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ゲームの達人  作者: 飛鳥 友
第3章
37/117

孤児院

9 孤児院

 洗濯はまだまだ続き、洗い場から物干し台まで重い洗濯物を3回ほど運ぶ。

 余程大きな洗濯機を使っているのかと思ったら、2槽式の物が1台あるだけで今もまわり続けている。

 シーツ等の大物はどうやらたらいに洗濯板で洗っているようで、洗いかけがまだたらいに残されていて、2人の小さな女の子が一生懸命洗濯板で洗っていた。


 しかし・・・、たらいに洗濯板だなんて昭和じゃあるまいし・・・、昔はこういう風に洗濯していたなんて小学校の社会科で習ったのと、昭和の時代を懐かしむ映画なんかで数回見ただけの遺物だ。


 しかも信じられないのは洗濯物の多さだ・・・、未だに脱衣かごには洗い待ちの洗濯物がうなっている。

 子供の数は男の子3名と、ここにいる女の子を加えても5名だけだったはずなのに一体どうして・・、更に小さな子供が奥の部屋にたくさんいるのだろうか?

 試しに俺も洗濯板でごしごしとシーツを洗って見る。


「ああっ・・・、もっと柔らかくやらないと生地が傷んじゃうのよ・・・、こうやって・・・。」

 すると朋美がやってきて手ほどきしてくれる・・・、もう持って行った分は干し終わったのだろうか。


 どうやら指先でつまんでやるのは駄目のようで、手の平で大きくつかんで腰を入れながらごしごしと擦る・・・、手首ではなく体全体で回すように円を書くようにしながら・・・、と解説が入った。

 たらいも洗濯板も予備があったので、朋美の指導を受けながら俺も洗濯の手伝いをする。

 雑巾がけよりはハードではないので、まだましだと思ったが結構きつい。


「はーい、ありがとう・・・、ジュンゾーが手伝ってくれたから早く終ったわ・・・。」

 最後のシーツを干し終わって、朋美が満足そうな笑みを浮かべる。


「しかし子供の数の割に随分と洗濯物が多いんじゃないか?

 たった5人だけなんだろ?これだけの洗濯物って・・・、1ヶ月分かい?」

 物干し場に並ぶシーツの数だけでも数十枚はある・・・、よほど洗濯をさぼっていたとしか思えない。


「何言っているのよ・・・今はずいぶん減ったけど、それでもこの孤児院には30名の子供たちがいるのよ。

 これだって恐らく2日か3日分よ・・・、お母さんたちだけじゃとても間に合わないから、私が非番の時に手伝いに来ているのよ。」

 朋美は呆れた様子で首を振る・・・。


「ええっ・・・だって、子供って5人しかいない・・・・、じゃあ後はみんな赤ん坊で奥で寝ているのかい?」


「馬鹿ねえ・・・、今日は平日だからみんな学校へ行っているのよ。

 今いる子は小学校入学前の子供たちで・・・、本当は幼稚園か保育園に通ってもいい年なんだけど、まあ、ここ自体が保育園のようなものだから・・・。」


 そうか、朋美が非番だからてっきり今日は週末かと思っていたが、看護師の仕事だから交代制で平日休みということか・・・。

 こっちへ来てから何も仕事をしていないし、ほとんど裁判か入院していたから、すっかり曜日の感覚が無くなってしまっているようだ。


「もう昼だから、昼食にしましょう・・・。」

 そう言われて朋美と一緒に廊下を進んで行くと、いい匂いがしてきた。


 案内された部屋は大きな食堂の様で、洗濯場にいた女の子2人が給仕をしていた。

『頂きます!』

 廊下の拭き掃除を終えた男の子たちも加わり、昼食のメニューはチャーハンだ。


 園長先生らしき老夫婦と軽く目で挨拶する・・・、恐らくこっちの世界のジュンゾーがたばこを吸って出入り禁止にされたということから、俺を紹介しづらいのだろう。

 朋美は、なるべく園長先生たちと視線を合わさないようにしている様子だ。


「じゃあ私は後片付けをするから、ジュンゾーは子供たちの相手をお願いね。」

 昼食後、朋美はそう言って奥へ引っ込んで行った。


 子供たちの相手と言ったって・・・、女の子2人は朋美と一緒に奥へ向かうところを見ると、恐らく洗い物の手伝いをするのだろう。

 まだ小さいのに感心な事だ。


 男の子たち3人は・・・、どこだ?

 食堂に一人残された俺がふと庭に目をやると・・・、先ほどの元気な子供たちが何やら遊んでいるようだ。

 すぐに庭へ回ってみる。


「なにしているんだい?」


「あっ・・・ジュンゾーだ。」

「ジュンゾーだ。」

 子供たちが俺を認めて名前を呼ぶ・・・、完全に呼び捨てだ・・・。


「それは一体なんだい?」

 改めて何をしているのか聞いてみる。


「うん?釘さしだよ・・・、ほらこうやって順番にくぎを刺していって、次に刺した釘の穴と線を結ぶのさ。

 相手はこの線を横切ることは出来ないんだ・・・、だから線の内側だけに次のくぎを刺さないと無効。

 そうやって陣地を確保して行くの・・・・、そうして自分の陣地が相手を囲んでしまえば勝ち。」


「ふうん・・・。」

 子供たちは孤児院の庭の赤土部分に大きな釘・・・・、恐らく5寸釘とかいうやつだろう・・・を勢いよく投げつけて地面に突き刺している。


 刺さらなかったり、相手の陣地である線をまたいでしまうと無効の様で相手に番が移る。

 交互に相手と線を交わらないようにくぎを刺していき、自分の線を長く繋げて行くゲームのようだ。


「線を長くするだけなら、次にさす釘を目一杯遠くに刺してしまえば、いいんじゃないのかな?」

 意外と単純に攻略できそうなので聞いてみる。


「遠くへ逃げ出しちゃう作戦だよね・・・、まあ、この庭の土の部分までなら、どこへ刺しても有効だよ。

 でも、一度で進めるのは最長で一歩までだから、それを越えると無効。

 あと、花壇や駐車場へ行っては駄目だから、あんまり遠くへ行ってしまうと後がきついよ。


 刺せる場所が無くなったら負けだからね。」

 1人の男の子が、指先で大体の作戦行動エリアを指し示してくれる。


 ふうん・・・・、大きな木製の門と孤児院の建物に挟まれた庭で、左右は物干し台横の花壇と反対側は駐車場に囲まれた、おおよそ10m×15mのエリアのようだ。


「やってみる?

 大ちゃん、相手をしてあげてよ。」

 一人の男の子が、自分が持っていた釘を手渡してくれた。


「よし、やってみよう。」

 ルールは今一飲み込めていないが、まあやってみよう。


「じゃあ最初はこの丸の中にくぎを刺して、それから出発ね。

 僕から行くよ。」


『シュタッ』大ちゃんという男の子が勢いよく右腕を振り降ろすと、見事に地面に長い釘が突き刺さり大ちゃんが自慢げに俺を見上げる。


 ほう・・・、うまいな・・・、俺も大ちゃんの見よう見まねで釘の先端を上向きにして右腕を振り上げ、狙いを定めて思い切り振り降ろす・・・・。

『ズッ』おお・・・勢いは大ちゃん程ではないが、しっかりと赤土に突き刺さった。


「あーあ・・・残念・・・、出発点はこの丸の中じゃなきゃ無効だからね。」


「へっ?」

 先程俺に釘を手渡してくれた男の子は、残念そうに俺の刺したくぎを抜いて手渡してくれた。


 確かに俺のくぎは、直径30センチほどの円をわずかに外していたが、ちょっとくらいいいじゃないか初めてなんだし・・・。


「じゃあ、僕の番だね。」

 大ちゃんは俺の気持ちなど全く無視するかのように地面に刺さったままのくぎを抜くと、再度振りかぶって1mほど離れた場所にくぎを突き刺し、今刺さっていた穴と、今度刺さった穴を釘で地面に線を引いて結んだ。


 ううむ・・・、今度こそ狙いを定めて・・・。

『ズルッ』ありゃー・・・、今度は円の中に先端が入ったのに刺さらなかった。


「あれあれ、狙いはよかったのに、残念だったね。」

『シュタッ』大ちゃんは、今度は横方向に1mほど離れた場所にくぎを刺し、先ほどの点と線で結ぶ。


 ううむ・・・狙いを気にしすぎると、振り降ろす手に勢いが無くなり刺さらないと言う訳か。

『ズボッ』・・、ううむ今度はうまく刺さったが、やや狙いが外れ円の外側だ。


『シュタッ』大ちゃんはまたもや横方向にくぎを刺し、線を結ぶ。

 よく見ると、出発点である円を大きく囲むように折れ線が進み、これで半周程が囲まれている。

 そうか、早くしないと脱出できなくなってしまう・・・。


「はい、ジュンゾーの番だよ。」

 大ちゃんは余裕の表情で、俺に催促してくる。


「ちょ・・・ちょっと待ってくれ。

 実は、お兄ちゃん、この遊びをやるのは初めてなんだ。


 だからちょっと、練習させてくれ・・・、いや・・・、ゲームの途中で中断するのがまずいのであれば、この回は負けでもいいから、ちょっとだけ練習させてくれないか?」


「ええっ・・・、ずうっと昔からの男の子の遊びだって、お兄ちゃんたちから教えてもらったのに・・・、ジュンゾー知らないの?


 ふうん・・・、今いるジュンゾーは違うジュンゾーって聞いたけどそういうこと?じゃあわかった。

 少しだけ練習してもいいよ、でも、やり直しはしないから、この次の番から始まるけどいい?」


 大ちゃんは、ちょっと不思議そうな顔をしたが、それでも断然有利な状況で余裕があるのか俺の練習を認めてくれた。

 なにせ最早外周の2/3まで回りこまれている。

 後2回刺されば完全に1周してしまい、脱出不可能となってしまうだろう。


『ジャリジャリ・・・ズボッ』許可を頂いたので、急いで少し離れた場所で釘さしの練習開始だ。

『ズボッ、ズッ、ズボッ・・・ズッ、ズッ、ズボッ・・・』急いで何度も連続してくぎを刺し続け、とりあえずくぎを刺すためのこつはなんとなくわかって来た、最後まで手首を動かさない方がより確実に刺さるようだ。


 次は狙いを正確にするために、目標は円ではなく×印を地面に書いてその的を狙う・・・、この方がより正確に狙う必要性があるからだ。


「まーだー・・・?」

 恐らく2分も経ってはいないはずだが、大ちゃんが焦れたように催促してくる。


「おおっ・・・、もう少し待ってくれ・・・。」

『ズボッ・・・ズボッ、ズボッ、ズボッ』何とか×印の近くに確実にくぎを刺すコツがつかめてきた。


「ようし・・・、お待たせしました・・・。」

 すぐに元の戦場へ駆け寄り、勢いよく右手を振り降ろす。


『ズボッ』おおっ・・・、練習の甲斐あり、ようやく30センチの円の中に、最初のくぎが突き刺さった。


『パチパチパチ』「やったね。」

「やったね。」

 ギャラリーである2人の男の子が、拍手してくれる。


『ズボッ』手番になると俺は、大ちゃんの線がやって来ていない方へくぎを刺して、出発点となる俺のくぎの位置と線を結んだ。

『シュタッ』大ちゃんはらせんを描くように、俺の釘に向かって少し外方向へ回り込みながら進めてくる・・・、おおよそ円周の3/4を囲まれてしまった・・・、後1回か2回で囲まれてしまう。


『ズボッ』仕方がないので大ちゃんの進行方向と同じ方向へ、少し外側に向けて斜めに狙う。

『シュタッ』大ちゃんは俺の後を追うように、更に外側から囲い込むように進んでくる。

『ズボッ』俺は更にその先へ、少し外側に開くように次を狙う。


『シュタッ』大ちゃんも同じ方向を狙うが、俺の軌跡にかぶせてくるように距離を詰めてきた。

『ズボッ』チャンスとばかりに俺は、V字を描くように斜めにUターンして大ちゃんのくぎの更に外側へ、取り囲むように線を引く。


「あれっ・・。」

『シュタッ』大ちゃんの手が一瞬止まり、仕方なく自分もななめ後方の外側へ狙いをつける・・・が、残念、狙いがそれて俺の線をまたいだ外側にくぎが刺さってしまった・・・、無効だ。


『ズボッ』次の俺の狙い澄ました一撃は、大ちゃんの辿って来た軌跡の数ミリ外側地点に突き刺さる。


「えー・・・、これじゃあ、無理だよ・・。」

 大ちゃんは、俺が刺した釘と自分の通ってきた軌跡との隙間数ミリを通す位置に次のくぎを刺さなければならず、最早お手上げ状態だ。


「ちぇえー・・・負けだよ・・・。次は健ちゃん・・・、仇をとってよ。」

 大ちゃんは観念したように、先ほど俺にくぎを渡してくれた子に向き直る。


「分った・・・、じゃあ今度は少し最初の的を小さくしようね。」

 そう言いながら健ちゃんは30センチほどの大きさの円を消して、今度はずいぶん小さな円を描く。

 直径10センチもないんじゃないか?


「じゃあ、僕からね。」

『シュタッ』健ちゃんは、小さな的のほぼ中心に正確にくぎを突き刺した。


『ズボッ』続く俺も中心は外したが、何とか円内にくぎを突き刺す。


「ふうん・・・・慣れてきたね・・・。」

『シュタッ』そう言いながら健ちゃんは、少し斜め方向に俺のくぎ側に向けて次のくぎを突き刺す。


『ズボッ』俺は健ちゃんの軌跡とほぼ平行になるように、次の一撃を突き刺した。

 その後、お互いが相手の線を包みこもうとして一進一退の攻防が続いていく・・・。



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