予想外の展開
第7話 予想外の展開
基地内では、昨日同様ハンドアームの球体マシンが、壁や天井の修復でパネルを取り換えたり、溶接をしたりと忙しく動き回っている。
目の前にいるごつい体つきをした男たちは、施設の修復担当者なのだろう。
昨晩から夜通し作業を続けていたらしい。
上司の話では、午後になればいつもの女性陣がやってきて、彼女たちも一緒に日本基地の担当にスライドすることになっているとのことだ。
作業自体は異なっていても、やはり顔を突き合わせたチームで行ったほうが、より良いという事なのだろう。
俺は、施設周辺を警護するふりをして、シャッターの外へと飛び出した。
すると、昨日俺が文字を書いた歩道には俺の昨日の言葉に続けて、今度はスプレーペンキで文字が書かれていた。
『はあ?あなたが新倉山順三?
そんなはずない、私は彼を知っている。
明日確かめに来るわよ。
今は20××年でしょ?違うの?』
と書かれていた。
今年ではないか。
一体どうなっているのだ?
そう考えていると、一人の若い女性が通りの向こう側から歩いてきた。
白いブラウスに紺のタイトスカートと言う清楚な出で立ちだ。
彼女は、昨日激しい戦闘があった場所にもかかわらず、たった一人で、しかも軽装で訪れた。
彼女の事を俺は知っている。
榛名朋美。
この湾岸エリアに住んでいた時に、近場のゲームセンターでシューティングゲームに興じていたころ、俺のシューティングの観戦に来ていたギャラリーのうちの一人だ。(観戦に来ていたとは、俺が勝手に思っているだけだが)
集団の中でもすぐに目につく美人なのだが、男と一緒にいるところなど目にしたことはなく、ゲーム仲間の間でも評判になっていた女性だ。
俺も密かに思いを寄せていたのだが、なにせ安定しないバイトに明け暮れる毎日で、とても打ち明ける気にはなれなかった。
せいぜい、俺がゲームをしている時に彼女を見かける機会が一番多いのではないかと、優越感に浸っていたくらいだ。
そうして住まいを変えてからは通うゲームセンターも異なり、彼女を見かけることはなくなって行った。
2,3度言葉をかわしたことがあるくらいで、住まいどころか学生なのか働いているのかすら知らない間柄だった。
彼女は、俺のマシンを恐れることもなく近づいてきて、地面を指さしながら何事か叫んでいる。
恐らく、この文字を書いた俺に対して、何者かと問いかけているのだろう。
そうして、どうしてこんな略奪行為、殺戮行為をするのかとも問いかけているのではないか。
俺は、他の奴の操作するマシンが出てくると彼女の身が危険だと判断して、マシンガンを空に向けて数発発射した。
それまで色々と捲し立てていた彼女は、一瞬ハッと空を見上げたが、やがてあきらめた様に小さく首を振り、元来た道を小走りで帰って行った。
彼女の姿が遠くに離れたころになって、銃撃の音に気が付いて、他のメンバーたちも表へ出てきた。
うーん、この光景も後でビデオで確認され、俺の行動評価に使われるのだろうか・・・・。
まあいいか、俺のちょっとした遊び心に反応したゲームキャラクターが、ウザったかったので追い返した位にでも言っておけば・・。
考えて見たら、この作業自体が仮想世界でのシミュレーションであるなんて説明は、一度も受けていない。
確かに、採用試験はゲームセンターにあるシューティングゲームだった。
3Dで結構緻密に描かれてはいるが、所詮はアニメだ。
ところが今のモニターに映し出されている人物は、多少絵画調に修正されてはいるが、実写に近いクオリティだ。
その為に彼女の顔もすぐに認識できた。
俺が勝手に仮想空間だと思っているだけで、上司に執拗に問いかければ、実は現実世界で略奪しているのですよ、当たり前でしょ、なんて答えが返ってくるかも知れない。
ただ、実写だと血や肉片が飛び散る場面があまりにもリアルで恐ろしいために、絵画調にして押さえているだけなのかも知れない。
別に、仮想空間を装っている訳ではないのか?
過去の世界ではないとすると、パラレルワールド・・・別次元の平行世界なのか?
それでも俺は、上司の胸ぐらをつかんで、知らないうちに現実世界での殺戮行為の加担をさせられていたのだろうと、くってかかるつもりはなかった。
そんなことをしたところで、明日から来なくてもいいよと言われておしまいだろう。
別に俺の変わりなどいくらでもいるのだ。
クビになった後でいくら訴えたところで、俺一人の言葉では何も通じないだろう。
この地下施設だって、入口を変えてしまえば辿りつくことも出来ない可能性だってあるのだ。
なにせ、地下何十mもの地点なのだ。
専用エレベーターの地階ボタンを無くしてしまえば、到達できないだろう。
非常階段ですら、どこへ通じているのか分からない。
なぜなら、このビルの非常階段は地上部分にしかない。
ビルの1階から、地下へ行く階段はないのだ。
勿論、ビルの各階施設案内表示には、地上施設しかないことになっている。
俺は念入りに計画を練り上げてから、行動することにした。
日本基地の担当になっても、やることは同じであった。
施設を攻略しようと襲い掛かってくる敵軍隊を制圧し、基地周辺の安全を確保する。
特に、昨日まで陥落寸前にまで追い込まれていた為か、敵軍の攻撃も執拗で、対処するのには苦労した。
さすが、日本は激戦地域と言うだけはある。
午後になって女性陣が出社しても、未だ入り口付近の制圧は出来ていなかった。
しかし、並行世界にしろ現実なのだとしたら、どうして彼らは我々の出社に合わせた様に攻撃してくるのか。
向こう側の世界と軍事協約でも結んでいて、作戦可能な時間が設定されている訳でもないだろうに。
不思議に感じていたら、隣からタイミングよく声がした。
「どうして、昼間にしか攻撃がされない設定なのですか?
これでは、夜間作戦が全くできないではないですか。
このプログラムは、かなり精巧に出来ているけど、片手落ちですよ。」
3人組の中の、若い奴からの質問だ。
俺の心の中を、見透かしたようにナイスなタイミングだ。
それはそうだろう、国別の設定はあるのだから、今度は時間別の設定があってもおかしくはないと考えるのは、至極当然のことだ。
まあ、我々が帰った後に夜間担当の達人たちが来るという事なのかもしれないが・・・。
「夜間は、通りの明かりもすべて消して、真っ暗闇の中の行動なので、自動追尾のプログラムの方が、明かりが必要な人間よりも優秀なのです。
サーチライトなど運んできてもすぐに狙撃して破壊してしまいますし、建物の外壁は、ロケット砲を撃ち込まれても大丈夫な構造をしています。
唯一の弱点である出入り口のシャッターに関しては、自動プログラムで操作して十分に対処できます。
その為、今では夜間攻撃は全くなくなり、明るくなってからしか敵も作戦行動は行わないようになっています。」
上司は、今日も丁寧な言葉遣いで、親切に説明してくれた。
やはり我々チームの評価が高いため、それを指揮する自分の評価も上がっているので機嫌がいいのだろう。
それにしても・・・・、そうなのか・・・、
やはり、作戦行動はコントロールに電源が入っている時間だけだ、という答えは返ってこなかった。
少し時間はかかったが、2時になってようやく食料略奪部隊が発進した。
いつものように、俺とラッキョウのマシンが護衛だ。
一旦遥か上空へと舞い上がって飛行してから下降するが、中国での距離感覚とそう違わないタイミングで目標地点が現れた。
女性陣が降下を始めたので、俺たちも降下を開始し、水平飛行に移るとショッピングセンターのような建物が見えてきた。
日本ではショッピングセンターから食料調達のようだ。
どこであろうと、俺とラッキョウのマシンは、ただついて行くだけではあるが・・・。
駐車場を通り過ぎて、建物へ近づいて行くが、俺達のマシンに気づいて一般市民が逃げ惑うくらいで、待ち構えているゲリラ軍はいない様子だ。
激戦地区という事であったが、これだったら中国での方が市場前の攻防は激しかったくらいだ。
人が多い繁華街での戦闘は極力避けるのであろうか。
それでは、ただ強奪され続けるだけだろうに。
そんなことを考えながら、女性陣のマシンが建物の中に入って行く。
いつものようにラッキョウが一緒に入って中の襲撃に備える。
俺は建物の外の担当だ。
突然3人組が、『わあっ』とか騒ぎ出した。
いつもは市場の方に主力部隊が行ってしまい、手持無沙汰にしているはずが、今日は基地が集中砲火を浴びせられている様子だ。
1台、2台と次々マシンが破壊されていく。
俺は急いで上司の方に振り返ると、彼が頷くのを見て、すぐに基地の方へと取って返した。
襲撃場所を探られないようにする必要性もないのだが、街中でマッハのスピードは出せないため、上空へ舞い上がってから基地の方向へ水平飛行に移り、基地上空へ到着すると、すぐに降下して基地内部を確認する。
そんなに時間はかかっていないはずだが、俺が到着した時には敵部隊は既に引き上げた後だった。
3人組のうち2台のマシンが破壊され、自爆していた。
残り1台で辛うじて基地への侵入を阻んだのである。
ごり押しが無理とわかると、すぐに引き上げるとは鮮やかな手並みである。
そう感心していると、市場から引き揚げようとしていた女性陣の列に、ロケット砲が撃ち込まれた。
ショッピングセンターの外の駐車場は、人影も少なく格好の襲撃ポイントとなっている様子だ。
ラッキョウが1台のマシンだけで護衛しているのだが、進行方向に現れた敵は陽動作戦で、後方から攻撃を喰らったのである。
俺は再びビルよりも高く舞い上がり、直線的にラッキョウたちの元へと飛び、急降下した。
そこでも、既に狙撃チームは姿を消しており、一気に戦果を求めずにじわじわと削って行くような、執拗な作戦行動が垣間見えた。
なんにしても、今度はアームマシン1台が破壊されてしまった。
こんなことは、初めてだ。
さすがに激戦闘地区だ。
これ以上の被害が無いように、ラッキョウが列の前方を守り、俺が最後尾から付いて基地へと戻って行った。
今日は午後も遅い時間からだったので、もう2回別なショッピングセンターを襲撃して終わった。
女性陣は、定時になるとそそくさと帰宅していく。
少し時間があったので、俺は襲ってきた連中のビデオを見せてくれと申し出た。
明日からの護衛方法を検討しなければならないからだ。
急襲してくる敵の装備や人数なども知りたいと考えたのだ。
大きなモニター画面にまずは3人組が留守番をしている時の、倉庫外の定点カメラ映像が映し出された。
そこには数人が乗ったジープが突入してこようとして、倉庫から少し離れた地点に急ブレーキで止まった場面が映し出された。
3人組が車に気を取られた瞬間に、反対方向から砲撃を喰らって、1台のマシンが吹き飛んだ。
別アングルのカメラに切り替えると、そこには手持ちのバズーカを抱えた男2人組が立っていた。
砲身を抱えている男に対して、もう一人が素早く砲弾を装填する。
阿吽の呼吸で、次弾を発射すると、カメラの下の方から白煙が上がった。
恐らく2台目のマシンが大破した様子であろう。
それを見て、ジープが近づいてこようと発進したが、残った1台の球体マシンがマシンガンを乱射し始めた。
簡単には近づけないと悟ったのか、様子を伺っている感じであったが、すぐにUターンして帰って行った。
カメラが切り替わると、先ほどのバズーカを抱えた男たちの姿も消えていた。
少し経つとそこに俺のマシンの姿が映し出された。
援軍が見えたので、引き上げたのだ。