クロネの過去 中編
「うわ…冷蔵庫の中、水しかない…」
あるものでお昼を取ろうとしたら何もなかった。
食べに行かなきゃいけないのか…と思いながら財布を開くとこちらも空っぽ。
「ついにきてしまった…働かなくてはいけない時が…」
人間国から脱出し数か月の旅を経て、私はノウキングダムにたどり着いた。
その国には魔物買取所という建物があったので、旅をしていた時に倒した魔物を売ったら結構な額になった。予想外の大金を手に入れた私はおじいちゃんから貰ったお金は使わずに家を借り生活していくことにした。
長旅で疲れていたこともあり、数日何もせずに休んでから行動しようとその時は思った。今にして思えばそれが全ての過ちだった。
まず、時間に縛られずに寝るのが気持ち良すぎる。旅の途中は不安も多く、焦燥感からかぐっすり眠れることはなかったし、人間国の城に居た頃も日本にいた頃も規則正しく寝て起きていたので、初めての自由な生活に私の心は堕落していった。
好きな時に寝て、好きな時に寝る。なんて素晴らしいのだろう。
生物とはかく在るべきである。
ただ、この世界には娯楽が少ない。漫画もなければゲームもネットもスマホもない。本は城にはあったけどノウキングダムには無い。本屋さんはありますかと聞いたらそんな軟弱な店はこの国には無いと言われた。なんじゃそりゃ。
普通の人なら暇で数日もすれば外に出るだろう。でも私には魔法があった。土魔法でネコやイヌの模型を作ったり、風を起こして宙に浮いてみたり、新しい魔法を考えてみたりするだけで一日があっという間に過ぎていく。
そして手元には魔物を売って得たお金が大量にある。ここまで条件が揃ってしまえば、ニートになるのはむしろ必然。
来週から働こう!が来月から働こう!になり、ついには来年から働こう!と考えるようになっていた。
そうして気付けば丸1年(!?)経ち、お金が尽き現在に至る。
「働かないと食べ物が買えない。でもなぁ。う~ん…おじいちゃんのお金使っちゃうか?…いやいや、それはナシでしょ私」
とりあえず家にいても始まらないので職を探しに外を歩く。
建物の壁や窓に求人が張り出されているので物色する。
皿洗い…めんどくさそうだし、そればっかりだと飽きそう。
レストランのホール担当…長らく人と会話した記憶がないから難しそう。
引っ越し業務…力仕事はちょっとなぁ。
清掃員…嫌いなことを仕事にしても続かなそう。
また魔物を狩る?…もう命は賭けたくない。
…やばい。私って一生働けないかもしれない。全てにやりたくない理由を付けてしまう。
どうしようか…とりあえずお金はまだちょびっとあるから夕食を買って今日のところは出直そう。うん。…こんなダメ人間だったっけ?
そう考えながら踵を返そうとすると、ある一つの求人がたまたま目に入る。
「第三王女ルルフレール・ランペルジュの護衛…か」
第三王女の噂は引きこもりの私ですらかなり耳にしていた。王家の恥やらガラクタ王女やら、醜い上にどんくさい等々、国民からは言われたい放題だ。まぁ醜いとは言われているけど、この国は筋肉至上主義というかなんというか…とにかく肉体派の人がモテる国なので、私の価値観ではこの国でモテない人のほうがタイプだったりする。幸薄そうな子とかね。
そもそも、王女の護衛という重要な役職は一般人に求人をするような仕事ではないはず。にもかかわらずこうして募集しているのは一体どういうことなのか。よっぽど誰もやりたがらないのだろうか。
報酬は他の仕事に比べて破格だけど、護衛なんて私には務まりそうもないからこれもパスかな。そう思っていると知らない人から声を掛けられる。
「あんたその仕事に応募するのかい?」
「うーん。いえ。やらないですね。きっと」
「おう。やめとけやめとけ。あんな孤独な疫病姫なんて護衛するだけの価値はないぜ。がっはっは」
そう言い、肩をバシバシ叩かれて去っていくオッサン。
オッサンの背中を見ながら考える。孤独か…私と同じだな。
それにあれほど誰からも嫌われている王女が一体どんな人物なのかも気になる。一目見てみたい。
王女の護衛なんて大層な仕事、どうせ落とされるだろうし、受けてみるだけ受けてみようか。駄目なら駄目で構わないし。
そんないい加減な理由と、少しの好奇心から私はこの仕事に応募した。
翌日。さっそく城に来て欲しいと通達があったので準備する。
面接なんて人生初で、かなり緊張する。履歴書とか用意してないけどいいのだろうか?服も碌なものがないし…
城に向かう途中応募したことを何度も後悔し、逃げ出そうかと考え耽っているといつの間にか門の前まで到着してしまっていた。ここまで来たら覚悟を決めるしかない。
「何用か」
「第三王女ルルフレール・ランペルジュ様の護衛の件で来たのですが…」
「話は聞いている。ついてこい」
門番に連れられて城に入る。
ノウキングダムの城は人間国の城よりも大きかった。
至る所に金銀がちりばめられている廊下を歩き、ある一室の前で門番が止まる。
「ルルフレール・ランペルジュ様の護衛の応募者を連れて参りました!」
「…入れ」
「は!失礼します!」
門番に続いて部屋に入る。どうやら執務室のようだ。マッチョなオッサンが1人座って書類に目を通している。
しばらく沈黙が続いた。マッチョなオッサンは書類から目を離そうとせず私のことを見ない。門番は黙って直立不動。私は何をすればいいのかわからないからとりあえず部屋を眺めている。
た、試されているのだろうか?
めんどくさくなってきて思わず帰っていいですか?と言おうとしたところでオッサンがこちらを見た。タイミングを潰されて黙ってしまう。
「…」
「…」
「…合格」
「へ?」
「いつから働ける?」
「えーと。いつでも大丈夫です」
「では明日からよろしく頼む。今日は顔見せだけ済ませてくれ。君。彼女をルルフレール様の部屋まで案内して差し上げろ」
「は!…行くぞ」
「え…はい」
門番と執務室を後にする。
混乱している頭を整理しながら歩く。合格?面接あれで終わり?拍子抜けもいいところだ。せっかく志望動機とか考えてきたのに。無駄な時間を過ごしてしまったじゃないか。
というか明日から私働くのか…朝起きれるか自信なさすぎる…
そんなことを考えていると前を歩いている門番から話しかけられる。
「お前。名前は?」
「黒音」
「クロネか。俺はライザフだ。ところで、どうしてこの仕事に募集したんだ?」
「…給料がよかったから」
「やっぱりその口か。クロネと同じ理由で今までルルフレール様の護衛の仕事に飛びついてきたのは何人もいるが、どいつもこいつもすぐに辞めやがる。お前は長続きしてくれよ?いちいち案内するのは面倒だからな」
「受かると思ってなかったからなぁ…嫌そうならすぐに辞めるけど」
「だろうな。お前やる気なさそうだし…着いたぞ」
門番が扉をノックする。すると中から女性の声が聞こえてくる。ちなみに私は声フェチだけれど、その声は澄んでいてかなり好感が持てる声だった。
「どうぞ」
「失礼します。明日からルルフレール様の護衛に付くものを連れてきました」
「まぁ」
門番と一緒に部屋に入る。
部屋の中は先ほどの執務室よりは小さかったが、女の子の甘い匂いがした。
あと気になったのは門番の態度だ。さっきのオッサンに対する口調とほぼ同じだが、どこか馬鹿にしたような横柄な態度だ。こいつ性格悪いな。
そうして私はついに王女様との初対面を果たす。
歳はたぶん私より下。金髪でいかにも優しい王女様といった風貌。顔は小柄で、巨乳。なのに細い。彼女がいるだけで場が和むような…そんな雰囲気を纏っている。
「ライザフさん。下がっていいですよ。彼女を連れてきたくださりありがとうございます」
「失礼します」
門番が部屋を出てくが、そんなことはどうでもいい。
もう一度彼女を見る。声もいい。顔もいい。性格もよさそう。嫌われる要素なんてどこにもない。妬まれることはありそうだけど。そんな彼女から声を掛けられる。
「明日から護衛をしてくださるのですよね?え~と…」
「黒音です」
「クロネさんね!よろしくお願いします」
「は、はい!こちらこそ!」
名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がった。
彼女と目が合っているだけでドキドキする。
有り体に言って、私は彼女…ルルフレール様に一目ぼれした。