聖騎士の誓い
私の名前はグレン=オースティン。
フラウ王国の騎士の中でも特段優秀な者の証明である聖騎士の職に就いている。聖騎士は数千といる騎士の中でも選りすぐりの十人の猛者が選ばれるのだ。
例えば、火魔法を巧みに操る女聖騎士は火聖の名が与えられ王国の中でも優秀な火魔法使いとして認められる。そして私には槍聖の名が与えられていた。
私の片手槍は敵を蹂躙し打ち砕き、私の片手盾は後ろの者を必ず守る。そういう自負がある。
そんな聖騎士である私の想いは、ある一人に向けられていた。
それがこの国の第四王女、ミカエル=フラウ。
曰く、無能。曰く、売女。曰く、悪魔。
彼女の呼び方は悪意が練り固められている。
この国、フラウ王国は魔法国家とも呼ばれていて魔法使いを一に考える凝り固まった選民思想国家だ。国民の約99%が魔法使いであり、残りの1%は無能と言われる魔法が使えない者達である。
そしてこの国では、無能の立場は低く虐げられていた。
そう、第四王女であるミカエル=フラウもまた、魔法の使えぬ無能であったのだ。他国に嫁がせるのも恥だと城に閉じ込められ、日の目を浴びることもない冷たい監獄で一人生きているのだ。
人は5歳の時より、四大精霊から祝福を受け魔法を操るための属性を得る。
火精霊、カーパーサラマンダール
水精霊、ネルフトウンディーヌ
風精霊、ゲルヒンテシルフ
土精霊、ゼーレスノーム
だが、これらの精霊はミカエル王女には振り向かなかった。
魔法属性を得られなかっただけの事で、城は阿鼻叫喚の図となり、5歳でミカエル王女は親に見捨てられ兄弟姉妹には居ないものとして扱われたのだ。
私は、4歳の彼女に救われた。彼女と同い年であった私は公爵家オースティンの名に恥じぬようにと行われる厳しい躾に耐えかねて、後先考えず家を飛び出した。その結果、オースティン家のすぐ近くの森の中で狼の魔物に殺されかけたのだ。
その時、偶然にも我が家にミカエル王女が来ていなければ、私はこの世にはいない。彼女は森の中の私を見つけ護衛に命じ、助けてくれたのだ。
そして、彼女は私の気持ちに共感してくれた。
親が厳しいこと、かけられる期待に答えれないで叱られる毎日だということ、私が愚痴を零す度にミカエル王女は私も同じだと言い笑ってくれた。
たったそれだけのことだが、私は彼女に命も心も救われたのだ。
それ以来、彼女の槍となろうと自らを高め続けた結果、私は槍聖の名を持つこととなる。
そして明日、そんな彼女の処刑がある。罪状は妹である第五王女のミルフィ=フラウの命を狙ったというものだ。病死という扱いで死ねば監禁していた王国に非難の目が集まる、それを妹が魔法を得た妬ましさから、命を狙った不届き者という扱いにし処刑すれば内外にも厳しい賢王に見せようというくだらない自己保身に走っているのだろう。
無論、彼女はそんなことをするような人間ではない、それを私は知っている。王が無能を抱えた煩わしさから処刑しようとしているのだ。
命は命で返す。想った女性は守り通す。
それが私の騎士道で死んだ母から貰った言葉だ。
私は準備を整えていき、そして彼女の処刑日の当日となった。
「同じ王族とはいえど! 無能が魔法使いを嫉妬心から殺そうとした! これは許さざることだ!」
「そうだー! 無能のくせに魔法使いに楯突きやがって!」
「我は王として、魔法国家の王として! 身内の恥は処断せねばならぬ! よってミカエル=フラウ……否、貴様に王族として名は必要なし! ミカエルよ、貴様を死罪とする!」
「うおおおおおおおお! ダンテ王ッ! ダンテ王ッ! ダンテ王ッ! ダンテ王ッ!」
下らぬ茶番が行われ。そして私の目の前にミカエル王女、いやミカエル様が断頭台へと現れた。
顔は殴られたのか大きく腫れ、断頭台で首を固定されているのにも関わらず国民は石をミカエル様に投げつける。
それでもミカエル様は、泣きもせず笑いもせず自身の運命を受けれていた。
ああ、腹立たしい。
「ミカエル、何か言い残すことはあるか」
「ありません」
「ふっ。無能に産まれて無ければ、何かが変わっていたのかもしれんな」
「お父様……いえ、ダンテ王。私は無能であることを恥じたことは一度たりともありません。
この国では立場の低い無能ですが、世界にいけば魔法が使えない者は多く居ます。そしてそれらの者もまた、幸せを享受し明日を思い今日に感謝する、普通の人です。私は人であることを恥たくはありません」
「ふっふっふふふ。笑わせるな! 無能は人にあらず! 王族に恥を招き入れたことを後悔し死ね!」
その言葉を合図に断頭台の刃がミカエル様の首を落とそうと滑る。誰もが、恐らくミカエル様ですら死を確信したであろう中で、私は動き出した。
手に持った槍で落ちる刃を止める。甲高い音が鳴り、刃が止まると私の目にはぎゅっと固く閉じられたミカエル様の可愛らしい目が開かれるのを捉えた。
「貴方は……?」
「命の恩は命で返します」
「なにを、言って?」
それには返答をせず、断頭台を壊しミカエル様を抱き抱え走り出した。
「……な、何をしておる! 追えっ追ええええええ!」
愚王の喚き声が響き、私達の背後で騎士達が動き出す。
「グレン殿、血迷ったか! 無能を救うなど!」
「貴様にはわからぬだろうさ」
背後で聞こえる知った声に答える。
人を抱えて走っているのだ、追いつかれるのも時間の問題か。そう思った瞬間、私達の前の路地から複数の男や女が現れて背後の騎士達を押しとどめた。
「な、なんだ貴様ら!」
「は、はやく! グレン様早く行ってください!」
「……ッ。何者か分からないが恩に着る!」
「いえ。我々はただの無能です。無能であろうと救ってくださる貴方と無能を人と言ってくれた姫様の言葉に動かされたのです!」
「まともな環境で育てない無能が役に立てる、こんな誇らしいことはありません! 早くお逃げを!」
「お前ら! こいつらは無能だ、たたっ斬れ!」
剣を抜いた騎士が、私達を助けてくれた者達を斬り殺す。私の手の中でミカエル様が口元に手を当てて、涙を零した。
「やめて……」
「命の恩は命で返す。彼らに救われた命は貴方が生きることで報いなければなりません」
「私が何時助けてくれと言ったのですか! いたずらに民を死なせるなんて……」
「姫様、訂正してください。彼らがいたずらに死んだ訳ではありません。貴方の為ならば命をかけれると死んでいったのです!」
私の言葉に、姫様が言葉に詰まる。背後で聞こえる肉が切り裂かれる音と叫び声を後にして私は動かす足を早めた。
彼らの死を無駄にするわけにはいかない。
そうして、ようやく見えた正門には、私が事前に用意しておいた一頭の馬が繋がれている。
私はそれに飛び乗り、走り出した。
目的地は人種差別の撤廃を謳う自由国家ファインツ。彼処はフラウ王国よりも大国だ。如何に腐ったフラウ王国と言えど、損得勘定を出来る故に攻めてこれまい。
そして、無能と称して魔法を使えない者を差別するフラウ王国とはファインツは犬猿の仲だ。戦争すれば、十中八九フラウ王国の負けである。
それでも、フラウ王国が攻めてくるのならばファインツもこれ幸いと戦争を始めフラウ王国の国土を奪うだろう。つまり、罪人と言いミカエル様の送還を求めても拒否するのは目に見えているのだ。
このまま草原と山を超え、1ヶ月程馬を走らせればファインツの国土にたどり着く。
逸る気持ちを抑え私は日が暮れるまで、馬を走らせて川の辺で馬を休ませながら焚き火を灯しミカエル様と向かい合った。
「まずは、謝罪を。ミカエル様、嫁入り前の御身に無遠慮に触れ申し訳ありません」
「……いえ、私を救って下さったことを感謝します」
「ありがたき、お言葉」
私は右手を心臓に添えて片膝を地面につき、頭を垂れ臣下の礼をする。
「顔をお上げてください、私は既に王族ではありません」
「それでも、私にとって忠義を捧げるのは貴方しかいません」
「分かりました、では顔を上げなさい」
「はっ」
ミカエル様から許可を得ると私は頭を上げて、その顔を見た。あの日のままである。
気の強そうな猫を彷彿とされるアーモンドの形の蒼色の瞳、美しい銀髪に怪我をしているが、なお美しくしかし相反して幼げな顔。
「お変わりはなさそうで、何よりですミカエル様」
「……貴方は私を知っているのですか?」
分かってはいたが、胸が張り裂けそうになる。当たり前だ、覚えているはずもない。
あれは4歳の時、今では20年も前のことだ。
「ええ、私はミカエル様に救われました」
「そう、ですか。すみません私は何も覚えていなくて」
「お気になさらず。ミカエル様が忘れていようと私が覚えていて、それをミカエル様に捧げる忠義の糧と致しますので。……それより、御身に再び触れることをお許しください」
「えっ?」
私はミカエル様の一部青くなっている頬に触れて水属性の回復魔法を使う。
これぐらいの褒美は貰っても、罰はないだろう。
「"水精霊の慈悲"」
「あれ、痛くない? もしやこれが魔法なのですか?」
「ええ、傷を治す魔法です。それでは、夕食に致しましょうか」
私は耳飾りに手を触れながら、食材と調理器具を思い浮かべながら取り出す。
「わあっ! そのピアスは魔道具なのですか?!」
「ふふっ。はい、これは異次元の耳飾りと言って私が今は亡き母から貰った宝物です」
「むっ今、笑いましたね?」
目を丸くして、驚いているミカエル様が可愛らしく、笑ってしまうとむくれてしまったミカエル様が可愛らしく、思わずより笑みを浮かべてしまうと今度はミカエル様もおかしくなったのか笑って頂けた。
ああ、幸せだ。私は祖国を捨てたこの状況でこの上なく、幸せを感じてしまっている。
ミカエル様の一挙一動が私の中に刻み込まれる、私が作る料理を見て食べている姿は少動物のようで庇護欲を刺激される。
私が幸せを噛み締めているその時だった。
「私っ、こんな、に。暖かくて、美味しいもの……ひぐっ。食べたの、久しぶりです」
食べている最中、ミカエル様は涙を零された。
だが、哀しくて流している涙ではないのが分かる。私は黙って、涙を零しながら料理を食べているミカエル様の頭を撫でる。
私は知っていた。ミカエル様の食事は冷たく王族とは思えない貧相な物を食べていて、そして暗い部屋で一人で食べていることを。それが今は私の料理に涙を流し食べ続けている。
そんなミカエル様が愛おしい。
御身に触れることをお許しください。
私が20年想い続けた女性は他人を思える程強く、そして自分を守れない程弱い。
抱きしめてしまいたい、だがそうするとミカエル様は壊れてしまいそうだ。
ならば、私はミカエル様が壊れないように盾となり、ミカエル様が傷つかないように槍となるまで。
それから私達は旅を続けた。
私が予想した通り、異次元の耳飾りは大きく役立ち、生物は入れられないが中に入っている物の時を止める力を持つ耳飾りは食べ物や飲み物を入れられ、私やミカエル様が着る服なども入っている。
「ねえ、グレン。ファインツに着いたら何をします?」
「何をする、でしょうか?」
ミカエル様と私は旅の中で距離も縮まり、ミカエル様は私のことをグレンと呼ぶようになった。
「ええ、私は自由の身になったのだから色々なことがしたいんです。普通の女の子がするような、買い食いという食事方式や甘いものもたくさん食べたいです」
「ミカエル様のご随意に」
「しかし、何かを食べるにはお金がいるので私は服屋さんとかを営むのいいと思うんですよ。私が作ってグレンが売る。いいと思いませんか?」
「ええ、とても良い話ですね」
旅の中で自然と見せるようになったミカエル様の笑みで作られた優しい空気を切り裂くように、私の腕に矢が突き刺さった。
「なッ____! 追手か、ミカエル様が捕まってください!」
腕に生えた矢を抜き、"水精霊の慈悲"を使い傷を癒して、馬を走らせる。
背後をちらりと確認すると遠くにポツリとフラウ王国の旗を掲げた軍隊が見えた。恐らく、そこから風属性を纏わせた矢を飛ばしたのだろう。
そんな芸当が出来る相手を私は一人しか知らない。聖騎士が一人、弓聖のヴァーミリオンである。フラウ王国は私たちを逃がさないために、一騎当千の聖騎士を投入したのだ。
目の前の山を越えれば、ファインツまであと少し。ミカエル様の顔に一瞬私は目を向けて、決意を固め更に馬を走らせた。
「ねえ、グレン」
「……ミカエル様、舌を噛まれますよ!」
「もしも、もしも。私が捕まってしまったら一緒に死んでくれますか? 貴方はと居ると一人で、死ぬのが怖くなってしまいました」
私の体に捕まっている手は震えており、ここが馬上でなかったら、今が追手に追われていなければ私はその手を握り震えを抑えてあげることも出来ただろう。
「……それは」
「いえ、すみません酷な質問でした」
ミカエル様は私の言葉を聞きたくないのか、遮って話を終わらせた。
ミカエル様を慰めることも出来ない、矮小な我が身が腹立たしい。何より腹立たしいのは、ミカエル様に生きることを諦めさせるような想像させたことが腹立たしい。
一人の少女の幸せも守れず、何が騎士か。
私は怒りのまま、追手から逃げるため。寝ずに馬を走らせて山を抜け、草原に辿り着く。
「ミカエル様、この草原を真っ直ぐ行けばファインツです!」
「本当ですか? 私達はこのまま逃げ切れるのですか?」
「ええ、ミカエル様が旅の中で仰られた学園や服屋も何でも出来ます。もう少し自由が手に入りますよ!」
ミカエル様も私も目の下に隈を作りながら、笑った。一晩中馬を走らせ、疲れも極限に達しているが、もう少しでミカエル様を自由にさせてあげれると思うと不思議と私の体に力が漲ってくるのを感じる。
その時だった。
馬の行く手を遮るように、炎の壁が一直線に走り草原を焼いた。その中から出てきたのは、私の最も親しき戦友。
火聖、フレイ=グランドール。女でありながら、聖騎士まで上り詰めた。グランドール公爵家のうら若き才女。
曰く、天才。曰く、火の申し子。曰く、聖騎士最強。
そんな彼女が私の目の前に立っていた。
聖騎士の中でも私は強い。槍聖として名に恥じぬ鍛錬を身に課している。例えば昨日の弓聖は、聖騎士の中でも最弱だが目の前の火聖は本気になれば私を塵芥のように吹き飛ばせる程の実力者だ。
故に私はミカエル様を馬上に残して、一人馬を降りる。相手は魔法使い、馬に乗っていても有利ではない。
「よーう、槍聖の。懐かしいじゃねえか」
「ああ、お前と会うのも久方ぶりだな」
「あんだけ、お固いお前が国に唾かけるとは思いもしなかったわ」
「ふっ。私は国に対して忠誠を誓っていた訳では無い」
「あーそうだよな、お前は何時もそうだ。お前は別の奴ばっか見ててアタシのことなんざ眼中にもなかったよな!」
ゴォッと彼女から発せられる怒気に呼応するが如く、彼女の足元から火が巻き上がりその赤い髪を舞い上がらせる。
「フレイ、頼む見逃してはくれないか?」
「お前の頼みでも、そいつは聞けねえな」
「どう、してもか?」
「じゃあそうだな。お前がその姫さんをアタシに渡せばお前は見逃してやるよ」
「……私に大切な者を見捨てろというのか!」
「あァ、そうだよ。でもお前はどうせ出来ねえもんな、お前はそういうやつだ。
だから……ここを通りたきゃアタシを倒してからにしな!」
フレイから放たれる2匹の火龍を水属性を纏わせた盾で受け止め、風属性を纏わせた槍で突進する。
「フレイ、お前の技は近くからずっと見ていたぞ」
「そりゃ奇遇だな、アタシもだ」
私の突進をフレイは手から火を出すことで回避し距離を取る。鎧を身に纏っている私とは違い、フレイはローブだ。動きの軽やかさで言えば、私が勝てる道理はない。
ならば、彼女がその非凡なる火魔法の力を発揮出来ないよう近接で戦うまでッ!
「もしかして近くに来て戦えば何とかなるとか、馬鹿なこと思ってじゃあねえだろうなあ?」
私の思惑を見抜いて、フレイは近寄れないように空中に火の玉をばら蒔く。この技は知っている。
極小の火の玉で、油断して近づき触れると爆発する魔法だ。
「なあ、何でそんな無能に拘るんだ?」
「その言葉は私のセリフだ。何故魔法が使えるということに拘るのだ。魔法が使えないというのは虐げられてもいい程の悪なのか?」
「魔法が使えない奴っていうのは劣ってるんだよ。魔法使いからしたら、無能は猿同然だ。この世は弱肉強食。無能が虐げられるのは当たり前だろ?」
「ミカエル様は他人を思える強いお方だ。そしてお前は他人を虐げれる弱い人間だ。少なくとも私はミカエル様が劣っているとは思えない」
「……お前は、そうやってッ」
フレイが無数の火龍を上空に出して、雨のように降り注がせる。私はそれを見切り、時には斬り、防ぎ転がって避けて火龍をやり過ごす。
「お前はそうやって! アタシを見てくれない!
何時だって戦場でお前と肩並べてたのはアタシだろう!」
「そうだな。故にお前とは戦いたくなかった」
「アタシだって戦いたくない! でもお前が無能ばかり見てるからいけねえんだ!」
「ミカエル様は、誰もが揶揄するような無能などではない! ミカエル様は強く美しいお方だ!」
「ッ! ……お前は、クソッもういい。そこまで強情なら死んじまえよお!」
フレイが火を頭上に集め始める。あれが発動すると草原一帯が灰と化すだろう。
そうなる前に、仕方がない。一か八かにかけよう、元より最強に無傷で勝てるとは思っていない。
「"風精霊の道案内"」
私の足が風属性魔法によって強化される。そして、この地雷原に等しい火の玉の壁を駆け抜けた。
「なっ!」
爆風で土は抉れ、土埃が立つ。熱で私の鎧、槍、盾の装備の一部が溶けて私の体に灼熱の痛みが襲う。
それでも、駆ける。
目の前の土埃を手で振り払い、そして私はフレイの目の前を取った。
「ぐ、くそおおおお!」
頭上の獄炎の玉を落とすのが先か、私の槍が貫くのが先か。
「グレエエエエエエエン!!!」
「フレエエエエエエエイ!!!」
互いの名を叫び合い、そして____。
私の槍がフラウ王国で、最も親しき戦友の体を穿った。
ビチャリ、とフレイの腹から血が流れ落ちる。
近くにいるだけで、肌を焼いていた獄炎の玉は消失していた。
「ぐ、ゴボッ。ぢ、ぐしょう……一瞬遅かった、か」
槍を腹から抜き、私はフレイを抱きとめる。
「何故、最後手加減をした」
「あ? ……アタシが手加減をしたって? はぁはぁ」
「ああ、お前の腕ならば私を初手で焼き尽くすことは簡単だっただろう?」
「くくく、そりゃあ無意識だ、な……」
「無意識?」
「おう、よ。惚れた男を、殺したいって、願うような女に、見えんのか」
「いや、お前は優しい女だ」
「グレンが、褒めるなんざ、明日は槍で、も降るかな?」
焦点の合わぬ目でフレイはにやりと笑い、私の頬に手を当てた。
「あー、最後にグレンが、アタシを見て、くれ、た……」
そして、ぬるりと顔に血を残して手は力無く地面に落ちた。だが、私に最愛の友人を失った悲しみに浸っている暇はない
「グレン……」
私はミカエル様は近づくと、ミカエル様は馬から飛び降りて私の背中に寄り添った。
「ミカエル様、お話があります」
「はい、何でしょうかグレン」
山から大軍が押し寄せてやってきている。恐らく、フレイは私たちを止めるための別働隊だったのだろう。
「このままでは、2人とも捕まってしまいます。なので、ここから先はミカエル様お1人でお逃げください」
「何を、言っているのですか……?」
「この耳飾りを持っていってください」
私は母から贈られた耳飾りをミカエル様の手に握らせる。後ろから近づく大軍を私が足止めしなくては、ならない。
奴らにやるぐらいならば、ミカエル様に所持していてほしいというのは、私の我儘だろうか。
「嫌ですッ! ここまで来て貴方を置いて逃げるなんて出来ません! 」
「お聞きください、ミカエル様」
「嫌です嫌です、嫌ですッ! 私が旅の中で語った未来の中には貴方が居ない未来はないんですよ! 貴方が居なければ、私は……! 」
「ミカエル様ッ!」
「……ッ!」
「命の恩は命で返す。貴方はあの日私達を命にかえて救ってくれた魔法が使えない者達の死を無駄にするおつもりですか?」
「……貴方は、何時だってそうです! 命の恩! 命の恩! そればっかりです。私は貴方の存在も覚えてないんですよ! それなのに何故あなたはそこまで無能の……無能の私なんかに命をかけるのですか!」
「それは、ミカエル様をお慕いしているからです」
大きな瞳から涙を零されるミカエル様の頭をあの日のように撫でる。
「4歳の時、貴方に命を救われてから20年間ずっとお慕いしておりました」
「4歳……まさか、森の中の?」
「思い出して頂けたのですか!」
「……たった、あれだけの事で貴方はここまでボロボロになったのですか?」
「ふふっ。ミカエル様にとっては小さき事でも私にとっては人生を左右する程のことだったのです」
「そんなの、釣り合いが取れていません! たかが、狼の魔物から護衛に命じて貴方を救っただけで、たったそれだけで貴方は国と敵対しているのですよ!?……それなのに無能の私に返せれるものなんて、なにも…… 」
「返せれるもの、というのならば御身に触れることをお許しください」
「えっ?」
私は撫でていた手をミカエル様の頬において、その唇に一瞬、自らの唇を押し当てる。
その行動をどれだけ、私が求めていたか。
心が弾む。一瞬の出来事が私の中で反芻され、幸福感で体が軽くなる。
「い、今貴方……」
「そろそろ、時間切れのようですね。ミカエル様、どうか生きてください」
「い、いや……私もあなたの事が!」
その先を聞いてしまうと命が惜しくなってしまう。
私はミカエル様を馬に乗せて走らせた。
「ミカエル様、あの時の質問です。貴方が捕まったら一緒に死ぬのではなく。貴方だけでも生かせてみせましょう」
「いやぁあ! グレンッ! グレンッ!!」
ミカエル様は城の中に監禁状態であったから、乗馬経験はないだろう。止めたり方向転換何かも出来ずに、そのまま馬が走るまま真っ直ぐに行ってくれるはずだ。
私の馬は賢い、ミカエル様を無事届ける。
後は私が、ここでフラウ王国の軍を止めればいい。
目の前に大軍が押し寄せて、そして私の目の前で止まる。
「父上」
軍が止まり、男が2人現れた。1人は弓聖、もう1人はオースティン家の現当主、私の父マルクス=オースティンであった。
「私を父と呼ぶな、グレン。貴様はオースティン家の恥だ。国に仇なしよって、良くてオースティン家は降格悪くて一族全て打首だ」
「そうならないためにも、自身の手で私を討ち取りに来たのでしょう? 」
「そうだ。もう少しで、オースティン家が国の権力を牛耳っていたものを貴様が全て台無しにしたのだぞ!」
「貴方は変わってしまいましたね」
魔法が使えない無能の盗賊に母を殺されてから、父は無能を憎み、無能を全て根絶やしにするために権力を求めた。
「貴方は母を失ってから、己の信念まで失ってしまった」
「何を言っているのだ、貴様は」
「無能を根絶やしにするのではなく、権力手に入れて無能が盗賊にならないような国にすることを求めればよかったのではないですか?」
「黙れっ! 無能の小娘なんぞに毒されよって、無能なんぞ生きてる価値すらないわ!」
「そうですか」
私は溶けて最初とは見る影もない槍と盾を構える。
「命の恩は命で返す。ミカエル様を支えるために高めた槍の腕。槍聖の名に恥じぬ生き様を」
「全軍攻撃開始ッ!」
軍が父上の命令で動き出す前に、私は厄介な弓聖の所まで駆けて槍を投げつけた。
「ぐっうお……!」
それを避けて馬上から体勢を崩し倒れた弓聖。私は一瞬の隙も与えず、風属性を纏わせ貫通力を上げた貫手で奴の心臓を貫いた。
その間に父は姿を消していて、私は兵に囲まれていたが、それでいい。
突き出される槍は奪い、敵を斬りつける。打ち出される魔法は盾で受け流し、別の者に当てる。そうして一騎当千の名を欲しいままにしてきた聖騎士として戦う。
勝てるとは思っていない、ただミカエル様が逃げる時間さえ稼げればいい。
戦いの最中、涙を流すミカエル様が脳裏に浮かぶ。
ああ、ミカエル様。たったそれだけの事と言わないでください。
貴方と争う者とあらそい、貴方と戦う者と戦わせてください。
盾を執って、貴方を助けるために立ちあがらせてください。
槍を抜いて、貴方に追い迫る者に立ちむかい、「貴方は私の救いである」と私に言わせてください。
どうか、貴方の命を求める者をはずかしめ、いやしめ、貴方にむかって悪をたくらむ者を退け、慌てふためさせることを許してください。
どうか、私にとって何事にも変え難い、この気持ちを生み出した理由をたったそれだけと言わないでください。
魔法を使うための魔力を底を突いた。
足は動かなくなった。腕はとうに吹き飛んだ。目は潰された。耳は千切れた。歯は折れた。
倒れて、また立ち上がる力はなくなった。
潰れて見えなくなった視界の中にも、ミカエル様の姿が映る。
ミカエル様が作った服を私が売って、2人で暮らす甘くて優しい幻覚が映る。その側には子供が二人居る。ええ、そうですね。女の子にはミカエル様の名前から。そして男の子には私の名前からつけましょう。
「ミ、カエ、るさま……」
私の喉元に刃が突き刺さる。
私の20年は、彼女を逃がすためにあったのだ。
私の人生はミカエル様を生かすためにあったのだ。
だが、それでも我儘を言うのならばミカエル様。
再び御身に触れることをお許し下さい。
お慕いしております、ミカエル様。
■
かつて、魔法国家という国があった。
選民思想の腐った国で魔法が使えないという理由で自国の姫すら処刑しようとした。
その時、周りが敵だらけの中一人騎士が立ち上がった。
騎士は姫を連れ去り、命懸けで守り続けた。
魔法国家は2人のために大軍で追いかけ回し、遂にはこの国ファインツの国境線まで訪れた。
その結果、ファインツと魔法国家との戦争となり和平交渉もフラウ王国の傲慢な態度により、魔法が使えない当時の王クライス=ファインツは激怒し魔法国家を討ち滅ぼす。
そして、クライス王は平等王と呼ばれ、ファインツに逃げた姫を城に呼び、公爵の位を与え魔法国家があった所に国を作れと命じた。
それが、公国 グレンの誕生である。
そして、国家元首となった姫は騎士のことを想い養子を取って貴族でありながら生涯独身を貫く。
そして、そんな姫を守り通した騎士の伝説は世界に広まり、本にもなった。
そのタイトルは『聖騎士の誓い』
親はこれを子供に読み聞かせ、子供は騎士に憧る。
姫は死ぬ間際、大切な者を守り通す彼のような真の騎士が増えてほしいと言い残した。
一発書きで書いたので、矛盾とかあるかもしれないです。最初姫の名前はミカエラだったのに間違えてミカエルという男性名で書いてしまって、それからミカエルの方が書いた数が多かったので逆にミカエラの方を修正しました(笑)
何か矛盾があったら感想欄にお願いします。