日本へ
第5話 日本へ
「へえ、面白そう。僕も今度やってみよう。
あっ、でも・・・、こんなことも評価の対象になるのですかね?」
学生フリーターは心配そうに上司の顔色を伺う。
「いや、戦闘中はともかく、空き時間なら、その程度のいたずらはご愛嬌じゃないかな。」
上司は仕方がないとばかりに、ため息交じりに答える。
あまり、何でもダメ出しをするよりはいいだろうという判断だろう。
これで、俺の行動は正当化された。
それにしても、ラッキョウと言うやつは柔らかな物腰から軽く見ていたが、結構油断ならない奴のようだ。
注意して、奴の行動を監視することにしよう。
その後まもなく、我々シューティングチームも就業時間を終えた。
俺は帰宅するとすぐにパソコンを立ち上げ、ネットにつなげる。
そうして、携帯電話からメモリーを取出し、パソコンに差し込み中のデータを読み取った。
今日の作業中に周りの目を盗んで、モニター映像を撮影したのである。
何をかと言うと、道路わきに表示してある看板の画像をいくつか取り込んだのだ。
本来ならば、俺たちの作業は極秘中の極秘事項らしくて、そのモニター画面どころか、施設内での撮影は固く禁じられている。
当然施設内では厳密にデジカメに加えて、携帯電話使用不可となっているのだが・・・
そこまで言うのであれば施設入口で携帯電話を、1時預かりにでもしろよと言いたい。
しかし、現実はあまり徹底してなく、妨害電波で通信機能を使用不能にしているだけで、所持は可能なのだ。
それでもあからさまに携帯を使用するわけにもいかないので、服装を整えたり、ちょっと痒いふりをしながら、シャツの胸ポケットから携帯カメラのレンズ部分のみを出して、撮影してみた。
状況を確認しながら出来るわけではないので、何枚も撮影したが、そのうちのいくつかにモニター画像の看板が写り込んでいた。
それらのうちのどれが住所表示なのかわからないので、あるだけ取り込んで翻訳サイトで確認をしたら、ラッキーなことに、市場近くの看板が住所表示であった。
その住所を検索すると、思った通り中国のもののようだ。
国名を入れた住所を地図検索に入力したのち、ストリートビューを確認する。
昔のストリートビューは、各地を車で走行して撮影した画像が提供されていたそうだが、今では地球を周回している衛星画像をリアルタイムで表示してくれる。
リアルタイムとは言っても、ライブ映像という事ではなく、定期的に周回してくる衛星画像を順次更新しているのだ。
それでも、ほんの数時間前の画像まで確認できる。
運よく、現地時間の今日の夕方5時の画像があった。
俺が文字を刻んだのは日本時間の3時半頃。
中国との時差は1時間だから、現地ではまだ2時半だ。
その画像で市場周辺の画像を抽出し、さらに拡大しようとしたが、その前から既に明らかになっていた。
本日撃退したはずの軍用車の残骸など微塵も感じられない、都会の映像が映し出されたのだ。
検索した住所の先は、偶然にも市場ではあったが、屋上に駐車場を配した近代建築であった。
念のために市場前の道路を拡大表示したが、道路自体がアスファルト舗装ではなく、タイル舗装であり、当然のことながら、俺が掘り込んだ文字もなかった。
その画像を見て、俺はようやくほっと一息ついた。
ありえないとは思いつつも、俺はこのシミュレーションゲームが、実は現実のもので、隣の国の食料を略奪している可能性があるのではないかと危惧していたのだ。
これだったら、3人組のやったことも許せる気持ちだ。
所詮ゲーム内のバーチャル世界でのことではないか。
多少は現実離れして、羽目を外してもいいのかも知れない。
ようやく、架空のゲームとして気兼ねなく、ターゲットに向けて引き金を引ける気持ちになってきた。
翌日は、2日続けて同じ市場だと思ったら、やはり市場前で軍隊が待ち構えていた。
俺たちのシャッター基地がある場所は、倉庫街とはいえ周りにはオフィスビルも林立している。
道幅もさほど広くはなく、大規模な軍事行動には向かないようだ。
その点、港に近い市場は、片側5車線はありそうな広い道路に面していて、最適だ。
今日は、戦車まで登場していた。
しかし、いくら破壊力抜群とはいえ、直径たった1mで飛び回る球体を、戦車の大砲で射抜けるはずもないだろうに。
自分たちの街が破壊されるだけじゃないのか。
俺の予想通り、戦車は大砲を撃つことはなく、備え付けの機関銃を俺たちに向けて乱射してきた。
それでも、さすがにこんな大口径の重機関銃相手では、弾を喰らうわけには行かん。
俺は、上半身だけ出して機関銃を操作している男の側面から、右手のマシンガンを狙撃モードにして、渾身の一撃を放つと、弾は男の右肩を貫通し、そのまま逃げるようにして中へと引っ込んだ。
急いで戦車に近寄り、重機関銃の台座にレーザー光線銃を当てて台座ごと焼き切る。
機関銃は、戦車の前方の傾斜を伝って、そのまま地面に落下した。
恐らく、こんな重い銃を一人で持ち上げて撃って来る奴はいないだろう。
それでも機銃座から別の奴が顔を出そうとしたので、その開いた口に向けて銃撃。
堪らず、相手はそこに蓋をする。
俺は、その蓋をレーザー光線銃で開かないように溶接。
ついでに調子に乗って、戦車上部の入口も同じく溶接しておいた。
起死回生の反撃を狙って、大砲を撃って来る可能性もあるので、大砲を何とかしようと考えたが、砲身が厚いのでレーザー光線銃でも簡単には焼き切れそうもない。
その為、砲身の先を真っ赤になるまでレーザーで焼いた。
すると、少し柔らかくなったのか、先端が少し融けて穴が小さくなったようだ。
これで大砲を撃てば、出口が小さくなっているので、暴発するかもしれない。
ようやく、大物を無力化出来たと思った時には、既にラッキョウが他の部隊を制圧していた。
軍用トラック数台は丸焦げになっていて、軍服を着た連中が走って逃げていく姿が見える。
ラッキョウは、調子に乗って深追いするというようなことはしないタイプだ。
あくまでも、仕掛けてくる相手を倒すか追い払う。
安全を確保してから、上空で待機していた女性たちのマシンを呼び寄せる。
本日も会心の出来だ。
多分、帰り道も簡単にクリアーできるだろう。
そう考えていた矢先、市場での略奪の際に何気なく表に出て歩道に目をやり、俺は愕然とした。
そこには俺が昨日刻んだ文字が残っていて、それに続けてチョークで英文字が書かれていた。
『私は、M.J.
ここは上海の△△△よ。
あなたたちは何者なの?
略奪や攻撃を止めて、お願い。』
俺は震えが止まらなくなった。
俺はラッキョウに、ここは頼むと告げると、すぐに上空高く舞い上がり、東に向け全速力で飛んだ。
このマシンの最高速度が、どれほど早いかは知らない。
それよりも何よりも航続距離と言うか、最高到達距離がどれほどかも知りはしない。
それでも何でも、俺は日本へ向かいたかった。
今のこの場が上海であれば、東へ向かえば日本へ行けるだろうと、俺は大まかに考えていた。
俺の行動を見ても、ラッキョウは平然と女性たちのマシンのガードを続けていたが、すぐに上司が俺の席へと駆け寄って来て、今すぐ戻れと厳しい口調で叫んでいる。
戦線離脱は罪に問われるぞと、耳元でしかも大きな声で叫んでいるようだ。
隣に座っている3人組も、驚いた様子で俺たちの方を見ている。
それでも俺は言う事を聞くつもりはなかった。
俺は知っている、通勤時間以外ではこの部屋のドアは内からも外からも開くことは出来ない。
昼休みでさえも、外へは行けないのだ。
その為、弁当持参で来ている。
トイレも部屋に備え付けのものを使う。
つまり、上司が連絡したとしても、警備員たちが駆けつけてきて俺を排除することはない。
少なくとも女性たちが帰宅する5時までは安全だ。
今は3時だから、残り時間は2時間ほどだ。
上司は体育会系の人間ではないのか、無理に俺を席からはがそうとはしてこなかった。
ただ、ひたすら俺の座っている席の後ろから大声で、今すぐ戻れと命じるのみだ。
バイトで引越し屋の仕事も少しはやったこともある俺だが、そんなのは過去の話であり、運動は大嫌いで既に中年太りの体型になっている俺なら、その気になればすぐに取り押さえることも出来るだろうに、そうはされなかった。
自分が暴力的な事をするのが嫌であるのなら、部下であるラッキョウや3人組に命じて俺を席から引きずり降ろせばいいとも考えるのだが、そんなこともしようとしない。
まあ、ラッキョウは市場のガードが忙しいから、手を放す事は無理だろう。
3人組のうち、一人くらいなら回せるかもしれないが、俺との上下関係からあまり本気で掛かってくることはないだろうから、効果がないと察しているのか。
そんなことを考えていたら、大海原を渡って雲の切れ間から陸地の端が見えてきた。
高度2〜3千m位上空を飛んでいるのだろうか、画面に飛行状態が表示される訳ではないので、よくは判らない。
ともかく、モニターに表示される方角で東へ向かって飛び続けてきたのだから、恐らくは日本だろう。
俺はそのまま陸地を突っ切ると海岸線を右側に見るようにして、東方向へと進路を微調整する。
やがて、日本の象徴ともいえる富士山が左手に見えてきた。
やはり、方角的に間違ってはいなかった・・・。
俺は確信を得て、更に海岸線を東に進む。
少し飛ぶと、東京タワーが見えてきた。
そうだ、もうすぐ目的地だ。
結構速い、恐らく音速をこえるスピードだろう。(実際に乗っている訳ではないので、実感は薄いが)
それでも時刻は4時近くなってきた。
すぐにタイムリミットだ。
俺はそれまでに出来るだけのことをしようと、高度を下げて行った。
高度を下げながら、ふと思った。
遠くに見える高層ビル群が少し少ない、何より、一番目立つはずのタワーが見えない。
なんだ、ここは・・・。
俺は不思議な気持ちに捕えられながらも、港のある地点に向かった。
この地下施設のある場所?いや、そうではない。
俺が昔、荷物運びのバイトをした、倉庫である。
あの、モニュメントが置いてあった倉庫だ。
短期間ではあったが、俺が当時住んでいた実家にほど近い場所だったので、今でも克明にその場所は覚えている。
空からの景色と記憶を重ね合わせながら、俺はかつての懐かしい場所へと向かう。
その場所へと行き着いた時、そこ建物は壊れかけていて、いく筋もの黒煙を上げていた。
倉庫正面のシャッターは半分めくれあがり、その周りには人間の射殺体がいくつも転がっている。
その中に紛れる様に、黒い金属片が飛び散っている。
その光景に俺はぴんときた。
俺たちの仲間の球体マシンが自爆した破片だろう。
俺はすぐにめくれ上がったシャッターの中へと飛び込んだ。
そこには、ジープが3台ほどと、重装備の兵士が20人近く詰めていた。
どうやら、武器を持った球体マシンは全滅したようだ、破片がいたるところに散らばっている。
中国の基地同様に、倉庫内のシャッターを開けようと、ガスバーナーで溶断しようとしている所であった。
俺のマシンの登場に驚いて身構えようとした兵士を、右手のマシンガンで威嚇して留まらせ、すぐに奥のシャッター前にいる兵士たちに向かって突進して行く。
すると、俺のマシンに衝突されると考えたのか、シャッターの前に集合していた兵士たちは瞬時に散開する。
俺は、右側のジープの影に隠れた数人を最初のターゲットにして、ジープに集中砲火を浴びせた。
大丈夫、今日の戦闘ではレーザー光線銃がメインで、俺は余り弾を使ってはいない。
どの道、ゲリラも殺さずに脅すだけで逃がすようにしているため、余り弾を消費することもないのだ。
毎日満タンで出かけるので、弾数には余裕があるはずだ。
ジープは着弾の衝撃で、小刻みに跳ね回る。
マシンガンのボタンはそのままで、今度は左側に散った兵士を相手にする。
盾にしている軍用トラックのタイヤ上部を薙ぎ払うように、後方から前方へと床と水平にレーザー光線を浴びせる。
すると、タイヤがパンパンと弾け、跳ね上がる。
加えて、向こう側から男たちも一緒に飛び跳ねまわる。
タイヤの隙間から通ったレーザーで、恐らく足元を焼かれたのであろう・・・ちょっと気の毒だが、これくらいのけがは仕方がないので、勘弁してほしい。