遠い記憶
第4話 遠い記憶
最終的には映画にでもするつもりだろうか・・・。
基地に運び込んだ食料の運搬に、夜になるとトラックでも来るという設定なのであろうか。
しかも、ここからトラックで陸路を運び、港から船と言う設定か。
如何に隣の国とはいえ、野菜などの生鮮品は船積みなどしていたら時間的に間に合わないのではないか。
シミュレートしている意味が疑われる。
そう思いながら、内部シャッターの向こう側に整然と並べられた食料の箱を眺めていた時、ふと周りに不自然に置かれたモニュメントに目が行った。
高さ1m位の円錐の頂点に、これまた直径1m位の真珠色に輝く大きな球が乗っている。
それが箱を取り囲む4角形の角部分に配置されているのだ。
そうして、電源ケーブルと思わしき黒く細長い線がモニュメントの下部から伸びていて、その先は1ヶ所に集められ、まさしくコンセントに刺さっているのである。
暗くなると照明として使っているのであろうか。
俺には、このモニュメントに見覚えがあった。
かつてバイトをしていた、倉庫にあった物だ。
勿論中国でのバイトではない、日本の東京の港に近い倉庫でのバイトだ。
いくつかバイトを転々としていた時の短期バイトだったので忘れていたが、そういえば、今の職場にほど近い倉庫だったような気がする。
だだっ広い倉庫の一番奥から、表のトラックへ段ボール箱を運び入れる作業で、そういえばあの時も中身は食料品だったように記憶している。
1週間ほど毎日バイトしたのだが、毎回倉庫の一番奥に荷物が保管されていて、広い倉庫とはいえほとんど使っていないんだから、荷物を下ろす時に一番手前に降ろせばいいのにと、随分と残念に感じていたものだ。
その時の、倉庫の入り口付近に同じようなモニュメントが4角く配置されていたのを覚えている。
それがあるから荷物を手前に置けないのではないかと考えて、そのモニュメントは何なのかを監督者に聞いて見たのだが、明確に答えてはくれなかった。
いや、監督者もなんであるか知らない様子であった。
それでも高価なものなので、絶対に傷をつけないようにと命じられていたようであった。
それを聞いた俺は、一流の芸術家が手がけた作品なのかもと想像していたのだが、何のためにこんなところに同じようなものがあるのか。
有名作家の絵画をゲーム場面に映し出すように、意味のあるモニュメントなのだろうか。
俺は、ラッキョウを呼んでモニュメントを見てもらったが、そんな芸術作品は知らないそうだ。
他の3人にも当たって見たが、やはり知らないようで、上司の返事も同様であった。
それどころか、どうしてそんなことを気にするのか不思議と言われた。
毎日与えられた設定をクリアーして行く事が仕事なのだから、細かい事に気を取られる必要はないというのである。
細かなあらを指摘しても、仕方がないだろうというのだ。
そうは言っても気にはなる。
そもそも、繰り返しの場面設定が多いとはいえ、敵方の登場人物は全て違う相手が出てきているのだ。
外国人の顔の区別がつきにくいとはいえ、顔が似通った東洋系であるし、全く分からないことはない。
服装や年恰好など、実に様々な人物が襲撃者として次々に襲い掛かってくる。
それも、毎日毎日何十人何百人とだ。
エキストラに通りを歩いてもらい、それを様々な角度から撮影する。
そうしてから、銃撃を受けて殺される場面を別撮りして、こっちで引き金を引いた場面背景に重ね合わせる。
あるいは一人一人、背景のないクロマキーで撮影して、背景画像と重ね合わせる。
そうすれば、人の組みあわせで、バリエーションを増やすことは出来るだろう。
それにしても、ターゲットとなる敵の襲撃者の種類の多さだ。
俺の得点は既に4000を超えている。
つまり、400人以上の標的を打ち砕いているので、1日当たり60人以上の計算だ。
目を閉じるたびに聞こえるはずもない断末魔の叫び声と共に、その姿が浮かんでくるように感じる位だが、それにしてもさまざまな服装や髪形で、年も異なるターゲットばかりの印象だ。
ちょっと高級なゲームであれば、エキストラをふんだんに使い、様々な標的を準備していることは考えられるが、それにしても同じ設定場面では同じ標的が出てくるものだ。
ところが、このゲームの場合は違う。
軍隊風の襲撃者にしても、日によって軍服の色や装備が全く異なっていたり、あるいは色違いの軍服の混成チームであったりと、バリエーションが豊富なのだ。
いや、豊富すぎる。
こんなとんでもないシミュレーションの為に、お隣の国は親身になって撮影協力してくれたのだろうか。
いかに穀物メジャーがらみで中国にも関連会社があって、なるべく現実に即したシミュレーションを行いたいとしても、ここまで細かく区分けしなくてもいいだろう。
仮にシミュレーションが目的とした場合、得られる判断材料に対して、使う金額の方がはるかに大きく赤字のはずだ。
勿論、ゲームとして販売しようという考えは否定される。
こんな血しぶきや肉片が飛び散るようなリアルなゲームでは、とても世界的ヒットは望めないだろう。
そりゃ、一部のマニアと言う人が居るのかも知れないが・・・。
なにより、普通の街中で市場から食料を強奪するのをガードするなんて、設定の意味合いが判らないし地味だ。
一般受けするとは到底考えられない。
俺は一つの恐ろしい仮説に辿りついた。
翌日も、作業の内容は同じようなものであった。
いつものように、襲撃者たちに盛り返されている基地施設周辺の敵を殲滅して、安全を確保。
すぐに女性たちのマシンをガードして、市場へと飛び立つ。
今日は市場へ入る前に軍隊が待ち構えていたが、マシンガンとレーザー光線銃を駆使した、ラッキョウとの連係プレーで、守備部隊を殲滅した。
市場内の安全を確認したのち、女性陣が食料を奪取してくるのを待つ間、俺は市場の外であることを実行していた。
レーザー光線銃で、歩道に文字を刻みこむのだ。
中国語は全く分からないが、さすがに日本語では無理だろう。
不慣れな英語で、『私はJ.N.です。ここはどこですか?住所を教えてください。』と記した。
俺ぐらいにコントローラーを自在に操れるようになると、ゲーム画面上に文字を書くくらいは、お茶の子さいさいといったところだ。
マシンのアームにペンを握らせれば、ノートを取ることも出来ると思っている。
別に返事が欲しいのではない。
しょせん歩道に刻んだ文字である。
ちょっと見には判らないかも知れないし、目についたとしても言葉が通じないかも知れない。
また、似たような風景ではあるのだが、少しずつ異なる市場の形状などから、恐らく毎回同じ市場を襲撃している訳ではなさそうだ。
昨日と移動時間に大差はなかったので、恐らく基地の周辺の円周状に存在する市場を襲撃と言った設定なのだろうが、襲撃場所が変わっているのは確かなようだ。
それでも、常に襲撃先が変わるなどと言った設定は考えにくく、いつかは今日と同じ場所を襲撃先として選択する日もあるだろうと考えての事だ。
それよりも何よりも、ここはゲーム空間なのだ。
さすがのフレキシビリティなゲームプログラムでも、返事はかえってこないだろう。
それでいいのだ。
ちょっと嫌なことを思いついてしまったので、念のための確認事項だ。
その日、荷物を運び入れる時に確認したのだが、すでに昨日の荷物は跡形もなく消えていた。
夜のうちに運び出したという設定だろうか。
今日の分の食物の箱をきれいに並び終えた後、女性陣はまたもや足早に帰って行った。
ところが、俺の席の左側3人組がニヤニヤしながら、『満足満足』と呟いている。
どうしたのかと俺が問いただすと、3人組はおずおずと話し出した。
シューティング班5人の中で、ラッキョウがトップの成績ではあるが、奴は年功序列主義の様で俺には敬語を使ってくれている。
3人組の年はばらばらで、中には俺と同年代か若しくは年上の人もいるようだが、成績を踏まえて少しへりくだった態度をとってくる。
つまり、俺が望んだわけではないが、5人の中では俺が一番上と見られているようなのだ。
そんな関係なので、3人組は隠し立てすることもなく、正直に話し出したのだ。
その内容は、俺的にはちょっと我慢できないものであった。
彼らも最初のうちは、一般人は避けて銃撃していたが、それでも担当が外である為一般人にもたまには当たってしまうことがある。
その際に、特に女性の場合など、転んでスカートの中が丸見えになるどころか、ワンピースの肩部分が弾けて、胸があらわになるようなことがあったらしい。
そこで調子に乗って、俺たちが市場の襲撃に向かっている最中は、皆もそちらの画像にくぎ付けになるので、その隙を狙って、一般人の若い女性をターゲットにして、いかに体を傷つけないで衣装をはぎ取れるかに挑戦していたらしい。
誤って、肩口から吹き飛ばしてしまっただの、太ももをえぐってしまっただのと、とんでもない会話が飛び出したが、そのうちの一人が自慢げに続けた。
彼は、一人の女性に銃口を向けながら路地へと追い込み、足元に数発撃ちこんだらしい。
すると、うら若き女性は観念したのか、目的を察したように服を脱ぎだし、素肌を曝したらしい。
いやあ、無修正でしたよと言う奴に対して、他の2人は明日も来たら是非ともその女を教えてくれと拝みだした。
それを聞いた俺は、そいつの胸ぐらにつかみかかろうとしたが、すぐに隣で聞いていたラッキョウにたしなめられた。
「まあまあ、それだけリアルなプログラムという事ですから。
大体、こんなことを始め出すのも、ここまで事細かにプログラミングした方にも、責任があるのではないのですかね。
まあ、仮想空間の事ですから穏便に。
それでも、このモニターに映し出されることは、記録されて個々人の評価につながるようですから、余りはしたない行動はしない方が良いと思いますよ。
そうですよね、所長さん。」
所長と呼ばれた、いつもの上司はその言葉に大きく頷いた。
うーん、ラッキョウはさすがだ。
大人の対応だ。
「そういえば新倉さんも、ゲーム内に落書きなんかしていたじゃないですか。
人のことは言えませんよ。
あれは、何か意味があるのですか?」
ラッキョウの言葉に一瞬俺は凍りついた。
俺が市場の外の歩道に文字を書いて居た時、ラッキョウには市場内で女性陣のマシンのガードをさせていたはずだ。
広い市場内のどこから襲撃が来るかはわからないので、四方に注意を行き渡らせていなければならない。
モニターを監視している上司もそうだろう。
俺も3人組同様、監視の目が集中する隙をついたつもりでいた。
しかし、その忙しい場面でもラッキョウは俺の行動を監視していたのだ。
もしかすると、3人組のやっていたことも、上もモニターを通じて見ていたのかも知れない。
だからこそ、その場で聞いた俺と違って、かっとならずに冷静に対応できたということなのか・・・。
「いや、あれは俺の癖さ。
ゲーム内に俺の名を刻む。
一緒に書く言葉は何でもいいんだが、弾痕が壁や地面に残るタイプのゲーム内では、それを使って自分のイニシャルを残すなんてことは、しょっちゅうやっていることさ。
まあ、大抵のゲームでは、その場には書いた物が残っているけど、次に訪れる時には背景がクリアーされているから、何も残ってはいないがね。
今回のゲームはどうかなあと、確認の為にやってみただけさ。」
俺は、なるべくさりげなく答えてみる。
俺の意図を察しているのであれば、無駄な抵抗ではあるのだが・・・。
「えっ?なになに?
名前を残す?ちょっと面白そうな事やっているじゃん。」
ラッキョウに苦言を言われて、落ち込んでいた3人組の中の一番若い奴は、立ち直りも早いのか俺たちの会話に割り込んできた。
確か、ハタチそこそこの大学生と言う身分だが、学校へも行かずにフリーターで通していたというやつだ。
「このゲームはかなりなリアル思考を貫いているから、銃撃の弾痕が壁や床、地面に残るだろ。
その性質を利用して、壁や地面に弾痕でイニシャルを刻むのさ。
今回俺はレーザー光線銃を使用したが、結構細かくきちんとした文字が描けたよ。」
俺は、別に悪い事をしたわけじゃないとばかりに、軽く答えておくことにした。