行動開始
第9話 行動開始
ところが、市場付近での戦闘も大したことはなく、その時にシャッター基地が襲撃されることを警戒していたのだが、こちらは全く襲撃される事はなかった。
しかも市場での戦闘時は、数台のジープで編成された部隊が2チームに分かれて攻撃を仕掛けてきたが、陽動作戦とかではなく、其々が独立して戦闘を仕掛けてきた。
つまり、わざわざ戦力を2分して少しずつ相対してきたのである。
そう言えば午前中の襲撃も、敵部隊にまとまりがなかったように感じる。
もしかすると、向こうの世界の俺は敵部隊の主要メンバーだったのかも知れない。
作戦の指揮官を失って、敵側も混乱しているのだろう。
明日には、もう1台も供給されるので、来週からは更に楽になる。
当分は安泰だろう。
そういえば・・・、と思って上司に質問してみた。
夜間に関しては判ったが、俺たちが休みの日の昼間はどうしているのかと思ったのだ。
当初、ローテーションで交代で休みをとる場合もあるような説明を受けたのだが、今の所通常勤務のままなのだ。
「ああ、週末の昼間ですか。
向こうも週末は休んで攻撃は平日のみにしてほしいところですが、そうはいかないようですよ。
昼間の明るさでは自動プログラムでは対処できないので、休日専用のオペレーターが来て操作しています。
もっとも今の所、物資の補給は平日だけの計画ですから、休日はシャッターを閉め切って建物の外側だけを防御するので、平日程の大変さはありません。
シャッターを破壊しようと、ロケット砲を打ち込んで来たりする様な相手を、射撃するだけです。
幸いにも、表の通りは片側2車線ですからね。
戦車も無理をすれば入り込めますが、さすがにそこまではしてこない。
距離を取って砲撃することも出来ないので、守るだけなら皆さん程の技量はなくても大丈夫な様ですよ。
勿論、休日返上で出社していただけるのであれば、こんなにありがたいことはありませんがね。
私なんて、土曜か日曜かどちらかは必ず出社させられています。
皆さんがうらやましいですよ。」
なんて答えが返ってきた。
最初の頃に比べて、随分と余計な事まで話してくれるようになったものだ。
まあ、日本を担当している我々のチームが、花形的存在のようなので、鼻が高いのであろう。
でもまあ、そうか。
休日も実際には稼働しているのだ。
やはり仮想空間というよりも、現実世界と考える方がいいのだろう。
土曜日の夕方、俺は待ち合わせの居酒屋へと向かった。
「かんぱーい。
いやあ、お前があんな一流企業の正社員なんて、一体何をやったんだ?
お前の親父さんだって、只の教師だったはずだし、親戚にそんな強力なコネを持った人でも居るのか?」
久しぶりに会うそいつは、随分と失礼な口を利く。
まあ、本当の事だから仕方がない。
それに、こいつにはシューティングゲームの腕を買われて就職したという話はしていない。
事務職という事にしてある。
その上で、異次元世界の事について、もう一度質問してみた。
「またその話か。
俺はSF作家じゃないからな。
それにいくら大学の研究室に居ると言っても、俺の専門は心理学だぞ。
俺にそんなことを聞いてどうするんだ?」
あ・・・あれ?
心理学専攻だったっけ?
PhysicsとPsychologyを見間違っていたのか?
「だから、只のSF好きとしての意見を言わせてもらうと、絶対とは言えんが、それでも今の科学力では無理だろうと思う。
まず、宇宙空間での長距離航法・・・つまり、太陽系から出て銀河系の他の恒星系へ行くなんて言う事を考えたとする。
ところがそこへは光の速さですら何年もかかる距離だ。
とても、人が生きている間に行きつける距離じゃない。
そこで考え出されたのが、○ープ航法とか○イパー○ライブなんてSF漫画やドラマに出てくる方法だ。
空間を縮めて時空を飛び越えるなんて発想だが、言ってみれば異次元空間を利用して、別空間へ瞬時に移動するなんて理論なのかもしれないから、それを使えば異次元世界にも到達できるのかも知れんがな。」
ほう、そうなのか。
だとしたら可能かもしれんな。
俺はうーんと唸って、あのモニュメントが次元位相装置ではないかと想像してみた。
「でも、俺に言わせれば現実的ではない。
百歩譲って、宇宙人の技術なんてものを盗み取って影では飛躍的に科学レベルが発達していると仮定しよう。
何とかファイルなんてドラマもあったくらいだ。
そうだとしても、多分相当な加速度・・・光のスピードに匹敵するような速さに加速しなければならないだろうから、生身の人間は耐えられないだろう。
物質を構成している元素レベルか若しくは素粒子レベルにまで分解して、そのエネルギーを波動として運ぶのだろうけど、人間のような何十兆もの細胞で出来た生き物を瞬時に素粒子レベルにまで分解できるとは、到底考えられん。
分解している最中に死んでしまうだろう。
送信されて出てくるのは、只の肉塊だ。」
奴の考えは否定的だ。
それでもSF好きとしての意見は述べてくれた。
高校の時に、アニメの設定背景などについて意見を戦わせていた時のことが、懐かしくよみがえってくる。
あの時は設定の現実性よりも、年の割にスタイル抜群のヒロインの存在意義に議論が集中していたように記憶しているが・・・。
それでも、奴の意見を聞いて俺の想像が現実味を帯びて来たように感じている。
人が行き来できないから、向こうの世界の侵略をあきらめて、食料を強奪しているのではないのか。
とりあえず、事情はまだ話せないが、協力してもらうことが出来るかもしれないので、その時はよろしくと伝えて、この場は別れた。
週が明けても、敵の攻撃に覇気は感じられなかった。
これなら、中国基地での攻防の方が熾烈だった位である。
それくらい、向こうの世界での俺の存在が大きかったのであろうか、うーむ・・・。
ガードマシンが1台補充されて5台になったので、俺はラッキョウと一緒に市場での強奪時の護衛に戻った。
強奪にあうのが判っているのだから、ショッピングセンターの外観を変えるなり、地下に潜るなどして襲撃を躱すなどと言ったことを考えてもいいだろうにとは思う。
ところが、それでは商業施設として役に立たないのだろう・・・、そりゃそうだ、調達先のショッピングセンターや市場は日々異なる。
特に日本の場合は、品質が安定していると考えているのか、同じショッピングセンターや市場に出撃するまでの間隔は、ランダムではあるが結構長い。
毎日同じ市場を襲撃してくれるのであれば、攻撃の作戦も練ることが出来ると向こうでも考えているのだろう。
そう考えながら、ルーチンワークと化した作業をこなして行った。
この日の最後の強奪の回の時に、ハンドアームチームの後陣を守っていた俺は、わざと隙を作って銃弾を女性たちのマシンの列に撃ちこませた。
最後尾のマシンが担いでいる、野菜が入っていたはずの箱に弾が当たり、大きな穴が開いた。
幸いにも、彼女たちのマシンには損害がない。
ただ、野菜が少し吹き飛んだだけのようだ。
俺は敵の狙撃者に向かって、へたくそに弾を撃ちこんだ。
目の前をかすめていく銃弾に恐れをなして、彼らが逃げていく。
なるべくなら殺したくはない。
なにせ、射撃で相手を打ち殺しても、脅かして逃げ出させたとしても、その場から相手がいなくなりさえすれば、点数は入るのである。
追い払って済むなら、こちらの方が余程楽ではあるが、それでも無理してまで強硬手段を避けるつもりはなかった。
自分に与えられた業務を遂行できる範囲で、出来る限り殺さないで済むのであれば、そうしたいと考えている程度だ。
今のところ、俺はこの仕事を辞めるつもりはない。
翌日の早朝に、俺は実家の近くの友人に電話をした。
「銃弾が当たったように大きな穴が開いている段ボール箱?
なかったよ。
そういえば今日は、いつもなら10の倍数だけある箱の数が、9箱しかない段があった。
500箱あるはずなのに1箱足りないと、親方が文句を言っていたっけ。
もしかすると、お前の言うとおり1箱に大きな穴が開いて、廃棄したのかも知れないがなあ。」
そうなのだ。
俺はこの間会った時に、倉庫のバイトに応募してくれと友人に頼んでおいたのだ。
結構重労働なので嫌だと最初は断っていたのだが、少しの期間だけという事と、俺の気が晴れれば、今の就職先にお前の事を紹介してやると、付け加えたのが功を奏したようだ。
どの道職にあぶれていて、割のいい仕事を探していたのだろうから、本気で断っていた訳ではなかったのかも知れない。
夕方6時から、翌日の明け方3時までの夜勤業務だ。
昔バイトしていた時には、朝早くに開く市場用に荷物を運び入れるのだと思っていたのだが、異次元世界から強奪してきた荷物を夕方までに倉庫に運び入れ、電送していたのであろう。
なんにしろ、昨日の作戦は失敗だ。
これでは、確かめようがない。
その日の最後の運搬時に俺は、わざと敵の銃撃を受けて、バランスを崩した振りをしながら、女性たちのマシンの列に突っ込んだ。
そうして、最後尾の列のマシンが運んでいる段ボール箱に接触してみた。
さすがに大きなマシンがぶつかったので、数箱の段ボール箱の角がつぶれて変形した。
穴が開いたわけではないし、中の野菜に被害は及んでいないだろうとは考える。
それでも、驚いて箱を落としそうになった、俺の真向かいに腰かけているオペレーターに、コントロールマシン越しに厳しい視線で睨みつけられてしまった。
俺は申し訳ないと顔の正面で両手を合わせて、深々と頭を下げる。
実質的な被害はなかったので、それで堪忍してくれた様子だ。
俺はへこんだ箱の写真をこっそりと撮り、翌朝会社へ行く途中に、友人のアパートへと立ち寄った。
友人は律儀にも起きていて、奴も倉庫で隠し撮りをした箱の写真を見せてくれた。
すると、箱にかかれている文字と言い、つぶれた箱の形状と言い、驚くほどそれは一致していた。
やはり、異次元世界から食料を強奪してきているのだ。
俺は、確認事項は終了したので、いつでもバイトは辞めてもいいぞと言ったが、奴は賃金が良いのでもう少し続けると言ってきた。
それならそれで構わないので、俺は自分が持ってきたプリントアウトしたものと一緒に、これらの写真は大切に保管しておいてくれと念を押してから出社した。
この日から、俺は別基地の応援を担当すると言われた。
俺の不審な行動を懸念して担当を外そうとしているのかとも考えたが、どうやら日本基地の攻防がさほど厳しくもなくなり、それよりも激化している地域があるので、そちらの応援に向けたいようだ。
何よりもまず驚いたのは、日本基地と思っていたのが、単に東京基地であったという事だ。(実際に、そこを日本基地として紹介された訳ではない。俺が勝手に中国基地、日本基地と考えていただけではある。)
日本国内では政令指定都市を中心に11ヶ所の基地があり、其々で略奪行為を行っているらしい。
考えて見ればそうであろう。
いまや、外国人も含めれば1億5千万人とも言われる日本国住民の食をまかなうのに、数台のマシンによる市場数ヶ所の強奪で、間に合う筈もない。
日本国中で略奪行為が行われているがために、相手も軍勢を集中させることが出来ないでいるのだろう。
まあ、国内旅行ばかりか海外旅行も悪くはないので、軽く引き受けた。
しかし、別に海外の施設へと出向くわけではなさそうだ。
中国基地の担当を日本の施設から元々やっていたように、どの基地であろうがコントローラーの設定で操作が可能な様だ。
国内基地以外の応援で困るのは時差の関係だが、中国基地の場合は、市場の開催時間の関係で早朝から作戦行動が行われるので、日本と同じく朝8時からで対応できていたようだ。
時差が1時間なので、現地時間は朝の7時からという事だったらしい。
その他の地域でも、早朝から始めているというところが多いし、戦局の打破のための応援なので、一部の時間だけの対応でも良いところも多かった。
それでも、日本とは昼夜が全く反対な国の応援の場合は、俺が一人で出社してきて、部屋の鍵を開け閉めまでやらなければならなかったが、かえって俺にとっては都合のいい状況であった。
また、外国チームとの連携に際して懸念されるのは言葉の違いだが、どの道モニター画面で映像は見えるのだが、向こう側の音声は聞こえては来ないため、言葉による意思疎通は全く必要がない。
チームでの行動とはいえ、大半がマシンごとに判断して敵に対処していくため、不自由さは感じなかった。