決行2
9 決行2
「起きてくれ・・・、支度を始めるよ。」
体を揺り起こされて目が覚める。
いつの間に眠ってしまったのか、横になったまま目を開けると辺りはすっかり闇の世界だ。
「よく寝ていたね・・・、リラックスできているという事だから、いいことだよ。
これから特攻作戦と思うと、僕なんか何度も寝返りを打つだけで、ほとんど寝付けなかったよ。
携行食を食べたら、すぐに着ぐるみに着替えて牧場に潜入するそうだ。」
月明りを遮る大きな影が寝ている俺の横で動き回っている・・・、阿蘇だ。
すぐに起き上がって水筒の水でうがいをし、携行食を口に運ぶが・・、なかなか入っていかない。
クリームを挟んだビスケットなのだが、水気が少ないのでかみ砕いてもなかなか呑み込めないのだ。
寝起きのせいだけではない、緊張して唾液が出てこないのだろう、無理やり水筒の水で押し流す。
「ぷぅー・・・」
さあ、着ぐるみに着替えて作戦開始だ。
担いできたリュックの中の大きな袋から、豚の毛皮を取り出す。
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「これが着ぐるみのサンプルです・・・今はまだ制作中ですが、決行前までには必ず間に合わせるから安心してください。
牛と豚、両方を選択できますが、体の大きさから基本的に牛を多めにする予定ではあります。
鶏に化けるというわけにはいかないだろうからね。
腹部分がチャックになっているから足部分をまずはいて、上部は背中から羽織ってチャックを閉めるつなぎのような着方になります。
豚の場合は足が短いから、膝から折り曲げて踵を尻につける形で、膝で歩いてもらうことになります。
手に関してはなるべく腕を広げて、大回りで手を地面につく形です。
かなり歩きにくいが、短い時間なので我慢してもらうしかありません。
牛の場合は逆に手足が長いので、手足の先端部分に補助棒が入っていまして、仰向けの態勢でその上に乗っかる形です。
本来なら膝関節として曲がったりする方がいいのでしょうが、とてもそこまで細工はできそうもありません。
動きはぎこちなくなってしまうでしょうが、まあ、勘弁してください。
豚でも牛でも胴回り部分に荷物を詰められるから、背中にリュックを背負ってという漫画のようなことにはなりませんので安心してください。
どちらも本物の牛や豚の毛皮・・・、いわゆる剥製を利用していますが、背中部分に特殊な加工がしてあり、X線を反射するようになっています。
代わりに骨格や内臓の模様をその上に貼り付けてあるので、円盤から家畜の状況確認でX線を当てられても、他の牛や豚とそん色はないはずです。
本物の毛皮なので少し離れてさえいれば、恐らく牧羊犬も誤魔化せると思っていますし、円盤やマシンは家畜を驚かせることを恐れてあまり近づかないはずだから、せいぜい上方からの監視だけとみています。
十分にやれるはずです。」
霧島博士の助手が、豚の毛皮をもって壇上で説明する。
先日の決起集会ともいえる、地下施設での打ち合わせの際の携行品の説明だ。
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俺が余計なことを言ったがために、窮屈な豚の方が多くなってしまったようだが、実際もタグでの管理をしているようなので、よかったと言える。
リュックの中からコントロール装置を取り出して、着ぐるみの背中部分のポケットに入れる。
携行食やキーボードマウスなど、その他の荷物はわき腹にある各ポケットに詰め込んでいく。
そうしてから着ぐるみの下半身部分に、膝を折り曲げて足を突っ込んでいく・・・、くっ・・・きつい。
踵が尻に当たって、更につま先が伸ばされて尻につくような形になって、かなりつらい。
上半身部分に着ぐるみを羽織って豚の頭部分を被る・・・、あとはモニターと靴だけが入ったリュックを腹の詰め物代わりに当ててチャックを閉めれば・・・。
おっと危ない危ない・・・酸素マスクを忘れていた・・・、ヘルメットをかぶってゴーグルをつけ、小さなボンベが付いたマスクを装着してから豚の頭部分をかぶる。
腹のチャックを閉めて完成・・・、うん?手はどうなるのだ?
手はそのままでいいのか?・・・と思っていたら、両手部分に何やらひものようなものが見える。
豚の目の部分に穴が開いていて、かろうじて前が見えるのだが、両手部分のひもを中指にかけると、豚の前足部分が腕に貼りつくような形になるようだ。
まあ、豚の前足は細いから、腕を入れることはできそうもないからね・・・、でもこんなんで本当に大丈夫なのだろうか???
「では行きますよ・・・、ついてきてください。」
先ほどあった自警団員だろう・・・、小声でささやくような声が聞こえ、2つの人影が先導して丘の斜面を登っていく。
その影に続いて無言の・・・(当たり前ではあるが)・・・牛やら豚やらがついていく。
俺も遅れないように列の後方を、何とかぎこちない足取りでついていく。
出発の数日前に着ぐるみは届いていた。
順二が遊んで破いてしまったら困るので、すぐに押し入れの奥の方にしまっておいたのだが、皆は何度か着用して歩行練習もしていたのだろうか・・・。
「ではこれから潜入します。
どうやら監視カメラの類は設置されていない様子ですが、集音マイクはどこにあるかわかりませんから、絶対に声を出さないようにお願いします。
では行きますよ・・・。」
『ガラガラガラ』大きな建物の扉を最小限だけ開けて2つの影が中に入っていき、しばらくすると扉の隙間から手だけが出て、おいでおいでを始める。
それにつられるように、先頭の牛が静かに中に入っていった。
『ZZZZZZZZ・・・・』すぐ前の豚に続いて俺も中に入っていくと、家畜たちは寝入っている様子でまったく動いていない。
一つの影に先導されて、体の大きな牛の着ぐるみが牛用の策の中に入っていく。
ううむ・・・、扉には鍵もかかっていなかったし、こんなに簡単に潜入できていいものだろうか?
罠でも仕掛けられていないか、心配になってくる。
『ももー・・・』『プシュンッ』耳たぶにつけたタグを取り外したのだろう・・・、目が覚めた牛が暴れだしそうになったので、麻酔でも打ったのだろうか・・・、すぐにおとなしくなった。
『ゴツンッ』窓から差し込む月明りでほとんど影絵状態ではあるが、牛舎の様子をそれとなく眺めていたら、尻を小突かれた。
豚の着ぐるみでは容易には振り返ることもできず何だと思っていたら、前の方でもう一つの人影がおいでおいでをしていた。
そうだ・・・俺は豚の方に行かなければならないのだ・・・、焦りながらも音をたてないように人影の方に歩いていく。
『ぶーぶー・・・』人影が数頭の豚を別の檻に追いやって空いたスペースに、俺たちが入り込んでいく。
ふうむ・・・なんともスムーズに事が運んでいく・・・、だがしかし・・・そうか・・・、こんな自然の要害で守られた牧場まで、賊が忍び込むだなんて想定してはいないよな・・・。
しかも少なくとも20年以上は前から存在していたようだし・・・、その間は全く安全だったわけだしな。
この3年間ずっと向こう側の世界の意向に反することなく、食肉の加工や工業製品の生産を世界中で行ってきたことの成果と考えるべきだろう。
なにせ無理して引き受けるというより、品質がいいからもっと量を増やしてほしいとまで要望していたくらいなのだ。
今のところ、こちら側の世界は向こう側の世界との通商を至極まじめに継続しようとしているし、植民地化された地域は、潜入したスパイの報告ではかえって喜んでいるくらいと聞いているしな。
向こう側の世界だって、このままこの関係が長く続いていくことを望んでいるからこそ、植民地化された地域だけからの供給でも十分に済むところを、わざわざ通商を継続してくれているわけだ。
まあ、どのみちどの牧場にも家畜はいるわけだし、農場には野菜や穀物が植わっているわけだ。
あとはそれらの管理に手を割くかどうかだけだが、地下シェルターの中でこれといってやることもないのであれば、農場管理くらいはいいだろうという事ではあるにしても、やはりこちら側の世界とのいい関係を継続したい向きはあるはずだ。
そんなこんなで、隠し農場のセキュリティなんて考慮していないのだろう。
どのみち人がいないのだから、建物の扉に鍵をかけることもしないし、監視カメラも付けてはいない。
監視する要員が必要になってしまうし、流石に不要作業で人手を煩わすことは嫌ったのだろうと解釈もできる。
もちろん隠し農場のことを打ち明けた当初は心配して監視をしていたのかもしれないが、こちらから何の動きもないのでそのうちに不要と判断したのではないか・・・。
だから、ここまでうまくいって当然と言えば当然なのだ・・・、と、体の震えを抑えるために、極力ポジティブに何度も念を押して自分に言い聞かせる。
だがしかし、そんな友好関係をぶち壊しにするような作戦が、今まさに行われようとしているのだ。
成功すればまだしも失敗したらいったいどういう事になってしまうのか・・・、またまた手足ががくがくと震えだして止まらない・・・、武者震いではない・・怖いのだ・・・。
『ガラガラガラ』2人の影が出て行って扉が閉まるころには、夜が白みかけてきていた。
ぎりぎりセーフといったところだろう・・・とりあえず、ここまでは予定通りだ。
『ぶーぶーぶー』周りがざわめいているので目が覚めた・・・、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
すでに扉が解放されていて、収容されるべき豚たちが外に出ていこうとしている様子だ。
(まずい・・・)
すぐに胸のチャックを開けて、のど元のバルブを緩める。
マスクはそれだけでもフィルターがついているので、ある程度は薬品や微細粒子を除去してくれるようだが、ガス類には役に立たないらしい。
小型の酸素ボンベを開放して、内圧をある一定量に保つ必要性があるのだ。
まさか、円盤が見ている真下で手を使うわけにはいかないので、建物の中で行っておかなければいけない作業だ。
この目的もあり、両手が自由になっているともいえるようだ。
すぐにチャックを閉めて、さりげなく前の豚について外に出ていく。
ボンベの持続時間はおおよそ20分間・・・、それ以上長い時間地上で待たされても失敗するし、円盤内での催眠ガスを長時間流されてもいけない。
前回の回収までの時間はおおよそ5分で、催眠ガスを長時間かがせると、家畜が死んでしまう場合もあるし、何より残留分が懸念されるから、最低量しか使用しないというのが霧島博士の予想だ。
芝の上をノタノタと歩いていくと、先頭が止まった。
『わんわんっ』牧羊犬が先頭の豚を威嚇するように身構えると、豚はおとなしくその場で動かなくなる。
そのままにしていると、ふと視野全体が真っ黄色になったかと思ったら、無重力状態のように体がふわりと浮き、周りの景色がぐるぐる回りながら後方へ流れていく。
そうして円盤が視界に入ると、円盤下部が開いてそこに吸い込まれるようにして渦を巻いていっているのが、時々見える。
自分が回転しながら吸い込まれているのだ。
「・・・・・・・」
ついた先は漆黒の闇の中・・・、ここは地獄か・・・?
『カチッ』と思ったら、少し向こう側で明かりがついた。
そうだ・・・、すぐに着ぐるみを脱いで準備をしなければ。
酸素マスクはつけたままで、ヘルメットの赤外線ライト側のスイッチを入れる。
ゴーグルは赤外線用のゴーグルで、暗闇でも行動可能だ。
基本的に円盤内は照明が点いていないものだと考えろと言われた・・・、まあそうだろうな、収容した家畜たちはすぐに眠らせるわけだし、穀物や野菜も照明の必要性はないからな。
照明のスイッチがあっても、円盤の制御を奪うまでは絶対に入れてはいけないとも指示されている。
当面は、この白黒の視野で我慢するしかないのだ。
『ZZZZZZZ・・・』一緒に収容された豚たちは、よく眠っている。
恐らく催眠ガスの散布は終わったはずだが、ボンベがなくなるまでは念のためにつけておけと言われているので、マスクはそのままだ。
着ぐるみのポケットに入れたものをリュックに戻し、靴を履いてリュックを担ぐ。
さらに着ぐるみの背中に仕込んだボンベのバルブを開けて、重り代わりの鉄棒を4本の足に括り付ける。
家畜の数が足りないと異常と判定されてしまうので、苦肉の作戦だ。
すぐに行動かとも思ったが待ての合図だ・・・、どうしたのだろうと思っていたら、少し先のスペースにいくつもの大きな影が出現してきた。
牛たちだろう・・・、すぐに牛班も着ぐるみを脱いで身支度を始めたようだ。
一緒に収容された牛たちはすぐに眠りこけた・・・、恐らくこの部屋の中全体に、催眠ガスがまだ充満しているようだ。
危なかった・・・、すぐにマスクを外さなくてよかった・・・。
うーん・・・待っているのはつらい・・・、何時間経過しただろうかすでに酸素ボンベは切れて、マスクを外しているが、眠くはならないのでガスは消えたのだろうと思われるが、そのまま待機だ。
やがてようやく影が動きだし、数人の人影が壁に向かって忙しそうに何かしている・・・、扉を探しているのか?
しかし、円盤のビームで収容して払い出す機構なのだから・・・、この倉庫に内部に続く扉は不要ではないのか?
『ガーッ』しかし俺の予想に反して、奥の方で扉が開いた。
冷静になって考えてみれば、制作後の設定や試運転など向こう側の世界の時にいろいろと出入りは必要なわけだ・・・、もちろん作っている最中にだって・・・。
なにせ全ての円盤の外壁には扉や窓のようなものは見当たらないといっていたからな・・・、出入りはすべてビームで行われるはずなのだ。
なるべく足音を忍ばせながら、皆について部屋を出ていく。
『ガーッ』『ガーッ』あとは、一つ一つドアを開けては中を確認していくが、急がず焦らすゆっくりといった感じだ。
中には航空機の座席のようなシートが並んでいる部屋や、テーブルと椅子が並んでいるような部屋もあったし、トイレもあった。
恐らく、旅客機代わりに使えるようになっているのだろうな・・・とか考えながら進んでいくと、一つの扉の前で影が止まる・・・、どうやら開かない様子だ。
この先は通路も終わっていて他に扉もないようだが、これといって操縦室っぽいところはなかった。
まさか階層構造になっていて、倉庫から行けるようなところは食堂や客室など限定されているのだろうか。
だとすると、この扉の向こうに別の階への階段か、あるいはこの向こう側が操縦室となっているのか・・・だが、開かないのであればどうしようもない。
鍵穴のようなものも見えないようだが、一体どうすれば・・・。