執行
14 執行
「あっ・・・気が付いた?
半日くらい気を失っていたんだよ・・・、死刑判決はショックだった?
もう覚悟しているって思っていたんだけど、こちら側の世界の刑罰はちょっと重いのかな?」
目を開けるとそこは真っ白な空間で、俺の顔を端正な顔立ちの美女が覗き込んでいた・・・、榛名朋美だ。
「こっ・・・ここは・・・?」
俺は体を起こそうとするが、両腕に力が入らない・・・。
「ここは警察病院の病室・・・、判決を言い渡された後ジュンゾーは気を失ってしまったから、ここへ運び込まれたの。
一昨日まで入院していたのと同じ病院よ。
まあでも死刑判決を受けた囚人は、自暴自棄になって変な気を起こさないように刑務所の独房にずっと閉じ込められるって聞いているから、ここの方が少しはましかもね。」
朋美が、俺の体を起こすのを手伝ってくれながら答える。
「君は知っていたのかい?俺がその・・・、死刑判決を受けることを・・。
それを知ったうえで俺と・・・と言うか、あれは死刑になる俺を憐れんでの事だったのかい?」
俺の判決を誰よりも驚くはずの彼女が、平然としているのが不思議で仕方がない。
あの地獄のような責め苦から解放してくれたはずなのに・・・、俺が死刑になることを平気で受け止めているのはなぜだ?
「ええっ・・・、あっあの夜の事?
あれは・・・ジュンゾーを憐れんでじゃなくて・・・、ごめんなさい!」
そう言って、彼女は深々と頭を下げる。
「いや・・・謝られる理由がよくわからない・・・、君の言うジュンゾーに間違えられていることを利用して、君と関係を持った俺の事を責めたてるのなら、まだわかるのだが・・・。」
俺には彼女のした行為がどうしても理解できないでいた。
「ジュンゾーには申し訳ない事なんだけど・・、こっちの世界のジュンゾーは子供を作ることに反対だったのよね。
丁度、異次元からの強奪が続いていた時だったから、こんな情勢が不安定な時に生まれてくる子供は不憫だからって・・・、平和な世界を取り戻す事が出来るまで子供はおあずけっていってね・・・。
そうしてそのまま・・、死んでしまったのよね。
私はどうしてもジュンゾーとの子供が欲しくって・・・・、そう思っていた時にあなたが・・・、つまり向こうの世界のジュンゾーがやって来てくれたの。
向こうの世界のジュンゾーもこっちの世界のジュンゾーも、人間的には同じジュンゾーな訳でしょ?
だったら、あなたとの子供はジュンゾーの子供と同じってことになる訳よ・・・、だからジュンゾーが捕まってからは、ずっと排卵抑制剤を飲んでいたの。
裁判になって判決が出される前日は帰宅を許されるってわかっていたから・・・、ジュンゾーがこっちの世界で帰る場所は私のアパートしかないわけでしょ?
だからあの晩・・・。」
朋美は満足そうな笑みを浮かべる・・・、そうか、俺はこちらの世界の俺の代わりでしかなかった訳だ。
こちらの世界の俺との子供欲しさに同じ人間である俺を利用しただけの事だ・・・、女性は強いと言う事だろうか・・・、考え方ひとつとっても感心させられる。
まあ、そうであったとしても俺は憧れだった朋美を2度も抱けたわけだし・・・、ラッキーだったと考えることにしよう。
なにせ俺の居た世界では彼女とまともに話したことすらなかったのだからな・・・、高嶺の花というよりテレビなんかで見るアイドルのような、ただのあこがれの存在でしかなかった訳だから。
「それと・・・死刑に関してだけど・・・、こちらの世界では強盗など人を傷つけて金品を奪う行為以上の犯罪・・・、勿論、誘拐や殺人を含めてなんだけど・・・・それらは死刑確定なのよね。
しかも連座制って言って、何人もの人を傷つけたり殺めたりするような常習者などに関しては、その人を育てた親や兄弟にも責任があるっていうことで、その家族までが責任をとらされて一緒に刑に処せられるの。
家族は、さすがに死刑にはならないけど、懲役に服することになるわ。
ひどい時には、その友人関係にまで罪は及ぶのよ。
だから、こちらの世界では、よほど信用できる人でなければ交友関係を結ばないし、家族もあまり作らないわ。
そのせいか人口増加も緩やかで、こちらの世界の人口は30億人をようやく超えたところ。
そうして犯罪も、ほとんど起きないと言うか・・・、警察機構はあるけれど交番の主な機能は道案内とか交通整理で・・・、それでも警察がなければ犯罪者がはびこる恐れがあるからって言われてはいるけど、実際に役に立っているのは地域の自警団の方よね。
ジュンゾーから向こうの世界の人口が百億って聞いて、誰もが驚いたと思うのよ・・・、この星にそんなにたくさんの人が生きるための土地があるのかしらって考えたと思うのよね・・。
戦争もそう・・・敗戦国は全員処刑されるの・・、それも女子供まで含めて全国民がね・・・。
だから最後の一兵まで戦うのよ・・・、絶対に降伏はしないから戦勝国だって無事ではいられないわ。
そう言った国際法が出来てからの百年間は、戦争なんて起きていないわ。
地域紛争も小規模なものが起きたけど、負けた方は全員処刑だから、そのうちに起きなくなったわね。
その代わりに話し合いで決着をつけようと、世界中で論戦が繰り広げられているわ。
一見平和なようだけど・・・実はそうでもなくて、勝利か全滅かしか選択肢がない為に行動へ移せないでいるだけよね。
だから戦争準備のための兵器開発はどこの国でも行われているって、ジュンゾーが前に教えてくれたわ。
向こうの世界はどうなの?」
朋美が、この世界の事情を説明してくれる。
確かに、彼女と一緒に高台から見た東京の風景には、高層ビル群などどこにも見えなかった。
ビルのような建物はあったけど、恐らく10階建てやせいぜい20階建て程度・・・、高層マンションなどどこにも見当たらなかった。
道理で・・・、俺たちの世界百億の大半が犠牲になったと説明しても、どこか物足りない感じでいた訳だ。
敵であれば全滅させない限り、それは勝利と言えないわけだ。
そうして強奪行為ばかりか、知らなかったとはいえ、多くの人を殺めた俺は死刑で当たり前なのだ。
「俺たちの世界は・・・国によって法律が異なり、死刑制度がある国とない国もあるから一概には言えないけど、例え人を殺めたとしても、ただそれだけで死刑になるようなことはなかったと思う。
ましてや俺の場合は、それが現実世界の事だとは・・・、犯罪に加担していることすら知らされずに操作させられていただけだ。
そのような場合は、例え多くの人を殺める犯罪に加担させられていたとしても罪には問わない可能性が高いと、俺は考えている。
俺は法律の事を勉強したことがある訳じゃないから、絶対にこうだったと法律論を翳せる自信はないけれど、それでも本人に、はっきりとした犯罪の意識がなかった場合の刑は非常に軽かったと思う。
俺はてっきり俺たちの世界と変わらない判決を受けるものだとばかり考えていたから・・・、死刑判決は本当にショックだった。」
「へえ・・・、そんな法律だったら世の中にたくさんの犯罪者が残ってしまって・・・、やがて犯罪者だけになってしまったりしない?
ちょっと、怖い世界よね・・・。
あっ、でも・・・、全員が犯罪者同士であれば、平気かな・・・?」
俺の言葉に、彼女は意外そうな顔をして呟く。
まあ、それぞれの生きてきた世界というか、慣習の違いというものにより考え方は異なるわな・・。
「いや・・・犯罪者ばかりといった世界ではないよ・・・、普通の人たちがほとんどで、罪を犯すような人はごく一部だったよ・・・。
それでも犯罪が無くなることはなくて、平和だって言われていた日本でも殺人などの凶悪な犯罪は、毎日のように報道されていたね。
だからこそなのかな・・・、俺たちの世界では、人は誰でも間違いを犯す事はあるっていう考え方を根底に、その人に更生する機会を与えるっていうのが、法律の基本的な考え方だったと思う。」
俺はあまりにも違いすぎる刑罰に関して、何とか裁量の余地はないのか検討してほしい気持ちでいっぱいだ。
恐らく向こうの法律で俺を裁こうとしたなら、対応する弁護士や検事の資質にもよるだろうが、うまくすると無罪を勝ち取れる可能性もあるのではないかとすら考えている。
それが・・・こちら側の法律に照らし合わせれば死刑確定・・・それも通常レベルの死刑をはるかに通り越して、多少の情状を考慮しても死刑は免れないくらい重い罪を犯したことになっている。
それでも俺はこちらの世界の人間ではないのだから、こちらの世界の法律で裁かれなくてもいいと思う。
何とかならないものだろうか・・・。
「ふうん・・・、こちらの世界の考え方とは真逆の考え方よね・・・。
私も法律の事はあまり詳しくはないけど・・・、こちらでは悪い事をするような人および、それを育てた人たちまでも罰することにより犯罪を根絶するっていう考え方のようだから・・・。」
ふと朋美に目をやると、かいがいしく洗濯して来てくれた俺の下着を畳んで、紙袋に入れてくれている。
彼女にとって俺の死刑判決は至極当然の事であり、それに対して不満はなく、仕方がない事と受け止めているのだろう、そんな彼女に何とか減刑できないか相談しても困らせるだけだろうな・・・。
翌日も、そのまた次の日も彼女はやってきて、ベッドに寝たきりの俺の看護をしてくれた。
勿論、平日は彼女も仕事があるのだろう、面会は昼間だったり夜だったりはしたが、それでも毎日やって来てくれた。
そのうちに俺は段々と、死刑判決に対する不満が薄れてきた。
知らなかったとはいえ、多くの人を殺めてしまったことは紛れもない事実なのだ。
それを何の説明もなかったから・・・、の、一言で片づけて罪を逃れようとするなんて、卑怯な事だ。
素直に罪に服するとしよう・・・、毎日会う朋美の笑顔を見ながら、そう言った境地にまで達してきた。
大体・・・ここは彼女たちの世界なのだから、その世界の法律に服するしかないわけだ・・・、俺たちの世界では・・・なあんて理屈を述べても仕方がない事だ。
なにせ俺なんかの世話をすることは、彼女にとって周りから見ると、マイナスなイメージでしかないわけだ。
俺は異次元世界から強奪行為を仕掛けてきていた犯罪者の手先なのだから・・。
そんな俺の事を、やさしく世話してくれる・・・、確かに彼女の恋人であるこちらの世界の俺と同一人物とはいえ、それだけでここまでしてくれる理由にはならないわけだ。
恐らく彼女は、俺がこちらの世界を救ったということを心底理解してくれていて、そのお礼と感謝の気持ちを込めて俺の世話を焼いてくれているのではないか。
俺が各基地を抑えている場面にも彼女はやって来て筆談した訳だから、彼女だけは俺がしたことを理解してくれているはずだ。
そんな彼女に対して死刑を憂えて見苦しい態度をとる訳にもいかない・・・、しっかりと意識を保って執行の時まで生きて見ようと決めた。
朋美の手厚い看護もあってか俺の体は順調に回復し、リハビリを続けることにより車いすなしでも自立歩行が可能となって来た。
こちらの世界ではクリスマスは一般的な行事ではないのか、突然病室にお供え餅が飾られ雑煮がふるまわれた時は少々驚いたが、彼女と一緒に正月気分も味わうことができた。
「これならもう一人でトイレやお風呂だって大丈夫よね・・・、よかったわ・・・。」
朋美がゆっくりではあるが、何とか手すりにつかまらずに歩けるようになった俺の姿を見て、笑みを浮かべる。
「ああ・・・、今まで本当にすまなかった・・・。」
なにせ彼女にトイレへ連れて行ってもらったり、彼女がいない時間はおむつを履かされて、それを交換してもらっていたのだ。
加えて毎日全身をぬれタオルで拭いてもらっていた・・・、警察病院とはいえ病院の看護婦はいるのだが、彼女が自分でやるからと宣言して、全ての世話を行ってくれていたのだ。
いくら彼女を抱いたことがあるとはいえ・・・、夫婦どころか恋人でもない・・、しかも若く美しい女性に下の世話までしてもらうと言うのは本当に気まずく恥ずかしい思いであったが、彼女がいなければ俺一人では何もできなかったので仕方がない・・・、本当に彼女になされるがままの1ヶ月半だった。
「何を遠慮しているのよ・・・、私とジュンゾーの中じゃない・・・気にしなくていいわよ。」
彼女はそんな俺に、笑顔で答えてくれる。
彼女の言っているジュンゾーが、今ここにいる俺であってほしいと願いながら、その答えに頷く。
「歩けるようになったからと言って車いすを手放しては駄目よ・・・、トイレは個室にあるから自分で行けば良いけど、お風呂は我慢してね。
回復して介護が要らなくなってしまうと、刑務所に収監されてしまいそうだから・・・。」
彼女はそう言うと俺を無理やり車椅子に座らせて、リハビリルームから病室へと車いすで運んでくれた。
そうしてついに運命の日がやって来てしまう。
「新倉山順三、出ろ。」
その日の早朝に、制服姿のいかつい男数人が俺の病室を訪ねてきた。
きょうはまだ朋美が来てはいない時間だ・・・、彼女が来る前に収監をすませようと言う魂胆か・・・。
まあ俺としてもその方がありがたい・・・、彼女の悲しむ顔を見たくはないからだ。
後ろ手に手錠を掛けられた俺は、車いすを使わずに自分の足で歩いて男たちと病院を出ると、そのまま迎えのワゴン車に乗車する。
囚人護送用の車なのか、後部席と運転席との間には鉄格子で仕切りが施してあり、後部座席の窓は全て金網が付けられていた。
そのまま車は郊外へと向かい・・・、やがて高い塀に囲まれた建物へ到着し、開いた門の中へ車はゆっくりと入って行く。
そこは、どこかの刑務所の様だった・・・、金網フェンスの向こう側ではグラウンドで運動をしている人たちがいて、全員同じつなぎを着ているし、そのつなぎには大きなゼッケンナンバーが付けられている。
車を降りると、男たちと共に建物の中へ入って行き、長い通路の突き当りのエレベーターに乗り込む。
地下へ行くのだろう・・・、B3というボタンを押したのが見えた。
『チン』エレバーターのドアが開き目の前に見えたのは・・・、天井の高い広い部屋で、中央付近には長い階段があり、その先に見えるのは・・・絞首台だ・・・。
終始無言の男2人に両脇を固められ、どうすることも出来ずにそのまま歩いて階段を昇らされる。
それからアイマスクをされ数歩前へと背中を押され、首の所にひんやりとした感触が・・・、恐らくロープであろう・・・。
「言い残す事はないか・・・。」
ようやく一人の男が、俺の耳元でささやく。
「ああ・・・、だったら榛名朋美に、ありがとうとだけ伝えてくれ。」
一言だけ返す・・・、これ以上まともな受け答えは出来そうもない。
下手をすると、泣き叫んで命乞いをしてしまいそうだ。
男たちはそのまま階段を降りて戻って行ってしまった。
いよいよ執行だ・・・、このまま俺は死ぬのだ・・・、知らなかったとはいえ俺のしでかしたことが原因なのだから仕方がない・・・、しかも俺が余計な事をしたがために、こうなってしまったのだ。
だがまあ・・・俺のした余計な事で、この世界の人々に平和が訪れたのだ・・・よかったとしよう。
あとはまあ・・・、短い間だったけど朋美と過ごした・・・というか朋美にやさしく看護されたこの2ヶ月間の生活を思い浮かべることにしよう・・・、楽しかった事だけを・・・。
『ダダダダダッ』不意に後方が騒がしくなったかと思うと、俺の首のロープが外される。
「えっ・・・どうした?装置が故障でもしたのか?」
絞首台の床下が突然開いて落ちて・・・、というのが開かないとでもいうのか?
「・・・・」
男たちは無言で、俺のアイマスクを付けたまま俺の体を引きずるように階段を下りて行く・・・。
装置が故障したから、修理するまで降りていろということなのか・・・・。
そう思っているとそのまま歩かされて、恐らくエレベーターの中へ・・・。
『チンッ』エレベーターが止まって、そこからまた引きずられるようにして長い廊下を進むと、今度は風が頬に当たる・・・、そのまま車に乗せられた。
ふうむ・・・執行中止なのか?延期なのか?誰も一言も発しないので、全く分からない。
一体何が起きたのだ・・・、まさか俺の死刑判決は冗談でドッキリでしたなんてことは・・・ないよな・・・、そんなことされたら俺は・・・、人間不信に陥ってしまう・・・。
続く
死刑執行と思っていたら・・・、衝撃の場面展開。注目の次章は・・・、明日から連続掲載いたします。