孤児院Ⅱ
10 孤児院Ⅱ
「ただいまー・・・。」
孤児院の庭に元気な声が響き渡る。
声のする方向に振り返ると、学生服やセーラー服を着た子供たちが中に入ってきているようだ。
学校から、帰って来たのだろう。
「頑張れー・・・、こっちを狙ったほうがいいんじゃない?」
「いや、こっちだよ・・・。」
彼らの事など全く気にする様子もなく、健ちゃん達は必死に次のくぎの狙いを考えているようだ。
「こんにちはー・・・、健たち・・・遊んでもらっていたのかい?」
高校生くらいだろう、がっしりした学生服の男の子が声をかけてきた。
「ええー・・・、うーん・・・。」
旗色の悪い子供たちは、随分と歯切れが悪い。
一時期は完全に囲まれてしまった俺だったが、その狭い隙間を何とか乗り切り脱出に成功すると、今度は健ちゃんの軌跡を取り囲むことに成功したのだ。
俺の狙い澄ました一撃は、またもや健ちゃんの軌跡とほんの数ミリの所に刺さっている。
彼が取る道は、その狭い隙間を通るラインにくぎを刺すか、もしくは戻って自陣の陣営内を進んで行くしかない。
こちらの方は十数センチの中を進めばいいだけなので楽そうだが終点があるので、そこからまた戻ってこなければならない袋小路なのだ。
まあ、俺の方も最早駐車場ギリギリのところまで来ているので、これ以上外周進出は出来そうもないが、それでも今ある隙間を進むだけでも何とか園内の庭の一周は可能と考えている状況だ。
「どうやら旗色がよろしくないようだね・・・、まあ勝負は時の運ともいうから、今日は調子が悪かったと思ってあきらめよう。
もうすぐ晩御飯だから、中に入って手を洗っておいで。」
『うんっ』3人の男の子は、そう言われると元気に返事をして建物の中へと入って行った。
ふと見ると、確かにあたりはもう薄暗くなっているようだ・・・、釘さしとやらに夢中になっていて時間を忘れていたようだ。
「いい大人が・・・相手は小さな子供なんですから・・、少しは手加減してあげたらどうなんですかねえ・・。」
子供たちの後姿を見送っている高校生に、あきれ顔で駄目だしされてしまった・・・。
うーん・・・そうは言っても俺はこの遊びを全くしたことがなかったし、大人だからと言ったって・・・とも思うが、確かに大人げなかったか?
それでもその男子高校生は、庭の隅に置いてある道具箱から竹ぼうきを取り出して1本を俺に手渡すと、熱戦の記録である釘の軌跡を箒で掃き消し始めた。
遊んだあとは綺麗に片づけると言うのが、園の決まりなのだろう。
「悪いね・・・。」
そう言いながら俺も一緒に庭を掃き始めると、学校から帰って来た他の子たちも一緒に手伝ってくれた。
「おかえりー・・・、晩御飯できているから、手を洗って来てねー・・・。」
高校生たちと一緒に食堂を覗くと、朋美が笑顔で迎えてくれる。
すぐに食堂脇の手洗い場で、石鹸を使って念入りに手を洗う。
なにせ土やら釘やらを触りまくったおかげで、両手ともに真っ黒だ。
子供たちに習って軽く水でうがいをした後、ようやく食堂へ入ることを許される。
朋美に指示されるがままに食堂の前列の席に着くと、女の子たちがご飯やおかずを給仕してくれる。
今日の主菜は、ロールキャベツのようだ。
「はーい・・・、今日は私の彼氏のジュンゾーが一緒に来てくれました。
朝から掃除や洗濯を手伝ってくれて、居残った子供たちとも一緒に遊んでくれましたよー。
みんな、ジュンゾーの事覚えてるかなー?
前にも来たよね・・・?このジュンゾーは前に来たジュンゾーと少し違うけど、いい人だから仲良くしてね。」
朋美が笑顔で俺を紹介してくれるので、俺は立ち上がって頭を下げる。
前に来た俺と比較されるのは少々困るが、まあ、朋美が彼氏と紹介してくれただけでも大変に光栄だ。
恐らく一緒に住んでいるということと、園長先生たちの手前、正式に交際しているのだということを印象付けたいだけなんだろうが・・・。
『ジュンゾー』『ジュンゾー』『ジュンゾー』子供たちから俺の名を呼ぶ声が上がる・・・やはり、ここでも呼び捨てだ。
「どうも、始めまして・・・でよろしいですかな?この学園、榛名園の園長の高尾 守と申します。
隣は、妻で副園長の聡美です。」
俺の目の前の席に腰かけていた初老の男性が、少し腰を浮かせて挨拶してくれた。
「お初にお目にかかります、朋美さんとは・・・その・・・、大変お世話になっております。
新倉山 順三と申します。」
至極恐縮しながら頭を下げる・・・、恐らく耳たぶまで真っ赤になっていることだろう。
「朋美ちゃんには卒園後も色々と手伝いに来てくれて、大変お世話になっているんですのよ。」
園長先生の隣に腰かけている、品の良い白髪交じりの女性が笑顔で話しかけてくれる。
副園長先生だ。
「じゃあ、ご一緒に、いただきましょうか・・・、今日の当番は誰だい?」
「はーい僕です・・・、では本日も天からの恵みに感謝して・・・、いただきまーす!」
俺が席に着くと、園長先生に促されて一人の男の子が立ち上がり、号令をかける。
『いただきまーす』すぐにみんなが大きな声で、それに続く。
『うまーい・・・』『最高ー・・・』どの子供たちも、おいしそうに笑顔で料理を口に運んでいく。
うん、うまい・・・、朋美の味付けだろう・・・それとも、この園直伝の味付けという事だろうか。
『御馳走様でした!』早食いの子も、ゆっくりと味わって食べる子もいるようだが、皆が食べ終わるまで、どの子も席を立たずに待っていて、全員のご馳走様で食事を終える。
「はーい・・・、じゃあ後片付けの後は予習復習の時間だけど、今日はジュンゾーが来ているから特別にゲームセンターに行ってもいいって、園長先生の許可が出ました。
ジュンゾーはゲームの腕前がすごくて、この前もそこのゲームセンターのピンボールマシンの記録を塗り替えたばかりです。
どうやっていたのか皆見たいでしょう?一緒に行きたい人ー?」
朋美がおもむろに立ち上がって、大声で叫ぶ。
おいおい・・・、いいのか?子供たちをゲーセンなんかに連れて行っても・・・?
『はーい』すぐに元気に男の子たちが手を挙げる。
先ほど一緒に釘さしをした健ちゃんや大ちゃんの外に、後片付けを手伝ってくれた高校生らしき男の子も手を挙げているようだ。
「えーと・・・・、男の子たちは全員ね。
じゃあ、男の子たちはジュンゾーといっしょにいってらっしゃい。
外は冷えるから、暖かい格好をして行ってね。
残った女の子たちには、私がいつものように編み物を教えてあげるから、毛糸と編み棒を持って食堂に集合、いい?」
『はーいっ』
みんな元気に返事をして、食器を片づけながら食堂を出て行った。
「じゃあ女子部は食器洗いの後は編み物を教えるから、男子の相手はジュンゾーお願いね。
ゲームセンターの場所は、分っているわよね?」
そう言いながら朋美が2枚の紙を手渡してくれる。
見慣れない紙だが1000円と書いている所を見ると、この世界での紙幣なのだろう。
でも肖像画が・・・、うーん誰だろう・・?
「うん?どうかした?」
俺があまりにもその紙幣をまじまじと眺めているのをみてとったのか、朋美が心配そうに尋ねてくる。
「いや、この人、誰?」
「いやねえ・・・ヒゲの殿下 秋篠宮様よ・・・、こちらの世界では天皇ご一家の肖像画がお札に印刷されるのだけれど、ジュンゾーの世界では違ったの?」
朋美が不思議そうな顔をして、俺の顔を眺める。
「ああそうなのか、俺の居た世界ではお札の肖像画には歴史的人物を使う場合が多いね。
著名な作家とか偉人とか、政治家なんかも多いみたいだけれど・・・。」
どうりで、俺の持っていた紙幣は子供銀行券と言われた訳だ。
国政を議会に譲ったとはいえ、この世界での天皇の人気は絶大なのだろう。
まあ歩んできた歴史が異なるから、それぞれの世界の顔ともいうべき人物像が異なってくるのは、仕方がない事なのだろう。
硬貨だけでも同じであったことが、不思議なくらいだ。
「じゃあ、行こうか。」
上着を着込んで食堂に戻ってきた男の子たちを引き連れて、ゲームセンターへ出発だ。
でも、本当にゲームセンターに子供たちを連れて行ってもいいのだろうか?
「朋美はああ言っていたけど、ゲームセンターに夜遅くに行っても大丈夫なのかい?
学校の先生たちが巡回に回ってきたりはしないのかい?」
先ほど釘さしの後始末を手伝ってくれた高校生が俺の横に来たので、ゲームセンターへの道すがら歩きながら聞いてみる。
「はい・・・、小学校低学年の子供たちなど夜遅くまで遊び歩くことは禁止されていますけど、大人が付いていれば問題ありません。
ゲーマーも最近は多くのプロが輩出されていまして、テレビ放送などでもピンボールゲームの腕前を披露したりしていますよ。
ジュンゾーさんはこの間、1玉だけですが今の日本チャンピオンが出した最高記録の時の1玉目の得点を破ってしまったということで、この辺一帯でも話題となっています。」
ほうそうか・・・、ところ変われば・・・ということなのだろうが、こっちの世界ではゲームの腕前だけでも飯を食っていけるということなのか?
「そういえば、ジュンゾーさんはこの世界の人ではないと言うようにニュースでは言っていましたが、どう言う事なのでしょうか?」
さすがに高校生らしく、少しは新聞を読んだりテレビのニュース番組なども見ているのだろう、俺の正体もうっすらとは知っている様子だ。
「ああ・・・、俺はこの世界のジュンゾーとは違う・・・、ちょっと説明は難しいが異次元世界のジュンゾーだ。
この世界にいたジュンゾーは、悪いが俺たちの世界との戦闘で犠牲になってしまった。」
俺は、すぐ近くを歩く小さな子供たちの耳には入らない様、極力小声で答える。
「やっぱりそうですか・・・、朋美姉さんがジュンゾーが死んでしまって悲しむ私の為に、神様が異世界のジュンゾーを贈ってくれたって、嬉しそうにしていましたからね。
ニュースでも同じようなことを言っていましたが、そのようなことが起こりうるなんて、とても信じられませんでしたが、やっぱり本当の事なんですね。
あっ、自己紹介が遅れました、僕は大雪 遥人と言いまして、高校3年生です。」
大雪君は、笑顔で自己紹介してくれる。
ふうむ・・・、朋美が俺がこの世界に来たことを、本当に喜んでくれていることを聞けたのはうれしい。
「話は戻ってしまうが、さっきピンボールゲームのチャンピオンがどうのと言っていたが、いうなれば将棋や囲碁と同じようにピンボールゲームにもチャンピオンというか名人がいて、その人たちはプロとして活躍しているということなのかい?」
こっちの世界の事情を少し聞いてみるとしよう。
「はいそうですよ・・・、将棋や囲碁はやはり日本中心となってしまうようですが、ピンボールゲームはゲーム機を見ても分かる通りアメリカやヨーロッパが本場です。
世界大会が4年に一度開かれていて、そのチャンピオンクラスともなると、獲得賞金だけでもプロ野球の選手をしのぐと言われています。
でも・・・、簡単になれる訳ではありませんよ・・・、日本チャンピオンだって世界ランクでは現在30位ほどですからね・・・、まあ日本チャンピオンになるだけでもいい稼ぎにはなるでしょうけどね。」
大雪君が笑顔で説明してくれる。
ふうむ・・・、これは本当に世が世であれば・・・ということもあるかもしれないな・・・、だがまあ俺のピンボールの腕前が果たして世界クラスかというと・・・怪しいもんだ、世界にはこの程度の腕前の奴ら等ごろごろいるのだろうからな。
「着いたー・・・、ジュンゾーっ早く早く。」
ゲームセンターに到着すると、待ちきれないかのように健ちゃん達がやってきて、俺の手を引いて急かせる。
そうしてピンボールゲームの空き台の前まで連れてこられた。
すぐに一緒に来た男の子たちがゲーム機の周りを取り囲む・・・、おいおい自分たちはゲームをしないで、俺のを観戦するだけか?
「これ・・・皆のゲーム代だと思うが、朋美が渡してくれた・・・。」
俺はそう言って、先ほど受け取った2枚の紙幣を大雪君に手渡す。
皆が手ぶらできていたら、申し訳ないからだ。
「はい、すぐに両替してきます。」
そう言って大雪君は入口脇の両替機に向かい、両替した50円玉を持ってきた。
「はい、どうぞ。」
どうぞって・・・、全部渡されても・・・。