個別交渉
6 個別交渉
「どういうことですか?」
赤城の方に振り向いて確認する。
「ハンドアームマシンのカメラは基本的に水平方向前方しか撮影しない。
目的が強奪物資を抱え持つことだから、広範囲な視野角も望遠も不要というわけだ。
だがそれでは、池の上などの低い場所で待機していると円盤がどの方角からやってくるのかすらわからない。
だから、今回は上空で待機するようにとの指示が出ている。」
赤城が俺の後方からモニター画面をのぞき込むようにして答える。
なるほど・・・そういった理由か・・・、無駄だとは思うが・・・。
「分かりました、では指定の公園上空の雲の上側で待ち受けましょう。」
そういながら俺はハンドアームマシンを飛び上がらせた。
(うん?)ふと周囲が暗くなったので、ハンドアームマシンを上下左右に振ると、すぐ上にはすでに巨大な円盤が接近していた。
「おはようございます。どうしました、こんな上空で待機なんて・・・、危うく衝突するところでしたよ。」
コントロール装置から聞きなれた声が聞こえてくる。
「ああ、おはようございます所長・・・、ずいぶん上空から来るのですね。」
待機している最中、それとなく回転しながら周囲を警戒していたのだが、こんな巨大な円盤が近づいてくることすら、まったく確認できなかった。
周囲は雲一つない晴天だというのに、いったいどうして・・・?
「我々の基地の所在を突き止められては困りますからね、移動に際しては常に成層圏上空を飛行しております。
その方が空気抵抗も少なくなって、この円盤のような巨体では燃費も向上しますからね。」
ううむ・・・やはり、移動してくる方向すらも突き止めさせてはくれないか・・・、まあ俺としては想定内だ。
しかし、燃費まで気にしているとは・・・そういえば、向こう側の世界はほぼ死滅状態なのだから、石油や天然ガスなどの燃料資源は産出できていないだろうと考える・・・どうしているのだろうか。
「さて早速ですが、前回こちらから提案した案件の回答をいただきましょうか。
その回答により、こちら側もこれからの動きが変わってまいりますのでね。」
早速交渉開始というわけだ・・・、向こうのエネルギー事情など心配している場合ではなさそうだ。
「はっはい・・・ええと・・・。」
「その件に関しては、こちらからも少し提案したいことがあります。」
個別交渉って、どう切り出していくのか考えあぐねていると、わきから赤城がマイクに向かって話し始めた。
「失礼ですが・・・、どなたでしょうか?」
「ああ、こりゃ失礼。私は日本国自警団本部参謀の赤城と申すものです。
今回の交渉の全権を任されてまいりました。」
赤城がマイクに向かって軽く会釈をする・・・、カメラでの画像はつながっていないにもかかわらずにだ・・・。
「そうですか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、こちらは新倉山さんを仲介とすることで構わないつもりでしたが、やはり世界規模の交渉ということでは、それなりの立場の方が出向いてくるということでしょうかね。
構いませんよ・・・、でも新倉山さんは交渉のキーマンとしてメンバーには加えておいてください。
なにせ、ただ一人の顔見知りですからね。」
しばし沈黙の後、了解してもらえたようだ。
まあ、代表者が出てくることくらいは想定していたのだろう。
それにしても、どうして向こう側の世界は俺を代表者に加えたがるのだろうか・・・、俺が向こう側の世界とつながっていることを暗にほのめかして、こちら側の世界での生活をやりづらくさせようという魂胆だろうか?
あるいは俺が重要な人物であると強調することにより、こちら側の世界での立場をバックアップしようとでもしてくれているのだろうか?
どちらともとれるのだが、果たして・・・。
「突然の要求を通していただき、ありがとうございます。
それでは今回のそちら側の世界からの提案につきまして、我々の世界の回答を申し上げます。
基本的に、そちら側の提案を受け入れることといたします。
ただし、ごく一部の国に関しましては、そちら側の世界に対して強い反感がある・・・核攻撃により主要都市が消滅させられた国ですね・・・。
こちら側の世界から大量の核爆弾を送り込んで、そちら側の世界を壊滅状態にしておきながら、こんなことを主張するのも何なのでしょうが、協力体制を拒んでいる国もございます。
それらの国とは個別に交渉をお願いいただけますでしょうか?
世界中にそのような巨大円盤を配置して、さらに農業や酪農及び林業を展開していらっしゃるはずですから、それらの国々との個別交渉は可能であると想定しております。
なあに、このような巨大円盤が首都の上空に現れて交渉を始めれば、すぐに協力を申し出るものと我々も感じております。
何もなくすんなり受け入れてしまうことは、被害国政府の威信もかかっておりますので、難しいようです。
申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします。
加えて・・・ですが、今回我々が加工する資源に関しましては、もともと我々世界から強奪した物資であろうと考察しております。
まあ、種から育てたということには一定の評価は致しますが、それでも一部の者たちは原料の提供に値しないのではないかと疑問視しております。
そのため、そちら側から提供される資源の品質に関して、一定レベル以上・・・農作物や家畜の等級ですな・・・、がなければ受け入れられないとさせていただきます。
つまり、そちら側の世界の技術により高品質に育てられた資源としてなら協力に値するという理屈なわけですが、よろしいでしょうね?」
個別に交渉するという話だけかと思っていたら、ずいぶんな要求まで突き付けたようだ。
まあ、気持ちはわからないでもない・・・なにせ、こちら側の世界で生産されている農産物や家畜の品質レベル並みのものしか提供されなければ、どこかから強奪してきた作物や家畜を加工して引き渡せと言っているのと、変わりはないのである。
「・・・・・・・・・・・・・・・ふうむ・・・、よろしいでしょう。
こちら側では家畜も手をかけて育てておりますし、農作物も品種改良を重ねてその土地にあった最適な品種を栽培しております。
その技術を輸出する代わりに、食料や衣料品などの加工品をいただくということにいたしましょう。
その代わりこちらからも条件を付けさせていただきますよ。
こちら側に戻す加工物は、あくまでもこちら側から提供した原料物を加工したものであることに限らせていただきます。
折角、こちら側の世界の嗜好に合うよう品種改良していますのでね。
それと、受け入れを渋っている国に対しての個別交渉も了解いたしました。
もとよりこのような提案、すべての国が受け入れるなど到底考えておりません。
受け入れ拒否された場合は周辺国からの物資を分配する予定でおりましたが、周辺国の負担を軽減するためにも、やはり受け入れしていただくよう、根気強く交渉してまいりましょう。」
「おおそうですか・・・、それはありがたい。
では、今回の提案に賛同している国・・・というより、賛同していない国をお伝えした方がよろしいのでしょうな・・・、まずは・・。」
赤城が協力を渋っている国名を告げていく。
それらの国々へは直接巨大円盤が出向いて、交渉していくということになった。
それにしてもずいぶんとあっけないというか、双方の主張のほとんどが受け入れられたということのようだ。
「それでは、これにて・・・。」
「おおっと・・・、ちょっと待っていただけますか?
そちら側から、こちら側へ何か要求があるときは、巨大円盤を差し向けて呼びかけ、新倉山君が出てくるように仕向ければいいのですが、こちら側から何か要求といいますか、提案があるときはどうすればいいですかな?
交信するには新倉山君を介してマシンを出動させる必要性があることは理解していますが、現状こちらから呼びかける術がございません。
なにせ、そちら側の代表たる基地の所在も不明ですのでね。
なにか、こちら側からも呼びかけできる仕組みがほしいのですが・・・。」
とりあえず交渉は成功と喜んでいたら、赤城がさらなる要求を・・・、確かに向こう側の世界からこちら側の世界へ呼びかけることは容易だが、こちら側から呼びかける術はないのが現状だ。
これでは原材料の供給が遅れたときとか、加工納期が守れなくなったときとか、緊急連絡しようにもできないわけだ。
「分かりました、現在開いている無線周波数・・・、この回線を常に開けておくことにいたしましょう。
東京基地から呼びかけていただければ、すぐに応答することはできなくても、日時をご指定いただければ交渉の場に出向くことは可能です。
ただし、交信はあくまでも新倉山さんのコントロール装置を通じて行ってください。
申し訳ありませんが、こちら側にはアナログ通信機はないものですから、悪しからず。
では、原料供給は毎月1日に指定された地点へお届けいたしますので、食品加工に関しては15日に、医療や紙類などの資材に関しては30日に引き渡し願います。
1週間後に各国ごとの原材料供給先と、加工した食品や衣料などの引き渡し先の座標を送付願います。
これは材料と加工品ごとに異なる座標でも構いません。
コントロール装置のメール機能を用いれば、直接座標を送受可能ですので、ご利用ください。
では、よろしくお願いいたします。」
一瞬で、薄暗かった周囲が明るくなる。
まるで皆既日食から開けたような感じだ。
あの巨大な円盤が音もなく消えた・・・というより成層圏まで一気に上昇したのだろう、どっちへ飛んで行ったのか、皆目見当がつかない。
「行ってしまいましたね・・・でもよかったですね、個別交渉といいますか、国別の対応が認められて。
世界政府としての見解が出なければ全面戦争だ・・・なんてなるのかと思ってひやひやでしたよ。」
阿蘇が担いでいたテレビカメラを降ろしながら、ほっと息をはく。
「ああ・・・新倉山君から向こう側の世界の国の様子を聞いていたから、俺も霧島博士も個別対応は可能だろうと想定していた。
こちら側の世界の世界政府ほどの、各国間の強固な結びつきはなさそうなイメージだったからね。
ただ、こちら側からの核攻撃により生き残った少数の人々たちの結び付きは、ある意味こちら側の世界の世界政府より強固ではあるだろう。
だからこそ、周辺国からの供与分を分配する予定でいたのだろうが、そうするということはすなわち従わない国は、そのまま滅ぼしてしまいかねないということを示唆している。
あの巨大円盤にどれだけの火器を積んでいるのかわからないが、1国を相手に戦うだけの力があるのかどうか、試したくはもちろんないのだが・・、反対国の出方によっては最悪の事態に陥る可能性はあるな・・・。」
交渉は至極うまくいったと思うのだが、赤城の顔は浮かない様子だ。
確かに各国ごとの個別対応だなんてのは、多数意見に従わない反対国をいったん置いておいて、交渉に間に合わせるだけの1時しのぎでしかない。
そこから先は、従わない国がいかに抵抗できるかにかかっているわけではあるのだが・・・、流石に攻撃衛星の核爆弾は使わないのだろうが・・・、約束だしな・・・。
「確かに円盤は巨大とはいっても、直径百メートル程度の大きさです。
1機だけで一国相手に戦うには小さすぎます。
しかし、各国ごとに基地が存在してマシンによる強奪行為が行われていたように、各国ごとに秘密の田畑や放牧地があっても不思議ではありません。
さらに、各国ごとにあの巨大円盤があるとしたならば、その周辺数ケ国分の円盤が列をなして襲ってきたら、恐らく一国の軍隊では歯が立たないでしょう。
壊滅的打撃を受けるでしょうし、下手をすればその国が焼け野原になってしまうでしょう。
赤城さんが交渉の場で言っていたように、個別交渉する国ごとに円盤が飛来して交渉すれば、その恐怖も身に染みるだろうと俺も感じていたのですが、戦いも辞さないといった国はありそうですか?」
とりあえず各国の様子を知っていそうな赤城に、状況を確認してみる。
「ああ・・・フィリピンやイタリアなど・・・、その国の主要都市を灰にされた国では国民世論がついてきていないようだ。
少ない生き残りくらい、核を送り込んで根絶やしにすればいいと意気込む過激派が、主流を占めている様子だ。
そういった国の人々が、円盤を目の当たりにして変わってくれるとよいのだが・・・。」
赤城が残念そうに答える。
恐らく、向こう側の世界では反対する国がもっと多くいることを想定していたのではないのか。
だからこそ、最初から個別に交渉となることは予定していた・・、さらに断固断る国は周辺国から食料を回す。
そこで交渉決裂した国への報復手段だが・・・、やはり強烈な火器により滅ぼしてしまうのだろうか・・・、いや、俺だったらある程度痛めつけて従属させるのではないかと考える・・・、そうなっては大変だ、こちら側の世界が向こう側の世界の植民地となってしまいかねない。
そうならないよう、極力平和裏に交易として行っていくことができればいいのだが・・・。
それにしても、意外と簡単に交渉が終わってほっとした・・・、原材料の何割かしか引き渡さないだの、もっと細かな交渉があるのかと思っていたのだが、量的な交渉は皆無だった。
まあ、来月初に原料が送られてくるときには、これから食肉が何トン(いや、ロースが何トンひき肉何トン、カレーシチュー用が何トン・・・とかもっと細かな発注があるか・・・)だのと来るのだろうから、交渉はそこからでもいいわけだ。
まずは全体としての合意ができたということだ。
これは大きな一歩だと俺は考えている、なにせ次元を超えての通商なのだ、しかも世界レベルでの・・・。
元は圧倒的科学力を背景に、強奪行為を繰り返していただけなのだから、大きな改善といえるだろう。