予選会
11 予選会
『ガラガラガラガラ・・・・ガラガラガラガラガッシャーン』基地のシャッターを少しだけ開けて外に出ると、素早く閉じる。
その後コントロール装置をシャットダウンさせてバッグに詰め込むと、家路へと急ぐ。
当面、自動車の教習のほかにハンドアームマシン操作練習も加わるだろう。
まあ、関東地方での強奪予報(天気予報ならぬ強奪予報が、今では毎日ニュースの時間に発表される)ではまだ3週間以上先だ。
次の強奪までに間に合えばいいのだ。
「お帰りなさい、遅かったわね。」
アパートへ帰ると、すでに明かりがついていて、朋美が夕食の支度をしていた。
妊娠が判明したからなのか、あるいは俺と同居し始めたことを理由としているのか、このところずっと夜勤はなく常に昼勤務で病院へ通っているようだ。
「ああ・・・自警団に入団すると同時に自動車の免許を取得するべく、教習所に通い始めた。
それと、無事が確認されたハンドアームマシンを操作して強奪行為に対抗するよう、操作練習を始めた。
当分は帰りが遅くなるだろう。」
朋美が変な心配しないよう、何でも話しておくに限る。
「へえそうなの・・・よかったわね。自警団入団おめでとう。
遥人たちが待っていると思うから、晩御飯食べたらすぐにゲームセンターへ行ってあげて。
予選会は来週でしょ?
遥人はもとより健たちも自分のことのように緊張しているのよ。」
朋美が煮魚とほうれん草のお浸しに加えて、海苔の佃煮などを食卓に並べながら話しかけてくる。
「ああ・・・そのことなんだが・・、俺は大会出場は取りやめようと考えている。
何の仕事もしないまま、ぶらぶらしているわけにもいかないと感じてエントリーしたわけで・・・。」
俺は、ピンボール競技会への参加をキャンセルすることを、この機会に告げておくことにした。
ローカル規模の大会ならまだしも、予選会を通れば全国大会で、さらに世界大会へも通じるような大会だ。
知らなかったとはいえ、この世界の多くの人を手にかけてしまった俺に、参加資格があるとは到底思えない。
まあ、予選ですら通ることはないとも思うのだが・・・。
「そう・・・、自警団へ入団したいって言いだしたときから、そんなことになるんじゃないかって予感していたわ。
遥人はジュンゾーと一緒に予選会に出られることを、すごく楽しみにしていたからがっかりするでしょうけど、仕方がないわね。
それでも遥人が大会に出ることは応援してくれるでしょ?」
朋美は俺がいつこのことを口に出すか、あるいは待っていたのかもしれない。
少し目を伏せた後、笑顔を見せてくれた。
「そりゃあもちろんだ。
今からゲーセンへ行って、遥人君を特訓するつもりさ。」
食事を終え、食器を片付けると早々にゲーセンへと向かった。
「はい、じゃあそのポールの間に縦列駐車をしてみてください。」
教習所の教官が、助手席から指示を出す。
たまに借りる父親の車はアシスト機能がついていて、縦列駐車などは駐車先をバックモニター上に登録すれば、勝手に自動で駐車してくれた。
だから、こんな操作をするのは教習所以来のことだが・・・(というか、今が教習所の教習なのではあるが・・・)
『ブォォォッ』ギアをバックに入れて、ゆっくりとハンドルを切りながら後進していく。
車体の姿勢を整えながら後方のポールにあたる前に停止し、ハンドルを戻しながら少し前進して停車する。
「ハイOK・・・、じゃあ、次・・・」
あれから1週間、刑務所に寄った後に運転の教習を行い、それから東京基地でハンドアームマシン操作の練習を阿蘇とともに行うのが日課になっていた。
「はい、これで仮免許の実技試験は終了。
おめでとうございます、合格となります。」
検定コースを1周後、教官が合格を告げてくれる。
「ありがとうございます。」
深く頭を下げる。
これも、いくらへまをしてもあきらめずに淡々と指導してくれた、教官のおかげだろう。
向こうの世界でオートマ限定とはいえ免許を取得していたことを告げると、通常は2週間かかる実地教習を1週間受けただけで仮免許試験を受けさせてくれたのだ。
感謝の気持ちでいっぱいだ。
「次は学科ですが、学科講習は一度も出席していないようですが大丈夫ですか?
学科試験も1週間に一度しか行われませんから、落ちたら来週まで路上には出られませんよ。」
教官が心配そうに声をかけてくれる。
「ああ・・・はい、大丈夫です。
こう見えても仮免許の時も本試験の時も学科試験は一発合格でしたから。」
そういって自信満々で試験会場へ向かう。
「へえ、仮免許試験合格したんだ。それじゃあ明日から路上教習だね。
なんだったら僕が助手席に乗るから、この辺りの道で練習するかい?」
東京基地でハンドアームマシンの練習をしているときに、何気なく阿蘇には報告がてら自動車教習の進捗状況を話した。
するとハンドアームマシンの操作を取りやめ、コントロール装置を床に置いて立ち上がった。
「いや、大丈夫だ。慣れないミッション車で、ギアチェンジに戸惑ったが、もう問題ない。
ペーパードライバーとはいえ、配送のバイトをしたこともあったし、父親の車を借りたこともあったし、広い路上であれば問題ないだろう。
通勤ラッシュ時の渋滞も見たが、車の多さは俺がいた世界の方がもっと多かったから、慣れているさ。
それよりも、マシン操作の練習を続けてくれ。
少なくとも基地からの出入りくらいは、スムーズにできるようになってくれたほうがいい。」
阿蘇にもう一度コントロール装置を持たせて、操作練習を始めさせる。
当初に比べてだいぶ慣れてきたようで、基地内の壁に激突させることはほとんどなくなってきたが、それでもまっすぐに飛ばせることはあまりできずにふらつくため、見ていて非常に危なっかしい。
CTRLキーを押しながら矢印キーを操作するというようなパソコン操作に慣れていない(当たり前だが、こちら側の世界にはまだパソコンは普及していない)ためなのだろうか、どうにも操作しにくそうで矢印キーで前後左右に動くという感覚がまだできていない様子だ。
そのためマシンを動かしてふらついたのを確認しながら、その逆方向へ矢印キーを動かすだけに終始してしまうため、常に蛇行しながら進むことになってしまう。
「まずはモニター画面を見て、目標を定めてそこに行くにはどの方向キーを操作すればいいのか考えるんだ。」
「うーん・・・・言われていることは頭ではわかっているんだが・・・、このテレビに映る映像を見ながらっていうのはむずかしいよね・・・。」
モニター画面を見ながら操作すればいいのだが、どうしても目の前のマシンに目が行ってしまうため、顔を上げたまま矢印キーを操作するため、進行方向が安定しなくなってしまうようだ。
いっそマシンを離れて遠くから遠隔で操作した方が、モニターに注視できるのだろうが、向こう側の世界がどこで監視しているかわからないため、当面、表で操作練習することはできないだろう。
基地内でこっそりと練習するしかないのだ。
「じゃあ、明日また迎えに行くよ。」
1時間ほどの練習を終えて、阿蘇が帰っていく。
これからが俺の練習時間だ。
『スッ・・・ブン・・・ガッシャーン』小さな破片を右側のハンドで摘み取り、素早くマシンを回転させながら破片を離す。
すると勢いよく放たれた破片は、積む上げられたマシンの破片の小山に突き刺さるように衝突する。
マシンの取説をよく読むと、上下キーを同時に押すとその場に静止となり、同時にCTRLキーと矢印キーを押すことにより、押した方向へ回転できることが分かった。
左に素早く回転したいときには、上下キーとCTRLキー+←キーで約90度左へ回転する。
この時にハンドアームを開くと、つまんでいた破片が勢いよく発射されるのだ。
何度も練習して、どのタイミングで放せば正確に当てられるか、的を作って試行錯誤しているところだ。
武器は持たせてもらえないのだが、鉄球くらいは持たせてもらえないか交渉してみるつもりだ。
だめなら、ここにある破片をもっていけばいいだろうとも考えている。
『ブンッ・・・ガッシャーン』何度も繰り返し練習して、何とか描いた的には当てられるようになってきた。
こうなると破壊力だ・・・、いくら同等の硬度であるはずのマシンの破片程度が当たったところで、衝突の勢いがなければマシンの表面にうっすらと傷がつく程度であろう。
銃や大砲などのように、火薬が爆発するときの勢いとまではいかなくても、ある程度のスピードはほしくなる。
それにはハンドアームマシンを素早く回転させて、勢いよくアームを振りながら、破片を発射する必要性がある。
何度も試して試行錯誤しながら、最適の条件を探していく。
「路上教習はどうだった?」
阿蘇が自警団の本部からの帰りの車の中で問いかけてくる。
「ああ・・・向こう側の世界でも運転の経験があるから、路上に出てしまえば全く問題はない。
ギアチェンジにももう慣れたし、楽勝さ。」
俺はどうということはないとばかりにこたえる。
「ああそうかい・・・、それはよかった。
路上教習も飛び級というわけではないけど、技能的に問題がなければ既定の教習時間を終えていなくても、路上試験受けさせてくれるそうだよ。」
阿蘇がうれしいことを言ってくれる。
「そうか・・だったら明日も教習してみて問題がなければ、卒業試験を受けたいんだがいいかな?」
「わかった、手続しておくよ。
でも、もし試験に落ちたりしたら、規定の単位を取得しなければ再試験はしてもらえないからね。
あくまでも、向こうの世界での実績があるという念頭に立っての措置だからね。」
阿蘇が念を押して聞いてくる。
しかし俺は卒検に落ちるということは全く心配していないので、笑顔でうなずくのみだ・・というか、若い子ばかりに交じって教習を受けているのが苦痛になってきているのだ。
「じゃあ、東京基地でいいよね。」
阿蘇が首都高速の降り口へと車を向ける。
「いや、このまま進んで、ベイエリアの競技場へ向かってくれ。」
俺は首都高を降りずにそのまま直進するようお願いする。
「ええっ・・・どうするんだい?今日はマシンの操作練習はしないのかい?」
阿蘇が驚いた表情で、助手席の俺に振り替える。
「ああ、今日はこれからピンボールゲームの予選大会があるんだ。
悪いが応援に行かなければならないから、そっちへ向かってくれ。」
「ああそうか・・・、前に言っていたゲームの競技会というわけだね。
確か、大雪君とかいう孤児院の子供が出場するんだったね、わかった、そちらへ向かおう。」
阿蘇が納得したように大きくうなずく。
今日は日曜なので刑務所の面会後は路上教習を受けずに直接基地へ向かい、阿蘇のマシンの練習を終えてから大会会場へ電車で向かう予定だったのだが、日曜だからこそたまりにたまった業務を片付けたいと阿蘇に拝まれてしまい、ただ待っているのも暇なので、俺の路上教習を2時間分行った。
そのかいあってか卒検を早める自信はついたのだが、もうすぐ大雪君の予選が始まる時間だ。
阿蘇の車をタクシー代わりに使って申し訳ないが、事情が事情だけに許してもらおう。
『キィッ』会場に面した広い駐車場は多くの車で既に満車状態で、この大会への関心の高さがうかがえる。
会場から離れた場所にようやく空きを見つけて駐車すると、そこから会場まで駆け足だ。
「はあはあ・・・、もう予選会は始まったのかい?」
会場の2階席へ駆け込み朋美の姿を見つけて、その隣の空き席へ着席する。
「ううん、まだよ。この次の予選グループ。
でも他のグループの人を見ていても、高得点ばかり出ているようだから、遥人大丈夫かしら・・・。」
朋美がメイン会場の巨大スクリーンに映し出される、これまでの予選上位の得点経過を眺めながらため息をつく。
一般の部の予選会は2000人ほどが参加するようで、全員がピンボールマシンを1ゲーム5球で試技をして、上位100名が2次予選に進めるという20倍の狭き門だ。
「彼なら大丈夫さ。」
俺にはある程度の自信はあった、なにせ、あれから大雪君は毎日練習を続けてきたのだ。
今では俺をも凌ぐ・・・というか、俺を凌いだからと言って上位に食い込めるとも言えないのだが、それでもできることはすべてやったという気概はある。
「あっ、出てきたわよ・・・。」
朋美が下の通路から出てくる長い列の一角を指さす。
大人たちに混じって高校生の大雪君が会場へ出てきた。
大会にはジュニアのクラスもあるのだが、プロを目指している大雪君はシニアの部で勝ち進むことを望んだのだ。
会場に並べられているピンボールマシンの所定の位置につき、運営委員から予選会の手順を説明される。
説明も何も1ゲームだけの一発勝負で、得点上位100人だけが予選通過というのだから、せいぜい台を揺らさないようにとか、そんな程度の注意事項であろう。
「では、スタート!」
スターターの合図とともに、一斉に第一球目が発射される・・・。