水龍神の娘の実力
あるところに2体の魔物が生まれた。生物のイカとタコに似た魔物だった。
2体の魔物は生存競争の激しい魔物ひしめく海を生き延びるために共闘し、成長していった。
生まれてから数年が経ち、幾多の戦いに勝ち抜き自分たちの脅威となる魔物がいなくなり始めた頃、彼らは偶然発見された魚人と戦うことになった。魚人は船という乗り物から一方的に攻撃し、船が無くなっても水中で銛を使って攻撃してくる恐ろしい敵だった。
それでも何とか撃退することに成功したのだが…魚人の真に恐ろしいところは他にあった。次の日も、その次の日も魚人は次第に数を増やしながら2体の魔物を襲うようになったのだ。
そんな命がけの日々が続き、ついには数十隻の大艦隊で攻めたてられることになる。
だが、魚人たちと戦うことにより2体の魔物もまた着実に成長していき、気づかぬ間に強くなっていた。
そして死ぬ思いを何度も経験しながら2体の魔物は知恵を絞り、数十隻の船を撃退することが出来た。
2体の魔物は考える。自分たちにとって魚人はすでに敵ではない。それどころか、船の中には大量の食糧が積まれていることも理解していた2体の魔物にとって魚人たちはもう餌でしかなかった。
それから2体の魔物は積極的に船を狩るようになり、浅瀬まで近づくようになった。
暫くすると船は自分たちを怖がり陸地から動かなくなった。その光景を見て思う。自分たちは強者なのだ。もはや脅威となる敵はこの世界にいないのだと。
そんな優越感に浸ること数日。そろそろ陸地を攻めたてるのもいいかもしれない。そう考えていると5人の小さな存在が近づいてきた。見るからに弱そうな相手だ。そんな相手がなぜ自分たちに接近してくるのだろうか…?
疑問を感じているとそのうちの1人が声をかけてきた。
信じられないことに、それは自分のことを水龍神だと言う。言われてみれば5人のうちその者だけ力が突出しているように感じる。
しかしだ。自分たちは何年も、何十年もこの海の中で生き延び、狡賢い魚人も相手にして強くなったのだ。
いくら相手が水龍神だとしてもこんな小さなものに自分たちが負けるはずがない。それよりも、水龍神を食らうことでより強き存在になれるのではなかろうか?きっとそうに違いない。
キングオクトパスが攻撃を仕掛けた。クイーンクラーケンは出遅れた。まずい。先を越された!急ぎ眼前のキングオクトパスを追おうとした刹那。クイーンクラーケンは目の前の光景に目を疑う。生まれてからずっと一緒に生きてきたキングオクトパスの頭と胴体が綺麗に切断されたからだ。
それでも相棒は生きていた。目が合い逃げろと訴えてくるが…相棒の目と目の間を水の線が通過し…相棒は昇天した。
それを見て一目散に逃げることを決意する。自分は強いと思い上がっていただけだった。自分より強い存在はいくらでもいるのだと痛感した。
…だが、相棒がいないこの海で生き延びることにはたして意味があるのだろうか?自我を持ってしまったクイーンクラーケンは自問してしまう。
たとえこの場を生き延びたところで、生まれた時から一緒にいた相棒はもういないのだ。それならば…水龍神に一矢でも報いて死んだほうがましかもしれない。クイーンクラーケンはそう思い直した。
クイーンクラーケンは反転し、一直線に水龍神目掛けて突き進む。
水龍神は驚き目を見開いている。水龍神は自分が逃げると思っていたのだろう。このまま締め付けてやる!
だが水龍神はすぐに手を前にかざし…目の前に水の奔流が渦巻き…クイーンクラーケンの意識はなくなった。
ーーーーー
正直に言おう。私はミツキさんをポンコツだと思っていた。
身内しかいない竜宮城でひっそりと暮らしていた常識の無い女の子。そう捉えていた。
しかしその印象はAランクの魔物と対峙したときに霧散した。
高潔な佇まい。言葉一つ一つに力が込められているような声。思わず跪きたくなるほどだった。
それでも巨大タコとイカは聞く耳を持たず攻撃を仕掛けてきたけど、ミツキさんは冷静に対処した。水の刃でタコを一刀両断し、イカは水中で竜巻を発生させて有無を言わせず倒してしまった。
いざ戦闘が始まってしまうと私も戦うことになることになるかもしれないと身構えていたが、終わってしまえばミツキさんが全て一人で片づけてしまった。
2体の魔物が完全に沈黙したことを確認してミツキさんが息を吐く。
それから一度全員で水上に出てから会話する。
「ふぅ。なんとかなって良かったですぅ」
「ミツキさん凄いですね!強敵を一撃です!」
「海の中で私より強いのはお父様くらいだと思いますからぁ」
確かに圧倒的だった。Aランクの魔物なのにまるで相手になっていなかった。
ぷかぷか浮いている二体の魔物を指差してミツキさんに質問する。
「この魔物はどうします?」
「そうですねぇ。聞くところによるとこの子たちは魚人たちに迷惑を掛けていたようですから…街の近くの陸地まで運びましょうか?」
「いいと思います!それでまた魚人さんたちも漁に出ることが出来そうですし!」
私たちの手柄にしなくてもいいのですか?と言おうとしたけれど、やめた。
そもそもミツキさん以外何もしていないし、魚人も信じてはくれないだろう。
ということで、ミツキさんに浜辺まで運んでもらい、魚人が発見するまで隠れて見守ることに。
「あ、来ましたよ」
「私たちを見つけてくれた魚人ですね」
竜宮城から帰ってきたときに私たちを発見した魚人が浜辺に打ち上げられているキングオクトパスとクイーンクラーケンを見つけて駆け寄ってくる。
「…ん?あれは…ん?…まさか…おい!誰か来てくれ!とんでもないものが打ち上げられてるぞ!」
魚人が二度見してから大声を叫び、何事かと魚人たちが集まってくる。
「おいおい!キングオクトパスとクイーンクラーケンじゃないか!」
「死んでる…のか?誰がやったんだ?」
「わからねえ。俺が来た時にはもうこの状態だった」
「なんにせよ喜ばしい事じゃねえか!これでまた漁に出ることが出来るぞ!」
浜辺が歓声に包まれる。そんな中、ある魚人がこんなことを言い出した。
「なぁ…これって、もしかして水龍神様が俺たちの為に倒してくれたんじゃねえか…?」
「水龍神って…あの伝説のか」
「ああ。こんなことが出来る心当たりが他にねえよ」
「…そうかもしれないな。だとしたら、水龍神様に感謝しないとな」
「水龍神様!ありがとうございます!」
「「「「水龍神様万歳!」」」」
魚人たちが海に向かって水龍神様万歳と連呼し始めた。正解なのが凄い。
そんな騒いでいる魚人たちを見ていると突然後ろから光が溢れ出した。振り返るとミツキさんが光り輝いている。
「あわわわ…誰か布かなにか持っていませんか!?光でばれてしまいますぅ!」
「えーとこれでいいですか!?」
マジックバッグからテントを取り出して急いでミツキさんをその中に。
全員でテントの中に入った後もミツキさんは光り続けている。
「ミツキさん。突然どうしたんですか?いきなり神々しくなりましたけど」
「恐らくですが…魚人さんたちの信仰心が私に力を与えているのだと考えられます。どんどん力が増幅しているのがわかりますのでぇ」
なるほど。水龍神であるミツキさんに対して魚人が感謝の念を抱いたためミツキさんの力が増幅していると。神様は信仰心で力が増すのか。
その後もミツキさんの身体から漏れる光が消えることはなく、むしろ時間が経つにつれ強くなっていったので、一度竜宮城に帰ってもらうことに。
「光が収まり次第戻ってきますね。このままだと誰かにばれてしまうのでぇ」
「わかりました。今日はありがとうございました」
「いえいえ。それでわぁ」
ミツキさんが海に帰ってしまったので、私たちは街に戻って宿を取ることにした。
「凄い歓声ですぞ」
「お祭り騒ぎね」
宿に向かう道すがら、様々な所で水龍神様という単語が聞こえてくる。ミツキさんの光が消えることが無かったのは街中に水龍神がキングオクトパスとクイーンクラーケンを倒したという噂が広まったからか。
私たちは何もしていないけど、いい気分になりながら宿に入る。
すると宿の店主さんからこれから1週間はお祭りになるだろうと教えてくれた。今回の功労者であるミツキさんにお祭りを楽しんでもらいたいけど、果たして光は収まるのかどうか…
それから数日後、お祭り期間も半ばというところでルル様の手が光り、ミツキさんが現れる。
「ミツキ殿。お久しぶりですぞ」
「光は収まったんですね」
「いえ。実はあれからも光は増すばかりでぇ。そのことをお父様に相談すると光を制御する修行をすることになりまして…なんとか抑え込むことが出来るようになったのでその報告に来ましたぁ」
ミツキさんのお父さんには今回の件でたくさん褒められたらしい。嬉しそうに教えてくれた。
そんな幸せそうなミツキさんにお祭りが始まっていることを伝える。
「街はお祭りで大賑わいですよ」
「ミツキさんが来るまで私たちも我慢してました!」
「ええ!?私のことは気にしなくてもよかったのにぃ」
「主役がいないのに楽しめませんよ。早速行きましょうか」
「もう行くんですか!?ちょっと待ってください!変装するのでぇ!」
ミツキさんがサングラスをかけてマスクも付け始めた。お忍びの芸能人のような格好だ。
「これで安心ですぅ」
「逆に目立つような気もしますが…行きましょうか」
この世界に来て初めてのお祭りだ。目いっぱい楽しもう。




