「一生のお願い」と「最後のお願い」は大抵嘘
「お姉ちゃーん。肩揉んでー」
「はいはい!」
「ルル殿。喉が渇きましたぞ」
「お水用意するね」
「ルル様。疲れたので椅子になってください」
「クロさんだけ命令の質が違う!」
今日一日はルル様になんでも命令できる日なのだ。大変気分がいい。
ルル様に四つん這いになってもらいその上で休憩を取る。はぁ…ぞくぞくするわぁ。
「うぅ…」
「あんたお姉ちゃんの護衛よね…」
「そうだ。今日はルル様にポニーテールで過ごしてもらいましょう。一度見たかったのですルル様のポニーテール姿を!」
「あんたテンション高いわね」
馬乗りになってルル様の後ろ髪を結ぶ。正面から確認したいので一度立ってもらう。
「ど、どうでしょうか…?似合っていますか?」
「はい。物凄くかわいいです。ドストライクです」
金髪にポニーテールのチョイスは我ながら素晴らしい。パーフェクトよ私。
「ふ~ん。なかなかいいわね…クロネ!私にもその髪型をやってちょうだい!」
「いいよ」
リリにも同じように髪を結んであげる。髪を触ってみて気付いたけどルル様とリリの髪の長さが全く同じだ。偶然だとは思うけど、こういうところは双子だなぁ。
「どう?どう?」
「うん。かわいい。はい鏡」
「かわいらしいですぞ!」
「ふふ~ん。いいわね!今度からこの髪型にしようかしら」
リリはポニーテールが気に入ったようだ。たまにはいつもと違う髪型にすると新鮮でいいよね。
「さて。今日は調子がいいのでどんどん進みましょう。まだまだ先は長いですよ」
私が1人で人間国から王国まで辿り着くのに数か月掛かった。だから今回も同じくらい掛かると想定して行動しなければいけない。
「この草原地帯くらいは今日中に抜けたいわね」
「何もないですからなぁ」
「一応私たちは逃走中の身ですからね。ここは目立ちすぎですね」
リリを王国に連れ戻すための追手がトトちゃん以外にもいるのだ。こんなところで見つかりでもしたら大変。
「それでは休憩もこれくらいにして進みましょう。ルル様」
「はい?」
「今日一日は語尾ににゃんを付けてください」
「ええ!?」
「は?」
「…ええにゃん!?」
「よし」
涙目で見つめてくるルル様かわいい。
あえて無視して先を急ぐ。
進むこと数時間。出現する魔物が変わってきた。
今まではゴブリンかスライム。稀に狼っぽい魔物だったのが、猿のような魔物と出くわすことが多くなってきた。
それにしても魔物の名前がわからないのは不便だ。ゴブリンとかスライムはメジャーだからわかるけど、それ以外が全くわからない。
「誰かあのサルの正式名称分かりますか?」
「知らないわね!」
「わからないです…にゃん!」
「拙も勉強不足で…」
誰もわからないかー。
「サルでいいんじゃないの?短いし呼びやすいし」
「いいと思うにゃん!」
「ルル様使いこなしていますね。まぁそれでいいか」
「「キー!キー!」」
サルはゴブリンより力は弱いけどすばしっこい。油断しているとひっかかれて痛い。
「ルル様の鞭で縛り上げて動きを止められないですか?」
「そもそも当たらないにゃん!」
「は~。使えな」
「ひどいにゃん!?」
鞭がかすりもしないので3人の応援しかしていないルル様。次の街ではチアガールの衣装を買おう。
さて残り二匹。味方が全滅して警戒しているのか同じ場所に固まってこちらの出方を見ている。
「私が魔法で動きを制限するのでリリかトトちゃんがとどめをお願いします」
「いいわよ」
「わかりましたぞ」
地面に手を当てて土魔法を発動。
「【土壁】」
「ウキ!?」
サルの左右に壁を出し、前後にしか動けないようにする。
「ナイスよクロネ!」
リリが突撃しそのまま撃破。
ふぅ。倒せるけど一戦一戦が長くなってきた。リリが笑顔で戻ってくる。
「私魔法が嫌いだったけど、クロネが一緒だと戦闘が楽しいわね!」
「そう?」
「ええ!魔法っていろんな使い方があるのね!」
確かに私に魔法を教えてくれたおじいちゃんも驚いていたな。一般的な魔法使いは手のひらサイズの火球を出すくらいがやっとで、戦闘で魔法を使うとなると何人も、場合によっては何十人とが集まって魔法を発動しないといけないらしい。おじいちゃん以外の魔法使いを知らないからよくわからないけど。魔力量が多くて本当によかった。
「王国も魔法使いをもうちょっと受け入れればいいのに」
「あたしが女王になったら考えてあげる!」
えっへんと無い胸をそらすリリ。リリが女王になればルル様の居場所もきっとある。そして魔法しか能のない私も…
でもリリはあほだからなぁ…女王になったら国が心配。
それからも時間は掛かるが問題なく魔物を処理しつつ旅を続けていると次第に辺りが暗くなっていく。戦闘が続いたせいで思ったよりも進むことが出来なかった。
車や飛行機があれば早く着くのだけど。馬とかに乗って進んだほうがいいのだろうか?でも乗馬とかしたことないし…絶対ルル様は無理だな。
テントを4人で張りながら一応確認する。
「リリは乗馬できる?」
「もちろん!騎馬隊の訓練にも参加したことがあるわ!」
「ルル様は?」
「無理にゃん☆」
「…うざいので語尾を戻しましょうか」
「クロさんがやれって言ったのに!?」
予想外にノリノリでにゃんを使いこなすルル様。そうじゃないんだよ。恥ずかしがりながら言うことに価値があるんだよ。
ちなみにルル様に詳しく聞いてみたところ、乗馬は一度経験したことがあるらしい。ただ、馬が動き出した瞬間バランスを崩して落馬し尾てい骨を骨折したとか。かわいそう…
そんなルル様のかわいそうな過去話を今日も聞けたところでお風呂タイムに。
「ルル様。最後の命令です。今日は3人の身体を洗ってください」
「わかりました!」
「見張りはどうするのよ」
「周辺を全て落とし穴にしてきました。これで魔物が来ても問題ないです」
普段は面倒だからしないが、かなりちゃんとしたトラップを土魔法で作った。
準備万端の状態で全員お風呂の準備をする。ドラム缶は大きいので4人で入っても少しだけ余裕があるのだ。
私、リリ、トトちゃんの順番で洗ってもらうことになった。
お風呂用の椅子を用意して座り、ルル様に背中をタオルでこすってもらう。
「んしょ…んしょ…どうですか?」
「いいですね。気持ちいいです」
「本当ですか!良かったです!」
人に身体を洗ってもらうのが思いのほか気持ちいい。これは毎日してもらいたいくらいだ。
「ふぅ…終わりましたよ…ってどうして前を向いているのですか?」
「前も洗ってもらうためですよ?」
「ええ!?前も私が洗うのですか!?」
「お願いします」
本当はかなり恥ずかしいけど無表情を装う。こんなチャンスは滅多にないのだ。出来ることはしておきたい。
「わ、わかりました…!」
ルル様が顔を真っ赤にして目をそらしつつ私の身体を拭く。
そうこれ!このルル様が見たかった!
それからしばらくルル様の照れ顔を堪能しているとあっという間に私の番が終わってしまった…
「あたしは背中だけでいいわよ」
「拙も」
二人は流石に恥ずかしいようで前は自分で拭いていた。まあね。
それからルル様は私が洗う。ただ、それではいつものと同じだ。今日はせっかくルル様に何をしてもいい日なのに勿体ない。
「そうだ。目隠しをしましょう!」
「なぜですか!?」
「どこを洗われるかわからないドキドキ感。それに視覚を奪うと他の感覚が鋭敏になると聞いたことがあります。ルル様にそんな体験を是非してもらいたいのです!」
「さっき身体を洗うのが最後の命令って言ってたのに!」
「最後の命令と一生のお願いという言葉は大抵の場合、嘘です」
「そうなのですか!?」
そうなんです。
ルル様を椅子に座らせた後にタオルをもう一枚用意してルル様の目を隠す。
「何も見えません…触る時は声をかけ…ひゃあ!」
「背中拭いています」
「やってから言うなら言わなくてもいいです!」
やはり目隠しをすると違うのか、撫でる度にびくんびくん反応する。楽しい…!
「ひっ…うぅ…せっかくのお風呂なのに疲れます…リラックスできません…」
「大変楽しいですルル様」
「クロさんが楽しんでくれて何よりですぅ…うぅ…」
はぁ…ルル様の反応かわいい…面白い…
そしていよいよ前の部分も洗っていく。反対側に回り込み、まずはぷにぷにのお腹を洗っていく。
「きゃああああ!!前はいいです前わぁ!」
「ルル様…お腹ぽこんとなって…最近たくさん運動しているのになぜ?」
「動くとお腹が空くんです…」
確かに4人の中で一番食べるのはルル様だ。でもいつも幸せそうに食べているので特に注意したりはしない。次にリリ、トトちゃん。私が一番小食かな?私は別に一日くらい何も食べなくても平気だ。
「明日から肉少なめ、野菜多めにしますね」
「はい。お願いします!」
それから胸を念入りに洗う。
「あう…もういいです!もういいですから!」
「そうですか?では流しますね」
お湯で身体を流してあげて終わり。満喫したぁ。
「つ、疲れました…」
「露天風呂で疲れを取りましょう」
「クロさんは鬼ですか…」
いいえ。愛ゆえです。
律儀に待っていてくれたリリとトトちゃんも加えた4人で一斉に入るとお湯がざばーっと溢れ出す。
「気持ちいいですぞ~」
「4人で入るのは初めてね」
「そうですね!楽しいです!」
「1週間に1度くらいは全員で入りましょうか」
たまにはこういう日があってもいい。その日はおしゃべりしながら入っているとつい長湯になってしまった。
そして翌朝。
「やっと罰ゲームのない一日が始まるのですね!」
「もっとたくさん命令しておけばよかった…ん?」
歩き始めて数十分後。それは突然現れた。
最初は空中に黒い点が浮かんでいるように見えた。でも徐々に大きくなっていき、それが近づいてくるにつれて姿形がわかるようになると全身が危険信号を訴え始めた。
美しい女性だ。ただし顔だけ。
身体は獅子のようで、鷲のような翼が生えている。
明らかに今まで見たどんな魔物よりも格上。戦えば殺される。そう直感できる程の圧倒的な存在感。そんな魔物が私たちに向かってきている。
「なによ…あれ…」
「駄目だ…完全に捕捉されてる…」
「拙はど、ど、どうすれば…?」
「うわぁ!あんな魔物初めてみました!強そうですねぇ」
絶望が近づいてくる。
能天気なルル様の声だけが救いだった。