決行1
8 決行1
「もうすぐ、道が途切れる。
そこから先は歩きだ。」
軍用車の助手席に座る赤城が、地図を広げながら後ろの俺たちに声をかけてくる。
高速を降りてから一般道を経由して山道に入り、側道へそれてからすでに4時間以上は走っているはずだ。
道なんて言っているが舗装なんてされていない、ただ単に大きな岩や木の根が露出していないだけのような獣道で、激しい上下動を繰り返すために何度も車の天井に頭をぶつけそうになりながら、舌だけは?み切らないように話すことも控えている状態だ。
それが終わるのであれば、歩きの方がありがたいとこの時は感じていた。
『キュルキュルキュルー・・・ガガガンッ』ついに先へ進めなくなったと見え、少し前後動を繰り返していたかと思ったら、エンジンが止まった。
「じゃあ、各自自分の荷物をもって降りてくれ。」
赤城が大声で指示を出す。
荷物といっても、半分以上はカムフラージュ用の着ぐるみだ。
そのほかはコントロール装置はもちろんだが、携行食のほかは大きな水筒と寝袋と簡易テントに加え、かなり長いザイルやピッケルなど登山道具を持たされている。
まあまだ俺の荷物は少ない方だからいい・・・、戦闘組はマシンガンや携帯バズーカなどが入ったスーツケースを着ぐるみのほかに担いでいるし、爆破組はもちろん爆薬などが入った大きなバッグを所持している。
極めつけは阿蘇で、自分の体と同等くらい大きな無線機を背負っているため、着ぐるみは腹側に担いで進むようだ。
俺に配布された着ぐるみは、やはり識別マークを懸念してか豚のものだったが、阿蘇の分は牛と聞いている。
それはそうだろう・・・、あんな巨大な無線機は、豚の着ぐるみでは隠せそうもない。
どのみち、全て牛だけとか豚だけというわけにもいかないだろうしな・・・、分散して成功率をあげるという事も考えているのだろう。
「じゃあ、出発するぞ・・・、遅れるな!」
地図を入念にチェックしていた赤城が号令をかけ、出発となった。
意外だったのは、自警団本部で指揮を執ると思っていた赤城が参加することだ。
軍用車で行けるところまでは一緒に来て、以降は俺たちだけで敵牧場まで向かうのだとばかり思っていたのだが、なぜかリュックを背負って一緒に出発している。
不思議なことに、阿蘇も筑波も赤城が同行することに対して、何も言おうとしない。
確かに特攻作戦だし、何が起きるかわからない部分が多いだけに、経験豊富そうな赤城が一緒に来てくれるという事はありがたいのだが、いいのだろうか・・・自警団の参謀だぞ・・・。
「よーし、じゃあ今日のところはここまでだ・・・、ここでキャンプを張る。
予定通り順調に進めているようだ、飯の支度をしてくれ。」
『はいっ!』赤城の言葉に、すぐに元気な返事が返っていく。
「はぁはぁはぁ・・・、しんど・・・。」
俺はリュックを草の上に放り投げると、そのまま仰向けでゴロンと横になった。
木立の中や藪を越え、道なき道を延々と3時間、ようやく開けた場所に出たと思ったら、すでに日は暮れていた。
木々が濃くなり、途中からヘルメットにセットしたライトをつけていたので、気が付かなかったようだ。
「山道を重い荷物を担いで延々と歩いてきたからね、足のストレッチはやっておいた方が明日が楽だよ。」
阿蘇が傍らにやってきて、耳打ちする。
ひえー・・・こいつはどんな体力しているんだ・・・、あんな大きな荷物を担いで俺と一緒の行程を歩いてきたとは到底感じさせない元気さだ・・・、自分は事務系だなんて言っていたが、絶対に嘘だ。
そうはいっても明日動けないとみんなに迷惑をかけてしまうので、何とか気持ちを奮い立たせてよろよろと起き上がり、阿蘇と一緒に足の筋をゆっくりと伸ばす。
『パチパチパチパチッ』ふと見ると、集めてきた枯れ枝に火をつけて、飯盒を温めているようだ。
「すぐ近くに沢があって、結構きれいな水が沸いていると先発の調査隊の報告にもあったが、決して直には飲むな。
必ず沸かしてから飲むように。
腹でも壊されたらかなわんからな、のどが乾いたら各自持参の水筒の水を飲むか、なくなったらいったん沸かしてから水筒に詰めてくれよ。
じゃあ、まともな飯はこれが最後だ、あとは携行食だけになるから、腹いっぱいに食っておいてくれ。」
赤城が飯盒のふたを開けて、炊き上がったご飯を各自の皿に盛り始める。
「ああっ・・、僕がやります。」
阿蘇が奪い取るように赤城の手から飯盒を取り上げると、皆に配り始める。
俺も、近くにあった飯盒のふたを木の枝を利用して外し、炊き上がったご飯を配ってまわった。
飯の準備を任せっぱなしにしたので、配るくらいはすることにした。
おかずは缶詰のコーンビーフや鮭の水煮だ。
運動の後の飯はうまい・・・、とりわけ野外で食べる飯はさらにうまい。
「なあ、一体いつまで同行するんだい?
まさか円盤の中まで一緒にというようなことはないよね?」
沢まで行って飯盒などの洗い物を終えて就寝となったが、雨も降っていないし夏という事もあり、テントも張らずに寝袋だけで寝ることになった。
満天に広がる星々を眺めながら、隣で寝ることになった阿蘇に、それとなく小声で確認してみる。
「赤城先生のことかい・・・?
たぶん一緒に円盤に潜入しようとするだろうね・・・。」
阿蘇があきらめたように、ため息交じりにこたえる。
「ええっ・・・だって元は人権保護何とかで、つい3年前だろ?自警団も兼ねるようになったのは。
しかも隊員じゃなくて参謀だし・・・、それなのにどうして?」
どうしてまた・・・、決して若くはない赤城がそんな無理をしようとするのか、俺には理解ができない。
「赤城先生はもともと自警団の大佐で、前線で働いていたんだ・・・、日本国軍の教官も兼ねていたけどね。
ところが東京基地攻略作戦で足にけがを負ってしまって、一旦退役されたわけさ。」
「そ・・・それって・・、俺が・・・。」
阿蘇の言葉に絶句する。
「ああそうだよ・・・東京基地を陥落せしめんとしていた時に、君が中国からはるばる飛んできて奪還したんだったよね。
その時に負傷されたんだ。
でも君に対して恨み言を言うどことか、一人の犠牲者も出すことなく攻撃陣を追い返すなんて、凄いやつが現れたって感心していたくらいだ。
以降は、あまり大きな人的被害も発生しないことからも、引退を表明されたわけだ。
1年後にはこちらからの核攻撃により、向こう側の世界からの干渉が1時的にしろなくなったしね。
ところが君が向こう側の世界からやってきて、更に報復攻撃を受けて一部の国々では主要都市を破壊されたりして、その後マシンによる強奪が再開されただろ?それを契機に参謀として復帰されたというわけさ。
まだ、ケガの具合が完治できていなかったようだからね。
それでもさらに3年以上経過して、すっかりけがも癒えたという事で、今回参加するらしい。
僕も筑波も最初は止めたんだけど聞こうとしないし、あきらめたよ・・・。」
阿蘇はそれから俺に背を向けて、動かなくなった。
そうか・・・思わぬところで意外な因縁が・・・、東京基地奪還作戦が途中から緩くなったのは、こちら側世界の俺がいなくなったせいと考えていたのだが、赤城が早々とリタイアした影響が大きかったわけか。
何とか頑張っていた、こちら側の俺もいなくなり作戦指揮を執る奴がいなくなってしまい弱体化・・・筑波が俺に恨みを持つような行動をとっていたのは、朋美のことも1因ではあったのかもしれないが、赤城のけがのことも関係していたのかもしれないな・・・。
「じゃあ、出発するぞ・・・。」
翌朝、ほとんど夜明けとともにたたき起こされ、身支度を整えて昨晩の残りの冷や飯で朝食を済ませると、すぐに出発の掛け声がかかる。
みんな元気だ・・・特に赤城という人はすでに40はとっくに行っているように見えるが、溌剌としている。
まあ何にしても赤城がいるせいか、筑波が突っかかってこないのは面倒がなくて助かる。
出発してから小1時間も歩くと緑がなくなり、岩肌が露出したアップダウンが続き、ますます歩きにくくなってきた。
ピッケルを杖代わりにして、転ばないようにバランスを取りながら進んでいく。
「じゃあ、ここからは本格的な山登りだ・・・、だが幸いにも調査隊がチェーンを残しておいてくれた。
ハーケンを打ち込んだりするような登山経験がある奴は少ないだろうが、チェーンを手繰って登っていくことはできるだろう?
念のために命綱として、各自ザイルを腰に結び付けて行け。」
目の前は先が見えない垂直に切り立ったがけだ。
恐らく数十メートルはあるだろうが、上から少し太めの鉄製チェーンが垂らされている。
全員1列に並ばされて、俺が運んできた長いザイルを各自の腰に順に結び付けていく。
一人が足を滑らせて落ちても、残りのみんなで何とか踏ん張るという事のようだ。
「じゃあ、行くぞ。」
赤城が先陣を切ってチェーンを手繰って登っていくと、順に続いていく。
少しずつ前に進んでいき、俺の前の奴が登って行って足が俺の頭よりも上になったら、俺の番だ。
ぐずぐずしてはいられない、タイミングを外さずに登りださなければ、前の奴のロープを引っ張ってしまう。
「よっ・・・どりゃっ・・・」
太めのチェーンを握りしめて、両腕に力を込める。
右足を岩肌のでっぱりに引っ掛けて蹴り上げ、その反動を使って左右の手で順にチェーンを手繰ると、今度は左足を足場に引っ掛けて蹴り上げる。
それを繰り返しながら、何とか崖を登っていく。
確かに体重を任せられるチェーンがあるのは助かる・・・、こんなものなしにどうやってこの崖を登って行ったのかが、不思議なくらいだ。
「ようし・・・、よく頑張った・・・。」
赤城が上方から腕を伸ばしてくれる。
その腕に右手を絡めてしがみつくようにすると、崖の上に引き上げてくれた。
すごい力だ・・・、現役を主張する気持ちもわかるような気がする。
「ありゃ、次は阿蘇か・・・、おーい、もう一人来てくれ。」
『ドン!』赤城の呼ぶ声に反応するように起き上がろうとしたら、向こうから勢いよくやってきた影に突き飛ばされた。
起き上がって振り返ると、筑波が赤城と一緒に阿蘇を持ち上げていた。
うーん・・・、未だに機嫌は治っていない様子だ・・・。
崖の上は緩やかな斜面の岩肌が続いているようで助かったと思っていたら、数百メートルも歩くとその先は再び切り立った崖になっている。
またもやチェーンが垂れ下がっているので、また垂直登山が始まる。
さっき命綱をはずさなかったわけが分かった・・・。
これを何度も繰り返して体力をさんざん消耗し、2日目が終わった。
3日目も午前中は同様に垂直登山が続き、それでも昼過ぎには緑がちらほら見えてきた。
そうして、牧草地と分かるような開けた管理されている場所が、はるか先に見えてきたようだ。
「ようし予定通りだ・・・、明日は1日だから家畜たちを収容するはずだ。
夜間までは目立たぬよう身を潜めていて、闇に紛れて着ぐるみを着て牧場へ忍び込むぞ。
だがその前に・・・、ピュッ」
赤城が、周囲を見渡しながら指笛を鳴らす。
「ピュッ」
すぐに右手の方からも同じような音が返ってきた。
「こっちだ・・・。」
赤城が小声で指示する方向へ、身を低くしながら進んでいくと、そこには2人ほどの人影が・・・。
「ご苦労さん・・・、どうだい?」
赤城がその人影に声をかける。
「はい・・・、やはり牛の場合は管理用のタグを耳につけているようです。
放牧されている牛の耳を確認しましたので、間違いはありません。
日が暮れ次第、牛舎に忍び込んでタグを取ってくる必要性があります。
タグは連番で途中の数字から始まっているようですが、恐らく番号順に出荷が決まっているようなので、一番若い番号から取得していくのがいいでしょう。
豚に関しては夜間に飼育場を確認しましたが、識別用のタグはついていないようです。
ですが、出荷用と思われる別枠に太った豚をすでに移動させているようですので、そこから必要数分を戻してから、紛れ込む必要性があります。」
この牧場を見つけた自警団員メンバーなのだろう。
俺が牛用の識別管理の話を出したものだから、再度確認に来たというわけだ。
牧場に忍び込むのも、月末の商品引き取りで忙しい時を狙ってきたのだろう。
「そうか・・・やはりな・・・、諸外国にも情報は伝えてあるから、それぞれ対処するだろう。
じゃあ、夜のうちに準備しておくことは結構多そうだね・・・。
みんな、今のうちに休んでおいてくれ、今晩は眠れるかどうかわからんぞ。」
赤城の指示で、少しでも木陰を見つけて仮眠をとることになった。
いよいよ、決行の時が近づいてきたのだ。