キューブ
15 キューブ
『ズーン・・・』転送ビームで3人を森の中の空き地に降ろすと、すぐさま成層圏まで上昇させる。
「うーん、誰もいないようですね・・・。」
阿蘇がコントロール装置を使って周囲の様子を撮影して送ってくるが、出迎えはいない様子だ。
それでも今回は一緒にガードマシンも送ったので、少しは安心できる。
『キュィーン』やがてガードマシンが木立奥の動く影に反応し、警戒信号を発する。
「待て待て・・・、味方だとまずい。
ちょっと攻撃は控えさせろ。」
赤城の指示を受けて、ガードマシンに待機を入力する。
人工知能ではマシンに備わっている人体センサーのほかに、武器もセンサーで高感度検知可能なようで、危険を察知すると自動攻撃にはいるようだが、とりあえずは待機モードにして動く影の方向に回り込ませ、直撃はブロックするよう指定する。
俺が直接コントロールする方が細かい判断ができていいのだが、マシンのコントロールに手を取られていると、赤城たちの回収など円盤のコントロールがおろそかになりかねないため、とりあえず大まかな動きを入力するだけで自動コントロールに任せておくことにする。
「マガンダン タンハリ、ハロー、ターチャハオ・・・、こんにちは。」
薄暗闇の中を動く影は、挨拶を各国言語で話しかけながら、ゆっくりと近づいてくるようだ。
「君たちは誰だね?」
「我々は、フィリピン地区のレジスタンスです。
今は、送り込まれてきたスパイの方と連携して活動しています。
突然の連絡を受けて、ここで世界政府の人を待ち受けるよう指示を受けて待機していました。
マニラの街中で、市民にコンタクトを取っていた人たちですよね・・・、市内での接触は大変危険です。
すぐにパトマシンがやってきて、排除される恐れがあります。
連絡は、暗号化通信を定期的に短波無線機で場所を変えて行う以外は、難しいのが現状です。」
赤城の問いかけに、すぐに通訳を通じて返事が返ってきた。
フィリピンの生き残りの中にも、現状に満足していない者たちもいるということだ。
「そうか・・・、やはり植民地の中にも、反抗分子はいるという事だね、少し安心した。
君たちのような人たちは多いのかね?」
赤城が、嬉しそうに笑顔で3人の若い男女に近づいていく。
「僕たちは、もとはマニラ市内で商社や金融機関などに働く両親とともに暮らしていましたが、円盤の攻撃に会い両親も家族も犠牲になったいわゆる戦災孤児です。
郊外の寄宿舎に住まわされて、学校へ通わされています。
現在都市部に暮らしているのは、もとは郊外で農業に従事していた家庭をそのまま都市に移住させているケースがほとんどです。
家族を殺された我々のような境遇の者たちは、向こう側世界の支配に対して不満を感じているため、レジスタンス活動に走っていますが、家族ごと移住してきた現状都市で暮らしている人達は、自動化された最新文明の恩恵にあずかり満足しているのでしょう。
ですので、都市部で何か行動を起こすというのは不可能と考えます。
郊外に住むわずかな生き残りを集めて行動を起こす必要性があります。」
代表だろうか、一人の青年が厳しい表情で答える。
恐らく20歳はいっていないだろう、若いがしっかりとした口調で答えてくる。
「そうか・・・やはり家族を殺された恨みは消えてはいないというわけだね・・・、確かにもともとの住民の9割がたが犠牲になっているわけだからね。
だがそうか・・・そうなると君たちのような、若い世代ばかりとなってしまうようだね。」
赤城は少しがっかりした様子で肩を落とす。
「そうですね、流石に子供を殺すことはためらったのでしょう。
この近くに大きな寄宿舎を建てて、そこに戦災孤児を集めているのです。
そこにスパイの方たちから接触があり、無線機を手渡されて定期的に通信を行っています。
これといった活動はなかったのですが、先ほど緊急通信が入り、この森の奥に世界政府の旗を置いて、訪問者を待ち受けるよう連絡が入ったのです。
もうしばらくすると、都市部からスパイの人がやってきて手渡したいものがあるそうです。
申し訳ありませんが、ここでお待ちください。」
そういって青年は頭を下げる。
「おおそういうわけか・・・、植民地化された地域から物を運び出すのは容易ではないと聞いている。
金属鏡のようなウエハーを持ち出すだけでも多くの犠牲を出したようだからな。
我々が来たことを確認して、何か手渡すものがあるのだろう・・・、ありがとう、我々と接触していることが分かると君たちにも危険が及ぶかもしれない。
我々はしばらくここで待つから、君たちは帰った方がいいだろう。」
赤城がご苦労さんとでもいうように、青年の肩をポンポンと両手でたたく。
「分かりました・・・、ではこれで失礼します・・・、お気をつけて。」
青年たちは何度も振り返りながら、森から出て行った。
『ファンファンファンファンファン』『バキバキバキバキッ』しばらくすると、けたたましいサイレンとともに、木々が押し倒される音が近づいてきた。
パトマシンがやってきた様子だ、しかも回転灯の数からみると3台はいるようだ。
すぐに俺はガードマシンのコントロールをマニュアルに切り替え、音のする方向へマシンを進ませる。
『ダダダダダッ』『ファンファンファンファン』見ると、パトマシンは誰かを追いかけているように見える。
『ガガガがガガガガッ』『ガッゴーンッ』すぐに木立の影からマシンガンを放ち、先頭のパトマシンを木立の向こうへと吹き飛ばす。
ガードマシンについているマシンガンは、戦車などについている重機関銃をさらに強力にしたような威力だ。
マシンは球体なのでともすれば表面を滑ってしまうが、うまく球体の中心を垂直に狙うことができれば、装甲を撃ち抜くことも可能だ。
『ビュッ・・・ガガガガガガガガッ』『ズドーンッ』さらに急上昇してから急旋回して真上からマシンガンを放ち、その衝撃でもう一台のパトマシンを地面に激突させる。
『ビュゥー・・・ガガガガガガガガッ』『ドッゴーンッ』急降下しながら左に旋回し、次のパトマシンの右下方からマシンガンで射貫き、粉々に爆発させる。
そうして周囲を油断なく見まわすと、辺りにはパトマシンの気配はなくなっていた。
どうやら3台のみで追跡していたのだろう・・・、増援分が来るまではとりあえず安心だ。
「大丈夫ですか?」
すぐに阿蘇が、木立の影で倒れこんでいる人のもとに駆け寄る。
「はぁはぁはぁ・・・、こっこれを・・・。」
何とか腕の力だけで体を起き上がらせてから何かを阿蘇に手渡した後、その男は意識を失ったようだ。
「うーん・・・治療が必要だ・・・、すまないが彼もいっしょに収容してくれ。
日本へ帰って、病院へ送ろう。」
赤城に指示され、すぐに円盤を下降させると、4人とマシン1台を回収して帰路に就く。
「いやあ・・・鮮やかだったね・・・、ずいぶん昔のことではあるけれど、流石、陥落しかけた東京基地をあっさりと取り戻しただけはあるね。
腕は鈍っていないようだ・・・武装さえしていれば、複数台のマシン相手でも全く問題ない。」
倉庫から操作室へとやってきた阿蘇が、頬を紅潮させて駆け寄ってくる。
そういえば、武装しているマシンを操作するのは何年ぶりだろう。
意外と違和感なく操作できたのは、いつも頭の中ではシミュレーションを繰り返しながら操作していたからだろうか・・・。
しかし、赤城の前で東京基地の奪還作戦の話は、禁句ではないのだろうか・・・?
「いや・・・、恐らく人工知能による自動操縦のパトマシンだろう。
あの程度であれば、3台でも4台でも相手にできるさ。
問題は、人間がコントロールしている場合のマシン相手の時だ。
なにせ向こう側の世界では、生き残りの中に多数のマシン操作者がいるわけだからね。
そんな彼らに十分な台数のマシンを与えようものなら、それだけでも巨大円盤よりも脅威となりうるかもしれない。
なにせそれなりに航続距離はあるわけだし、近隣の都市部を襲われでもしたら、とても対抗しきれないわけだ。
恐らく改良版だから、妨害電波対策として複数の周波数で通信するとか、対応しているはずだしね。
それが、どうして他国にまで攻め入らないかというと、現状は植民地だけの食料供給で十分満足しているからだ。
しかも、植民地の住民たちに支持されているという絶対の自信を持っているのだろう。
それは、先ほど街中でのインタビュー結果を見ても明らかだ。
唯一の弱点と言えないこともないのが、元都市部の住民の生き残り、いわゆる戦災孤児たちだ。
だが、どんな国家であっても、必ずしも全員が満足しているわけではないし、政権に対する対立政党だってあるわけだし、それが真逆の政策を打ち出していることだってあるだろう。
そうなると、今の植民地に対してこれ以上干渉することが、必ずしも得策とは言えないと俺は感じてきた。
なんとしても植民地を開放して、向こう側の世界の物資調達ルートを断ち、非合法行為を先導してきたやつらを暴き出して罰してやろうと考えてきたのだが、これ以上刺激しない方がよいのではないかと思えてきたよ。」
俺はこの国に乗り込んできて感じたことを、正直に打ち明ける。
「新倉山君のいう事はもっともだ・・・、確かにあれだけの科学力を持っていれば、円盤に変わる兵器だって製作可能だろう。
それどころか、強奪マシンだって複数台となれば十分な脅威となるという意見にも賛成だ。
霧島博士が開発した妨害電波発生装置が大成功したため、我々が必ず勝てると思い違いをしていたのかも知れないな。
巨大円盤を奪い取るなどして、向こうからの一方的とも思える通商は消滅したわけだが、これだって通商を丁重にお断りすることでも解決していたのかもしれないしね。
そうすれば、無駄な家畜の犠牲だって出さなくて済んだだろうし、大量の円盤を破壊しなくて済んだはずだ。
それが我々の手に入ろうが入るまいが、実際のところ向こうの世界との関係に関して、大きな優位差はないのかも知れないね。」
赤城が腕を組みながら、じっと目をつぶって考え込む。
「でも・・・、さっきのスパイから渡されたのが何かはわかりませんが、きっと重要なものですよ・・・。
なにせ、命がけで持ってきてくれたわけですから。」
阿蘇は手のひらサイズの四角い箱をじっと見つめながらつぶやくように話す。
「ああそうだな・・・問題はそれが何かという事だが・・・、まあ、霧島博士にすぐに渡して、解析していただこう。
向こう側の世界との関係はどうでも、新たな脅威となりうるものであれば、何らかの対処は必要となるだろうからね。
彼がすぐに元気になってくれれば、入手経路だって明確になるだろうしね。」
赤城が目を開け阿蘇の掌へ視線を移しながら、答える。
「まあ、帰ってからという事ですね。」
今回は日帰りではあったが、気分的に疲れた・・・。
「解析不能・・・ですか?」
翌朝、前日に渡したスパイが持ってきてくれた箱の解析状況を確認しに、赤城と阿蘇と3人で霧島博士の地下研究室を訪ねたところ、箱は机の上に置きっぱなしで、何の解析もされていない様子であった。
そりゃあ、たった一晩でわかるとは思っていなかったが、それにしても手も付けていないとは・・・。
「箱の外観を確認しても、どの面にも外部との接続端子など見当たらない。
もちろん機械的な接続用のギアや歯車および軸受けの穴も開いておらん・・・、どの面もまったくのフラットで、何かを取り付けることも、また、何かに取り付けることもできそうもない。
磁力を介するものかと考え、永久磁石を近づけてみても、引きあうことも反発することもない。
レントゲンを撮ってみても、X線を反射するコーティングがされているようで、構造は全く不明。
一体どうすればいいのか・・・、まったくお手上げ状態だよ・・・。」
霧島博士が机の上の箱を持ち上げて、両手で各面を確認するかのようにぐるぐると回して見せるが、なるほどどの面も半光沢の金属面のようだが、完全に一様で接続口など見当たらない。
さらに、角やヘリを見てもつなぎ目すら見当たらないようだ。
「念のために放射能も測定してみたが、自然界の数値よりも低い値で、放射性物質でもない様子だ。
どうしてこれが重要なものなのかすら、私には見当もつかないね。
ただの箱・・・というよりキューブでしかないものを、後生大事に運んできたスパイには申し訳ないが、これが何であるのか聞き出してもらう必要性がある。」
霧島博士は、残念そうに箱を机の上に置きなおした。
「それが・・・ですね・・・、キューブを運んできたスパイですが・・・、腹部に大きな傷を負っておりまして、連れ帰って治療したのですが、助かりませんでした。」
赤城が目を伏せながら答える。
「ううむ・・・そうか・・・、じゃあ仕方がない・・・、バラしてみるとするかね・・・?
内部構造が分かれば、これが何であるのか推定できるかもしれない。」
霧島博士が箱をもう一度持ち上げる。
「分解・・・ですか?継ぎ目も見当たらないようですが、どうやって?」
目のいい阿蘇が尋ねる・・・、俺の見た目でも継ぎ目は見えないが、阿蘇が言うのだから本当にないのだろう。
「分解ではない・・・、バラす・・・つまり切り刻んでしまうのだな・・・。
復元できなくなるかもしれないが、仕方がないだろう。」
霧島博士がため息交じりに答える。
「まあ、仕方がありませんね・・・、フィリピンがそうであったように、植民地化された地域はそれで満足している様子ですから、新たな脅威がない限りは手が出せません。
とりあえず解析を進めてください、向こうに残っているスパイにも、入手経路など確認できないか連絡してみます。」
赤城が仕方なさそうに告げると、3人して研究室を後にして自警団本部へと戻っていく。
「当面は、様子見という事だな・・・、向こう側の世界のいいようにやられているのは癪だが仕方がない。
こっちだって圧倒的武力と目された巨大円盤を奪い取ったのだから、まずは痛み分けと少しでもいい方に解釈しておこう。」
赤城が悔しそうにした唇をかむ・・・、今度こそと思っていただけに、俺も非常に悔しい。
だが、もし本当に植民地化された地域の人々の大半が満足しているのであれば・・・、しかも最新鋭の技術の供与を受けて豊かな生活を送って行けるのであれば、それはそれでもいいのかもしれないと思い始めている俺もいる。
残念なのは、2つの世界のどちらにも多大な被害をもたらす元凶を作った首謀者たちが、いまだに浮き彫りにならずに、しかも向こう側の世界でのうのうと生き延びているだろうという事だ。
何とかしてそいつらのところまでは行きつきたいと願う。
続く
スパイが持ち込んだ謎のキューブは?また開放が難しそうな植民地はどうなってしまうのか?諸悪の根源ともいえる、向こう側の世界の首謀者たちを浮き彫りにすることは可能なのか?・・・注目の次章は・・・、すみません、まったく構想がまとまっていないため、ここで少し休載となります。キューブの形状など本当にあれでいいのか・・・ドキドキしておりますが、なんとかそれなりの展開を模索しようと考えます。
2から3週間ほど間を開けて、もしも願いがかなうならの続編でも書こうかなと思っております。よろしかったらこちらもご一読お願いいたします。ではまた・・・。