出産
7 出産
「おめでとうございます、元気な男の子ですよ。」
分娩室から出てきた看護婦さんが、俺と園長先生にそう告げる。
「やった・・・、朋美、ありがとう。」
「よかったねえ・・・。」
園長先生も一緒に喜んでくれる。
予定日を過ぎても何の兆候もなかった朋美だが、2日後の夜中に産気づいて急いで病院に運び込んだのだ。
その後は夢中だった・・・親代わりの孤児院の園長先生夫妻に連絡すると、すぐに副園長先生が病院へ駆けつけ、つき添いを買って出てくれた。
それから数時間・・・、分娩室の外の廊下を行ったり来たりするだけで何もできない自分が歯がゆかった。
看護婦さんに案内されて、ようやく中に入ることを許される。
ベッドには、神々しいまでに美しい女神が横たわっていた。
「ジュンゾーの子だよ・・・。」
朋美が汗びっしょりの顔で、布にくるまれた小さな存在を抱きしめながら笑顔で告げる。
うーん・・・ちょっとその言い方・・・、ちょっぴり気にはなるが、いいことにしましょう。
まぎれもなく俺の子だ・・・、朋美、本当にありがとう。
「3650グラム、母子ともに健康です。」
看護婦さんが笑顔で告げる。
ううむ・・・天使だ・・・。
その日は特別に病室に泊まることを許されて、組み立ての簡易ベッドを朋美のベッドわきに置いてもらいそこで就寝する。
本来なら子供が生まれたので特別休暇をもらうところだが、いかんせん明日・・・というか今日は1日。
向こう側の世界が収穫した農産物や資材を納品する予定日だ。
世界規模で行われるため、マシンを動かす予定もなければ、何か交渉する予定もあるわけではない。
しかし不測の事態が発生した場合など、やはり向こう側の世界との通信は、俺の操作するコントロール装置を通してでしか行えないわけだから、俺がいつでも出動できるよう待機しておく必要性はあるだろう。
眠い目をこすりながら車を走らせ、東京基地へ向かう。
無理せず極力ゆっくりと、安全運転だ。
「おめでとう、生まれたんだって?男の子だってね。」
東京基地につくと、いつも通り早い阿蘇が笑顔で祝福してくれる。
昨晩帰るときには何の兆候もないなんて話をしていて、俺からは何も報告していないというのに・・・、ずいぶんと伝わるのが速い・・・、そうか筑波とかいう奴からの情報だな・・・。
朋美と一緒の孤児院で育ったんだものな、朋美の様子は筑波にはまるわかりということか・・・。
「ああ・・・母子ともに健康で、とりあえず一安心だ。」
俺も笑顔で答える・・・めでたい話なのだ、もめるような詮索はよそう。
「よう、生まれたんだってな、おめでとう。」
「ありがとうございます。」
少し遅れて、赤城も到着して祝福してくれる。
『ガラガラガラガラ』基地のシャッターを開けるとすぐに中に入り、スタンバイさせていたハンドアームマシンを起動させて、シャッターをくぐらせて外に出す。
ついで赤城と阿蘇も急いで中に入ってきて、シャッターを閉じて一安心だ。
「本来なら休ませてやりたいところだが、向こうとの連絡方法は、お前さんを通してコントロール装置で行う必要性がある。
だから、申し訳ないが少し辛抱してくれ。」
赤城が申し訳なさそうに両手を合わせて、俺を拝むようにする。
「いえいえ・・・、朋美の方は園から副園長先生が付き添いに来てくれているし、大丈夫ですよ。
それに、こっちの動向を気にしながら病院にいるよりも、現場にいた方が気は楽ですよ。
それにしても、どうして向こう側の世界は俺を介してしか交渉しないなんてことを言いだしているのか、俺にはどうしてもその理由がわかりません。
なにせ俺自身はただのゲーマーで、向こう側の世界でもガードマシンの操作者として雇われただけで、当時から強奪組織に関しては全く何も知りませんでしたからね。
しかも向こう側の世界を破滅へと導いた張本人と評されて恨まれているならともかく、なぜ代表に担ぎ上げられているのか・・・。」
そういいながら頭をかく・・・、確かに向こう側の世界出身者は俺しかいないわけだが、知らなければ交渉の仲介ができないというわけではないはずだ、それなのにどうして・・・、このところずっと考えているのだが、どうしてもその解は導き出せていない。
「ああ・・・・その件に関してだが、霧島博士に言わせると、コントロール装置の解析を封じる目的があるのだろうということのようだ。
言ってしまえば、このコントロール装置は向こう側の世界の技術の最先端の集約であるわけだ。
なにせ装置の一部を確認しただけでもマシンの構造図面はあったし、操作手順書のようなものも見つかった。
ハードとしてこの装置を解析するだけでも、こちら側の世界の技術力がどれほど向上するか・・・・、まあ今日明日ということにはならないそうだが、数ケ月とか数年というスパンで見れば飛躍的に向上するはずと予想している。
ところがコントロール装置を通じてしか向こう側の世界との交渉ができないとなると、そういった解析などできなくなるわけだ、なにせ分解して戻せなくなっては大変だ。
記録情報を探るだけだって可能な時間は限られるし、何より下手な操作ができなくなるわけだから、基本的に装置はお前さんに預けっぱなしになってしまうというわけだ。
こちら側には、予備がないのだからね。
恐らくそういうことだろうと、歯噛みしていた。」
赤城がその疑問に答えてくれる・・・というか、霧島博士が答えてくれたわけか・・・。
なるほど・・・確かに霧島博士もおっかなびっくりコントロール装置のメモリーを見ていたようだったが、その後は大切なものだからといってすぐに返してくれたな・・・。
あの時は向こう側の世界の強奪に対抗するマシンのコントロール装置として重要だったわけだが、今度は向こう側の世界との唯一の通信装置ということになってしまったわけだ。
下手に触って壊してしまったら大変だ。
「そうですか・・・、やっぱりもう1台の装置が壊されてしまったのが痛かったですね。
こんなことなら、もっと何台も持ってくるんだったと、後悔していますよ。
なにせ、さほどかさばるものでもないし、何より俺自身が運んだわけではありませんからね。
装置を使って一緒に次元移動してきただけですから・・・・。」
そういって俺はため息をつく。
あれ?そうか・・・、コントロール装置を手に入れることは不可能ではないかもしれないな・・・、どうしてこのことに気が付かなかったのか・・・、あれから随分と時間は経ってしまったぞ・・・。
「そっ・・・そう・・・。」
「そういえば、あの時は向こう側の世界がコントロールしていたマシンにこの基地を襲われて、予備のコントロール装置ごと、基地にあったガードマシンも破壊されてしまったんだよね。
あの時は君がシャッターを閉じて基地内の電波を遮断したから、向こう側の世界からのコントロールができずに自爆したということだったが、よく考えてみれば今だってシャッターを締め切った状態で、外に出したマシンを遠隔操作しているよね。
つまり、この基地はシャッターを締め切った状態でも、マシンをコントロールする電波は通過できるんじゃあないのかい?
どうしてあの時、向こう側のマシンは自爆したんだい?
基地の装甲が堅牢だから破壊できないとあきらめたとでもいうのかい?
向こうのマシンだって東京基地のシャッターは開けられたはずだろ?」
突然阿蘇がわかりきったことを聞いてくる。
「いや、この基地は鉄筋コンクリート製だし、電波を通さない構造をしている。
しかし、基地周辺で発したコントロール装置からの電波は、この基地内で増幅されて基地の屋上に設置してあるアンテナから発信されているようだ。
ついでに衛星にもアクセスしているようだから、恐らく世界中にコントロール電波を発信することが可能だろうと霧島博士も言っていただろ?
だったら俺が向こう側の世界にいたときのように、世界中のマシンに接続して各基地から生き残ったマシンを起動させることができるんじゃないかと考えたんだができなかった。
そこで俺も、ネットワークはこちら側の世界にあるのではなく、向こう側の世界にあるのだということに気が付いた。
つまり、向こう側の世界のネットワークに参加しなければ基地サーバーにアクセスできないし、それができなければ離れた場所のマシンに接続することはできない・・というか操作することができないんだ。
俺がいた東京基地は核攻撃でネットワークが切断されてしまった。
そのため東京基地とつながっていた、こちら側の世界の東京基地・・・つまりここだけど、ここが向こう側の世界のネットワークから切り離されてしまったわけだ。
この基地のマシンは、直接俺がネットワークにつながっていた時にアクセスしていたマシンだから、ここへきて直接通信すれば起動できたというわけさ。
だから向こう側の世界からこの基地内へアクセスしようとしても、ネットワークがつながっていないから通信できないわけだ。
そのために、閉じ込めたマシンはコントロールを失う前に自爆したと俺は考えている。
ラッキョウのことだから、基地のシャッターを閉めようとしたことに気が付いたのだろう。
コントロール装置と接続したマシンは、装置から直接コントロールしてもかなり長距離まで通信できることが分かったが、それはこの基地の近くでコントロールしていたからだ。
基地が電波を増幅して、さらに衛星を使っていたからなんだ。
それはあくまでも、この基地を介してコントロール装置に接続されたマシンとの通信に限られるようだね。」
仕方がないので俺が懇切丁寧に教えてやる。
「ええっ・・・向こう側の世界・・・の、ネット・・・?なんだい?」
「ううむ・・・、俺もお前さんの説明を聞いていてもさっぱりわからん。」
阿蘇と赤城両名ともにうなる・・・・、分かりやすく説明したつもりだったが、もともとパソコンネットワークとかネットワークサーバーなんてこと、知っているはずもないわけだものな。
「例えば無線機で通信するときは、お互いが周波数を合わせて、同じ周波数でないと通信できないよね?
それと同じで、パソコンネットワークでも通信を行っているんだが、お互いの周波数というか、話したい相手との通信を確保するためにプロトコルというものを使って、IPアドレスという目当ての相手のアドレス宛に通信するというわけだ。
ところが誰でも彼でも好きなアドレスにアクセスさせてしまうと・・・つまり周波数を知っていると、秘密にしておきたい2人だけの会話とかを盗み聞きされてしまうわけだな。
あるいは会話に割って入ってきたり、別の人なのに、その人になりすまされてしまう危険性があるわけだ。
マシンをコントロールしようとしていて、他の人にマシンのコントロールを奪われては大変だよね。
それは嫌だから、他の人がアクセスできない特別な周波数帯を利用しようとするわけだ。
つまり人によって使える周波数帯と使えない周波数帯があって、その管理をサーバーというものが行っていて、人によってどの周波数帯へアクセスする権利があるのかを管理している。
あるいはどのマシンをコントロールできるかという資格も与えている。
つまり通行手形みたいなものだね、それがないと目当ての宿場へ行きつけないというような。
そのサーバーは向こう側の世界にだけあって、向こう側の世界が機能していた時は、そのサーバーを使ってこちら側のすべてのマシンや基地サーバーにアクセスできたんだが、向こう側のサーバーのネットワークが分断されてしまって、東京基地のようにネットワークにつながっていない基地が多くできてしまったということだ。
そのためこの東京基地内は完全ローカルで、直接コントロール装置を持ち込んでいる俺にしかアクセスする資格が与えられていないというわけだ。
逆に言うと、俺はここ以外のどの基地のマシンとも、このままでは接続することができないというわけだ。
だから、向こう側の世界は以前使っていた基地の再使用をあきらめて、別基地からアクセスしたり、あるいは昔使っていた巨大円盤なんかも使い始めたというわけだよね。」
ある程度分かりやすく言ってはみたが・・・。
「ふうん・・・、なんとなく・・・分かったような・・・。」
阿蘇が首をかしげる。
赤城は腕を組んで、うなり続けている。
うーん、これ以上はどうやって説明すればいいものか・・・、それよりも先ほど思いついたことを・・・
「そっ・・・。」
「それはそうと・・・、協力を拒んでいた一部の国々との交渉はどうなったのですか?
やはりまだ、了解は得られていないのでしょうか?」
またまた俺が切り出そうとしたとたんに、阿蘇が赤城に質問する。
俺のつたない説明で阿蘇も理解できたのか、あるいは理解することをあきらめたのか・・・。
そういえば他国の状況に関して、詳細情報が入ってきていないことに俺も気が付く。
向こう側の要求を受け入れた国々の、物資の受け入れ場所の国ごとの位置座標の紙をもらって、ただひたすらコントロール装置を使ってデータ入力(なにせ、テキストデータも何もなく手入力しか方法はなかった。)でまる4日ほど費やしたので、他に何もできなかったのだ。