追跡者編 なぜこやつは女の服装をしておるのじゃろうか…?
クロネに魔法を教えたおじいちゃんとクロネと同じ異世界出身であるアラタのお話です。主人公組と邂逅するまでたまにこの2人のお話は差し込みます。
アラタと旅を初めて数日が経過した。現在は人間国とノウキングダムの中間地点程じゃろう。
人間国周辺よりも魔物の強さが上がってきておる。
今も前衛のアラタがオーク5体を相手に楽しげに剣を振るっている。そこら辺の冒険者では相手にならんであろう洗礼された剣術。こことは違う世界でも剣を振るっておったのじゃろう。常に上段に構える独特な型じゃ。
動きに無駄がなく、瞬く間に1体、また1体と切り伏せるためワシの出番はない。
戦闘時間はわずか数十秒。異世界には魔物はいないと聞いておったのだが、こやつはクロネとは違う世界から来たのではなかろうか?
「はぁ…肉を切る感触がこんなに刺激的なんてなぁ…」
「悦に浸っていないで切り分けるのを手伝ってくれんかの。今夜の夕食にするぞ」
「げ…これ食べんの?嫌だなぁ」
「美味くて驚くと思うぞ」
「ホントかよぉじいさん」
文句を言うアラタに魔物の解体の仕方を説明していく。倒した直後に解体すれば剥ぎ取りしやすいし、いい肉が取れる。
皮を剥ぎ部位ごとに分けて保存していく。
「手際いいなぁ」
「次はお主もやるのじゃぞ」
「ええ!?ボクはいいよ」
「何事も経験じゃ」
「無理だってそんなえぐいの」
やる前から逃げ腰でどうするのじゃまったく。
ワシだけじゃと解体に時間が掛かってしまうので、なんとしてでもアラタにもやってもらわねば。ワシの腰が持たんわい。
とりあえず1体を解体して残りは夜の見張りの時にでもゆっくり解体することにして旅を急ぐ。
馬に乗り、ワシの後ろにアラタが乗り腕を回してくる。アラタにも馬を買い、乗馬の練習もしないといけない。やるべきことがたくさんあるのう。
旅を初めて2,3日は尻が痛いと駄々をこねておったが、今日はおとなしい。ようやく慣れてきおったか。
「なぁじいさん。どうしてそんなに急いでいるんだよ。もっとゆっくり進んでもいいんじゃないの?」
「もう少しで小さな村に着くからじゃ。寝不足で敵わんからな。ワシは早く安全な場所で寝たいのじゃ」
「ボクのほうが見張りの時間長いのに?情けないなぁ」
「もっと老人を労わらんか」
「ボクの知ってる老人は乗馬なんかしないから、じいさんはまだ若いよ」
「魔法で騙し騙し若く見せているだけじゃ。…今夜はあの見晴らしのいい丘で野営するぞ」
「はいよ」
馬に指示を出して丘に向かう。…この馬にも名前を付けてやらんとな。何がいいかのう…せっかくだからアラタにも考えてもらうか。
「アラタよ」
「なに?」
「この馬に名前を付けてやりたいのじゃが、何かいい案があるかの?」
「ボクも呼びづらいと思ってたんだよね。え~と…じいさんの名前なんだっけ?」
「ガンドじゃ。というか忘れるな!」
「ごめんごめん。ガンドね。う~ん…じゃあガルドはどう?」
「わしの名前から取ったのか?」
「うん。だってこの馬も結構じいさんでしょ?顔もどことなく似てる気がするしさぁ」
「ガルドか…」
自分の名前と似ているのは少々気恥ずかしくはあるが、悪くない名前だ。馬にも背中を撫でつつ聞いてみる。
「ガルドという名でもいいかの?」
「…ブルル」
「お。いいって言ってるんじゃない?」
「では今日からお主はガルドじゃ。よろしく頼むぞ」
「よろしくガルドー」
「ブルル」
ガルドが小さく嘶く。納得してくれたのかのう?頭のいい子じゃ。
まだ旅を始めて間もないが、ガルドの性格はだいぶ慎重じゃということがわかった。それは魔物の遭遇の仕方からもわかる。
1日目は魔物に全く遭遇しなかった。そして二日目はゴブリン1体、3日目はゴブリン3体と…まるでワシたちの実力を測るかのように段階的に魔物のレベルが上がってきておるからじゃ。
今日はオークが5体じゃったな。それに最近は魔物を避けようとはしなくなっている。少しずつ認められてきたということかのう。
ガルドがゆったりと丘を登り、頂上に到着する。
「着いたな」
「見晴らしもいいし野営するにはちょうどいいね」
アラタと野営の準備を済ませ食事の用意をする。
先ほどのオークを焼いて皿に盛り付ける。初めは食べることを渋っていたアラタも一口食べるとガツガツ口の中に詰め込みすぐにおかわりを要求してきた。かなり気に入ったようじゃな。
「この世界に来てから一番うまい!」
「解体できるようになれば好きなだけ食べられるようになるぞ。寝る前の運動も兼ねて教えようかのう?」
「え~。今日はいいよ」
解体をできるということはステータスにもなるからのう。この世界で生きていくためには必要な技術じゃ。やる気を出すまで根気強く声を掛けるとするか。
それからアラタに腹いっぱい食べさせて後に、2人で焚き火を眺める。
横に座っているアラタの容姿を改めて確認する。ずっと疑問じゃったのだが、どうしてこやつは男なのに女の格好をしているのじゃろうか?スカートを履き、化粧もしている。初めは男だと聞いていたのにどう見ても女の子じゃったので伝え間違えだろうと思っていたが、この数日間旅をすることでやはり男じゃということが分かった。
男なのに女の格好をする意味がワシにはまるで分らん。もう本人に直接聞いてみるしかないじゃろう。
「アラタよ」
「なに?」
「お主はどうして女の格好をしておるのじゃ?」
「え?今更?」
「聞いていいものかわからんかったからの。じゃが旅をする上でやはり気になってしょうがない」
「まあいいけど」
アラタが焚き火を眺めながらぽつぽつと語りだす。
「ボクってさ。小さい時から周りの人から可愛いね。とかお人形さんみたいって言われながら育ったんだよね」
「ほう」
「でもさ。高校に入った時くらいからピタッとそういうことを言われなくなったんだ。…それまではかわいいって言われることが嫌だったけど、いざ言われなくなると、どうしてボクのことをかわいいって言ってくれなくなったんだろうって考えるようになって、少しだけ髪に気を使ったりお化粧もほんの少しだけしてみたんだよね。そうしたらまた周りがボクのことを可愛いって言うようになって、その時やっと気づいたんだ。ああ、ボクは周りに可愛いって思われたいんだなってね。それからは本格的にお化粧について勉強したり、女の子の服装にも興味持つようになって、今の僕があるんだ」
「なるほどのう」
可愛いと言われたくて女装をしておる…か。想像していたよりもまっとうな理由で安心したわい。
しかし、話を聞く限り女装をし始めたのはずいぶん経ってからのようじゃな。周りの反応はどうじゃったのだろうか。
「急に女の服装をして、周囲の反応はどうじゃったんじゃ?」
「昔のボクを知っている人の前では女装はしてないよ。だから変なことにはなってないかな。ところでさ。ボクからも質問してもいい?」
「いいぞ」
「どうしてじいさんは魔法使いなのに解体とか乗馬とかできるの?ボクのイメージの魔法使いとかけ離れているんだけど」
「そうかの?」
「ボクのイメージの魔法使いって後ろでふんぞり返って人にあれこれ命令する狡賢い感じ?」
「ふむ。アラタのイメージとこの世界の魔法使いはかなり違うぞ」
「どんな風に?」
どうやらアラタの中では魔法使いは強くて性格が悪い。そんなところじゃろうか。
「まず初めに言っておかななければいけないのは、この世界の魔法使いは弱い。戦闘ではほとんどの魔法使いが使い物にならんくらいにの」
「じいさんも?」
「ワシは別じゃ」
自慢じゃないが人間国の中で言えばワシはかなり強い。伊達に長生きしとらんのだ。
「相手にダメージを負わせるほどの魔法を使えるものは少ないからのう。じゃから後ろでふんぞり返ることなんてできる魔法使いもほとんどおらん。それで話を戻すが、ワシも若いころは実力がなかったから雑用として狩りに同行させてもらっておったわけじゃ。解体や乗馬はその時に身に着いたものじゃな」
「へぇ。爺じいさんも苦労したんだね」
「苦しい時があったからこそ今の自分がある。お主もそうであろう。つまりは何事も経験じゃ」
「…そうだね。それじゃ、今から教えてよ。暇だしさ」
「何をじゃ?」
「解体だよ。解体。教えてくれるんでしょ?」
「おお!そうじゃったそうじゃった!今出すからちょっと待っておれ!」
アラタに解体のイロハを教えながら、嫌そうな顔をしつつも話を聞くアラタを見る。
少しは距離が縮まったかもしれんのう。




