竜宮城と水龍神の娘
「…ルル様!」
意識が覚醒し起き上がる。私は何をしていたのだったか…?
海を見て…船に乗って…魔物に襲われて…そこから記憶が途切れている。
現状を確認する。懐かしいことに私は和室で寝ていた。大きい部屋に布団が1枚。ここは一体どこだ?
毛布をどけて起き上がる。身体を確認してみたが怪我もない。兎にも角にもルル様を探さなくては。はたして無事なのだろうか。
襖を開け、長い廊下を歩く。廊下はオレンジ色の照明がついていて明るい雰囲気だ。本当にここはどこなのだろう?不安になりつつ進んでいると曲がり角から魚人が現れる。一見人間の子供のようだが耳がひれの形になっている。
敵意は無いようだがここがどこかわからない以上用心に越したことはない。
警戒しているとその子供が話しかけてきた。
「オ客人様。目ガ覚メタノデスネ。オ連レ様ガオ待チデス」
「みんなは無事なの!?」
「ツイテキテクダサイ」
そう言うなりせっせと歩いて行ってしまったのでついていく。
しばらくして一際大きい青色の襖の前で止まり、襖を開けると…部屋の中に3人がいた。向こうも私に気づき駆け寄ってきてくれる。
「うわ~ん!!クロさ~ん!!もう目覚めないかと思いました~!!」
「あんた寝すぎよ!ちょっと心配したじゃない!」
「よかったのですぞぉ!」
「みんなも無事でよかった!」
抱きしめ合って喜びを分かち合う。みんな無事でよかった…。
そうだ。3人に状況を確認しないと。
「みんな?ここはどこなの?私たち海に投げ出されたよね?その後の記憶が全くないのだけれど」
「あんたとお姉ちゃんが海に沈んでいくから、慌ててあたしとトトで救出するために追いかけたのよ!」
「それで何とか二人を回収できたのですが…4人で海上に上がるには息が持たなくてですな」
「どうしようって暴れてたら、あの亀が助けてくれたのよ!」
「亀?」
「サウザントトータスですぞ」
…ああ!ルル様が釣ったけど海に返してあげたあの。
「実は亀じゃなかったんです!」
「亀じゃない?」
「ほら。あそこで私たちを見ているのが亀の正体だったのよ」
リリに言われて部屋の奥にいる女性に気が付く。
青い髪に青い目で背中には青い羽衣を身に着けている。歳は私くらいだろうか。まだ幼い雰囲気だ。私たちのことを穏やかな目で見ている。
てっきりこの部屋には私たちしかいないと思っていたからみんなに抱きついてしまった…恥ずかしい…
私の視線に気づいたのか手を振ってきたので振り返す。そのままその女の子が近づいてくる。
「感動の再開でしたねぇ。クロネさんでしたっけ?3日も眠っていたのですよぉ」
「3日!?」
そんなに私寝ていたの!?そりゃルル様が泣きながら鼻水を私に塗りたくってくるわけだ。
驚愕していると女の子が挨拶をしてくれた。
「初めまして。私の名前はミツキ。水龍神の娘で竜宮城の管理を任されている者ですぅ」
「水龍神の娘?」
「はい」
「姿がバレないように、亀に変身して海を泳いでいたら偶然私たちが釣りあげてしまったみたいです」
「食べられると聞いてあの時は身が震えましたぁ」
「それで私たちの言葉が通じていたんですね」
ミツキさんの話によると…危うく食べられるか売られるところを逃がしてくれたルル様に感銘を受けたようで、船にこっそりついていき、タイミングを見計らってお礼をしようと考えていたところ船が大破。4人が海に落ちてきたので慌てて自分が暮らしている竜宮城に連れて行き治療してくれたようだ。
もしミツキさんがいなければ…私たちは全員死んでいたかもしれない。そう考えると背筋が凍る。
ミツキさんに向き直って改めてお礼をする。
「この度は助けてくださって本当にありがとうございます」
「いいんですよぉ。こうして巡り合えたことも何かの縁。お互い助け合いの精神ですぅ」
ミツキさん…優しい。そんな慈愛溢れるミツキさんから更なる提案が。
「それでですね。今日はここに泊まっていきませんか?」
「クロさん!そうしましょうよ!」
ふむ。ここに来てから私は3日も眠っていたらしい。つまりとっくにキングオクトパスとクイーンクラーケンの討伐の話題は過ぎ去っているだろう。北の街に知り合いがいるわけでもないし、今頃慌てて戻る必要もないか?
しかしこれ以上ミツキさんのご厚意に甘えるのもどうなのだろうか?ただでさえ3日もこのポンコツ3人組の相手をして疲れただろうし…うん。
「ありがたいお話ですが、これ以上ミツキさんに迷惑を掛けるのも忍びないので、帰りたいと思うの…です…が…」
話の途中からミツキさんが涙目になり始めたので尻すぼみになってしまった。ど、どうしたんだろう?
「か、帰っちゃうのでしょうかぁ~?」
「は、はい。3人とも騒がしいですし迷惑かなと」
「迷惑ではないですよぉ!一緒にいると楽しいですぅ」
「てかクロネ!あんた失礼じゃないの?いつ私たちが騒がしくしたのよ!」
「いつもだよ!」
「大丈夫です!おとなしくしています!」
「拙も借りてきた猫のように過ごしますぞ!」
「トトちゃん犬なのにその例えは紛らわしい」
「泊まっていってくださいぃ!なんでもしますからぁ~!」
どんだけこの3人が気に入ったんだ!?
3人を抱きしめながら涙目で訴えてくるミツキさん。すぐに帰らなければいけない予定もないので別にそこまで反対するつもりはないのだけど。
「わかりました。今日は泊まらせていただきます」
「本当ですかぁ!わぁい!じぃや!夕食は豪華にして!」
「かしこまりました」
「じぃやいたの!?じぃやどこ!?」
「じぃやは影が薄いから常人には見つけられないよぉ」
じぃや怖いな!
ともあれ今日はこの竜宮城で泊まることになりそうだ。
それにしても水龍神の娘様か。最近大物と会う確率が高くて感覚が麻痺してきた。ひょっこり龍が飛び出してきても驚かないかもしれない。
それからしばらくして夕食に御呼ばれしたので大広間へと向かう。
ここは深海だからか常に外が真っ暗なので昼か夜かの区別がつかない。ただ、そこかしこに照明がずらりと設置されているので暗い雰囲気はない。
案内してくれている魚人の男の子についていきながら私が眠っていた時のことを聞く。
「ルル様はすぐに目が覚めたのですか?」
「いいえ!私もさっき起きました!」
「お姉ちゃんが起きてきて、喜んでいたところにクロネが部屋に入ってきたのよ」
ルル様も3日間眠っていたのか…もし私の目が覚めた時にルル様がまだ目覚めていなかったら…きっと自分が許せなかっただろう。私はルル様の護衛なのに何一つ守ることが出来なかったのだから。
今まではどこかこの世界を馬鹿にしていて、魔法もお遊び感覚で使っていた。
でもそれではAランクに位置づけされるような魔物には全く歯が立たないことが証明された。今後はもっと魔法についての知識を深め、ルル様を完璧にお守りできるような力を得たい…
「クロさん。着きましたよ?どうしたんですか?」
「いえ。なんでもないです」
「ここの料理はとっても美味しいわよ!」
「絶品ですぞ」
「2人は私たちが起きるまでここで生活してたんだもんね」
「そうよ!心配したんだからね!」
「4人とも無事で何よりでしたなぁ」
3日も起きてくるのを待つのはつらかっただろう。海に入ること自体初めてのはずなのに私たちを助けるために海に潜ってくれたみたいだし、今度2人にお礼しないと。
そんなことを考えながら大広間に入ると、すでに食事が運び込まれていた。
1人に1つ座布団と御膳が用意されていて、旅館みたいだ。
襖が開いた途端、中にいたミツキさんが笑顔で走り寄ってくる。第一印象はもっと静かなイメージだったのに、失礼だけど懐いてくる子犬のような方だ。
「お待ちしておりましたぁ。さぁさぁ。お好きな席に座ってください」
「あたし真ん中がいい!」
「拙はリリ殿の隣で」
「私はクロさんと一緒がいいです!」
各々好きな場所に座る。ミツキさんも一緒に食べるようで、並びはミツキさん、トトちゃん、リリ、ルル様、私の順だ。
「では皆さん。いただきましょう。ルルさんとクロネさんはしばらく食事を口にしていなかったのでお腹も空いているでしょうし」
「言われてみれば」
「お腹ペコペコです!」
「おかわりもたくさんあるので遠慮せず召し上がってくださいね。ではいただきますぅ」
「「「「いただきまーす!」」」」
何から食べようか目移りしてしまうほど種類がある。焼き魚に角煮、サラダや貝など色とりどりだ。焼き魚から食べてみる。
…うん。塩が効いていておいしい。他の料理も絶品だ。
「美味しいですね!」
「お腹が空いていたのでいくらでも食べられそうです」
「じぃや!どんどん追加持ってきてねぇ」
「かしこまりました」
相変わらずじぃやの声だけは聞こえるが姿は見えない。もう気にしないことにしよう。
それにしても豪勢な食事だ。でも、魚や貝はわかるけどお肉とかはどうやって調達しているのだろうか?
ここは海底にあるようだし、陸地からも離れているけど。
「ミツキさん。料理の食材はどうやって調達しているのですか?」
「え?うーん…ごめんなさい。よくわからないの。じぃやに全て任せているからぁ」
「じぃや…何者なんだ…」
気にしないようにしようとした矢先に気になることが…!
気にはなるが…とりあえず目の前にある美味しい食事を堪能することにした。わからないままのほうがいい事も世の中にはあるのだ。うん。
どんどん運び込まれてくる料理に舌鼓を打っていると、突然ミツキさんが手を叩く。
すると上半身は人間だが下半身は魚の…所謂人魚の方たちが次々に部屋へと入ってくる。
何事だろうと思っていると、ミツキさんが笑顔で教えてくれる。
「せっかくお客様がいらしたので、竜宮城自慢の合唱を聞いてもらおうと思うのぉ」
「お歌ですか!楽しみです」
「では皆さんお願いしますぅ」
人魚の皆さんの合唱が始まる。
聞いていると自然と肩の力が抜けるような、とてもリラックスできる素晴らしい合唱だ。
「心地いい歌声ですね」
「気に入ったわ!」
「ふわふわしますぞお」
「うふふ。実はですねぇ。彼女たちは歌声にヒーリングの魔法を乗せているんですよぉ」
なるほど。通りで気持ちが安らぐわけだ。
魔法は奥が深い。戦うだけではなく、様々な用途、応用が利く。あとで人魚の皆さんにヒーリングのコツを教わろう。
その日の食事は味もよく、雰囲気も良く、人魚さんの合唱付きという忘れられない食事となった。
お腹も満たされて一服。
「美味しかったですね」
「リリとトトちゃんはずっとこんなおいしい料理を食べてたの?」
「そうよ!最初はびっくりしたわ!」
「ここは最高ですぞ!」
うん。こんなに居心地のいいところで暮らしてしまったら堕落してしまう。
そんなことを考えていると席を外していたミツキさんが戻ってくる。
「皆さん。お友達が出来たら是非やってみたかった遊びがあるのですがぁ…」
手を後ろに回しながら、もじもじしながら訪ねてくるミツキさん。
4人でアイコンタクトをしてから笑顔で答える。
「いいですよ!」
「仕方ないわね。付き合ってあげるわ!」
「拙も参加しますぞ」
「私も喜んで参加しますよミツキさん」
「いいんですかぁ!コレなんですけど…!」
ミツキさんが後ろ手で隠していたアイテムを前に出す。
両手に持っていたものは…手を入れることが出来る箱と、番号付きの棒、そして「王」と書かれている棒だった。