特攻作戦で得たもの
本日より連載再開します。
1 特攻作戦で得たもの
「うん?なっなんだこれは・・・、そんな・・・馬鹿な・・・どうして・・・。」
地下深くの秘密実験室で白衣姿の中年男性が、自分がのぞいていた顕微鏡から目を外し後ずさりする。
「どういたしました?霧島博士・・・霧島博士・・・???」
その光景を不審に感じた、まだおどけなさが残るかわいらしい風貌の女子研究員が、心配そうに霧島博士の顔をのぞき込む・・・。
「ふあー・・・あれからほぼ毎日円盤を出動させられて、各国で発見された向こう側世界の隠し農場を巡ったけど、これといった成果もなくどこも空振り・・・それなのに、もう一度すべての農場を再度回ってくれだなんて・・・、一体どういうことだい?
1日の休みもなく働かされて・・・俺たちも疲労困憊だけど、円盤だって相当にガタが来ているんじゃあないのか?
なにせ10年近くもまともに使っていなくて、強奪マシンを使用不能にされてやむなく復活させた、いわゆる在庫の再利用だったわけだ。
しかも月に4度程度、原材料の引き渡しと加工品の受け取りの時だけ限定で動かしていたわけだ。
それを、この1ケ月間休みなくだぞ・・・、なんだか最近、聞こえないはずのエンジン音がキュルキュルキュルなんてオイル切れしているような気がして、非常に気になっている。
高速飛行するために遠距離であればあるほど高高度・・・成層圏を超えるくらいの高さで飛行しているが、そんな高さでエンジントラブルでもされたら・・・、何て最近は怖くて夜も眠れない・・・。」
特攻ともいえる円盤への潜入作戦が成功して、こちら側世界が一気に主導権を握るかと思われたのだが、植民地化された国々は向こう側世界からの支配から独立する気はなく、従属したままで構わないと正式に世界政府あてに通達を出し、それ以降も以前と全く変わらずに、近隣諸国に向こう側世界への従属を勧めるメッセージを送り続けてきている。
俺も参加した特攻作戦は、まさに命を賭して行われた作戦であったのだが、それにより獲得したのは8機の巨大円盤と、数々の農産物にとどまった。
ブランド肉やブランド米など、種牛や種豚及び種もみの確保はできたのだが、その品質をいかに維持していくのかという技術に関しては持ち得ていなく、霧島博士は現状の農業技術では、恐らく2世代持たずにブランド化された高級品種は消えてなくなるだろうと予想しているそうだ・・・。
逆に失ったものは、支給される食材や原料を加工して返送した残りのブランド品の収益と、一番大きなのは向こう側世界からの信頼だ・・・。
一体俺たちがしたことは何だったのか・・・あたら2つの世界の関係を悪くしただけで、なにも進展していないどころか、逆に状況を悪化させているではないかと、円盤奪取の作戦行動に対する批判が今になって噴出している状況だ。
実際、食肉加工用の牛や豚などは全て生きた状態で支給されていたわけだから、引き渡し分以外の家畜は屠殺せずに、そのまま育てて増やしていくことも可能だったわけだし、世界中の隠し農場の場所が事前に分かったわけだから、穀物や野菜の種や苗だって入手できたはずだったと評され、俺たちの命がけの作戦は何の役にも立っていないのだと痛烈に批判されているのだ。
まあ・・・別に種牛や種もみを獲得するための作戦だったわけではなく、植民地化された国や地域を解放するために、世界中に出現していた円盤を破壊若しくは取得しようとしたはずだったのだが、植民地化されていた国々の多くの住民たちは、円盤の脅威がなくなったにもかかわらず、馬鹿なことをしでかしたと俺たちの作戦を真っ向から否定した。
異次元世界の進んだ文明から植民地化された国々を救出するという、大義が大義ではなくなってしまったことは、世界政府側にとって大きなショックとなった。
さらに向こう側世界の隠し財産ともいえる農場や巨大円盤を奪いとり、また破壊した行為に対する報復措置も予想されたのだが、もともと不要なものをいつまでも維持していたことが災いしたと反省の弁を述べるだけで、何もしてこない向こう側世界への評価は高まった。
すなわち十分に満たされてさえいれば無益な争いは好まないのだという事を、アピールさせる結果となってしまった。
そんなことはわかっているのだ・・・金持ち喧嘩せずではないが、潤沢な資源に食料物資がありさえすれば、何も別世界に干渉しようなどとは誰も考えないのだ・・・、それが不足していたからこそ次元を超えて強奪行為に及んでいたはずなのだが、現状は植民地化した地域から食料物資の供給を受けているだけなので、強奪行為と評することはできない。
属国からの供給を受けているだけで、しかも見返りにはるかに進んだ科学技術の供給があるのだから、向こう側世界へ従属して何が悪いのだと主張する国々が、加速度的に増えてきているという事だ。
さすがに表立って従属を宣言しようとなると、各国政府の一存では決められず国民投票が必要になるため、二の足を踏んでいる国が多いようだが、どこか一ケ国でも従属宣言をして技術供与を受け始めたら、その他の国も雪崩式に続いていくだろうと、戦々恐々の日々と言ったところの様だ。
元は半々ぐらいで拮抗していたのが、現状では7対3から8対2くらいで、圧倒的に向こう側世界への従属を唱える国々が増えてきているという事の様だ。
いずれ巨大円盤を確保した8ケ国以外は、全て向こう側世界への従属を求める側になってしまうのではないかと赤城が嘆いていた。
「うーん、そうだねえ・・・僕もこんなに忙しくなるとはとても予想していなかったよ。
命がけの作戦だったけど、その成果と言えるものが見出せなくて・・・恐らく焦っているのだと思っている。
せっかく手に入れた巨大円盤も、向こう側世界からの侵略攻撃がなければ対抗手段としての活躍の場もないわけだし、言ってみれば宝の持ち腐れとなってしまいそうなわけだ。
それでは癪だからと何とか向こう側世界の技術につながるものを見出したくて、隠し農場を何度も点検して回っているわけだよね。
人が何日もかけて険しい山道を行き来しなくても、円盤であれば簡単に送り迎えができるから、世界各地の隠し農場へ捜索部隊を送り届けたり、あるいは迎えに行ったりして、円盤は役に立っていますよと皆にアピールしたいんじゃないかな・・・。
確かに高速旅客機として利用可能でもあるのだろうけど、それにしては8機だけでは少なすぎるし、一部の国のために使用することははばかれるわけだ・・・、なにせ作戦に参加した国は、植民地化された地域以外世界中の国々が協力したわけだ。
日本をはじめコントロール装置を配布されていた国々は円盤を奪い取ることができたけど、それ以外の国々は爆破するしか手はなかったわけだからね・・・、別にへまをしたわけでもなんでもなくて、手持ちの資材に差があったというだけだから、円盤の所有権を主張することも、どの国も遠慮しているわけだ。
だから各国のお役に立てていますよ・・・という事を見せつけるためには、世界を8等分してその地域内の活動をするしかなく、今のところ隠し農場の再確認が一番適していると考えられているんだろうと思うよ。
そのほかにも地域によっては災害救助などにも利用され始めているみたいだね。
地震や台風に火災などの被災地への救助要請なども、今後引き受けていくって聞いているよ。」
その豪快な風貌には似合わず甘党の阿蘇は、基地内の売店横にオープンしたという洋菓子屋のショートケーキのスポンジをフォークで掬い取り、ゆっくりと口に運びながら答える。
「げげっ・・・そんなことにまでこき使われたんじゃ、ますます円盤の整備が不安になるなあ・・・、車だって1年点検とか車検とかあるわけだろ?
ましてや空を飛ぶ円盤だぜ?1年どころか1ケ月に1回くらいは点検整備しないと危ないんじゃないのか?」
甘いものが苦手な俺は、砂糖少な目のコーヒーをすすりながら嘆く。
別に休みたいと言っているのではない・・・、しかしどんな装置にも点検整備というのが必要だろうから、そのために2,3日間は手が空くときがあるのではないかと提案しているのだ・・・。
あの命がけの特効作戦が終わった後、1日休みをもらっただけで、それからの2週間は家にも帰らずに不眠不休で隠し農場に取り残された家畜と米や麦などの種もみの回収を行い、その後植民地化された地域の現状を確認しようと、赤城たちの潜入サポートを実施し、一段落かと思われたのもつかの間、以降1日の休みもなく連続で近隣諸国の隠し農場だった場所への調査隊の送迎を延々と1ケ月間も続けているのだ。
とりあえず家には帰れるのだが、それでも休みは全くなく、朋美の態度もだんだんと冷たくなってきたように感じているのだ・・・、流石にもう限界だ・・・。
「隠し農場の捜索は、その・・・円盤整備にも関係しているらしいよ・・・、何せ未知なる技術の集積物だから、現行世界の部品では恐らく何一つ規格に合わないだろうと、霧島博士が宣言している。
隠し農場は円盤の発着場でもあったわけだから、必ず円盤の整備部品もあったはずだと・・・、すでに破壊されてしまっているがれきを詳細解析してでも、何とか補修部品のヒントをつかみたいと指示しているそうだ。」
阿蘇が、しつこく行われている隠し農場の調査の目的を説明してくれる。
「だったら円盤が整備不良で動かなくなるのが速いか、がれきの中から補修部品が見つかるのが速いかの勝負という訳か・・・?
そうはいっても成層圏へ上昇した後で動かなくなったりしたら、俺たちは宇宙のチリになってしまうんだぞ。
それでもいいのか?」
とてつもなく恐ろしいことを、平然と告げる阿蘇の顔をまじまじと見つめる。
「まあ、仕方がないじゃない・・・円盤はさっきも言った通り、あの特攻作戦は無駄ではなかったというアピールのために、常に稼働しておく必要性があるらしい。
そのため忙しいのは僕たちだけじゃあない・・・、円盤を奪取した8ケ国すべてが同様な状態だ。
それでも少しは成果が出てきているようで、焼け焦げの部品の中からそれらしい部品や基板なども見つかってきているらしいよ。
それらが日本に送られてきて、毎日霧島博士の研究所で解析している。
だから・・・もうしばらくの辛抱さ・・・ある程度目途が立ったら、円盤の運転担当者と通信担当者を育てると赤城先生も言っていたしね。」
相変わらず阿蘇は明るい・・・タフと言おうか、休みがなかろうが24時間不眠不休だろうが、弱音や愚痴など一切こぼさずに、ただ淡々と・・・というよりどちらかというと楽しげに過酷な業務に従事している。
この姿勢は見習いたいところなのだが・・・、こちらは体力的にも一般並みというか、もしかすると劣っているかもしれない程度の凡人であり、更に家には愛する家族が待っているのだ・・・。
家族サービス抜きで安定した家庭は作れない・・・、今日こそ赤城に休暇申請してこいと、朋美にたきつけられてやってきたのだが、上長である赤城は朝から姿が見えない・・・もうすぐ勤務が終了する時間だというのに・・・。
<ポンポンポンポーン・・・自警団総務部施設係の阿蘇さん新倉山さん、赤城参謀室の電球が切れかかっています。
支給交換に向かってください。ポンポンポンポーン>
すると突然、自警団本部内に全館放送がかかる。
ううむ・・・、もうすぐ定時だというのに‥・今になって・・・。
「お呼びの様だから、すぐに向かおう。」
阿蘇が軍手と帽子をかぶって立ち上がる。
もともと総務部の事務方だった阿蘇と、当初は向こう側世界の知識を有する俺はブレーン的役割だったが、現在はどちらかというと巨大円盤の乗組員的な役割が多い。
そのため総務部施設係というのが新設され、赤城直属となっている。
俺と阿蘇は急いで階段を駆け下りると、そのまま1階にあるエレベーターに乗り地下にある霧島研究室へ向かう。
日本国軍本部の建物の中にエレベーターがあるという事も極秘だし、ましてや地下60メートルに核シェルターを兼ねた研究室があることも、極秘中の極秘事項だ。
そのためここからの呼び出しに関しては全て隠語で指示される・・・つまり赤城関係の指令が下されたときは、すぐさま地下へと向かうことになっているのだ。
『チンッ・・・ガーッ』どう見ても壁にしか見えないエレベーターのドアが開き、急いで乗り込み研究室へと向かう。
「どうしました?」
研究室には白衣姿の霧島博士と若い助手たちのほかに、がっしりとした大柄な体格の中年男性が厳しい表情で霧島博士と会話していた・・・赤城だ。
「おお・・・帰り支度をしているところをすまんな・・・、実はちょっと面倒なことになった。
これを見てくれ・・・、これらは隠し農場の爆破されたがれきの中から抽出した、電子部品と思しき基盤などのかけらだ・・・、焼け焦げ以外に部品がはっきりしているものだけを各国から送ってきてもらっている。
といっても、恐らく万一の時には証拠隠滅できるよう、工夫して配置されていたのだろう・・・・、予備部品の中で無事なパーツは一つもない・・、必ず爆発の影響を受けるよう保管庫が作られていたという事だな。
だがそれでも世界中で数百ケ所もある隠し農場だ・・・、焼け残った部品点数は日本の分だけでも数万にも及ぶ。
それらの無事な部分だけをつなぎ合わせて完成形を作り上げようと、霧島博士が選別を行っているところだ。
すでに基盤として活用できるものが数十点完成している。
完成した基板やパーツの詳細写真を配布して、各地で焼け残りの再組立てを進めている。
恐らく近いうちに巨大円盤の補修部品だけなら、揃えられるだろうと明るい展望が見えてきたところだ。」
赤城が解析の進捗状況を説明してくれる。
休みなく各地を飛び回って調査隊のサポートをしていた俺には、その目的も進捗状況も聞かされるのは初めてのことだ。
「それはよかったですね・・・今先ほども新倉山君と、円盤のメンテナンスはどうするのかと話していたところなんですよ・・・、やっぱり運転途中で故障で動かなくなったら困りますからね。
それなら・・・、一体何が問題なのですか?」
阿蘇が、不思議そうな顔をする。
「ああ・・・余計な不安を抱かせないためと下手に期待させて裏切ることになってはいけないと、円盤の補修部品の再組立ては極秘裏に行われていた・・・、特に君たち当事者にはね・・・すまなかった。」
赤城が頭を下げる・・・いやいや・・・別に責めているわけでは・・・。
「ところがだ・・・いざ基盤が完成してみると・・・、基板は焼け焦げて完全形は一枚もなかっために、焼け残った部品を基板から取り外して、新たにパターンを作成したプリント基板にその部品を取り付けて行って完成させたわけだ。
全てICやダイオード、コンデンサーに抵抗などの部品ばかりだから、外傷がなければ動作に問題はないようだ。
ところがその完成した基板を見てみると・・・。」
ここで赤城の説明が止まる・・・、どうした・・・?
「その先は私から説明しよう。」
おもむろに白衣姿の霧島博士が口を開く。