魅力的な世界
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「今や世界政府内も喧々囂々だ・・・なにせ、今そこに未来への扉があるのだからな。
向こう側の世界へ従属することになるにしても、植民地化された国の状況を見る限りそれなりに生活は保障されているわけだし、それでもいいのではないかという国と、今までさんざん強奪行為をしてきた世界に対して、絶対にしっぽなんかは振れないという国と現状ではほぼ半々だな・・・、拮抗している。
尻尾を振っているわけではないが、向こうの要求通り食料や日用品を加工して交易しているのだから、同じなんじゃないかと主張している国があるわけだな・・・、あとはもう一歩踏み込むだけだと・・・。」
赤城が嘆かわしいと言わんばかりに首を振る。
<本日は高画質テレビ放送と、その録画技術について説明したします。・・・>
テレビの向こう側では、現地のアナウンサーが薄型テレビの前で、その精細な画像にため息をつく。
スレンダー美女が短いスカート姿でその素晴らしい脚線美を惜しげもなく披露しながら、傍らのテレビの映像に対して感想を述べるのだが、確かにそこに映し出される人物などは、テレビ画面の前にいるアナウンサーと変わらないクオリティで映っている。
つまり現物と相違ない精細さがあるという事が、簡単に伝わってくるのだ。
半導体技術だけではなく、液晶技術も高度な技術をそのままこちら側の世界に移設したようで、現在では50インチほどの液晶テレビがすでに販売されている様子だ。
しかしこの放送は、植民地の優れた技術力で作られた工業製品を販売するための放送ではない。
なにせ植民地化された地域はそれぞれ連携はしているが、世界政府加盟国とは電化製品などの貿易を一切行おうとはしていない。
つまり鎖国状態なのだ。
10ケ国の植民地間だけのやり取りで、生活していっている。
唯一通商ともいえる対外貿易として、各地域で生産された食肉や穀物に野菜などの農産物を、隣国に対して輸出してきているのだ。
代わりに何か工業製品や、石油やガスなどの天然資源などを輸入するのかとも当初考えられていたのだが、そうではなく各国の通貨で支払うと、その収益をすべて使って各国の放送枠を購入しているという事らしい。
肉や野菜など食品の品質の高さに関しては、各国ともに加工して一部を返却する加工貿易の余剰分を国内に流通させていて十分認識しているため、その一見理不尽な貿易に関して異論を申し立てる国は出ていない。
なにせ先ほど話にでた通り、加工するための原材料は年を重ねるほどに減少傾向なのだ。
世界中の農産物を円盤で回収して回って、植民地で加工するめどがついたので、我々の世界側で加工してやる必要性はなくなったのだろうとする考察が大半を占めている。
そうして世界政府に属する国々に対しては、植民地とは言わないが、向こう側の世界に従属すればどれだけ素晴らしい生活が待っているかを、毎日のように宣伝してくるのだ。
「こんなことを毎日続けられていたら、そろそろ造反する国も出かねないですよね・・・。
特に貧しい国にとっては、一気に生活向上できるチャンスですから・・・。」
阿蘇が嘆かわしそうにテレビ画面に注視する。
映っている美人のアナウンサーには罪はないのだろうが、それにしても悩ましすぎる・・・(いや、彼女の肢体がではなくて、その魅力的な科学技術の方なのだが・・・)。
「確かに魅力的ではありますが、皆さん肝心なことを忘れています。
向こうの世界は決して夢の世界なんかじゃなくて、かつては未曽有の食糧危機にさいなまれて、やむを得ず他次元の世界から食料物資を調達するという暴挙に出たのですからね。
植民地化された地域に関しては、元の国民の9割近くが犠牲となって、残った人たちだけで元からの耕作地や牧場からの収穫を得ているわけですから食料事情もいいでしょうし、さらに進んだ科学技術が毎日のように入ってくるわけですよね・・・、まさに急速な技術革新ですよ。
ところが他の国々が向こう側の世界に従属するとした場合、9割の人たちはどうなるのですか?
まさか死んでくださいなんて言えないわけですから、隣国に出て行ってくれと言って間引きしますか?
その人口を抱えたままだとすぐに行き詰りますよ・・・、暮らしがよくなればなるだけ人は増えていきますからね。
なにせ今貧しい国という事は、食料物資がそれほど潤沢とは言えないから貧しいわけですよね。
それがさらに加速されるわけです。」
俺は、植民地化された地域もやがては俺のいた世界の二の舞になるのではないかと、不安でならないのだ。
「確かに最近の解析では、植民地化された国の中の耕作地の大半は襲撃を受けずに無傷だったようだ。
円盤による襲撃は軍事基地はもちろんだが、主に都市部に対して行われたため、生存者たちも農民や地方の漁村民が主だったとされている。
そのうちの一部を農業や漁業に従事させ、あとは都会に移住させて都市を復活させているわけだからな。
慣れない都会暮らしで開発が滞るどころか、ほぼ3年で完全復活といってもいい。
なにせ当初都会組がやらされていたのは、巨大な工場の建築と金属鏡の生産・・・といっても出来上がったシリコン柱のカットと研磨だな・・・、それをやらされていただけだ。
工場が出来上がると向こうの世界から支給されたウエハーを、現地調達のフレームに組み込んでいって装置を組み立て、やがてそれで大規模集積の半導体を作成していったそうだ。
当初は人力で動かしていた工場も、半導体が組みあがってさらにモーターなど工業製品ができ始めると、それらの部品を向こう側の世界に送付すると、しばらくしてマシンが返送されてきたらしい。
マシンといっても強奪マシンのアームの部分だけが強調されたような装置で、そのマシンが並ぶことにより人力での材料の供給などが不要となり、人は工場の装置が故障などで止まったりしていないかを確認するだけになったようだ。
故障した装置ですら今ではハンドアームマシンがやってきて、勝手に直してくれるそうだ。
農作業に関しても今ではハンドアームマシンによる完全自動化で、天候により人手が介在する面はいまだにあるにしろ、ほぼ自動で穀物の種植えから肥料散布及び収穫までやってくれるそうだ。
まあそれはそうだろう、世界各地に自動の農園や牧場を有しているといっていたくらいだからな、向こう側の世界がほしかったのは、十分な耕作地と補修部品が調達できる環境だったのだろう。
それが全て今では自動化できる環境となった。
いずれは人工衛星までも打ち上げるだけの力を持つだろうと予想されている。
しかも、それはそう遠くない未来と考えられている。
そのうえで、さらなる従属する国々を求めてきている、これはどういうことだと思う?」
赤城が真剣な表情で尋ねてくる。
思えばこれまでの3年間は、支給された製品を加工する世界中の工場で、間違いを起こさないか監視して回るのに精いっぱいで、周りの状況を見ている余裕など全くなかったといっていい。
なにせ、世界を何週・・・いやなん十周したのかわからないくらい、ほぼ毎週のように世界中を転々として回り、百数十か国の国々の各地の工場を回って歩いたのだ。
3年間でほぼすべての国々の工場を回り終わり、あとは数年に一度の定期監査という形で、向こう側の世界に了承いただいたところだ。
これでようやく地に足をつけて・・・というか、少しは家族サービスも可能となるのではないかと、ほっとしているといった状況なのだ。
中には裕福な国もあり、貧しい国々もあった。
向こう側の世界との交易に関して、支給される食材の残りは自国内消費が許されているのだが、品質が高く高値で取引されることから、外貨を稼ぐためにすべて輸出して、その外貨で質の劣る農作物を大量に輸入しようとしている国もあった。
ともかく食べるだけでも精いっぱいの国に対しては、向こう側の世界の恩恵にありつける植民地は魅力的に映るのかもしれない。
日本では、向こう側の世界との交易による利益をすべてそのような発展途上国支援に回しているということだったし、各国ともに同様な支援を続けているのだろうとは考えるが、それでも追いついてはいない状況なのだ。
「うーん・・・、まさか向こう側の世界が、こちら側の世界の発展に手を貸そうとしているとは、到底考えられませんがね・・・。
こちら側の技術が追い付いてしまえば、今度は独立を目指すのではないでしょうか?」
なにせ提供できうるべき技術が出尽くしてしまえば、あとはこちら側だけでも維持は可能なはずなのだ。
そうなれば余分なお荷物はカットという事も、十分に考えられるところだろう。
「いや、そうでもないようだぞ・・・、なにせ植民地の工場は近代化されてはいるのだが、先ほども言った通り今ではほとんどが自動化されていて、人間が介在する余地はない様子だ。
そのため、その工場に従事している作業者にも、自分がどのような作業に携わっているのかすら、分かっていないようだ。
試しに、理工学系のスペシャリストのスパイを工場に潜り込ませているのだが、やっていることは装置に対してマガジンという箱型のフレームをセットすることに終始しているようだ。
薬品の搬送から補充ですら自動化されているようで、装置のどこかで製品が引っかかったりするチョコ停ですらハンドアームマシンがやってきて処理するらしい。
すでに1年近く働いているのだが、まったく生産のノウハウは伝わってこないようだ。
ただひたすらクリーンな環境だとしかわかっていない。」
赤城が腕を組んでうなる。
うーん、確かに俺が働いていた半導体工場も自動化されていたからな・・・、それでも薬品補充や樹脂の補充などは人が行っていたし、チョコ停に関して引っかかったデバイスを取り出したりして対処することもあった。
そんなことしていた俺だって、その装置がどのような仕組みで動作して半導体に樹脂を組みつけているのかは、ほとんど理解できてはいなかった。
まあ、俺の場合は興味すらなかったといってしまえばそれまでなのだが、先進技術の粋を集めた工程で、恐らく各社でしのぎを削って少しでもハイテクな製品を作り上げようとしていたのだろう。
そのため、一般的な半導体組み立ての説明は受けたにしても、自分が受け持った設備がどのようなことを行っているのか、その詳細に関しては一切聞かされてはいなかった。
ただ単に何回かに一回はこのボタンを押せだの、この薬品を補充しろだのと言われ、それを怠るとたちまちアラームが鳴って正社員に怒られてしまうので、努めて従順に言われた通りのことをやりこなしていただけのイメージがある。
そうなのだ・・・、ある程度環境が整ってしまえば、あとは人が介在する部分はほんのわずかでしかないわけだ。
これなら、こちら側の世界に一大工業地帯を作ったとしても、先端技術を流出させずに存在させることも可能ではないのか・・・、恐るべし・・・。
「やっぱり向こう側の世界にとってこちら側の世界は、かつてものも言わずに強奪行為を繰り返していた世界として、反目されていることを認識しているのでしょう。
そのため、少しでも反乱分子がいなくなるよう、こうやって自分たちの先進技術を利用した世界をアピールしているのではないでしょうかね。
もしかすると、従属まではしてくれなくてもいいが、友好的な関係が持続することだけを望んでいるのかも・・・。」
『カチッ』阿蘇がテレビを消しながらつぶやく。
毎日きっかり30分間放送して終わるのだ。
これが民放各社・・・、地方局に至るまですべてに対してスポンサー契約しているという事らしいから、凄いことだ。
ちなみにこの時間国営放送局は何をしているのかというと、実をいうとスポンサー契約はしていないにもかかわらず、向こう側の世界の放送を許可を得たうえで放送している。
向こう側の世界からのメッセージに対して、それを無視するような放送を同時刻にすることによって、感情を害してしまわないようにという配慮からだそうだが、いかにこちら側の世界が気を使っているのかがうかがえる。
そうして政府が主導して、毎日10時からの休憩時間を使って放送を見るよう呼び掛けているのだ。
なにせ、あの円盤で大挙して攻めこまれたら、日本軍や自警団までもが加わったとしても、恐らく全く歯が立たないだろう。
武力に頼らずに、宣伝活動する程度で済むのならという判断なのだろう。
植民地化された地域の工場ではすでにハンドアームマシンは大量に生産されて、自動化に一躍かっているという事だから、本当のことを言うと、いつでも強奪行為は再開可能なのだ。
更に、円盤の補充ですら可能であろうと霧島博士は推測しているようだ。
向こう側の世界が武力攻勢に未だに出ないのは、こちら側の世界からの反撃を恐れるという事よりも、敵対心を持たない限りは当面自由にさせておいてやろうという気遣いなのではないかと、もっぱら噂されている。
そのうえで従属する国々を募り、平和的な世界征服を果たそうとしているのかもしれないと赤城は嘆いていた。
幸いにも今のところ、円盤の増産の情報は伝わってきていない様子で、せいぜい最先端の大型旅客機の生産工場ぐらいの情報しか来ていない。
その工場ですら自動化されていて、人が携わるのは組みあがった飛行機の内装・・・、シートの取り付けや架台のカバーの設置程度らしい。
確かにあまりスペースに余裕のない航空機の内装に関しては、流石のハンドアームマシンでも手が出せないのかもしれない。
やはり最後は人手が・・・というより、あまりに何もやることがないと困るので、少しでも人間側に優位点がある作業は、率先して人間にやらせているのだろうと霧島博士はコメントしている。
つまり、何でも全て機械でこなせてしまうと、植民地の人間たちの存在価値がなくなってしまうので、作業を与えているのだろうとの推測だ。
自動車も俺がいたころと同様のオートマチック車になっているようだし、一部では自動運転化されているようだという情報もある。
発電に関しは太陽光や風力に地熱などあらゆる自然エネルギーが活用されているし、さらに時速300キロを超える高速鉄道も走り始めているらしい。
これには時速200キロの新幹線を自慢していた日本人の、大半がショックを受けたと朋美が言っていたな。
俺がいた向こう側の世界では当たり前のことだったが、いざ立ち遅れたこちら側の世界に持ってくると、最先端の夢の技術と評されてしまう。
しかも、たったの3年間で様変わりしているのだ。
これらに関して毎日植民地からの宣伝番組で、繰り返し大々的に紹介されているのだ。
確かに魅力的な世界だ・・・。