尋問
11 尋問
「では、質問を続けます。
あなたもご存じのとおり、我々の世界は突然の攻撃中止の合間に、世界各地の異世界からの侵攻基地を攻略し、異世界との移送装置らしきものを入手いたしました。
その装置とは、このような丸い玉を支える三角錐のモニュメントのようなものですが、間違いはありませんか?」
裁判長の質問に引き続き、俺の車いすがある証人台に制服姿の男がA4サイズに引き伸ばした写真を持ってくる。
「はい、俺の知っている次元移送装置に間違いはありません。
4つがセットになっていて、通電して稼働させると4辺を取り囲んだ空間の中の物が移送されると考えています。
その周辺に無線装置を置いて通電すると、向こうの世界からこちらの世界にあるマシンへ電波が通じて、無線コントロールできました。」
やはり、こちらの世界では、あれが次元移送装置であることを理解して・・・、試しにいくつか物を送り込んだのかもしれないが・・・、あの装置を並べた空間に置いたものが一瞬で消え去ることを確認したのだろう。
そうして、その装置を利用して核爆弾を送り込んだ・・・、平和を祝う祭りのパレードに偽装して・・。
「その移送装置を利用して、世界各地から同時期に我々は新型爆弾を繰り込みました。
爆弾投下を探知して無効化されない様、又対抗措置を行使されない様、こちらの世界も危険にさらす事になりましたが、爆弾の起爆スイッチを入れてから送り込みました。
恐らく次元移動してから起爆までに、10秒もないはずというのが我々の側の科学者の見解でしたが、いかがだったでしょうか?
我々の送り込んだ爆弾は、あなたたちの世界で機能したのでしょうか?そうしてその効果は、どの程度の範囲にまで及んだのでしょうか?」
裁判長が難しい質問を投げかけてくる。
俺は決して向こうの世界の代表者ではないと、認識してくれたはずなのにもかかわらず・・・。
「その質問に対して、俺には明確な回答は出来そうもありません。
なぜなら爆弾を投下された時、俺は地下深くに籠って籠城していたからです。
その行為とはご存じのとおり、こちらの世界への強奪行為を中断する為、俺が全てのコントロール装置を支配下に置いて他の地域からのアクセスを遮断していた・・・、つまり全世界規模で強奪行為を中止させていた期間です。
地上から何度も俺を説得しようとして連絡が入っていたし、各基地を取り戻そうと送り込まれてきた人たちを、何とか追い返していました。
幸いにも地下シェルターの役割を果たしたようで核攻撃の被害からは免れましたが、地上でどのような惨事となっていたかは、確認できなかったので分りません。
なにせ地上との通信をしていたネットワークが途切れ、一切の情報が入らなくなってしまったのです。
地上に設置してあった監視カメラからの映像も届かなくなりました。
次元移送装置は、俺が推察するに、次元の異なる世界の全く同じ場所へ物を送り込むことができる装置と考えております。
あの時、祭りのパレードが行われていたのは関東のずっと北の方・・・東京を越えて埼玉辺り、恐らく俺の居た東京湾岸の基地からは50キロは離れていたでしょう。
それなのにその爆風は俺の居たビルまで届いて、恐らくビルを破壊して監視カメラを消滅させ、地下ネットワークさえも断ち切った・・・、恐ろしいまでの破壊力のある爆弾と推定されます。
そんな爆弾は・・・俺が知る限り・・、俺は特段爆弾など大量破壊兵器に興味がある訳ではありませんが、それでも核爆弾・・・特に水素爆弾の威力に関して少しは知っています。
東京のど真ん中に落とせば、関東一円にまでその核の脅威は広がると・・・、今回はより効果を高めるために、少し北側を狙ったということなのでしょうね。
あの状況から、少なくとも東京は核の直撃を食らったことは間違いがないものと想定されます。
その有効範囲は俺には分りませんが、例え直撃を免れて生き残ったとしても、空から降ってくる死の灰・・・、放射能により2次被害を受けると考えています。
恐らく関東一円は死の世界で、しかも日本中に同様の爆弾を送り込まれた訳でしょう?
いや、世界中にか・・・、ネットワークが断ち切られていたので、日本各地や世界各地の状況に関しては全く確認できていませんが、恐らくあのタイミングでは対応できた地域は皆無ではないかと考えております。
つまり、俺がいた世界百億の命が失われたものと、俺は理解しています。」
俺は分る限りのことを推察も含めて答えて見せた。
「ふうむ・・・、あなたの推察は大変興味深いものがありますし、ご賢察の通り、我々が送り込んだ爆弾は、水素爆弾というもののようです。
実験場での破壊力から想定して、最大の被害を与えうる場所を特定して、各地域に爆弾を送り込みました。
日本だけで実に10ヶ所も送り込んだのです。
世界規模では何と、1000発もの水素爆弾を送ったらしいのですよ・・・、すごい数ですね。
目に見える侵略行為が始まってからはや5年・・・、明らかな侵略行為と見えなかった時代も含めると、20年近くにも及ぶと評する学者たちもいますがね、その間、我々もただ手をこまねいていた訳ではなかったのです。
世界各地に出現した侵攻基地は街中であることもあり、過激な市街戦は避けられていました。
それでも装甲とも言える厚い外壁を打ち破って一瞬で基地機能をマヒさせるべく、威力の大きな爆弾の開発は続けられていたのです。
当初の計画は、外壁の厚さを利用して、シャッターが開いた瞬間に高性能爆弾を内部に打ち込むと言うものだったようです。
それにより地上階のみならず、あるかもしれない地下施設をも一緒に破壊してしまおうとしたのですね。
破壊力の大きな水素爆弾の小型化したものをいくつも作成して、敵基地へ入り込むことに成功した場合のみ、起爆するよう細工して発射する予定だったと聞いております。
基地へ入り込んでシャッターが閉まると無線の電波が途切れるので、電波が途切れたら起爆するようセットする計画でした。
戦闘マシンだけではなく基地自体の防衛システムもありましたから、何発もの爆弾を撃ちこんで、そのうちの数発が内部で起爆すれば、建物を一瞬で吹き飛ばせるという計画でした。
その計画を進めていた矢先に、あの空白期間が訪れたのです。
そうです、平日は毎日必ず行われていた強奪行為が、突然行われなくなったのです。
すぐさま各地の自警団が、侵攻基地へ押しかけ自動装置のみの防衛システムを突破して、基地を攻略したのです。
そうしてあの、次元移送装置を手に入れ、我々の作戦が大幅に変更となった訳です。
すぐに準備していた小型爆弾をまとめて一つの大型爆弾として機能するよう、世界中で改造が行われました。
1週間ほどで改変が終わり、あなたの御推察通り我々の世界を挙げてのお祝いのパレードに模擬させて、爆弾を送りこんだと言う訳です。
それもこれも、長い年月を通じて強奪を受けていた我々弱い者達の怒りが爆発したものと、受け止めていただけると思っております。
あのような大量破壊兵器を送りつけるということに対して反対する向きもありましたが、結果的にはいつ再開するかもしれない強奪行為を、未来永劫発生させないようにできるならと、世界中の民衆の一致した意見で送り届けた、我々からのメッセージとも言えます。
その答えとも言える、向こうの世界の被害状況なのですが、何とかして確認できる方法はございませんかね。
少なくとも関東一円は、強烈な被害を受けたらしいということは理解できました。
それでは日本のほかの地域はどうでしょう・・・、他の国々はどうなったでしょうか?」
裁判長は淡々と水素爆弾を送りこんだ経緯を説明してくれる。
それがあたかも俺たちの世界がこの世界で資源の強奪を行っていたことに対する、正当な報復措置であるかのように強調して・・・。
しかし、どうなのだろうか・・・、その行為は果たして本当に正当と評価できるのだろうか・・・?
なにせ強盗を行なって暮らしていた犯人全員、何も知らないその家族まで含めて、一家全員に死刑判決を下したようなものだ。
それを正当と言えるのだろうか・・・、だがまあ仕方がない・・・、俺も知らなかったとはいえ、その強奪行為の恩恵で充分な食事も出来たし、何より仕事がもらえたわけだからな。
人を苦しめて得ていた幸せは長くは続かないし、そのしっぺ返しは大きいということなのだろう。
「先ほども申し上げた通り、俺の居た東京の湾岸沿いの地下では、地上の状況の把握も出来ない状態で、更に他の地域へのネットワークが絶たれていた為、どのような被害を受けたのか、全く分かっておりません。」
俺は、再度首を振って答える。
分らないことは分らないのだ・・・、俺の推察では満足できないと言うのであれば、それはもう何も答えることは出来ない。
「でも、あなたはその壊滅的打撃を受けた東京湾岸で、その後1週間もの間生きながらえたわけでしょう?
地下深くの世界は、真っ暗でしたか?
冷たく凍える気温でしたか?」
俺の言葉に納得のできない裁判長は、尚も問いかけてくる。
「いや・・・、俺の居た地下施設は、テロリスト対策として核攻撃にも耐えられる仕様で、非常用の電源も備えた、いわゆる核シェルターとも言える施設でした。
だからこそ甚大な被害を受けた東京で、1週間もの間無事でいられたと言えるでしょう。
地上には無事な生物は、皆無と考えております。」
どうやら俺が生きながらえたことを疑問に感じているようだが、それに対する答えは簡単だ。
俺は直ちに答える。
「かく・・・しぇるたー・・・?」
「・・・・・・」
するとまた裁判長の所に、中年男性が寄って来て何事かアドバイスしている。
やはり、こちらの世界では、核兵器というのは一般には知られてはいないのだろう。
俺たちの世界のように、冷戦時代の遺産とも言える核兵器や、大国が自己の力を示すために準備していた核兵器による戦争被害を時折解説して、自分の身をどう守るかということで、一部の国では核シェルターを自宅の地下に造る事が流行ったと、何かのテレビ番組で見た記憶がある。
俺の居た世界は一見平和のように見えてはいたが、何か事があるとその均衡はいつでも崩れてしまう懸念は付きまとっていた。
だからこそ世界的な食糧難に関しても、早急にしかも恒久的な解決策を必要としたのだろうと、俺は今なら考えることができる。
例え他の次元の、自分たちと変わらない人々を苦しめたとしてでも・・・。
「ふうむ・・・、あなたが閉じこもった地下施設というのが、たまたま核シェルターという機能も果たしたため、あなたは核攻撃にも耐えられたと・・・、そうして地上にいた人々は、その様な施設はないので耐えられなかっただろうと言う訳ですね。
では、その核シェルターという施設は、その地下施設だけなのですか?
向こうの世界であなたと同じように核シェルターに避難していて、生き残った人はいませんか?」
裁判長は突然、俺の思考になかった質問をしてきた。
確かに・・・、言われてみればもっともな話ではあるのだが・・・。
「その事に関しては、俺には何とも言えません。
なにせ、あの時点でこちら側の世界から報復攻撃されるなどと考えた人間が、向こうの世界に一体何人いたことだろうか・・・、という疑問があるからです。
最初に言った通り、俺たちはあの強奪行為をコンピューターのシミュレーションゲームとして行っていたし、向こうの世界の大半の人々は、こちら側の世界に対して強奪行為を行っていたことを全く知りません。
あの空白期間中だって、強奪した食料の供給が絶たれてしまい、食品価格が高騰し始めましたが、それだって世界規模の天候不順による作物の不作が原因と報道されていただけです。
俺は地下空間からでも地上の情報へアクセスできたから、どのような報道がなされていたかはよくわかっているつもりです。
別次元の世界に対して侵略行為を行っていることを知っていた人・・・、俺の会社の幹部の人たちとか、後は各国政府の要人でしょうかね・・・、恐らくごく一部の人間に限られるのではないかと考えますが、その人たちだって一体どれだけの割合の人が、こちら側の世界からの報復攻撃を危惧して核シェルターに入ろうとしたのか、恐らくあまり多くはないと考えています。
なぜなら企業のトップや政府の要人が突然、姿を消すなんて事は出来ないからです。
有事の際ならともかく、核攻撃を受ける瞬間まで、こちら側の世界をずっと監視していた俺ですら、反撃の気配も感じてはいなかったのです。
ですので・・・、用心深い一部の政府要人などが避難していた可能性は否定できませんが、それほど多くはないのではないかと・・・。
更に核攻撃を受けた都市部の核シェルターであれば、地上は焼野原と化しているので、今後何年も地上へ出ることは叶わないでしょうし、狭い空間で永遠に過ごすしかなくなるわけです。
俺の居た地下施設はバックアップの電源が1ヶ月間は持つようになっていましたが、保存食は勿論なく、持ち込んだ食糧もすぐに尽きてしまいました。
本格的な核シェルターであれば、1年や2年程度は維持できる設備が備わっているものもあるでしょうが、あの核攻撃の影響がそんな短期間で修復されるとは到底考えられません。
避難できたとしても、生きている間に再び地上へ出られることはないだろうと考えています。
また、俺は運よく次元間移動して蘇生しましたが、実際には生物は次元間移動できないようです。
一旦死んでしまいます・・・、その為、核シェルターに残った人々が、こちら側の世界へ移動して、こちら側の世界を征服しようと考える可能性も低いと考えています。
まあ、向こうの世界で地上に出られないことを憂いて、命を懸けてこちらの世界へ次元移動しようとする可能性はないとは言えませんが・・・、実際俺は半ば自殺するつもりで、AEDを貼りつけて次元移動に挑戦した訳ですから・・・。ですが、成功する確率も低いでしょうし、とてもこちらの世界を征服しうるだけの人数には達しないと考えます。」
俺は、とりあえず核シェルターでの生き残りを否定することはしなかったが、今後の生活を考えると非常に厳しい状況であることを付け加えておいた。
また、次元移動して、向こうの世界の人間たちが攻め込んでくる可能性は非常に低い事も付け加えておいた。
次元移動自体が、命がけの行為であるということを強調して・・・。
こう説明して置けば、向こうの世界から、これ以上干渉される危険性が少ない事を、理解してくれるのではないかと考えての事だ。