大雪君
13 大雪君
「ただいまー・・・。」
「お帰りなさい・・・。」
帰宅すると、今日も朋美は台所で食事の支度をしていた。
俺が休みも取れず帰りも遅いため、朋美はこのところずっと日勤のみのシフトで働いているようだ。
俺としては順二が小さいうちは日勤がいいのだろうと思うのだが、看護婦の仕事に夜勤はつきもののようで、同僚の看護婦たちに申し訳ないといつもこぼしているのだ。
だが今は別次元の世界と戦争状態にあるわけだし、俺としてもたまに休みを取るのが精いっぱいであるから、とても早く帰宅して順二の面倒を見るとかは難しいと謝っている。
早く問題が解決して平和な世の中になってくれれば、俺のような立場の人間は恐らく用済みになるだろうし、そうなればいくらでも順二の相手ができるのだから、もう少しの辛抱だと無理を言って我慢してもらっている。
「今日は俺の所属する部署に驚くべき人が入隊してきた・・・誰あろう、大雪君だ・・・。」
部屋着に着替えながら、朋美に今日あったことを報告する。
「えっ・・・?じゃあ、やっぱりジュンゾーと同じ円盤やマシンを操作する部門に配属されたのね?
よかったわー・・・。」
朋美は満面の笑顔を浮かべ、ガッツポーズをして見せる。
「やっぱり知っていたのか・・・、どうして大雪君が帰国したことや日本国軍に入隊したことを俺には教えてくれなかったんだい?
今日久しぶりに会ってびっくりしたよ・・・。」
やはり朋美は知っていたようだ・・・、だったら教えてくれればよかったのに・・・、まあ俺の立場じゃあ知っていたとしても、大雪君に有利になるようなことは何一つできはしなかっただろうが・・、それでもたまに寮へ差し入れしたり、阿蘇によろしく伝えておいたりできたと思うのだが・・・。
「ごめんなさい・・・、遥人が帰国するときに一緒に空港まで迎えに行こうと誘うつもりだったけど、凄く忙しい時だったから無理だったでしょ?
その後も全然休みなど取れなかったし・・・、言うと歓迎会とかって無理をして参加しようとしたでしょ?
それに無事に配属されるまで内緒にしておいてほしいっていうものだから・・・、下手に言ってもし配属されなかったら恥ずかしいからって言って・・・。」
朋美がすまなそうに両手を合わせ、片目をつぶる。
まあ確かに・・・大雪君が帰国したであろう4月初め頃は、ちょうど巨大円盤を奪取するための作戦中か、若しくは奪取して各地の農場を飛び回っているころだろうからな。
あの時は、なにをどう言われたところで休みなど到底とれはしなかったし、何よりほとんど家には帰っていなかったころだ。
まあ、言うのはあきらめるわな・・・。
「折角帰って来たんだし、とりあえず歓迎会でもしてやりたいところだが・・・、彼は今は日本国軍の寮・・・、つまり日本国軍の本部に隣接する寮で暮らしている。
ここからだと夜遅くでも車で1時間くらいかかるし更に園からだとなお遠い・・・・、帰りのことを考えると・・・阿蘇を巻き込んで奴に送ってもらうのが一番ではあるのだが・・・、どうするかな・・・。
なにせ奴はこれまで俺が何度も飲みに誘っても断ってばかりだからな・・・、まあ確かに、こちら側の世界では代行車なんてものはないから、飲んだら車では帰れなくなってしまうものな・・・。」
さてどうしたものか・・・まあ電車で帰ってもらうのであれば、あまり遅くならなければ何とかなりそうではあるのだが・・・。
「一応・・・、遥人が帰ってきたときは園に泊まったから皆で歓迎会をしたのよ。
その時ジュンゾーは円盤で各地を回っていて帰ってこなかったから、連絡もできなかったのよね。
なにせ帰国する前日に連絡してきただけだから、こちらも大慌てだったのよ。
そうしてその翌日には、日本国軍の寮に向かったのよね。
園長先生たちもその後のことを心配しているから呼んでもらえるのはありがたいわ・・・、なにせ今は戦時中という事で、作戦行動中の軍の兵士とは家族でもなかなか連絡が取れないのよ・・・。
遥人の場合は新兵として入ったから、1年間は基本的に外部との連絡のやり取りは禁じられているみたいね。」
朋美がちょっと言いにくそうに打ち明ける。
そうか・・・彼が帰国したのは円盤を奪取した後に不眠不休で近隣諸国の農場を回って家畜や農作物を回収して回っていた時か・・・、それでは俺を誘う事は無理だったわな・・・。
その後は大雪君に口止めされていたのだろう・・・、まあ仕方がない。
「分かったよ・・・、どうせ明日から毎日顔を合わせるわけだから誘ってみるよ、場所は・・・。」
「それなら園でやってもらえるのが一番ありがたいわね・・・子供たちもいるし。
外泊許可などもらうことはできないかな?」
朋美が満面の笑顔で台所から速足で駆け寄ってくる。
「あっ・・・まあそうだね・・・、ちょっと阿蘇にでも相談してみるよ。
ほかの新兵たちと不公平にならないように特別扱いはできないだろうから、軍の内規などを調べて問題なさそうなら赤城大佐にお願いしてみるよ。」
俺は3年前に自警団に入隊したわけだが、中途入隊だからという事はないだろうが、1年間外部との接触を禁じられるなどといったことはなかった・・・、まあ寮住まいではなかったせいもあるのだろうが。
「お願いね・・・。」
朋美が両手を合わせて拝むようにしてくる・・・、ううむ・・・期待されているようだな、何とかせねば・・・。
「新兵は1年間外部との連絡禁止・・・?ああ、日本国軍の軍規だね?
ほかにも自分の住んでいる住所や連絡先を家族にも教えてはいけないとか、外泊する場合は1ヶ月以上前から宿泊先を届け出て許可をもらえとか、もう何十年も改定にされていないカビの生えたような規約で、恐らくちゃんと守っている人はいないはずだよ。
僕たちの今の立場は日本国軍に併合されたわけだから破ってもいいとは言わないけど、身内同士で連絡を取り合ったり自宅に宿泊するのであれば、構わないんじゃないかな。
大雪君の自宅は榛名園だから、そこに宿泊することは問題ないだろうね。
一応、前日までに寮監さんに届けておけばいいよ・・・、僕が後で彼にその手順を教えておいてあげるよ。」
翌朝、大雪君が来る前に阿蘇に確認してみたら、どうやら問題はなさそうだ。
「おはようございます。」
大雪君が出勤してきた。
配属されたとはいえ、新兵は教育機関である6ケ月間は総務部預かりであり、1階の総務部事務所に顔を出して朝礼が終わってから配属先へ向かうため、どうしても遅くなってしまうのだ。
「おはよう・・・、今阿蘇に軍規のことを確認してみたんだけど、どうやらそれほどしっかり守らなくてもいいようだよ、自宅であれば宿泊も問題ないようだ。
それで・・・朋美もそうなんだが園のみんなも気にしているようだし、配属祝いみたいなことを催したいんだが予定はどうかな?」
早速彼を誘ってみる。
「ええっ・・・外泊してもいいんですか?それはうれしいです・・・、園のみんなとも一晩一緒にいただけですぐに寮に入ってしまったし、アメリカでの生活とか全然話せなかったですからね。
まあ、それもこれも入隊期限寸前まで悩んでいた僕が悪いんですけどね・・・。」
大雪君が笑顔を見せる。
「まあ、このところはずっと土日もなしで円盤で各地を回っていたけど、今は各植民地に世界政府から派遣された部隊が監視業務に入っているからね。
当面は彼らの食料物資や交代要員などの配達が主になりそうだから、少しは余裕ができるだろう。
休みが取れそうになったら、すぐに計画しよう。」
「はい、お願いいたします。」
大雪君も快諾してくれた・・・、歓迎会となると阿蘇は誘うとして・・・、赤城はどうかな・・・?
「おはよう。」
『おはようございます。』
全員があいさつを返す・・・、赤城が珍しく朝から事務所へ顔を出した。
「大雪は、本日から施設係として円盤とマシン操作の任務に就くわけだが、基本的にはマシン操作での戦闘要員を期待している。
植民地には世界政府の部隊が駐在することにはなったが、実際に戦闘行為は行われていない。
それは当たり前で、我々が戦争状態にあるのは植民地化された国や地域ではなく、あくまでも次元の向こう側にいるこちら側世界から強奪を繰り返していた世界だ。
彼らはこちら側世界には存在しないから、軍隊が戦闘するという事は基本的にはあり得ない。
戦闘行為は主にマシンで行われると考えている。
そのためコントロール装置を操作してマシン操作できる人間を一人でも多く育てたいのだが、いかんせんコントロール装置は数に限りがあるのが現状だ。
だからこそ少数精鋭主義という事で、残る1台のコントロール装置を大雪に託すことになったわけだから、それなりの結果を期待している。
とはいえ、いかに才能があろうともすぐには無理だろうから、今日から訓練を重ねてもらうことになる。
よろしく頼むよ。」
赤城が大雪君の肩を軽くたたく。
「はい、ご期待に応えられますよう努力いたします。」
それに対して大雪君は深々と頭を下げた。
「じゃあ、今日からはマシンの操作訓練を始めることにしよう。
おおよその操作手順はわかっているという事だよね?
この前他国との模擬戦をやって聞いたところによると、各国ともに以前はそれぞれ陥落させた旧強奪基地でマシンコントロールの練習を行っていたようだが、円盤を手に入れてからは円盤の下で練習しているらしい。
確かに円盤の近くであれば円盤の自動コントロールが使えるから、コントロール装置は1台だけでも模擬空中戦のようなことが行えるわけだ。
だからという訳ではないのだが、彼らの上達のスピードは驚異的だ。
それに負けないように、こっちも円盤のマシンを使って訓練することにしよう。
どうせ今日の予定は中国の隠し農場へ物資を運ぶだけで、午後からで十分だ。
大雪君も加わったことだし、午前中はマシン操作の訓練をしよう・・・阿蘇もいいね?」
「えっ・・・僕もかい?」
「もちろんさ。」
阿蘇から渡されていた本日の予定表には、午前中は空白になっている。
恐らく訓練時間という事で調整されているのだろう・・・、ありがたく使わせていただくことにする。
『ヒュンッ・・・ヒュンッ』『ヒュー・・ヒュンッ』『ヒュルヒュルッ・・・ヒュルッ』グラウンドに出て、円盤に転送ビームを使って乗り込み、マシンを降ろして飛行訓練を開始する。
なるほど・・・スピードを出したがる割には、おっかなびっくりで慎重に操作する阿蘇に比べて、大雪君のマシン操作は手慣れた感じがする。
阿蘇は高速派ではあるのだが、やはりちょっと心配症なのだろう、円盤下のグラウンドを操作範囲と定めたのだが、中央部分を飛行するときは問題ないのだが、グラウンド端に来て転回するときに周囲を気にしすぎるというか、一度停止してからでないと方向転回できないようだ。
これは恐らく狭い東京基地内での操作経験が長かったのが原因のようで、急激に減速して一時停止状態からほぼ直角に曲がろうとする。
道理で基地の壁にいつもマシンをこすりつけていたわけだ・・・、減速しつつも方向転回する切り返しがうまく行っていないようだ。
「阿蘇よ・・・マシンの旋回性能はかなり良くて、小さく弧を描くようにして旋回することが出来る。
いちいち止まってから方向転換する必要はない。
こう・・・スペースキーを押して減速しながらテンキーのボタンを・・・」
方向キーを2つ同時押しして斜め方向に切り返しながら、素早く回る手順を説明する。
「うん・・・そうやって説明してくれたけど・・・、上手く曲がれない時が多かったものだから、僕はいつもこの方法で・・・。」
阿蘇が言われた通りにコントロール装置のテンキーを操りながらも、小さく首を振る。
阿蘇はすぐに直進は高速にしたがるから、狭い東京基地内ではこの方法では曲がり切れずに壁に激突するため、独自の手法をあみ出したのだろう。
俺だって東京基地内でマシンを操作するときには低速しか使ったことはない。
それでもいつもより広い空間という事を認識できるようになったのか、手順通り旋回する方法にだんだんとなれてきた様子だ。
「じゃあ人工知能で操作するマシンを降ろすから、それぞれ模擬戦を開始してくれ。
前回の各国との模擬戦同様、マシンガンにはペイント弾を詰めてある。
マシンガンだけとはなるが、これで模擬戦を戦ってみてくれ。」
4台のマシンを降ろして模擬戦とする・・・とりあえず自動操作のマシンは、回避行動だけで攻撃はさせないようにする。
この状態で、どれくらいの時間で仕留めることが出来るかどうか・・・。
『ヒュンッ・・・ヒュンッ』『ガガガガッ・・・・』『ヒュンッ・・・ガガガガッ』ところが、大雪君は2撃目で1台のマシンを真っ黄色のペンキまみれにして見せた。
どうやら、1撃目の発射では相手との間合いを計っていたようだ。
『ヒュンッ・・・ギューンッ・・・ガガガガッ』すぐに反転すると低空のまま加速し、もう1台のマシンの側面側に回り込むと、次の瞬間にはもうマシンガンを発射していた・・・、おどろきの射撃精度だ。
「ひゃー・・・、えいっ・・・やあっ・・・。」
『ヒョロロッ・・・ヒュルッ』おっかなびっくりでマシンから逃げ回っている阿蘇とは大違いだ・・・、どうやら阿蘇はマシン操作というより、戦闘行為にあまり向かない様子だ。