またまた地下へ
12 またまた地下へ
『キィッ』アパート前の空き地に軍用車を停車させ、『バタンッ・・・カチャ』車から降りてドアに鍵をかけ、朋美の部屋へ向かう。
『ガチャッ』「お帰り、今日は遅かったわね。」
アパートの部屋のドアを開けると、すでに朋美は帰宅していて、晩飯の支度をしていた。
まだまだ予定日には遠いが、おなかも結構膨らんできて、きびきびとしていた動きも少しゆっくりに変わってきたようだ。
「ああ・・・、今日は卒業検定を受けてきた。
一緒に学科試験も受けて合格した。」
俺は、張り付けた写真に日本国軍の朱色の割り印が押された免許証を自慢げに朋美に見せる。
「へえ・・・、よかったじゃない。
これで、阿蘇君に送り迎えに来てもらわなくても済むわね。」
朋美が笑顔で俺が見せびらかす免許証をしげしげと眺める。
「なるべく大きめの車を支給してもらい、乗ってきた。
これから海までいかないか?」
勢いに乗って朋美を抱き寄せる。
「うーん・・・晩御飯の支度はもうすぐ終わるし・・・、夜風は胎教によくないから・・・。
今度の休みの日にしましょ。」
笑顔で断られてしまった。
「何人乗りの車なの?」
「ああ、マイクロバスだから9人乗りだ。」
「だったら来月の2次予選会には、遥人たちを乗せていけるわね。」
「ああ、もちろんそのつもりで大きな車を希望しておいた。
ふつうはみんなスポーツ車を指定するといって、不思議がられていたよ。」
孤児院の子供たちをどこか連れ出すこともあるだろうと考え、できるだけ大きな車を希望しておいたのだ。
大雪君はシニアのクラスでも10番目の得点をたたき出し、無事に2次予選へと駒を進めた。
しかし、あくまでも関東のしかも1次予選会のことである。
全国規模であれば何位くらいなのか・・・、やはり上には上がいるということなのだろう。
予選結果を聞いて、ゲームセンターの店長も本腰を入れて応援するといってくれて、大雪君の練習に関しては無料でピンボールマシンを使わせてくれることになった。
ただし、店が終わってからの深夜時間に限ってのことではあるが。
それでも、夜遅くまで照明をつけてゲーム機を使わせてくれるのはありがたいので、夜の10時から12時まで大雪君と2人だけで毎日特訓を続けることにしたのだ。
「じゃあ、食べましょ、今日は鳥の照り焼きよ・・・。」
食卓には少し焦げ目がついて、いい色に照り輝いている鶏肉と総菜が並べられた。
「おはよう、道には迷わなかったかい?」
翌朝、刑務所前の駐車場に到着すると、すでに阿蘇が来ていて待っていてくれたようだ。
「ああ・・・、首都高を降りてからはほとんど一直線だから問題はないが、高速へ乗るときの方がわかりにくいね。
一本道を間違えてしまって、ぐるぐると回ってようやく入り口を見つけたよ。
まあ、明日からは間違えないで来られるだろう。」
とりわけ方向音痴というわけでもないのだが、首都高の入り口がよくわからずに迷ってしまったのだ。
道案内の看板を見落としてしまったようで、曲がる交差点を間違えてしまったようだ。
阿蘇とともに、刑務所の門のところにある受付を済ませて、霧島博士が収監されている懲役棟へ歩いていく。
「おはよう、今日はいよいよ移送器の移送実験だ。」
面会室にはいつものように白衣姿の研究員のほかに赤城の姿があった。
研究員の多くは大学から通うのが面倒なために、週末以外は泊まり込みということのようで、刑務所でありながらも一般人が塀の中で生活しているということのようだ。
遠方からの面会者のための宿泊施設を利用しているらしいが、もしかすると赤城も泊まり込みなのだろうか。
「へえ、どこで実験をするのですか?
やっぱり新倉山君の推奨通りに、どこか遠くの海上実験ですか?」
阿蘇が興味深そうに尋ねる。
「ああ、大量に投下した新型爆弾の放射能の影響を受けないくらいの遠洋となると、おそらく船で1日ではいけないだろう。
そうなると泊まり込みとなるから、それなりの準備も必要だし、向こうの海が大荒れで送り込んだ船が沈んでしまったりすると、失敗したときに何のデータも取れないから、まずは地下実験をすることになった。」
「地下・・・ですか?」
その答えは意外だった。
「そうだ・・・、向こう側の世界の地下空間を利用させていただく。
こちら側の地下空間から移送器を送り込み、それから様々な検査機と発信機を送り込むわけだ。
それにより双方向通信の確認と、向こうの世界の様子を探ろうと考えている。
地下であれば、放射能の影響は低いだろうというのが、霧島博士の見解だ。」
赤城は、女性研究員が持ってきたかごの中に入っている、1センチほどの大きさの移送器を右手の指先でつまみあげながら答える。
「俺の推定のように小さな移送装置であれば、地下の土砂の中でも出現させられるだろうということですね。
そうして移送器を使ってその場所の土砂を送ってこさせ、スペースを確保する。」
俺も地下空間の様子から、自分の推理にはある程度の自信があった。
「ああ・・、おそらく君の推定は正しいだろう。
この1センチほどの小さな移送器をよく見ると、下部が電池となっているようだ。
もちろんすでに電池切れで、このような大きさで高性能の電池が、こちらの世界にはまだない。
しかも蓄電池となっているようで、方法はわからないが充放電を繰り返していた様子だ。
一度の充電では1時間ほどしか持たないようで、こちらから充電する手段はないから、これは利用しない方がいいだろう。
仕方がないので、少しかさばるが小型バイク用のバッテリーを繋げて対応することにした。
それでも何時間も持たないようだが、途中に無線式のスイッチも付けられるから、万一の時は向こうからの送信を遮断することも可能だ。」
霧島博士も寄ってきて、説明に加わった。
「その・・・地下空間というのはどこにあるのですか?
まさか、こちらの世界からすでに移送器を送り込んで、空間を確保してあるということですかね?」
そのような準備ができているのであれば、何もわざわざ俺たちが来るのを待って一緒に向かう必要性もないだろうに。
「いや、そんな場所はないさ・・・、だが、君が向こうの世界からやってきた地下基地があるじゃないか。」
赤城が、笑顔で答える。
いわれてみればもっともだ、あの地下空間であれば、対応しているのは俺が籠城していた東京基地だ。
そこへ移送器と発信機を送り込めば、向こう側の世界からの通信を受け取ることができるはずだ。
確かにあそこなら核シェルターの役割を果たしていたから、放射能汚染は少ないかもしれない。
だが、すでにかなりの時間が経っているぞ、無停電電源の持続時間は1ケ月間となっていたから、とっくに切れていることだろう。
「じゃあ、実験場へ向かうとしよう。
特別に霧島博士も仮出所で実験場まで向かうことになった・・・というか、すでに自由の身の上なんだがね。」
赤城と霧島博士のほかに、数人の研究員が面会室から外へと向かう。
「結構人数もいますから、俺の車で行きましょう。
マイクロバスですから、結構乗れますよ。」
折角支給された車なので、最大限に利用したい。
「いや・・大学のバスがあるから、我々はこれで向かうよ。」
阿蘇と赤城は阿蘇の車に乗り込み、霧島博士一行は大型バスに・・・、結局俺一人でマイクロバスを運転していくことになってしまった。
やはり免許取りたての運転は危険視されているのか・・・、若葉マークはこちらの世界にはないので、車に貼り付けてはいないのだが・・・。
阿蘇の車に続いて、都心へと向かう。
ついた先は、いつもの地下鉄の操車場だった・・・。
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ。」
いつもと違うのは、ヘルメットをかぶり作業服姿の中年男性が待っていたことだ。
「こんなところに地下空間をいつの間に作ったのか・・・、我々も驚いておりますよ。」
ヘルメットを皆に配ると、中年男性が先頭に立って操車場から廃線のホームを経由して、マンホールを開け梯子を下りていく。
「この時間帯は、車両整備という名目で地下鉄を1時停止しております。」
案内の男性が意外な言葉を口にする。
確かに地下の線路に降り立っても、いつものようなレールの微細な振動がない。
ゆうゆうと横穴を伝って地下基地へと降り立つ。
「ふむ・・・、ここが君が移送されてきた地下の前進基地ということだね。
この移送器はどこにあったのかね?」
霧島博士が、2×3m角の空間をしげしげと眺める。
阿蘇と赤城のほかに霧島博士に加えて女性研究員も同行してきたので、さすがに狭いし息苦しく感じる。
案内してきた現場の人は、横穴の前で他の研究員たちとともに待機しているようだ。
「はい・・・ここです・・・、俺が移送してきたのは、この場所で・・・本当なら向こう側の移送器はこの位置で稼働し続けていたでしょうが、おそらく今は電源切れで動いていないと考えます。」
俺が内部のおおよその位置関係を説明する。
「ふむ・・・・そうだね、放射能は自然放射能値レベルのようだ。
向こうからの移送が止まっているのか、あるいは地下シェルターは今でも汚染がないかのどちらかだね。
じゃあ、移送器を送り込むとしよう。」
霧島博士は30センチの次元移送装置を50センチ角の4角形に並べると、その中に1センチの次元移送装置をこれまた40センチ角の4角形に並べた。
それぞれに小型バイク用のバッテリーが接続されている。
「ちょっと待ってください・・、確か向こうの送信装置は床下に収納されていました。
だから、向こうの床は50センチほど高いはずです。」
俺が向こうの部屋の状況を説明する。床板部分に送信すると、どうなってしまうのかわからないのだ。
「わかった、じゃあ少しかさ上げするとするか。」
霧島博士の指示で、次元移送装置は50センチほどのポールの上に置かれ、1センチの移送装置はコンテナボックスの上に置かれた。
「下が平たんでない場合を想定して、足場用の部材を持ってきていて助かったよ。
じゃあ、移送器の電源を入れてくれ。」
「ハイ。」
霧島博士の指示に従い、女性研究員がスイッチを入れると、その瞬間中にあった小さな次元移送装置が消失する。
「ではすぐに移送器のスイッチを切って、少しずらして組みなおすとしよう。」
女性研究員は霧島博士の指示通り、いったん電源切った次元移送装置を、1mほどずらした位置に並べなおす。
「こうしないと、向こうの移送器のスイッチを入れてしまうと、こちら側で送り込んでいる空間と向こうから送ってくる空間とが同一空間となってショートサイクルを起こしかねないからね。
まあ、空気成分を除外項目にしているのであれば、問題視することではないのかもしれんが念のためだね。
では、移送器のスイッチを入れて、それから向こうの移送器のスイッチもリモートで入れてみてくれ。」
「はい、分かりました。」
女性研究員は慎重にリモートコントローラーのスイッチを操作する。
「ふうむ・・・、放射能は送られてきてはいない様子だね。
向こうのレベルがどうなのか、測定器を送り込むとするか。」
女性研究員は、次元移送装置のスイッチを切ると、今度は4角に囲まれた中に台を置き、アナログメーターがついた計器と、その横に3脚を立てると、さらにバッテリーのついた大きなカメラを3脚にセットしようとし始めた。
大変そうなので俺と阿蘇が手伝ってやり、照明用の3脚を何台もセットする。
それから次元移送装置に繋がれた電源のスイッチを入れると、またしてもカメラと計器類が瞬時に消え失せる。
「おおやったぞ・・・、向こうの映像が届いた。」
霧島博士は、持ち込んだ10インチほどのブラウン管テレビの様子を見て満足そうだ。
そこには先ほど送り込んだ計測器のメーター部分が、照明に照らされて映し出されていた。
確かに次元を超えた世界から、テレビ電波が送信されているのだ。
多少ずれているのは、床の高さの微妙な読み間違いによるものだろう。
「おお・・・やはり自然放射能レベルしか検出されないね、君のいた地下施設はいまだ安全ということのようだ。
ううむ・・・生き物が行き来できるのであれば、向こうへ行って部屋の中のものを持って帰るだけでも、未知なる技術の宝庫だろうにな・・・。」
霧島博士が、照明に照らされた向こうの部屋の中の状況を眺めながら残念そうにつぶやく。
3脚にセットしたカメラの向きは、リモートコントロールできるのか、部屋の様子を360度ぐるりと見まわすことができた。
どおりで照明を外側の様々な方向に向けてセットしていたわけだ。
「だったら、俺が今度行ってみましょうか?
今日は持ってきていないけど、AEDをセットしていけば、何とか向こう側で蘇生できるでしょう。
なにせ、俺はどちらの世界にも存在していて、こちら側の世界の俺は死んでいるから次元移動できたという理論が発表されているようですからね。」
確かに東京基地へ行けば、コントロール装置も調達できるし、さらにハンドアーム用の操作用グローブだって手に入るはずだ。