ポンコツ VS Aランクの魔物
碌に説明も聞かずAランクの魔物を追う船に乗り込んでしまった私たち。
「Aランクの魔物ってどれくらい強いのかしら」
「水の上を進むなんて面白いです!」
「それにしても水がきれいですなぁ」
「おい3馬鹿。ちょっと止まれ」
船の上を走り回りながらきゃっきゃと騒いでいる3人。
そんな暢気なおバカたちの服を掴み正座させる。
「足が痛いですぅ」
「服が伸びちゃうじゃない!そんなこともわからないの?」
「お黙れ。君たちはAランクの魔物がどれくらい危険かわかってるの?」
3人がお互いの顔を見合わせている。
「わかりません!」
「そんなに強いの?」
「ゴブリン1000匹くらい…ですかな!?」
「よしわかった。説明するから聞きなさい」
どうやら本当に何も知らないようなのできちんと説明する。
まず、この世界の魔物は強さによってランク分けされている。ランクは一番高くてSランク、一番低くてEランクだ。それぞれの強さはこれくらいと言われている。
S…人知を超えた存在 例)スフィルクスさん、龍
A…国が総力を挙げて対処 ←これですよ!今ここ!
B…優秀な冒険者が複数人いればあるいは
C…冒険者が複数人いれば勝てる
D…一人前の冒険者なら勝てる 例)ファング、サル
E…誰でも勝てる 例)ゴブリン、スライム
これから私たちが対峙するかもしれないキングオクトパスとクイーンクラーケンはとんでもない強敵であることは間違いない。それをDランクのサル相手に時間を掛けているような私たちが戦っても勝てるわけがない。いや、戦いにすらならないだろう。
「どうですか?船に乗ったことを後悔しましたか?」
「船長さんに引き返してもらえないか直談判しましょう!」
「物事には順序がありますからね。まだ早いと私は思います」
理解してくれたようなので操縦室に行き船長さんに帰れるかどうか聞いてみる。
全員上目遣いでお願いする作戦を立てて実行したが、信じられないことに鼻で笑われた。
「なぁーに言ってんだ!この船だけ乗り遅れるわけにはいかんだろうが」
「そこをなんとか!私たちつい乗っちゃったんです!」
「駄目だ駄目だ!ほれ!釣り道具貸してやるから着くまでそれで時間つぶしとけ」
船長が壁にいくつも立て掛けられている釣り道具を渡してくる。その釣竿を見て目を輝かせる3人。
「ありがとうございます!船長さん!」
「トト!あたしが釣りの何たるかを教えてあげるわ!」
「楽しみですぞぉ!」
わぁ~~っとデッキに向かってしまった3人。
単純すぎでしょ…
船長も話は終わったとばかりに操舵している人のところに行ってしまった。
はぁ…仕方ないので覚悟を決める。
あの3人は海を見たことがないと言っていた。つまり泳げない可能性が高い。海に投げ出されたらアウトだ。私がいつも以上にしっかりしないと。
気が重くなりながらデッキに向かうとすでに3人は釣りを始めていた。
運がいいのか、早速反応があったようだ。
「いい?トト。ここで慌てちゃだめよ!しっかり食いつくまで我慢するの!」
「なるほど!」
「………いまよ!」
リリが勢いよく魚を釣り上げる。せ、成長している…?
「これが釣りよトト!お魚との駆け引きよ!」
「凄いですなぁリリ殿は!」
「ふふーん。もっとあたしを褒めなさい!」
騒いでいる二人は放っておいてルル様に近づく。
「どうですか?」
「クロさん。お魚はたくさんいますね。それに上から確認できるので以前の釣りよりも難易度は低いかもです」
「どれどれ?」
海を覗き込む。
確かに透明度が高いので魚の動向もはっきり見える。素人でもどこが良いポイントかわかるようになっているようだ。これなら私たちでも楽しめそう。面白そうなので私も釣りを始めようとするとリリが魚を持って近づいてきた。
「釣ったお魚どうしよう?」
「俺のバケツを貸してやろう」
「誰ぇ!?」
「しがない冒険者さ」
突然横から水の入ったバケツを差し出してくるサングラスをかけた魚人。魚から手足が飛び出ていて、きm…こわい。
「あんたたちもキングオクトパスとクイーンクラーケン狙いだろ?一緒に頑張ろうぜ!」
「あ、はい」
「そのバケツはあげるからよ!たくさん釣れよ!応援してるぜ!」
「あ、はい」
颯爽といなくなる魚人。
意思疎通が図れるのが信じられないくらいのビジュアルに唖然としながらもリリがバケツに魚を入れる。
「キモいけどいい奴ね!」
「夢に出そう…」
気を取り直して釣りを始める。
釣りをしているといろいろ考え事をしてしまう。今後はどうすればいいだろうか。王国の追手がいるから行き先は慎重に考えなければいけないし、ルル様のテイムについても頑張ってほしい。そして脳裏によぎる先ほどの魚人…
「また釣れたわ…ってでかいわね!」
「これはなんですか?」
魚人が頭から離れずに悶々としているとリリがまた釣り上げたようだ。
しかし今回は魚ではなく、なんと亀だ。それもかなりでかい。甲羅に乗っかれるくらいの大きさだ。たぶん長生きしてきたのだろう。その亀を見て引き返してきたあの人物が声をかけてくる。
「それはサウザントトータスだな」
「出たわね魚人!」
「うわぁまた来た…」
「食べると寿命が延びると言われている大変レアな魔物だ!」
「食べられるんですか」
すっぽん鍋とかあるからね。甲羅以外はほとんど食べられるのだとか。食べたことないからよくわからないけど。
「トータスさん凄い暴れてます!」
食べるという単語が出た途端ものすごい勢いで首を振り始めた亀。もしかして私たちが話していることが理解できるのだろうか?」年は取っていそうだしありえる。
ルル様もそれが伝わったのか、リリに海へ返すように提案している。
「リリちゃん。トータスさんかわいそうだし、海に戻してあげよう?」
「う~ん。どうしようかしら」
「それはもったいないぜお嬢ちゃん。サウザントトータスは売れば金貨100枚にはなるぜ」
「金貨100枚!?ゴクリ」
金貨100枚は大金だ。亀一匹で100万円相当。海はロマンあるなぁ。
それを聞いて冷や汗をかいている(ように見える)亀。心なしか顔色も悪い。
しかしルル様はお金の話を聞いても心は動かなかったようで再度亀に話しかける。
「トータスさんは海に帰りたいですよね?」
「(こくこく)」
「わかりました!そりゃ!……持ち上がりません!」
大金が貰えるとしても関係ない!そんな感じでかっこよく亀を持ち上げて海に返してあげたかったのだろう。
だが悲しいかな。貧弱なルル様はクールに決めることが出来なかった。
仕方ないので手伝ってあげる。
「ルル様。私がこっちを持つので、反対側を持ってください」
「ありがとうございますクロさん!」
「リリ。いいよね?言葉通じてるようだし、かわいそうだから逃がしてあげても」
「…あたしは心が広いからね!サウザントトータス!感謝しなさい!」
「(こくこく)」
釣った本人からも了承を得たので、何とか持ち上げてリリースする。
亀って思ったよりも重い…疲れた…
金貨100枚は魅力的だけど、ルル様の気持ちのほうが私にとっては大事だ。
それからもリリが今日は調子がいいのかどんどん釣り上げていると、船長が走ってデッキまでやってきた。
「キングオクトパスが見つかったぞ!全員戦闘準備しておけ!」
「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」
ついに来た…
せめてみんなに泳ぎを教えてから船旅するべきだった…そんな後悔をしながら釣り道具を戻しに行く。
操縦室に釣り道具を戻しデッキに戻るとすでに私たちより先行していた船は戦闘が始まっていた。
船は全部で50隻ほど。その中でも私たちはかなり後方だ。まだ戦闘区域からはかなり離れている。
それでも戦闘の余波で大きい波が押し寄せてくるので揺れる。
そんな緊張感漂う中ルル様が口を手で抑えている。…まさか?
「うぅ…酔いました…」
「やっぱりですか!この大事な時に!?」
「あ…ヤバいです!!おrrrrrrrrrrrrrrrrrr」
「嘘ですよね!?ヒロインですよね!?」
顔面蒼白で船首まで走りそのまま吐くリリ様。それを見た2人はゲラゲラ笑っている。
「お姉ちゃん汚―い!」
「魚が…!魚がたくさん寄ってきますぞお!!」
「おいこら!緊張感持て!」
「だってまだ結構距離あるわよ?」
「それはそうだけど…」
確かに戦闘が起きているのはかなり前方だ。今すぐ私たちが戦うというわけではない。
そんな甘い考えが打ち砕かれる。
「ん?何か海が…」
「え?ちょっ…浮いてない!?」
「うわぁ!飛んでる!船が飛んでる!」
目の前の水面が突然隆起したかと思うとそのまま私たちの船も巻き込まれて浮き上がる。
そして私たちは目の前に現れた存在に恐怖する。そうだ。今回の魔物は1体ではない。2体いるのだ。
おそらく前方にいたのがキングオクトパスだったのだ。
そして眼前にクイーンクラーケンがいる。その大きさはまるで怪獣だ。船が小さく見えるほどの巨体。それが海から顔を出したのだ。しかもツイてないことに私たちの船のすぐそばで。
「きゃあああああ!!」
「ルル様!」
「お姉ちゃん!」
「ルル殿!」
更に運が悪いことに…ルル様は船の端にいた。そして突然船が浮き、傾いたことでルル様が船から投げ出されてしまった!
「クロさん!」
「ルル様!」
走り手を伸ばすが…届かない!
落下していくルル様を助けるために私も飛び降りようとしたとき…クイーンクラーケンと目が合う。…マズい!!
クラーケンが足を無造作に船へと叩きつける。
「【障壁】…!」
咄嗟に障壁の魔法を展開するが…付け焼刃の私の障壁が通用するわけもなく…
船はあっけなく壊れ、ルル様を助けるどころか全員が海に投げ出され…私の意識はなくなった。