ポンコツ姉の魔法特訓!
大嵐の島を出た夜。ルル様が私に魔法を教わりたいと言ってきた。
いつもの突拍子もない発言かと思ったけど、どうやら真剣に考えて出した結論のようだ。それならばこちらも真剣にならざるを得ない。
ただ…私は元々地球で暢気に暮らしていた人間で、魔法に触れたのはこの世界に来てからだ。当然詳しい知識なんて持ち合わせていない。そんな私が下手にルル様に教えてしまってもいいのだろうか?いや、よくないだろう。
「ルル様。私は魔法を人に教えたことがございません。そんな素人に教わるよりはもっと適切な人物を探すべきです」
「いやです!私はクロさんに教わりたいんです!」
「いえ。ですから…」
「なんでもいいんです!少しでも今の自分を変えたいんです!」
「ルル様…」
何があったのかはわからないけどかなり切羽詰まっている様子だ。もしかして知らず知らずのうちにルル様のことを追い詰めていた…?
もし私が原因なら…責任は取るべきだ。それに教えるだけ教えて出来そうになければ誰か魔法に詳しい人を探せばいい。気が進まないけど人間国に戻っておじいちゃんに教えてもらうことだってできる。
「…わかりました。私のわかる範囲でよければお教えします」
「ありがとうございます!頑張ります!」
ふんす!とガッツポーズをしているルル様。
少しでも力になれればいいけど…そもそもルル様は魔力があるのだろうか?根本の魔力が無ければ教えたとしても落胆させてしまうだけだ。
「ではまずはルル様の魔力量を測ってみようと思います」
「わかりました!」
「とは言っても…私は他人の魔力量なんてわからないので…この船の魔力石に魔力を注ぎ込んでください」
「魔力石ですか?」
「はい。以前うっちーさんに説明してもらった通り、この船は魔力で動いています。魔力石を満タンにすれば一日動き続けることが可能で…今日は半日ほど動いたので現在の魔力石には後約半分は入ると思います」
「なるほど」
「体感ですが…私の魔力量を100とすると、満タンにするには50くらい使います」
「半分ですね!」
「そうです。もしこの魔力石を満杯にできるなら、私の魔力量の4分の1ほどはあるということですね。それではやってみてください」
「わかりました!」
早速ルル様が魔力石に手をかざす。この航海中何度も私が魔力を注入している様子を見ていたのか、特に何も言わずに魔力を注ぎ込み始めた。そしてしばらくしてから手を離し一息つく。
「ふぅ。これ以上は入らないようです!」
「え?本当ですか?」
「むー!疑ってるんですか!?」
まさかルル様にそこまで魔力量があるとは思っていなかったので少し面食らってしまう。
試しに私も魔力を注いでみるが、確かに満杯のようでこれ以上魔力が入ることはなかった。
「…どうやら本当のようですね」
「そうでしょう!」
腰に手を当て、えっへんと反り返っているルル様を見ながら考える。
確かにルル様はテイムという魔法が使える以上、魔力は多いのかもしれない。いや、仮に私がテイムという魔法を使えたとして…私ごときがスフィルクスさんを召喚することが果たして可能なのだろうか…?
ちょっと想像できない。今までルル様が当たり前にやっていたので気にも留めていなかったが、もしかしたらルル様の魔力量は私を凌駕している?
「ん?なんですか?私の顔に何かついてます!?」
魔力を注入したにもかかわらずピンピンしているし。私がもし体内魔力の4分の1をすぐに失うと具合が悪くなるだろう。だから私が魔力石に魔力を注入するときは時間を掛けて行う。だけどルル様にその兆候は見られない。
もし仮に…ルル様の魔力量が私よりも多いのなら、本当に生まれた場所が悪かったとしか言えない。だってこれほどのプロポーションに魔法の才能を持っているのだ。どこでだってアイドル的存在になりえるだろう。だけどノウキングダムはグラマラスな体型も魔法を使えることもマイナスにしか働かない。
「ルル様は本当に残念ですね。かわいそう…」
「突然の罵倒!?」
「ともかく魔法の練習を続けましょうか」
「えぇ…さっきの発言は何だったのでしょうか…」
「ルル様はテイムの魔法以外に魔法を使ったことはありますか?」
「ありません!」
「ですよね」
魔法嫌いの国で魔法の練習をするのはよっぽどの変わり者くらいだろう。
「魔法には火魔法や水魔法、土魔法など様々な種類の魔法がありますが、私は基本どれも同じようなプロセスで魔法を使います」
「ぷろせす?」
「私の場合は頭の中で具体的にイメージして、それを魔力で変換する。これだけです。試しにウォーターの魔法を使ってみましょう」
「お願いします!」
「頭の中で水の球をイメージして、手のひらに魔力を集める…」
魔力を流して手の平に水の球が出現する。それを見てルル様がつんつん触る。
「どの魔法も同じです。土魔法を使いたいときは土をイメージして、火を使いたいときは火を想像する。とてもシンプルです。では実際にルル様もやってみましょう」
「わかりました!」
「ウォーターを発動してみてください」
「はい!えーと水の球水の球…」
ルル様が目を瞑りながらぶつぶつ呟いている。
先ほど魔力を注入できたことから、体内魔力を放出する術はどうやら身についているようだ。あとはどれだけ確固たるイメージを具現化できるか…
「水の球出ろー。水の球出ろー」
「………」
「……」
「…」
「…何も起きませんね」
「う…そうです…ね…」
目に見えて落ち込むルル様。
慌ててウォーターを手のひらに出す。
「ルル様!これを見ながらやってみてください。実物があったほうが想像しやすいでしょうから」
「ありがとうございます!やってみます!」
それからもひたすらルル様が念仏のように水の球水の球…と呟く様を見ることしばし。
「水たまー。水たまー」
「………」
言いづらいけど…このまま続けても成功する気配は無い。だから今日は寝るように提案する。
「まだ港に着くまでかなり時間は掛かりますし、焦らなくても大丈夫ですよ」
「…むー」
「ルル様の魔力量はかなりあることが分かったのです。今日はそれでよしとしましょう。しっかり睡眠を取ることも大事ですよ。それにリリとトトちゃんも寝ているので、起こしてはかわいそうでしょう?」
私たちが使っている船はかなり小さいため、2人は私たちの真後ろでぐーすか寝ている。
ルル様の良心に付け込むようで悪いが、寝てもらうために2人を引き合いに出した。
「…わかりました。でも、また明日付き合ってくれますか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます!でも、寝ないで私も運転を見ていてもいいですか?」
「私はルル様に寝てほしいのですが…」
「少しでも何かしたいんです。静かにしますから…!」
「…わかりました」
私が了承すると嬉しそうに運転席の横に腰掛けるルル様。
そのまま何ともなしに2人で夜空を見上げる。
「星が綺麗ですねぇ」
「そうですね。ルル様は流れ星を見たことがありますか?」
「流れ星ですか?何度かありますけど…それがどうかしたのですか?」
「私の生まれた国では流れ星が流れている間に願い事を3回唱えることが出来ればその願い事が叶うという言い伝えがあるんですよ」
「へえ~。なんだかロマンチックですね」
「ルル様だったらどんな願い事をしますか?」
「そうですねぇ…クロさんのように魔法が使えますように?」
「…無理そう」
「ひどいです!!」
でももしかしたらルル様は私よりも魔法の才能があるのかもしれない。だってスフィルクスさんとも契約できたし、水龍神の娘とも契約している。常人には到底できないことだ。これを才能と言わずなんというのか。
もしルル様が私以上に魔法を使いこなせるようになってしまったら…私はどうすればいのだろう?隣にいる意味が無くなってしまうのではないのか?
「ルル様がもし私よりも凄い魔法使いになったら…って寝てるし」
「すぅ…すぅ…」
隣を見るとすやすやと寝ているルル様。一緒に起きているとは何だったのか…
風邪を引かないようにマジックバッグから毛布を取り出しルル様に被せる。
そのまま星を眺めていると流れ星が見えた。
「(ルル様がいつまでも私を必要としてくれますように…あ…)」
流れ星は消えるのが早く1回しか唱えることが出来なかった。
でもこれは願うことじゃなくて私の意志でどうとでもなる。ルル様が魔法を覚えたのなら、私はもっとすごい魔法を覚えればいいだけだ。
そうは思うもののトトちゃんが交代で起きてくるまで私はぼんやり流れ星を探し続けた。
「水の球ー!出ておいでー」
「…お姉ちゃんは一体何をしているのかしら?」
「どうやら魔法を覚えたいようですな」
それから次の日の朝。朝食を食べ終わった後早速ルル様は練習の続きをしていた。それを怪訝そうに見ているリリと、感心している様子のトトちゃん。
「実は拙も魔法の練習をしていた時期があるのですぞ」
「あんたマジ?」
「本当ですかトトちゃん!」
「はいですぞ。拙の家は忍者の家系ですからな。とは言ってもノウキングダムでは魔法の練習をすることが出来なので家の中でこっそりやるだけでしたが」
トトちゃんも魔法を使えるとは驚きだ。今までは忍者刀での接近戦や、手裏剣やマキビシなどの搦め手しか見たことが無かった。
そんなトトちゃんの魔法が使える発言にルル様は食いつき、リリは信じられないものを見る目でトトちゃんを見ていた。
「どんな魔法を使えるのですか?」
「拙は火遁の術や水遁の術が使えますぞ」
「「かとん?すいとん?」」
ルル様とリリは意味がわからない様子。
「火遁の術は口から火を吐く術ですぞ」
「なにそれ!魔法の癖にちょっとかっこいいじゃない!」
「わぁ!やってみてください!」
「大したものではないのですが…いきますぞ」
2人の反応の良さに気をよくしたトトちゃんが魔法を披露してくれるようだ。それにしても口から火を吐くって…やけどしないのだろうか?
期待している2人の前でトトちゃんが息を大きく吸い込み、魔法を発動する。
「火遁の術!」
ぽふん。
トトちゃんの口から確かに火は出た。出たのだけど…ぽふん。だった。火力はない。
「ホントに大したことないわね」
追い打ちをかけないであげてリリ…
微妙な空気を察したのかやけに明るい声でルル様が続きを促す。私も少し気になっていたので運転を一度止めてルル様に便乗する。
「すいとん!すいとんの術も見てみたいです!」
「そうですね。忍者が使う水の魔法。気になります」
「わ、わかりましたぞ…クロネ殿も見るのですか?」
「うん」
「では行きますぞ!水遁の術!とおっ」
「「「おお!」」」
トトちゃんが船から海へ飛び降りる。慌てて私たちはトトちゃんを見に船から身を乗り出すと…
水上で立っているトトちゃんと目が合う。
「これが水遁の術ですぞ。なんと水の上を歩くことが出来るのですぞ!」
「「「へー」」」
うん。凄い。凄いけど…微妙。
そんな微妙な空気の中リリがまた言わなくてもいい事を言う。
「でも私たち泳げるし。あんまり意味ないわね」
「(ちょっと!リリちゃん!凄いんだから誉めてあげないと!)」
「うぅ…反応がいまいちですぞ…せっかくお風呂でたくさん練習したのに…」
「とりあえず戻ってこようか。トトちゃん」
「はいですぞ…」
無言で船に戻ってくるトトちゃん。
しかし沈黙に耐えられなくなったのか言い訳をし始める。
「違うのですぞ。これが普通なのですぞ!とんでもない魔法を使えるクロネ殿が凄すぎるだけなのですぞ!」
「まぁ、魔法ってあんなものよね」
「秘奥義なら!秘奥義ならみんな驚いてくれると思うのですぞ!」
「「秘奥義!」」
「かっこいいじゃない!それを先に見せなさいよ!」
「トトちゃんはやればできる子だって信じてました!」
いや、秘奥義をこんなところで見せていいのか?それってもう秘奥義じゃないよね?
しかしトトちゃんは本当に見せてくれるようで手を組んで集中している。
「秘奥義!影分身の術!」
「「「おお!」」」
なんとトトちゃんが2人になった!これは…紛れもなく忍術!
ルル様とリリもこれには驚いた様子で目がキラキラしている。
「それでこそ私の部下よ!」
「凄いですねえ。まったく同じ顔のトトちゃんがいます。姉妹さんですか?」
「その影分身は自由に動かせるのかな?」
「はいですぞ。命令をすればいうことを聞いてくれます。ただしダメージを受けたり時間が経つと消えてしまうのですが…」
「いやいや。十分凄いよ」
「褒めてあげるわ!トト」
「いやぁ!ありがとうですぞ!」
微妙な空気のまま終わらなくてよかった。
それにしても自分自身を魔法で作り出すとは。どれだけ繊細なイメージを持つことが出来れば実現可能なのか…今日の夜にでも試してみよう。
「それでルル殿。参考になりましたかな?」
「いえ!まったく!」
「そ、そうですか…」
「ちなみにトトちゃんはどうやって練習したんですか?」
「拙ですか?拙は母上の見様見真似ですな」
「それってすぐに出来ました?」
「火遁の術はすぐ出来るようになりましたが水遁の術は数か月。影分身が出来るようになったのは最近ですぞ」
「そうなんだ。やっぱりすぐには出来ないんですね…」
「毎日続けることが大事だと思いますぞ」
「…わかりました!ありがとうございますトトちゃん!」
ルル様もやる気が出たようだ。
その日は一日中魔法の練習をしていたルル様。しかし結局魔法が形になることはなかった。
それでもトトちゃんが魔法を使えるという事実が励みになったのか、めげることなく次の日も、その次の日も一生懸命魔法の練習を続けた。
それから数週間が経ち…そろそろ港に着くところまで来た。
その間ルル様が魔法の練習を欠かすことはなかった。けれども…ルル様は未だに一度も魔法を使うことが出来ないでいた。
しかしルル様に悲嘆の色はない。空元気かと思いそれとなく話し合ってみたが、何かに打ち込むということが今までなかったから楽しいのです。と打ち明けてくれた。
「トトちゃんでも数か月以上掛かっているんです。私はそれ以上かかってもしょうがありません!」
「…そうですね」
「きっと毎日続けていれば…いつか私だって…」
『ルルが魔法を使うことは難しい』
「…スフィルクスさん?」
港に着くまでの最後の練習!と張り切っていたルル様に冷酷な一言を告げるスフィルクスさん。ただ姿はなく、声だけが聞こえる。
それよりも…ルル様は魔法を使うことが出来ない?こんなにも努力しているのに?




