説得
3.説得
「霧島博士・・・とおっしゃいましたか・・・、随分な言われようですが・・・この刑務所は死刑囚を含む重犯罪者刑務所だと聞いている。
そこに収監されているあなたは、当然のことながら重罪を犯した犯罪者と言うことになる。
まあ俺もこちら側の世界に来て驚いたのですが、こちらの世界では強盗などでも死刑になるというくらいだから、俺の居た世界より犯罪に対する処罰は厳しいといえる。
それにしても重犯罪ということには変わりなく、俺の方こそ、あなたのような犯罪者と組んで仕事をしたくはありませんね。
あなたに断わられるまでもなく、こちらの方からあなたと一緒に活動することをお断りいたしますよ。
じゃあ、帰ろう。」
俺は阿蘇の方に目をやって、引き上げるよう告げた。
折角俺が協力すると言ってやっているのに・・・、とかいうつもりはさらさらない。
しかし、なぜここまで俺の事を毛嫌いするのか、その理由を知りたいのだが、恐らく簡単には教えてくれないだろう。
その為、こちらの方から願い下げだと言ってみて、反応を見るつもりでいる。
うまくすれば、原因が浮かび上がってくるかもしれない。
「ほう・・元死刑囚が随分なご挨拶だな・・・、お情けで命を救われたということを未だに理解していないと見える。
お前がしでかしたことは、お前がいた世界ではどのような罪になったのかは分らないが、こちら側の法律では間違いなく死刑だ。
ところがたまたま死刑執行前に向こう側の世界から報復攻撃が始まったがために、情報収集源として生かされただけの事だ。
生かされたということを感謝して、こちら側の世界の為ならどんなことでも協力しますというならまだわかるが、小生意気にも犯罪者とは手を組みたくはないだと?
一体何様のつもりだ!」
案の定、霧島博士が俺の態度に反応し、怒り心頭と言った表情で椅子から腰を浮かせて怒鳴り始めた。
「別に、俺はえらそうな態度をとっているつもりは毛頭ありませんよ。
ただ単に、なぜあなたのような重犯罪者と組まなければならないのか分からないから、お断りと申し上げているだけです。
あなたも俺と組みたくないと言っている訳だから、都合がよいと感じていただければいいだけですよ。
さっ、行こう。」
俺は、動こうとしない阿蘇に対して目配せする。
「あっ、ああ・・・。」
ようやく俺の表情に気付いたのか、阿蘇が反射的に席を立とうとする。
「ふざけるな・・・お前の意見など、こちら側の世界では誰も聞こうとしないわ。
お前はただの人殺しだ・・・・、決してこちら側の世界の救世主なんかじゃない。
お前らの為に敦子は・・・、おーい看守死刑囚が逃げるぞ。
こいつを捕まえて、死刑台送りにしろ!」
霧島博士が大声で、廊下にいる看守に向かって叫ぶ。
もうめちゃくちゃだ・・・。
「敦子っていうのは、霧島博士の娘さんか何かなのかい?」
俺は阿蘇に小声で確認する。
「ああ・・・俺も詳しくは知らないが、強奪マシンの犠牲者らしい。
それで向こうの世界に激しい憎しみを抱いて・・・、移送器の解析も昼夜を問わず続けて、わずか3日間で異次元世界へ物質を送り込める装置だということを突き止めた人だ。
そのおかげで新型爆弾を準備して、パレードにカムフラージュして爆弾を送りこむという、こちら側の世界からの反撃が可能となった訳だからね。
いうなれば、こちら側の世界のヒーローだよ。」
阿蘇も小声で答える。
「ふうん・・・そのヒーローが、どうしてこんな重犯罪者用の刑務所にいるんだい?」
俺には、霧島博士がこの刑務所にいる理由が飲み込めなかった。
「それはだな・・・。」
席を立って面会室の扉近くでひそひそ話をしている俺たちの所へ、赤城もやってきて小声で話しはじめる。
「あれは・・・もう1年近くにもなるが、昨年の4月初旬の事だ。
霧島博士指導の元、異次元世界からの侵攻基地探索が日本各地で行われて、東京基地も発見することができ、攻略方法を検討しているまさにその時、不幸な出来事が発生した。
霧島博士の娘さんは、大学卒業後も研究室に残って霧島博士の研究の補助を行っていた。
つまり異次元世界からの侵略行為への対抗措置だね・・・、その調査中に突然彼女が行方不明になった訳だ。
見つかったのはそれから1週間後で、変わり果てた姿で東京基地裏の空き地で発見された。
しかも全裸で体中にやけどの跡や銃創が見られ、辺り一面にマシンガンの薬きょうがばらまかれていた。
状況からみて彼女はガードロボットに殺されたということは分ったが、どうしてあのような姿で発見されたのか、当初は分らなかった。
しかし司法解剖して銃創ややけどの跡の付けられた順番から、どうやら彼女は射的の的代わりにされて、1枚ずつ衣服を剥いで行かれたのだろうということが分った。
あの無機質な球体のマシンに蹂躙されて、しかも殺されてしまった訳だ。
このような不幸な死に方をしたのだが、彼女の名誉の為にその死にざまが公表されることはなかったようで、俺もその事を知ったのは、実をいうとつい最近になってからだ。
それからなんだろう・・・霧島博士指導の元、特攻作戦とも言える基地攻撃が始まり、やがて東京基地を陥落することができた。
ところが、たった1台のマシンがはるか遠方から飛んできて、攻撃部隊を追い返してしまった。
しかも犠牲者を出すこともなく、平和裏に解決したのだから大したものだ。
それが新倉山君、君が操縦していたマシンによるものだったよね?
君がはるばる中国は上海から飛んできて、東京基地の奪還に成功したという訳だ。
それから東京基地ではなぜか、人的被害は激減した。
皆無という訳ではなかったが、他の地域に比べて犠牲者は極端に少なく、東京基地は比較的安全と目されるようになって行ったわけなんだが・・・。
霧島博士はそのころから強力な爆弾で基地を破壊するのが最良の策だと主張し、小型の新型爆弾を世界各国に製作するよう指示を出していた。
シャッターの開いたタイミングで、強力な爆弾を敵基地内部に送り込むという作戦だな。
勿論、新型爆弾の製造方法など、全て霧島博士が指導して進められた。
しかしその製造方法には欠点があった・・・、製造作業に従事した研究員全員が放射能に被曝してしまったのだ。
核物質を扱うという危険な作業であるにもかかわらず、ろくな防護服もなく、せいぜいゴーグルで目を保護しただけで作業していた為、全員が重度の被ばくをしてしまい入院し、死亡者も出てしまっている。
そのような危険作業を指導したという罪で1時は死刑判決されたのだが、君から聞いた向こうの世界の被害状況から、こちら側の世界を救ったと言う功績が認められて死刑は免れたし、無罪と再判決された。
ところが、なぜかその判決を不服として、死刑にするよう上告している。
自分の犯した罪は、充分この世界の法律に照らし合わせて極刑に値すると主張している訳だな。
なにせ霧島博士自身は、放射能被爆の危険性を予知していながら適正な防護策を講じなかった・・・、防護服の制作など待っていたら爆弾製作が先延ばしになってしまい、機会を逸すると予見していたのだろうな。
そうしてようやく完成した爆弾を、今度は合体させてより強力な巨大爆弾として、君たちの世界へと送り込むことができたというわけだ。
霧島博士が作業する人たちの安全性を無視して急がせたおかげで、君が起こしたクーデターに間に合ったということも言える。
我々は君からの証言での裏付けも取れているし、東京基地陥落前と後ではマシンを操作しているオペレーターたちが入れ替わったのだと理解しているが、霧島博士は頑として聞き入れようとはしないのだ。
霧島博士の娘さんの命を奪ったにっくき相手というのは新倉山君・・・、君もしくは君の居たチームの一員に間違いがないと今でも信じ込んでいるという訳だ。」
赤城から聞かされた内容は、衝撃的だった。
俺たちが東京基地を担当するようになってからの事だから・・・、一体誰が?
3人組にはきちんとくぎを刺しておいたはずなのに・・・いやちがうか・・・、俺が東京基地へ飛んでくる前と言っていたから、どこか別のチームが担当していた時だな?
それなら十分に考えられる・・・、なにせ3人組が中国基地で犯したとんでもなく罪深い行為と、同じことが行なわれていたわけだから。
そのような、ならず者が他にもいたということか・・・非常に残念でならない・・・、というか、どこの国のやつでも同じような事を行っている奴がいたということだよなあ・・・、ラッキョウじゃないけど、それだけ現実世界に近く(実際に現実世界を相手にしていた訳ではあるが)反応もフレキシブルで、これがバーチャルで罪には問われないのであれば・・・、と考えてしまったとしても不思議ではない。
しかも誰かは分らないが、そいつは今も核シェルターで生き残っている可能性が高い訳だ。
なぜなら、東京基地のメンバー全員が核シェルターで生き残っているといっていたからな。
他の基地だって同様の扱いだろう。
その事に失望して霧島博士自身は死にたがっているということか・・・、俺がへそを曲げて死刑を免れたにもかかわらず、刑を執行しろなどと強がったのとは状況が異なるだろうな・・・。
「そ・・・・その、非道な行為を行ったマシンっていうのは・・・?」
俺は恐る恐る赤城の顔を見上げる。
「それが分ったのは随分と後になってからなんだが・・・、つい先日たまたま偶然、当時の東京基地周辺で撮影していたカメラマンが、自分の撮影した中にマシンが写り込んでいるのがあるって、自警団宛に送ってくれたんだ。
その写真には霧島博士の娘さんと思しき女性と、漢字と英数字の書かれたマシンが一緒に写っていた。
丁度、基地から出たところの写真であり、事件現場の物ではなかったんだがね。
そのマシンにかかれていた数字が2番だったという訳だ。
だが君から聞いた話だと、君は東京基地に来る前は上海地区を担当していたといっていた。
だから、あの非道な行為を行ったのは決して君ではないのだと、何度も説明しているのだが全く聞いてもらえないのだ。
まあ気持ちはわからないでもないから仕方がない、霧島博士の協力をあおぐのはあきらめよう。」
赤城は、とうとう霧島博士の助力はあきらめた様子だ。
「ちょっと待ってください、そんな非道なことを行なったやつがいるというのは、許せないことですね。
ちょっと謝っておきますよ。」
俺はそう言うと、霧島博士の前のテーブル席へと戻った。
「おっおい・・・新倉山君・・・、いいって。」
赤城が小声で俺を呼び寄せようとする。
(大丈夫ですよ・・・)俺は平然と手を振って返す。
「娘さんのことを聞きました・・・、お悔やみ申し上げます。」
俺はそう言って、テーブルに頭が付くくらい頭を下げる。
「いっ今更・・・なにを・・・、お前に謝られたところで敦子はー・・・」
霧島博士は椅子から立ち上がると、握りしめた右こぶしをわなわなとふるわせながら叫ぶ。
「本当に申し訳ありませんでした・・・ただ・・・、俺ではありません。
裁判の時にも言いましたが、俺が東京基地を担当するようになったのは4月第2週の東京基地攻略以降です。
しかも5月初からは、海外含めた他の地域の応援担当をしていました。
4月に入社してマシン操作を始め、まず上海地区での強奪行為のガードを担当していました。
上海基地が攻略されかかっていたので、基地奪還から始まったのです。
その間、東京基地は別の地域なのか国なのか分りませんが、別のチームが担当していました。
だから俺を責めないでほしいと言っているのではなく、これも裁判の時に言いましたが、俺達操作者は、あれをただのシミュレーションゲームと信じて操作していました。
恐らく娘さんに手を掛けた奴も、異次元世界の人を実際に傷つけているなどとは、全く考えてはいなかったでしょう。
まあゲームの世界の人間に対してならば、どんなことをしてもいいというつもりはありませんが、決して生身の人間を相手にしているとは、想定していなかったということだけは信じてください。
それよりも悪いのは、俺たちに何も説明せずに非道な悪事に加担させていた首謀者たちと俺は考えています。
そいつらを、罰したいとは思いませんか?」
そう言いながら、改めて頭を下げる。
「ふん・・、今更命乞いか?
私が看守を呼びつけるのが、そんなに恐ろしいか?」
霧島博士は、顔をあげた俺を尚も厳しい目つきで睨みつける。
「いえ、そうではありません。
じゃあ、わかりました、今でも娘さんに非道な行為をした奴を許せませんか?
だったら、その復讐をしてみたいとは思いませんか?」
俺は、霧島博士にあくまでも冷静に問いかける。
「あーん?犯人はお前だろう?
お前がコントロールしていたマシンの番号も、分っているのだぞ。」
霧島博士は、尚も俺に突っかかってくる。
「いえ、俺ではありません・・・ですが、どの地域のやつが怪しいのか、娘さんが襲われた日が分れば、調べることは可能ですよ。」
俺は一つの提案を持ち掛けようとしていた。