることでも有名らしく、100階を突破した者は回収を推奨とパンフレットに書かれていたのでそのまま持って帰ることにした。
「誰か帰ってきたぞ…ってうお!?キングシェルクラブじゃねえか!」
「誰だ!?」
「最近潜ってるアラタだ」
「今夜はごちそうだ!妻呼んでくる!」
ロビーに帰ってきた途端並んでいた屈強な男たちが大騒ぎし始める。背中に担いでいるコイツのせいだ。
みんなの目が怖い。よだれを垂らしている奴もいる。
「皆さん退いてください。買い取りをするので!」
受付のお姉さんが人混みをかき分けボクのところまでやってくる。
「すみませんアラタさん。100階到達者は久しぶりで…」
「いえ。もしかしてみんなにご馳走するんですか?」
「はい。もちろんアラタさんには買い取り金額をお渡しします。その上で塔に潜っている参加者全員でキングシェルクラブを食べるのが習わしなんです」
「へえ」
「お疲れのところ申し訳ないのですが、今日の夜にまたここに来ていただけますか?極上の料理を用意しておきますので」
「わかりました!その代わり、塔に潜ったことはないんですけど一緒に暮らしてるじいさんを連れてきてもいいですか?迷惑かけてるので食べさせてあげたくて」
「もちろんいいですよ。ただ…あの魔法使いの格好をしているおじいさんですよね?私服に着替えてきた貰ったほうがいいかと思います」
「ですよね。わかりました」
じいさんは外を歩くだけで唾を飛ばされるのだ。血気盛んな塔の参加者たちの前に魔法使いの姿で現れたら暴動が起きかねない。
夜までは自由にしていていいと言われたので、買い取りを済ませて宿に帰ることにした。ちなみにキングシェルクラブの買い取り金額は今まで売った魔物と桁が一つ違った。
「おかえり」
「ただいま」
「どうじゃった?ずいぶん遅かったが100階には到達できたのかの?」
「ボクを誰だと思っているのさ。楽勝だよ」
笑顔で出迎えてくれたじいさんに塔で起こった面白い話やピンチになった話を聞かせてあげる。
「…それで、両目を斬り落として最後はズバッと真っ二つさ!」
「ほう。四倍まで使えるようになったか」
「実践ではね。練習では五倍まで使ったことある」
「となれば…最終目標の折り返し地点には来たのか」
「まぁね」
黒音を圧倒するにはまだまだ力が足りない。これで満足していてはダメだ。
「あ。そうだ。じいさんにお土産があるんだった」
「ん?なんじゃ?」
「これなんだけど」
「…ちょっと待ってくれ。誰か来たぞ」
じいさんに100階層で手に入れた杖を渡そうとしたときに扉をノックする音が聞こえる。誰だ?
じいさんが扉を開けると…2メートルは優に超える長身のガチムチが現れた。でかすぎて口から上が扉で遮られて見えない。
「あなたがアラタか?」
「いや違うのじゃが」
「む?ここだと聞いたのだが」
「ボクがそうだよ」
「何!?女だったのか?」
「いやボクは男だけど」
「何!?真か!?」
ってかどうして扉をくぐってこないんだ?
「しゃがんで入ってきなよ」
「む?確かに」
あ。この人アホだ。
扉をくぐって入ってきた男は金髪長髪で顔だけ見ればイケメンだが、少し話しただけでアホだとわかるほどにはアホそうな男だった。
「それで?何の用ですか?そもそもあなたは誰?」
「む。まだ名乗っていなかったか。私の名前はギギフレール・ランペルジュ。この国の第一王子だ。よろしくな」
「ほう」
「マジか」
まさかの国の…第一王子が訪問してきた。




