霧島博士
2.霧島博士
「あっ、榛名です・・・赤城先生いますか?
ジュンゾーがようやくやる気になったって、伝えていただけますか?」
朋美が嬉しそうに弾んだ声で、受話器に向かって話しかける。
「はい・・・・はい、では、明日8時に迎えに来ていただけるんですね?
伝えておきます、はい、よろしくお願いいたします。」
『ガチャッ』朋美が受話器を置く。
「明日の朝に阿蘇君が迎えに来るって・・・、どこか一緒に行きたいところがあるそうよ。
私は明日も日勤だから一緒には行けないけど、知らない間柄ではないから大丈夫よね。」
朋美が弾んだ声で伝えてくれる。
「ああ、大丈夫だ・・・。
行きたいところって・・・、どこか分るかい?」
「ううん・・・、何も言っていなかったから・・・。」
朋美が首を振る。
明日になってからのお楽しみということか。
「じゃあ、保育園に寄って遥人君たちを連れてゲーセンへ行ってくるよ。」
自分の食器をまとめると、流しへ持って行ってからジャンバーを取りに行く。
後始末をしないで大変申し訳ないのだが、保育園の夕食時間は早い時間だから、大雪君たちは待ちかねているだろう。
「うん、気を付けていってね・・・・、それからあまり遅くならないようにね。」
朋美が俺に2千円を渡してくれる。
いつも、こんなに使うことはないのだが、残った分はきちんと返金しているのでいいだろう。
あの金塊・・・と言うか純金の板は、こちらの世界でも百万程になったようで、物価から行くと相当な大金と思うのだが、朋美は俺の名義で貯金してくれたらしい。
通帳と印鑑を渡してくれて、必要な時に使うようにと言われたけど、俺は再度その通帳を朋美に預けたのだ。
『ガチャッ』「おはよう・・・、迎えに来たよ。」
朝飯を食べ終わったタイミングで、熊のような大男がアパートの部屋の玄関ドアから顔を出す。
阿蘇だ・・・、このところ赤城と一緒に行動しているようで、赤城からみの時はいつも彼が迎えに来てくれる。
「じゃあ、行ってきます。」
朋美に見送られてアパートを出ると、阿蘇の運転する車に乗り込む。
「今日は、ちょっと郊外へ行くよ。」
そう言って阿蘇は車を走らせ、やがて首都高へ・・・こちらの世界でも高速道路はある程度整備されている様子だ。
そうして、こちらの世界でも朝の首都高は混んでいて渋滞していた。
「道が整備されると車の運転が楽になって移動時間も軽減されるはずなんだけど、便利になって車が増えると道が混んできて渋滞ができるから、結局どれだけ道路整備をしても、あまり変わらなく時間がかかってしまうという持論を展開していた人に会いに行く。」
阿蘇は、なかなか動かない渋滞にいらいらしながらも、本日の行き先を説明してくれる。
ということは・・・・、学者か?
のろのろと動いては止まるを何度か繰り返し、ようやくスムーズに流れ始めたと思ったら、すぐに高速を降りる。
郊外の道を走った先は、どこか見覚えのある建物だった。
高い塀に囲まれた刑務所風の建物は・・・間違いなく刑務所であり、ここは俺の死刑執行を行なおうとした時の刑務所ではないのか?
以前来た時は、今日のような出勤ラッシュの時間の移動ではなかったから、渋滞には出会うことなく移動できたのだろう。
それにしても一度死刑執行を免れたものは、2度目の死刑執行はないと言っていたはず・・・というより、俺は既に無罪放免されていたはずなんだが?
「ああ・・・、ここは君にとってあまりいい思い出がある建物とは言えないんだったね?
でも、ここに今日会わせたい人物が収監されているから、仕方がないのさ。
勿論、君をもう一度ここの中に収監しようとするつもりではないから、安心してくれ。」
塀の外にある駐車場に阿蘇が駐車しても、不安げに塀の方をしげしげと眺める俺の気持ちを察したのか、阿蘇が説明してくれる。
会わせたい人物というのは、学者ではなく犯罪者なのか?
いや、学者でも罪を犯せば、刑務所に入れられるくらいの事はあるのだろうが・・・。
阿蘇と一緒に、大きな正門脇の受付のようなところへ歩いて行く。
守衛所のようなガラス窓のカウンターで、阿蘇が名前を記入している。
以前来た時は護送車だったこともあり、車のままで正門をくぐって中で降ろされた訳だが少々勝手が違う。
守衛さんの指示で正門わきの通用門を通って中へ入って行くと、あの時と変わらずに金網フェンスの向こう側のグラウンドでは、運動をしている受刑者たちがいた。
まっすぐ歩いてコンクリート製の灰色の建物の中に入って行き、入口脇の事務所の受付で先ほど正門わきの受付で渡された入門票を手渡す。
すると、制服姿のいかつい顔をした男の人が出て来た。
「受刑者への面会ですね。
既に赤城さんは来ていて、面会中です。
こちらへどうぞ。」
いかつい顔に似合わず物腰の柔らかいその人は、俺達の前に立って歩き始めた。
金網入りのガラス窓が上部に付けられた扉の錠を、腰ひもに付けられた鍵で開けて中へと導いてくれる。
鉄製の分厚い扉を何枚か通った先は、結構広い会議室のような場所だった。
部屋の中には10卓ほどのテーブルが並べられ、それぞれ4脚ずつの椅子が付いている。
面会室なのだろうか・・・テレビ映画などで見る、会話用の穴をあけた透明樹脂性の窓で仕切られた、面会所とは違うようだ。
「おう、着いたか・・・・、こちらが霧島博士だ。」
赤城は俺たちの姿を認めるとすぐに立ち上がり、俺達を呼び寄せて自分の前に座っている、初老の男性を紹介した。
「阿蘇はご存知でしたよね・・・、それからこちらが異次元からの協力者、新倉山 順三君です。」
そうして、俺達の事も紹介してくれる。
「新倉山です。」
そう言って頭を下げる。
「ほう・・・君が異次元から来た・・・、ふうん・・・見た目は我々と何ら変わりは無いようだね。
X線画像や、血液サンプルなどとれるかね?」
霧島博士は、突然とんでもない事を言い始める。
「いっいや・・・博士・・・、彼は異次元世界からの来訪者ではありますけど、実験サンプルという訳ではなく、今では我々の同胞として異次元からの侵略行為を防ぐために協力してくれている、いわば客人のような存在です。
ですので、何分穏便に願います・・・。」
赤城が、焦ったように霧島博士を制する。
阿蘇達からは先生と呼ばれる赤城だが、随分と恐縮している様子だ・・・かなり偉い先生なのだろうか?
「ふんそうか・・・、で?君は何ができるのかね?
目から光線を出したり、何トンもあるような車を持ち上げたり・・・、とかできるとでもいうのかね?」
またまた霧島博士は、とんでもない事を言い出す。
「いえ、俺はただの普通の人間です。
あなたたちこちらの世界の人たちと、何も変わらないと思っています。」
ううむ・・・俺という人間の事が、こちら側の世界ではどのように伝わっているのか、ちょっぴり不安になってきた。
「本当に我々と変わらない、普通の人間ですよ。
しかし、向こうの世界の事を良く知っていますから、侵略行為に対する対抗措置を検討するうえで協力してもらおうと考えています。
彼の意見から調査した結果、我々が知らないうちに地球の衛星周回軌道上に、何機もの攻撃衛星が配備されていたということが分った訳ですからね。
とは言っても余りにも数が多すぎて、絞込みもうまく出来ずに、未だに対処できてはいませんがね。」
赤城が、俺の答えに付け足してくれる。
「おおそうか・・・向こうの世界の状況がある程度分っているのであれば、どのような武器があるとか、その攻略法はどうすればいいのかなど、熟知しているという訳だ。
これは頼もしい限りだ。」
霧島博士は、そう言いながら俺の事を冷たい眼差しで見つめる。
「いや、俺は軍事評論家でも何でもないから、俺の居た世界の攻撃兵器の事情など知らないし、ましてやそれらに対抗する手段など知り得ない。
俺はただ単に、こちらの世界から食料物資を強奪していたマシンのガードをするためのマシンを操作していたに過ぎない。
それでも、俺の少ない知識でも何らかの役に立てるのではないかと考え、協力を申し出ただけだ。
何かができるから役に立つなどと言って、名乗り出たわけでは決してない。
俺にできることと言えば・・・コンピューターゲーム・・・、特にシューティングゲームだが、を人より少しだけうまくこなせるということくらいだ。」
異世界から来たことを鼻にかけ、こちらの世界の救済をしてやるなどと恩着せがましい態度でいる訳ではなく、あくまでも何か力になれないか、一緒に模索しましょうという態度であることを強調する。
「ふむ・・・とはいえ、君にできそうな役割を、私に考えろと言われても何も思いつかんね。
別に君の力を借りなくても、この世界の防衛は果たせると私は考えているし、その計画を進めて行くうえで、君の意見があった方がいいと助言されたとしても、私だったら君なんかの意見を採用することはない。
あくまでも、こちら側の世界の人間だけで事を成し遂げて見せるさ。
悪かったな、期待に沿えずに・・・。」
霧島博士は、またもや俺の事を睨みつけながら答える。
何かこの人の恨みを買うような行為を、俺がしたのだろうか・・・?
「そうはおっしゃいますが博士・・・、彼のおかげでこちら側の世界から反撃を掛けられたといっても、過言ではないのですよ。
正当な評価をされれば、彼はこちら側の世界の救世主とあがめられてもいいくらいの事をしてくれたのです。
彼がいなければ我々は未だに毎日毎日大量の物資を強奪されていたでしょうし、相手の事もほとんど知り得てはいなかったでしょう。
彼がたった一人だけで向こうの世界でクーデターを起こしてくれたおかげで、こちらの世界が助かったとも言える訳です。
これは彼一人だけの証言ではなく、この間向こうの世界の生き残りの人たちと通信ができた時の会話で、彼がしてくれたことの裏付けが取れたので、間違いありません。」
なぜか、赤城が俺の事を持ち上げてくれる。
俺は決してこの世界から反撃させるために、クーデターを起こしたわけではない。
どちらかというと、こちら側から何もできないだろうと踏んでいて、数週間食料の調達を邪魔して向こうの世界を困らせてやろうと考えていただけだ。
その上で異次元世界からの強奪行為が明るみに出ることにより、その様な非道な行いが中断されることを望んでいた訳ではあるが・・・、こちら側の世界を救うという気持ちに偽りはなかったのだが、随分と違った形になってしまったのだ。
「だからと言って、こいつを信用していいとは限らんぞ・・・、向こうの世界の生き残りとやらと示し合わせて、報復のタイミングを計っているのかもしれないのだからな。
まさか移送器の保管場所など、教えてはいないだろうな?
あれはこちら側の世界から、向こうの世界を繋ぐ唯一の手段なのだぞ、あれを破壊されてしまったら全ては終わりだ。」
霧島博士は、厳しい口調で赤城を責めたてる。
「滅相もない・・・移送器の事など、彼は一度たりとも質問したこともありません。
彼は純粋に、われわれの世界の事を考えて・・・。」
赤城は、何とか霧島博士に俺という存在を認めさせたいようだ。
一体どうして・・・?
「ふん・・・こいつが向こうの世界で何をしでかしたのか知らんが、所詮逃げ出してきたのだろう?
こちらの世界であれば、自分は悠々と生き延びられると考えていられても迷惑な話だ。
私は一緒に行動したいとは、露ほども考えないね。」
ところが霧島博士は、なぜか俺の事を全面否定する。
まあ俺だって赤城からの協力要請をずっと断わっていた訳だからな、俺が戦うためのマシンを破壊されてしまったということもあったが、何より向こうの生存者の中に知り合いがいたことが大きい。
彼らの生存を脅かすような行為は避けたい気持ちがあって、彼らの行為を半ば正当化するような考えをとって来た訳だ。
その間にも、こちら側の世界では世界規模で強奪行為が行われ多くの犠牲者が発生し、今更何を言っていると言われても仕方がない事ではある。
しかし今この場で霧島博士が言っていることは、単に俺自身が気に食わないというような、ただの個人的な好き嫌いで、協力しないなどと主張しているのではないのか?
俺はこちら側の世界に知り合いはいないはずだったのだが、恨みをかったような行為をどこかでしていたのか?
あるいはこちら側の世界のジュンゾーとの間に何かがあったとでもいうのか?