全面戦争!?
9 全面戦争!?
「一体どうしたというんだ?」
「まあまずは、搭乗手続きをしよう。
フィリピン行きをキャンセルして、成田行きに切り替える。
ちょうど1時間後に便がある。」
電話の受話器を置いた阿蘇は、荷物をもって空港カウンターへ急ぐ。
俺も荷物を抱えて後に続く。
『きゃーっ!』『おおぅ・・・』空港ロビーを歩いていても、テレビのニュースを見ている人々たちの悲鳴が聞こえてくる。
うん?さきほどとは違う町の様子が・・・、フィリピンの別の都市が襲われているのか?
いや・・・今度はイタリア・・・ローマとテロップに表示がされているようだ。
フィリピンだけではなく、世界規模で巨大円盤での破壊が始まったということなのか?
次元を超えた交易が始まったと思っていたが、実は交渉決裂していて全面戦争ということなのだろうか?
うーん、無事に日本へ帰れるのだろうか?
「フィリピンなど一部の国が、供給する食糧の一部に毒を混ぜて送ったということらしい。
もちろん、どの食肉が選択されるかわからないため、毒を含ませた肉を点在させて送り込んだということのようだ。
検出されにくい毒を選択して送り込んだはずだと、先ほど各国政府あてに声明文の通達がなされたらしい。
その一部の国というのはもちろん、最後まで向こう側の世界との交易に反対していた国々で、核攻撃で都市を消滅させられた国と、その隣国だ。
まあ事前に知っていたところで、それを向こう側の世界に知らせるわけにもいかなかっただろうから、どうしようもなかっただろうが、残念だといっていたよ。」
成田行きの飛行機に切り替えて搭乗手続きを終え、搭乗口前のシートに座ってから、ようやく阿蘇が口を開いた。
はあ・・・・、主要都市を消滅させられた恨みは消えていなかったということか。
しかし考えてみれば、こちら側の世界からの核攻撃で、向こう側の世界の大半の人々は犠牲になっているのだ。
それなのに考え方を改め、多少歪んではいるが平和的に交易という形に切り替えてきたというのに、台無しではないか。
「これからどうするって言っていた?
日本だけでもなんとかマシンを使って戦ってみるとでもいうのかい?
俺と阿蘇が操作する2機だけじゃ、あの巨大円盤相手に歯が立たないぞ。」
全面戦争などに移行したら、こちら側の世界の敗北は見えている。
それくらい圧倒的に武力差というか、科学技術力の差があるのだ。
さらに向こう側の世界はすでに大半が焦土と化していて、目標とすべき生き残りは地下深くのシェルターに隠れていて、どこにいるのかすらわかっていないのだ。
武力的に同等であったとしても、戦いようがない状況であるわけだ。
どうするつもりなのだろうか・・・。
「まずは交渉するといっていたよ。
毒を混ぜたのは本当にごく一部の国だけということが分かっているし、日本を含めて大半の国では気持ち的にはどうであれ、正直に安全な加工肉を引き渡している。
もちろん残った食肉は自国で消費されている。
日本の場合は、その収益を使って他国の援助に当てているくらいだからね。
一部の国の暴走を謝って、他の国々との交易は継続してもらえるよう交渉する必要があるということだ。
できれば暴走した国も悔い改めさせるから、勘弁してもらうよう持っていければなおいいって言っていた。」
「そうか、じゃあ、日本についたらすぐに交渉開始だね。」
「ああ・・・空港から直接東京基地へ行って、明日の朝から交渉できるよう、向こうへ連絡してほしいといっていた。」
ベトナムから日本まで、プロペラ機でなんと7時間もかかってしまうのだ。
まだ昼前だが、空港から車を飛ばしても東京基地へ到着するのは夜遅く。
明日の朝からの交渉を打診するくらいしかできないか・・・、大変だ・・・。
「おかえり・・・、あれ?どうしたの?
来週の頭まで、世界中を飛び回るんじゃなかったの?」
夜遅くに帰宅すると、朋美が怪訝そうな顔つきで、土産も持たずに手ぶらで来た俺の顔をしげしげと眺める。
空港で時間的な余裕はもちろんあったのだが、気持ち的な余裕が全くなく、気ばかり焦って成田へ着くと、阿蘇と一緒に車を飛ばして東京基地へ到着し、向こう側の世界へ連絡周波数を使って呼びかけ、明日の交渉を決めてきた。
アパートの扉を開ける瞬間に、何も買っていないことに気づいたのだが、もう遅い。
「ああ・・・、諸外国が向こう側の世界から攻撃されただろ?
ちょうどフィリピンへ向かおうとしたときに、空港で攻撃のニュースを見たよ。
どうやら、無謀にも食品の中に毒を忍ばせようとしたらしい。
その報復で攻撃を受けているようだ。
日本は友好国ではあるが、場合が場合だけに防衛に協力はしないことを閣議決定した。
米軍も同様に、早々に駐留軍を引き上げた様子だ。
世界戦争にならないように、明日交渉する予定だ。
順二は元気かい?」
アパートの奥の寝室をのぞき込もうとする。
「ええ元気よ、おっぱいもたくさん飲んで、順調に育っているわよ。
でも、今寝付いたばかりだから・・・。」
朋美が心配そうに俺を引き留める。
「ああそうか・・・、起きたらまた眠らせるのが一苦労だものな。
なにか、土産でも買ってきてやれたらよかったんだが、予定外の出来事が起きてしまったもので・・・。
ああそうだそうだ・・・、最初に中国の視察だったのだが、ちょうどサイズがよさそうなのがあったので、買ってみた。」
そういえばおととい、中国上海のデパートで目に付いたのを購入したことを忘れていた。
「あらー・・・、チャイナドレス?
似合うかしら・・・。」
朋美がスーツケースから取り出した、真っ赤なチャイナ服を抱えて胸に当ててみる。
似合うに決まっている、なにせ美人だしスタイル抜群なのだから・・・。
「でも、順二へのお土産は忘れたということよね・・・、だめなパパでちゅね・・・。」
朋美が奥の部屋へと振り返りながら、小声で呼びかける。
新倉山順二・・・、わが子の名前だ。
朋美がどうしてもというのでこの名前にした。
親の俺が順三なのに、二はおかしい気もするのだが、ずっと考えていたということらしい。
俺が想像するに、この二は俺の名前の三に対しての二ではなく、こちら側の世界の俺と二人という意味ではないかと深読みしているが、まあいいだろう。
ちなみに俺の親父は順一で、なぜか俺が順三だから、名前の重複もなく問題ない。
病院で見たときは、しわくちゃな顔でどう見てもサルにしか見えなかったが、退院してからは少しずつしわも伸びて人間らしい顔になってきた。
よく見ると朋美に似て精悍な顔つきをしていて、将来はさぞかしモテモテの美青年だろうと、今から想像するのは親ばかだろうか・・・。
ちなみに子供の将来を考慮しなければならないと説得して、子供の出生届提出とともに朋美と入籍した。
もちろん俺の戸籍など、こちら側の世界にはないのだが、出生などはっきりしているため特例で戸籍を作ってくれた。
名目上は外国からの帰化ということで受け入れてくれたのだ。
これで形式上、俺と朋美は夫婦になったわけではあるのだが・・・。
「おはよう・・・大変だったな・・・、だが、フィリピンに行ってから攻撃を受けたのでなかったのが、不幸中の幸いだった。
あれが一日遅れていたら、お前さんたちも戦渦に巻き込まれていたはずだ。
多くの犠牲者が出ているのだから、こんなこと言ってはいけないのかもしれんがね・・・、だがまあ、どうしてあのような無謀なことをしでかしてくれたのか・・・。」
翌朝、東京基地前の広場でコントロール装置の準備をしていたら、阿蘇が赤城を乗せて車でやってきた。
赤城は、一部の国の暴走を嘆くように顔をしかめる。
「こちら側の世界では、いったん戦争を始めたらどちらかが全滅するまで終わらないのでしょうから、実はそれらの国では戦争中という認識だったのでしょうね。
ただ単に攻撃する目標が見つからなかっただけで。
だから食材の加工を引き受けたときに、それらに毒を混ぜるのは当然ともいえる行為だったのかもしれませんね。」
こちら側の世界の考え方から、このような事態を予想しておくべきだったと、今では反省している。
「いや、それは違うな・・・、我々の世界では確かに戦争状態に入ると、相手国が全滅するまで戦争が終結しない。
恨みを抱いている敗戦国がいつまた報復に出るかもしれないということを危惧してなのだが、それだって宣戦布告して相手に戦争の意思を告げて行うというのが国際ルールだ。
今回の場合は、いったんは和解に応じた形で食料の加工を引き受けたにもかかわらず、その約束を反故にして攻撃・・・つまり毒を仕込んだわけだが・・・、これはこちら側の世界でも許されることではない。
まあ・・・、これまで異次元世界であることも明かさずにひたすら強奪行為を行っていた相手に対してだけに、正規のルールを用いる必要性は感じていなかったのだろうが、そのため我々側も意図に気づけなかったわけだ。
何とか向こう側の世界をなだめることができるといいのだが・・・。」
赤城も相当に悔しい気持ちなのだろう。
互いに納得できる妥協点を見いだせたと思っていただけに、非常に残念でしかない。
「じゃあ、マシンをいつもの公園へ飛ばしますよ。」
マシンを上空高く浮かび上がらせて、指定の公園まで一直線に飛ばす。
阿蘇は俺が操作するコントロール装置の周りに、無線機を並べ始めた。
「何が始まるんだい?」
十数台並べられた無線機の数に驚く。
「交渉がどうなるかわからないので、最悪の場合は諸外国政府に結果をすぐに報告する必要があるからね。
無線機をあるだけ持ってきた。」
阿蘇が無線機の状態を1台ずつチェックしながら説明する。
そうか、交渉決裂して全面戦争になった場合を想定しているわけだ。
これは責任重大だ・・・、といっても俺の交渉の腕がどうこう言うような状況ではないわけだが・・・。
しばらくすると、いつものようにマシンの周囲が突然薄暗くなる。
真上に巨大円盤が来たのだ。
「おはようございます・・・、どうにも約束を守ってはいただけなかったようですね。
異物を仕込まれた国はカンカンに怒っております。
強奪を繰り返していたころより食品に異物を混入されられることを懸念して、センサーで安全を確認したうえで供給しております。
そのため、愚かな行為でしかないわけですが、毒物が検出されたロットはすべて廃棄となってしまうため、大きなロスとなってしまいます。
また、そのような懸念を抱いたまま食するのは気分的によくはないですからね、ですので報復攻撃させていただきました。
宣戦布告と受け取っております。」
告げられた内容とは裏腹に、無線機の向こうから聞こえてくる声のトーンは、あくまでも冷静そのものだ。
「いや・・・、今回の毒物の件は多くの国々が知らなかったことで、一部の国が独断で行ったことだ。
多くの国が、そちら側の世界との交易を行うことを望んでいることは間違いがない。
だから、全面戦争は勘弁していただけないだろうか。」
すぐに赤城がマイクに向かって話しかける。
「赤城さん・・・、でしたか?
そうですね、我々も無駄に血を流す全面戦争は避けたいと考えております。
そのため、今回安全な食品をお届けいただいた諸国とは、今後も継続的に交易を行う所存です。
ですが毒を仕込んだ国に関しては、申し訳ありませんが攻撃を取りやめるつもりはありません。
そちら側の世界では、いったん戦争となると相手が全滅するまで行われるんでしたね。
今回はさすがにそこまでしませんが、ごく一部の人たちを残して全て破壊する予定です。
そのうえで、こちら側の世界設計の工場など建設して、生存者はそこで使役についていただく所存です。
言ってしまえば植民地化させていただくこととなります。
こちら側の世界からの監視の下で、安全な食品や工業製品の製作に携わっていただくことになるわけです。」
所長はあくまでも落ち着いた口調で、恐ろしいことを告げてきた。
今のこの世の中で植民地だって?そんなこと許されるのか?
「待ってください、それはいくらなんでもひどいのではないですか?
いくら毒を仕込まれたからといって、その相手国を全滅させてわずかな生き残りを奴隷化するだなんて許されませんよ。」
あまりの仕打ちに思わずマイクを握りしめて、大声を出してしまった。