決意
1 決意
<異次元からの侵略情報・・・本日、関東エリアでは、東京、千葉、埼玉、神奈川など、南関東地域中心にマシンによる襲撃がありました。
前回の襲撃から1ヶ月ぶりの、スーパーマーケットでの強奪行為です。
我が世界からの反撃以降、強奪行為の頻度は減少傾向にありますが、残虐さは増しているようです。
今回は、東京と千葉のスーパーマーケットの店員全員、及び一般客までもが射殺死体で見つかっております。
敵マシンを見かけたら、すぐに避難してください。
危険ですので敵マシンの様子を観察などせずに、全ての荷物はその場に置いて、すぐに避難してください。
敵マシンへの対処は自警団及び日本国軍が行ないます、抵抗などせずに、すぐに身一つだけでも逃げてください。
最近の頻度から推察致しますと、あす以降、中部地方及び関西地方での強奪行為が予想されます。
該当地域の方は不要不急の用事がない限り、外出は控えるよう政府から警報が出ています。
繰り返します・・・・>
テレビの夕方のニュースが、マシンによる強奪行為の状況を告げている。
宣戦布告と共に開始されたマシンによる食料品の強奪は、以前のように毎日行われることは無くなっていた。
それはそうだろう全世界規模の核攻撃を食らい世界人口の大半を失い、どの程度の人間が生き延びたのかは分らないが、地下深いシェルターでの限られた空間では、多くの人々が生き残っているとは考えにくい。
もっと頻度が少なくなってもいいくらいだと考えるが、野菜などの生鮮品もあるので、この程度の間隔は最低限でも必要という事だろうか。
所長は教えてはくれなかったが、日本中の大都市圏すべてで定期的に食料品の強奪が復活したことを考えると、生き残りがいそうなのは東京だけではなく、それぞれの都市に巨大な核シェルターが準備されていたのだと考えざるを得ない。
異次元世界への進行に際して、いずれは反撃を受けることは想定済みで、充分な対処を準備していたということになる。
しかしそれは、あくまでも関係者というか、政府要人とか強奪に関与していた一部の人間に対しての事であり、多くの何も知らない人々は、日々の糧がどのように調達され不足なく行きわたっていたのかも知らないまま、核攻撃にさらされて散ってしまったのだ。
なにせ、こちら側の世界をモニターでずっと見ていた俺ですら、異次元からの強奪が無くなったことを喜ぶ祭りが華やかに行われていると思っていただけなのに、そのパレードを模して核爆弾の移送が行なわれた訳だ。
そんな事、よほど細部にわたって観察でもしていなければ、分ろうはずもない。
当たり前の話だが、核攻撃されてから避難しても遅い訳で、核の爆風にさらされる前に地下深くへ逃げ込むには、避難規模にもよるが、下手すれば数日程度は前に予想していたのであろう。
そんな事、俺の居た世界のニュースも監視していたにもかかわらず、全くそのような気配すら感じられなかった。
そう言えば俺がクーデターを起こす前までは国会の審議が難航し、会期延長見込みであったにもかかわらず、なぜか突然大同団結して全ての法案が通って国会は予定通り終了していた。
主な政治家など地元へ戻った振りをして、それぞれの地域の核シェルターへ逃げ込んだということか。
勿論、核攻撃の危険性を察して、一般市民への避難勧告など出さずに、自分たちだけ避難したということになる。
まあ、異次元世界へ強奪行為を仕掛けていて、その報復として核攻撃を受けそうだなどと到底言えるはずもないのだが、それにしても自分たちだけ助かればいいという考えだったと言わざるを得ない。
パニックを恐れたのだろうが、それにしても離島へ避難するなりして助かる人も少しは増えたはずだ。(離島は、追い打ちをかけるように核攻撃にさらされてしまったから、以降の生存は厳しいかもしれないが。)
下手に情報を漏らすと都市部の核シェルターの存在が暴露されてしまい、自分たちがあぶれてしまうと懸念したのだろうな。
強奪行為など知る由もない一般人を巻き込む規模の核攻撃を行なった、こちら側の世界の人々の考え方も理解しがたいものがあったが、核攻撃にさらされることを承知の上で、それを公にせず自分たちだけ助かろうとした、向こう側の世界の奴らには呆れるばかりだ。
そもそも次元移送装置は向こう側の世界の物なのだから、仮に敵の手に渡ってしまったとしても、移送装置を無効にするとか、妨害電波を出して移送できなくするとか、その様な方法はなかったのであろうか?
移送装置を奪われてしまった場合も想定して、何らかの対策はされていたはずではないかと考えているわけだ。
それなのに、こちらからの攻撃をあえて受ける形を選択したということが、俺には全く理解できないことの一つだ。
そんなにも早く次元移送装置の使い方を解析して、反撃することなど予想もしていなかったとも取れなくもないのだが、そうであれば核シェルターに避難する筈もなく、やはり攻撃を受けることを把握していたということになってしまう。
こちら側の世界の技術力はずいぶんと劣るので、攻撃を受けても被害はさほど大きくもなく、それでも自分たちが直接の犠牲者にはなりたくはないから、念のために核シェルターに逃げ込んだということくらいだろうが、それでも、企業のトップや政治家などが1時的にしろ行方不明になる訳だから、何事も起こらずに出てきた時の言い訳には苦慮することが想定される。
ましてや、それなりの反撃を受けたとしたならば、自分たちだけ助かろうとしたことが公になってしまうので、そうなった場合の反発があまりにも大きく、政治家生命はそこで絶たれると予想しただろう。
よほど強い反撃を、更に確実に行われるという情報を掴んでいなければ避難することは難しく、被害規模も時期もある程度予測できていたと考えざるを得ない。
そうなると・・・一般人も巻き込んで百億からの人々の命を一瞬で奪い去った、こちら側の世界の非道ぶりも相当なものだが、それでもこちら側の事情・・・敗戦国は全員処刑される・・・という決め事というか、習慣を考慮すれば、何となく納得できないこともない。
それよりも本当に百億からの犠牲者が出かねないことを知りながら何の手だても講じずに、自分たちだけは助かろうと核シェルターに避難して地上の状況を観察していた奴らは、どうしても許せなくなってくる。
俺は両方の世界を知っているだけに、どちらの世界が正しいとも言えず、かといって一方的に侵略を受けていたこちら側の世界の人々を助けたいという気持ちはあったのだが、世界規模の核攻撃にさらされて、それでもなお生き残った人々の救済もした方がいいのではないかと考え、向こうの世界からの強奪行為に対抗する活動からは、少し遠ざかっていた。
特にラッキョウや所長という、短い期間ではあるが、仕事仲間とも言える奴らが生存していたことが分り、彼らが生きるために行う活動そのものを妨害する気には到底ならず、赤城には悪いが協力要請をことごとく断ってきたのだ。
断る一因として、唯一無傷だった東京基地が破壊されて俺の手持ちのマシンが無くなってしまい、俺にできることはもうなくなってしまったという事実もあるにはあるのだが、その他向こうのメンバーに対する情報とか、一切明かさずに・・・・というか、俺は人づきあいが悪いので、所長やラッキョウたちとも職場での顔見知りなだけで、それ以外での付き合いは全くなかったので、実をいうと本名さえ知らないわけだが・・・。
彼らだって多くの人たちを犠牲にしてまで生き残った側の人間ではあるのだが・・・、かといって俺が同じ立場であったとしたらどうだっただろうか?
その地域にいる一般人全員を収容できるはずもない、人数限定の核シェルターに自分たちだけが入るということを拒み、避難せずに核の直撃を食らっただろうか?
いや、そんな卑怯な事をしてはいけないと、核シェルターを解放するように説得し、駄目ならインターネットにでも情報を流して、一般民衆の力で押し入ろうとしただろうか?
そうして、どの核シェルターも定員オーバーで、押し寄せる人波で扉を閉めることも出来ずに、全員滅亡したであろうか?
俺はクーデターのような事を起こしたが、わが身は犠牲になってもという考えはあったにしても、自分の命をかけてまでという考えはさらさらなかった。
犯罪として罰せられる恐れは覚悟してはいたが、自分の信じる道だという自負と、いずれは俺のしたことを正当に評価してくれるだろうという目論見があっての行動だ。
だから核攻撃の信憑性を説かれて、避難を勧められたとしたら、やっぱり一緒に避難したかも知れない。
俺だって命は惜しい・・・、だからラッキョウたちを責めるつもりはさらさらない。
その後、食料物資の強奪を再開しようとして、ラッキョウたちは今度はゲームではなく現実であることを承知の上で攻撃してきている訳ではあるが、それだって俺が一緒にいたとしたならば、そのまま手持ちの保存食が尽きたら自決しましょうなんて主張したところで認められなかっただろうし、ましてや自分一人だけハンストを行ったところで何の説得力もないし何も解決しない。
生きるための正当な行為だと自分に信じ込ませてでも、異次元世界からの強奪行為に加担したのかもしれない。
まあ俺が担当であれば、敵方の兵士はなるべく傷つけないようにしたはずではあるが・・・、それでも自分たちの世界のほとんどの人たちを犠牲にした事を考えれば、報復も有りか・・・。
毎日毎日、同じ考えがぐるぐるぐるぐると、堂々めぐりして考えがまとまらない。
こんなことを、はや2ヶ月近くも続けているのだ。
だがまあ・・・人的被害も拡大してきているし、何か俺にできそうなことがないかどうか、もう一度赤城たちとも相談してみようかという気になりかけて来ていた。
「ただいまー・・・、今日も赤城先生とは連絡を取らなかったの?
無理にとは言わないけど、この世界の為に協力してくれると、ありがたいんだけどなあー・・・。
まあ、おいおい考えてね・・・、すぐに晩御飯にするわね。」
病院から帰って来た朋美が、ソファに座ってただテレビ画面を見つめるだけの俺に、それとなく催促をしてくる。
朋美はコートを脱いだだけで、そのままエプロンをつけると、台所で晩飯の支度を始めた。
季節が春めいてくるのと同時に、朋美の体も少しずつ変化がみられるようになってきた。
まだはっきりと大きいというほどではないのだが、余分なぜい肉もほとんどなく、それでいて豊満な胸とくびれたウエストという抜群のプロポーションであった朋美の腹回りが、ポッコリと膨らみ始めてきている。
それは勿論、俺と朋美の間の子であることに間違いはないのだが、朋美にとっては、こちらの世界のジュンゾーとの子供のつもりでいる事が、少し悔しい。
とはいえ、この子のためにも、こちら側の世界を守るのだと、素直に考えてしまえばいいのではあるが、やはり現実に向こうで生きながらえた、ラッキョウたちの声を聞いてしまうと、彼らの命の糧を絶ってもいいものかどうか、心が揺れ始めてしまったのだ。
「あと・・・今日も食事が終わったら、ピンボールゲームの手ほどきを受けたいって、遥人達が言っていたわ。
そろそろ日も少しずつ長くなっては来たけど、余り遅くまでは駄目よ。
もうすぐ春休みだから、休みになってから本格的に練習するようにって、遥人には言ってあるから。」
孤児院の子供たちには、たまにゲームセンターに出かけてピンボールマシンの手ほどきをしてやるようになっていた。
本格的にゲームのプロを目指している大雪君はもとより、大ちゃんや健ちゃん達の仲良し3人組だって、楽しむというより真剣に俺の話を聞いてくれるし、俺がゲームをしている最中は、その様子を真剣なまなざしで見ているし、ゲーセンの親父は働きもせずにぶらぶらしているだけだったら、給金は弾むから週に何回かゲーム教室を開いてくれないかと、誘ってきた位だ。
つまり孤児院の子供たち以外でも、ゲーム攻略の手ほどきを受けたいという希望者が、それだけ多くいるということなのだろう。
本当にこちらの世界では、ゲーマーとして飯を食っていけるのだということを、改めて実感している。
ついでに、どうせなら大会に出て優勝でもしてくれれば、チャンピオンが行きつけのゲームセンターということで集客力が上がるからと言って、ピンボールゲームの全国大会なる案内を持ってきた。
大雪君も高校生ではあるが参加するというので、俺もついでにエントリーはしておいたが、4月中旬からの予選会に向けて、大雪君は猛特訓を開始したいのだろう。
「了解・・・今日はあまり遅くならない様、気を付けるよ。」
俺はそう答えながら食卓につく。
「今日は、ジュンゾーの大好物のハンバーグよ。」
食卓には、ジュージューとおいしそうに焼けたハンバーグと茶碗大盛りの御飯が並べられた。
作り置きでもないだろうに、それほど時間も掛けずに手作りハンバーグを出す、朋美の手際の良さには感心させられる。
「うん、うまい・・・。」
やっぱり朋美が作るハンバーグは最高だ。
箸でつつくと、すぐさま溢れんばかりの肉汁が出てくる。
これをグリルレンジとか使わずに、フライパンだけで焼き上げるのだから大したものだ。
「そうだ・・・結局何もできないかも知れないけど、もう一度赤城さんたちと協力して、向こうの世界からの強奪行為に対して、何かできないか検討してみることにするよ。
明日にでも電話してみることにする。」
ついでに、先ほど決心したことを告げておく。
「本当?赤城先生も喜ぶわ。
なにせ、毎日毎日病院に電話がかかってきて、ジュンゾーはどうだ?って確認してくるのよ。
この世界を救える、たった一つの希望だからって・・・。」
朋美が本当にうれしそうに、満面の笑顔を見せる。
うーん・・・そこまで持ち上げられると、かえって電話がしづらくなってしまう。
それにしても、毎日病院に電話がかかるのでは、朋美にとっても余りありがたい事ではなかっただろう、それでも昔とはいえこちらの世界のジュンゾーの恩師であり、邪険に扱う事も出来ずにいたのではないだろうか。
「すぐに電話してみるわね、ジュンゾーがその気になったら、何時でもいいからすぐに連絡してくれって言われているのよ。」
朋美は食べかけのナイフとフォークを置くと、そそくさと立ち上がって玄関の方へ向かい、黒いアレイ状の電話の受話器を持ち上げると、ダイヤルをまわしはじめた。
朋美から、こちらの世界の電話器というものと、その扱い方のレクチャーを受けて、俺にも操作方法は分って来た。
電話番号の登録機能どころか、短縮ダイヤルやナンバーディスプレイ機能すらない、しかもプッシュボタンではなく、穴の開いた丸い円盤状の回転体が表面についただけの黒い置物でしかないもので、有線のケーブルが付いていて、そこを音声電波が流れる仕組みということらしい。
それにしても、おいおい・・・、せめて食事が終わってからでいいんじゃないのか?