マシン始動
8 マシン始動
朋美がマシンに向かって手を振り、しきりに何か話しかけている。
だがマシンにはマイクが付いていないため、朋美が何を言っているのか全く分からない。
ゆっくりとマシンを地面に降ろし、基地内から外へ駆け出す。
「朋美・・・、どうかしたのか?」
急いで朋美の元へと駆け寄って行く。
「ううん・・・、なにも・・・。
ジュンゾーが戻っていなかったから、警察に電話してここにいるって聞いたので、迎えに来ただけ。
でも、すごいね・・・、マシンっていうの?この球体・・・、本当にジュンゾーが動かしていたんだね。」
朋美が、なぜか愛しいものを触るかのように、ガードマシンの黒光りしている球体を、やさしく擦る。
「ああ・・・、コントロール装置から直接電波を送って動かして見たら、うまく動いてくれた。
後はどれくらいの距離まで遠隔操作できるか、これから試してみようかと思っていたところだ。」
「ふうん・・・、ごはんできているよ・・・。」
朋美が笑顔を振りまく・・・、ううむ・・・かわいい・・・。
「そうか、もう晩飯の時間か・・・分った・・・、新倉山君・・・、操作可能距離を試してみるのは明日にしよう。
明るい時の方が視認しやすいから操作しやすいだろうしな・・・、なにせ全て目視で操作する必要がある訳だろ?
じゃあ、本日は、ここまでとして解散だ。」
赤城がやってきて、大きな声で解散を告げる。
朋美が迎えに来てくれたおかげなのか・・・、急に帰してくれることになったようだ。
「分りました。じゃあ、マシンを戻します。」
俺はそう言うと朋美をその場に待たせて再び基地の中へ入って行き、ガードマシンを起動させてシャッターの中へと移動させた。
そうして邪魔にならない様、基地内部の隅の方に降ろすと、そのままシャッターを閉めた。
「それでは失礼いたします。」
朋美と共に、赤城と阿蘇に向かって一礼する。
「ああ・・・、じゃあまた明日頼むよ・・・、朝、阿蘇に迎えに行かせる。」
赤城がそう言いながら手を振ってくれた。
そのまま徒歩で帰って行く・・・、道を知らないために朋美の後をついて行くだけだが、10分ほど歩いてアパートに辿りついた。
ゲームセンターからの道順ではあまり意識していなかったのだが、あの基地は俺が昔アルバイトをした倉庫と同じ住所にあり、そこは俺の実家の近くだ。
プー太郎生活が長く続き、実家に居づらくなって無理してアパート住まいに変えたのだが、それ以降正式就職したとはいえ、ゲームの腕で採用などとはとても言えなかったし、一人クーデターを計画してからは犯罪者の汚名を着せられるかもしれないと考え、ますます実家に足を運ぶことはなかったが、今でもそこには・・・、いやいや・・・、そこにいるのはこちらの世界の俺の両親に過ぎない・・・のだ。
それよりも・・・確かに朋美のアパートは俺の実家の傍にあった・・・、勿論、朋美が育ったと言う孤児院も近い・・・・そう言うことになる。
阿蘇が言うとおり、朋美とこの世界の俺がゲームセンターを通じて顔なじみとなっていて、兵役の時に紹介されて再会する・・・、俺が朋美と知り合いになれなかったのは兵役がなかったせいと言えないこともないが、まあ、何よりもこちらの世界の何倍もの人口が、俺がいた世界にはあったからだろうとも感じている。
ほんの1〜2キロの距離なのだが、そこにはぎゅうぎゅうに人が詰まっていたのだ。
「お腹すいたでしょ・・・、すぐ食べる?
今日はねえ、和食だよ・・・。」
朋美は笑顔でそう言うと、台所に立ちガスコンロに火をつけ温め直す。
食卓について待っていると、すぐに大盛りのごはんとみそ汁、焼き魚と肉じゃがに茄子の漬物が並べられた。
「うまい・・・、この肉はとてもやわらかいし味がしみ込んでいてすごくうまいね・・・・、上等な肉を使ったのかい?」
肉じゃがなんて久しぶりに食べるが、俺の母親が作る肉じゃがより何倍もおいしく感じる。
「ううん・・・それはねえ牛すじ・・・、普通はあまり食べないところを肉屋さんから安く譲ってもらうの。
煮ても硬いから料理が大変だし、何度か煮汁を捨てたりして手間はかかるけど味はいいのよ。
孤児院の年長の子が朝早くから炭火でコトコトと煮つづけて、半日以上かけて柔らかくするの。
病院の帰りによって、ある程度下ごしらえしていたのを、少し分けてもらってきたの。
うちでは肉じゃがだけど、向こうでは今日は牛すじカレーよね。」
朋美が笑顔で自慢の肉じゃがを口に運ぶ。
「ふうん・・・、朋美の料理が上手なのは孤児院譲りという訳だね?」
「うーん・・そうかなあ・・・、お母さんが料理上手だったし・・・、それに小学校の高学年になってからは、毎日手伝いで料理をしていたからかなあ・・・。」
朋美がふと宙を見つめながら、懐かしそうに笑みを浮かべる。
たくさんの仲間たちとの生活を思い出しているのだろうか・・・。
「ああそうだ・・・、今度俺も朋美が育った孤児院へ行ってみたいんだけど・・・、いいかなあ・・・?」
「ええっ・・・、そっそう・・・?
いいけど・・・、子供たちの相手は大変よ?」
朋美が意外そうな顔を見せる。
「ああ構わないよ・・・、と言っても俺に子供の遊び相手ができるかどうか、分らないがね・・・。」
同世代のやつとも余り付き合いがなかった俺なわけで・・・、気の合う仲間と言えばゲーム繋がりの飲み友達ぐらいで、あいつとは学生時代含めて本当に長い付き合いだったが、こんな俺の相手をしてくれる本当に数少ない奇特な人物だった。
「大丈夫よ・・・、子供たちはゲームの上手な人は尊敬のまなざしで見るから・・・、ジュンゾーは得意でしょ?ゲーム・・・、ピンボールマシンもゲームセンターの歴代記録を簡単に更新してしまったし・・・。」
朋美が身を乗り出して笑顔を見せる。
おおそうか・・・・、ゲームの腕前を見せればいいだけなら、俺でも出来るし気は楽になった。
こっちの世界のジュンゾーも朋美が育った孤児院へ行っていたのかどうか俺はまだ知らないが、少なくとも朋美との関係を深めるための一歩は踏み出せたと考える。
後は孤児院の子供たちが、俺のことを気に入ってくれるかどうかだな・・・。
翌日も東京基地でマシンの操作性確認だ。
マシンを少しずつ遠くへと飛ばして見る・・・あくまでも慎重に・・・、なにせコントロール不能になって住宅街にでも落下させたら大変だし、かといって海方面へ飛ばす事は出来ない。
なぜなら落下した場合、海底から回収することが難しいし、水没して壊れてしまったら修理は出来ないだろうから、多少危険性はあるがなるべく道路沿いの上空を飛ばして確認するということに落ち着いた。
その為、朝の6時から飛行実験をしている。
もっと早い時間も検討されたが、まだ季節は冬の為日の出が遅く、この時間でもまだ暗くて視認しづらいが、我慢して車通りの少なくて街灯がある広めの道で実験することになったのだ。
向こうの世界から操作している時には、飛行速度を計る事も出来なかったが、こちらの計測(グラウンドのトラック4百mを飛行するスピードで計測)では低空飛行でも優に時速百キロは出せるようだ。
周りに障害物の無い上空であれば、フルスロットルはとても出せないが、それでもヘリコプター並みの飛行速度は出るだろうと言われた。
まあ、上海から東京まで飛行した時は2時間と少しで到着したのだから、俺はマッハ以上は出ると踏んでいるのだが、コントロール範囲が分らないためスピードの出し過ぎは範囲をすぐに越えてしまう可能性があり危険だ。
コントロール範囲は直線距離で30キロまでは問題なく操作できることを確認して、出勤時間の近づく7時には実験を終えた。
ネットワークを介さない東京基地からの操作電波の有効範囲が、意外と広い事に驚かせられた。
「じゃあ今日は非番だから、一緒に孤児院へ行ってみる?」
アパートに戻って朝食を終えると、朋美がおもむろに切り出した。
昨日の約束を覚えていたのだろう、意外と早い実現に少しドギマギとする。
「あっああ・・・そうだね・・・、何か土産みたいなものをかっておいた方がいいと思っていたんだが・・。」
とりあえず俺の財布には、使えない札の外に使える硬貨が残っているはずだ。
「大丈夫よ、気にしないで・・・、子供たちは別にお土産なんか期待していないから。
中は時々しか顔を出さないから、お菓子とか買っていくみたいだけど、私はいっつも手ぶら・・・、代わりに家事手伝いをさせられるけどね。」
朋美はそう言いながら、舌を出して笑みを見せる。
「そうか分った・・・、これは俺が持ってきた言ってみれば俺の全財産なんだが・・・、もし金に変えられたらなんだが、家計の足しにしてくれ。」
俺はそう言いながら、改めて純金を朋美に渡す。
死刑判決が出て一旦は朋美に預けたままにしていたものだが、晴れて釈放され、また手元に戻って来たのだ。
俺としては朋美に使ってもらって構わなかったのだが、返されたためあえて拒みはしないで一旦受け取っておいたのだ・・・、食うや食わずで貯金なしのフリーターが、ようやく正社員となって収入も増えて蓄えることができた半年余りの貯蓄で、俺の元居た世界の百万円くらいに相当する金の延べ棒・・・と言っても薄い板で3百グラムほどだから、まあ、持ってみてもありがたみは薄い。
「ええっ・・・これって・・・・、金でしょ?鑑定書付きの・・・、ふうん・・・いいの?大切な財産でしょ?」
朋美が純金の入ったプラスチックケースを持って、俺の目を見つめる。
「ああ・・・俺はこの世界で何の収入もないし、朋美の世話になってばかりだし、恩返しと言うほどの額でもないんだが、まあ何かの役に立ててくれ。」
俺はそう言って頭を下げる。
「ふうん・・・、じゃあ預かっておくわね。」
朋美はそう言って、バッグの中にケースを仕舞い込んだ。
「じゃあ、行きましょ。」
朋美と連れだってアパートを出て行く。
孤児院は、思い出のゲームセンターとは百メートルも離れていない場所にあった。
平屋だが結構大きな造りの建物だ・・・、ちょっとした幼稚園並みの大きさはあるだろう。
俺の居た世界でも、同じ場所に孤児院があったのだろうか・・・?
それとも俺の居た世界では、朋美は孤児ではなかったのか・・・?
それは今では突き止めようもない事だが・・・。
「おはよう・・・、みんな元気だった?」
中へ入ると、大広間に向かい朋美が笑顔で挨拶する。
「朋美・・・姉ちゃん・・・。」
小さな子供たちがすぐに駆け寄ってくる。
意外と少ない・・・、もっと大人数の孤児院を想像していたのだが、小さな子供数人がいるだけだ。
朝食後の広間だからこの人数で、他の部屋には多くの子供たちがいるのだろうか・・・。
「じゃあ私は洗濯物片付けちゃうから、ジュンゾーは子供たちと庭の掃除をしてくれる?
みんなー・・・、知っているでしょ?ジュンゾー・・・、久しぶりに皆に会いに来たから仲良くしてあげてね。
一緒にお庭のお掃除、してくれるかな?」
朋美が腰をかがめて姿勢を低くし、目線を合わせて寄って来た子供たちに笑顔で話しかける。
『はーい・・・』
子供たちは大声で手を上げて返事を返す。
『ジュンゾー』『ジュンゾー』すぐに3人の子供たちが俺の方に寄って来て、俺の手を掴むとそのまま小走りに走り出し、敷地内の庭へでた。
「はい。」
一人の子供が、竹ぼうきを人数分抱えて持ってきてくれて、俺にも手渡してくれる。
日頃から掃除など手伝っているので、手順になれているのだろう。
季節はすでに真冬で、木々の葉はほぼ落ちてなくなってしまっていたが、それでもしぶとく残っていた枯葉や枯草などが地面に散乱している。
それらをかき集めて小山を作ってたき火でも・・・とするのかと思ったが、そのままポリバケツに入れて廃棄するようだ。
乾燥した冬の季節にたき火をして火事を起こしてはいけないと、園長先生から火の元には十分注意するよう言われているらしい。
まあ孤児院はどうやら古い木造建築のようだから、火の気はご法度だろう。
庭の掃除を終えたら次は孤児院の廊下の雑巾がけ・・・、バケツの水で洗って搾った雑巾で、長い廊下を一気に腰をかがめた前傾姿勢で雑巾を両手で押しながら駆けて行く。
恐らく20m以上はあるだろう、一往復するだけでも息が切れる。
ところが子供たちは元気で、小さな体ながらものすごいスピードで雑巾がけをしていく。
この様に鍛えられた足腰は将来スポーツの分野で役に立っていくのだろうなあと思いながら、ぼんやりとその様子を見ていた。
「だめよ、さぼっていちゃ・・・、子供たちに悪影響を与えるから、ちゃんと掃除に参加してね。ふぅっ・・・。」
そこには、大きなかごいっぱいの洗濯物を抱えた朋美の姿があった。
どうやら洗い終わったものから順に干していくようだが、その量が半端じゃない。
「ああ・・・庭掃除ぐらいは問題なかったんだが・・・、廊下の拭き掃除は結構きついね。
ここは元気な子供たちに任せて・・・、俺は重いものを運ぶのを手伝うよ・・・。」
そう言いながら朋美の手から、目一杯の洗濯物が入った籠を受け取る。
「どこへ運べばいいんだい?」
「ああ・・・そっちに物干し台があるから・・・。」
朋美の指示通りに廊下を歩いて行く・・・、その間も子供たちは元気にぞうきん掛けして廊下を駆けて行く。
「ジュンゾーが前に来た時も、雑巾がけで音を上げて洗濯物運びに移ったけど、本当の目的はたばこの一服だったからなあ・・・・、掃除をさぼった上に子供たちの前で煙草を吸っていたのよ・・・、園長先生に見つかって出入り禁止にされてしまったの。」
そう言いながら、朋美は懐かしそうに宙を見つめる。