ポンコツ姉妹とエルフの里
迷いの森を抜けるとエルフが待ち構えていた。どうやら私たちを里まで案内してくれるらしい。
「ついてきてくれ」
エルフがそう言うなりさっさと歩きだしてしまったので急ぎ後ろをついていく。
いつの間にか霧は無くなり、緑生い茂る普通の森に変化していた。
ルル様がエルフの背中越しに声をかける。
「あの!どうしてあんなところにいたのですか?お散歩ですか?」
「結界に誰かが侵入するとわかるようになっているのだ。今日は私が結界の担当だったから出向いたまでのこと」
どうやらエルフたちは結界に閉じ込めた相手を殺す気はなく、途中でこっそり出口まで誘導するか、完全に諦めた者に対しては眠らせて出口まで運ぶらしい。
しかし結界を破った人間は私たちが初めてで、興味深いので招待することにしたらしい。でも里に入れたくないから結界を張っているのに、それを壊した私たちを招待するって…矛盾してない?何か裏がありそうなので探りを入れてみる。
「私たちはエルフに対して悪意を持っていると判断されたから結界が発動したんですよね?そんな私たちを招待してもいいんですか?急に襲ってきたりしませんか?」
「しばらく君たちを観察させてもらったが…邪悪にはどうしても見えなかった。だからまぁ…大丈夫だろ」
なんだが適当なエルフだ。
「それに今エルフの里では重大な問題が起こっていてな。丁度外部の刺激が欲しいと考えていたところなんだ。是非君たちの力を借りたい」
「私たちは魔法についてエルフに教わりたくてここまで来たのです。魔法をお教えしてくれるなら、喜んで協力しますけど」
「お安い御用だ。よろしく頼む」
エルフが真剣な顔をしてこちらを見てくる。よっぽどの緊急事態なのだろうか?私たちにできることならいいのだけど…
そうして幾許も歩かないうちに木で作られた建物が遠目でも見えるようになってきた。
次第にエルフもちらほら視界に入るようになり、里の入り口まで到着すると案内してくれたエルフがこちらに振り向き手を広げる。
「着いたぞ。ようこそエルフの里へ」
「おお!森の家がたくさんありますね」
「道も木で作られていますな」
エルフの里は全てが木で作られていた。家も、建物も、道路も、広場も。全てが自然を利用して作られている。人工物が無いだけでここまで印象が違うのか…全てが美しく感じられる。
だが、暮らしているエルフたちの顔は明るくはなかった。下を向いている者もいれば、目が虚ろでぶつぶつと何事か呟いている者もいる。
ルル様も暗い様子のエルフたちを見て困惑気味だ。
「え~と…皆さんどうされたのでしょうか?何か悩み事でも?」
「ああ。重大な悩み事だ」
「それは一体…」
「とりあえず、みんなに君たちを紹介する。広場までついてきてくれ」
先導してくれたエルフが片っ端からエルフたちに声をかけて、広場に続々とエルフが集まってくる。
「人間か?珍しい」「我ら以外の種族を見るのは何年ぶりかな」「結界はどうしたんだ?」「今日の結界の担当はエリックか。何か考えがあるのだろう」「この子たちにまさか…あれを披露させるということか?」
エルフたちにじろじろと観察されていて非常に居心地が悪い。
「うぅ~早く紹介してください~」
「大体集まったな。ではみんな聞いてくれ。この子たちは我らの結界を破った有能な子たちだ」
結界を破ったとエリックと呼ばれていた青年が話すと、全体がどよめきに包まれる。
そしてどよめきが静まった後に次々と質問をしてくるエルフたちに対して、エリックは私たちがどのように行動したか、どうやって結界を破ったかを詳細に伝える。
「結界の境界線をその方法で見破るとは賢いな」
「テイムとやらの魔法も素晴らしい。あの憎たらしいカメレオンを調教できるなんて最高じゃないか」
「テイムしたカメレオンを私たちに譲ることはできるのか?」
「え~とまだそこまで自分のテイムを使いこなせていないです…ごめんなさい!」
「いやいいんだ。あとでテイムしたカメレオンを見せてくれ」
「はい!」
「結界の仮説を立てたのは君か。すぐに思いつくものでもないだろうに。もしかして君も結界魔法を使えるのかな?」
「はい」
「ほう。その若さでやるじゃないか」
エリックの説明が上手かったのか、次第にエルフたちの警戒心が薄れ、穏やかになっていく。そうして一頻り説明した後にエリックが本題に入る。
「さて。では我らが直面している問題をこの子たちに話そうと思うのだが異論のある奴はいるか?」
「「「「「………」」」」」
「無いようだな。では話す前にまず…君たちは私たちエルフについての知識をどれくらい持っている?」
「お耳が長いです!」
「遠くからの攻撃がいやらしいわね。弓とか」
「見た目が若々しいですぞ」
「ふむ。…他には?」
「あとは長寿でしょうか」
「そうそれだ!」
突然長寿という言葉にカッ!と反応し指差すエリック。他のエルフも頷いている。
「私たちは他の種族よりも寿命が長い。寿命が長いと何が起こるか…そう!退屈になるんだ。初めの数十年、数百年は自分のやりたいことをやっていれば時間が経つのは早いだろう。しかし!ある時ふと…飽きてしまうのだ。没頭していたものにな。そうなるともうダメだ。何をやってもつまらなくなる。すぐに飽きる。どんどん飽きる頻度が短くなっていく。するとどうしたことか。今度は何に対しても反応が薄くなってしまうんだ。感情が動かなくなってしまう。生きることが面倒になってしまう」
エリックが早口で捲し立て、次第に声の感情が無くなっていく。目はもはや虚ろだ。怖い。
「…さて本題だ。私たちは今、生きることに退屈している。何か刺激が欲しい。もっと言えば私は…笑いたい。最近笑った記憶が無いのだ。だから君たちにお願いする。…私たちを心の底から笑わせてくれるような!面白いことをしてくれ!」
「ええ…」
「「「「「頼む!私たちに笑いを!」」」」」
とんでもない無茶ぶりをしてきたよこのエルフたち。
長々と説明されたけど結局は「なんか面白い話してくれよ」ってことかよ!
私は心底嫌なんだけど…他の3人はどうだろうか?みんなを確認すると…
ルル様は「笑われることはあっても笑わせることなんて経験が無いです…」といつもの自虐に入っている。
トトちゃんは自分の中のお笑いの引き出しを探っているようだ。
そしてリリは何を言ってるんだこいつら?みたいな目でエルフたちを見ている。
「そもそも、こんなところに引き籠っているからそんな小難しい話になっているのよ!森の外に出れば面白いことなんてそこら中に転がっているわ!」
リリがはっきりとものを言う。それに対してエルフたちは困った顔をしている。うん。時に正論は言葉の暴力になるんだよリリ。
そんなエルフたちを代表してエリックが答える。
「君の言うことも尤もだ。だが私たちはここを離れることが出来ない理由があるのだ」
「それは?」
「これは他言無用でお願いしたいのだが、この森には神樹と呼ばれている大樹があるのだ。この大樹を守ることが私たちエルフの代々受け継がれている使命でもある。大層な結界を張り続けているのもこの為だ」
「ふ~ん。でも里中のエルフが結界の仕事をしているわけではないわよね?何人かは外に出てもいいんじゃないの?」
「ちょ!リリ。もうやめて」
「…そうだな。現に何人かは出ていったよ。君たちも外の世界でエルフを見たことがあるから私たちの特徴を知っているのだろう。だが…ここにいる者たちは何十年も他の種族と交流を持たずに生きてきたからな…」
「つまり?」
「ぶっちゃけ外に出るのが怖いし面倒くさい!」
「「「「………」」」」
エリックの言葉に頷くエルフ、顔を逸らすエルフ、無表情のエルフなど反応は様々だが、わかったことは…このエルフたちは今後も森の外に出ることはないだろう。
「私たちを笑わせてくれるなら、魔法の使い方も秘術だって教えちゃおう」
秘術がもう秘術じゃない。
「なるほどね。話は分かったわ。あたしがあんたたちを笑わせてあげるわ!」
「「「「「「おお!!」」」」」」
エルフの里に蔓延している問題…しょうもなかったな…
こうして私たちはエルフを笑わせるという難題に挑戦する羽目になった。




