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ありがとう  作者: 漣の音色
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転校生

パァーッ。


校舎から吹奏楽部の音が聞こえてくる。

この音が僕は好きだ。

どこか心地よい、妙に耳に残る音。

一点の曇りもなく心に直接届いてくる音。


朝練中の吹奏楽部の音を背に受けながら教室へと向かう。

ガラッと扉を開け、自分の席へ。

荷物を床に投げ、椅子に座り少し後ろへとずらす。

これが僕の眠りの態勢。

みんなが来るまでここで吹奏楽部の子守唄を聴きながら寝るのが僕の日課。


そういうことだから、おやすみ。




「起きろ。起きろー。オキロー。たくー。朝よ。」


耳元で連呼されて眠りから覚める。

目を開けて確認しなくてもわかる。こんな不快な起こし方をしてくるのは、僕の知る中で1人しかいない。

とりあえず手だけ挙げて起きたと合図をしておく。


「たく、ビッグニュースだぜ。」

「なにが?」気になったので顔を上げる。

「今日からこのクラスに転校生が来るんだってよ。」

「まじ?」

「まじまじ!」とこいつが身を乗り出してくる様を見るに女の子なんだと予想をつける。

「女の子?」一応聞いてみる。

「らしいぜ。」当たった。


「ゆうきってさ、ほんとそういうこと聞いてくるの早いな」と言ってみたのだが、その言葉はもはや届いてないだろう。

かわいいかなぁ。なんて1人で呟き出したから。


僕は独り言みたいになったことに恥ずかしさを感じながらまた顔を伏せた。




キーン…、カーン…コーン。

突然、朝のチャイムが校内に鳴り響き、飛び起きる。

本当に心臓に悪い。

鳴り始める時は合図くらいしてほしいものだ。


ガラッ。


チャイムが鳴り終わると同じ頃に扉が開き男の先生が姿を現わす。

今日もいつもと変わらない黒のジャージ姿。

僕らの担任兼体育教師。元々、逞しい体つきなのにフィットした黒いジャージを着るから余計威圧的に感じる。この前街中で見かけた時はこの姿にサングラスをしていたからヤクザにしか見えなかった。


スッ。


担任の後、少し遅れて女の子が入ってきた。

小柄なのだがどこか人目を惹く、その姿。

黒いショートカットの髪型。

どこか上品さを感じさせる立ち振る舞い。

なにより、その。深い、全てを見透かしたような瞳。

一瞬でその子の虜になった。

恋をした。なんて表現じゃしっくりこない。

雷にうたれた。も少し違う。

言葉より思考が。思考より心が。その子に恋をした。

まさしく、恋に。落ちた。そんな感じ。




「蒼井優香。です。」


担任からの紹介からの後、その子が自己紹介をする。


アオイユウカ。その名を心の中で何度も反芻させる。

頭に。心に記憶させる。何度も。何度も。



「いやー、転校生まじで可愛かったなぁ。」

帰り道、ゆうきがそう言ってきた。

「だな。可愛かった。」

「おー?たく君が珍しく素直です。」ニカッと笑ってきたので軽く頭を叩いてやる。

「いつでも素直だっつの。」

「よく言うよ。なんかあるたび俺の頭叩いて誤魔化すくせに。」ん?違うかい?とでも言いたげな目で見てくる。

「…」何も言い返せない。こういうところ、こいつは人のことをよく見てるな。と感心させられる。


「って、この前お前の母ちゃんから聞いた。あいつが人の頭を叩く時は照れてる時だから許してやってくれ。って」そして、またニカッと笑ってきた。

前言撤回。

少しでも感心した俺が馬鹿だった。

さっきより強く、憎しみを込めて頭を叩いてやる。

お前じゃないのかよ。ってツッコムみたいに。





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