彼女との関係
7 彼女との関係
『カチャ』「ごめんなさい、遅くなって・・・、すぐに晩御飯作るわね。」
彼女が息を切らせながら、ドアを開けて入って来た。
外は結構暗くなっている様子だ、しまった・・・、夢中になってテレビを見続けていた。
カレー位野菜を切って煮るだけだから、俺でも作れただろうに・・・、こんなに世話になっていると言うのに何もせずにいるわけにはいかない、すぐに立ち上がって台所へ向かう。
「どうしたの?手伝ってくれるの?
大丈夫よ、あなたはお風呂に入って・・・それからテレビでも見ていてね。
ガスふろだから、すぐに湧き上がるわよ。」
彼女はやさしい笑顔を見せて、俺をソファに座らせると、自分は洗面所へと向かった。
まるで子供か病人扱いだ・・・、だが、俺に触れる彼女のぬくもりが、心地よい。
「ご飯は、炊飯器の予約でもうすぐ炊き上がるから、大丈夫。すぐに出来るから待っていてね。」
そう言えば、先ほどからプシューとかグツグツ音がしていたが、あれは炊飯器だったのか。
そうして彼女は台所に立って調理を始めた。
『トントントントントン』台所から軽快な包丁の響きが・・・、なんだか実家を思い出して懐かしい・・・。
「もういい頃よ。」
暫く経って、彼女の声に追い立てられるように洗面所に向かい、そこで服を脱いで風呂場へ。
そそくさと風呂を終えてソファーに戻ると、もう既にいい匂いがしていて、ほどなく食卓に大きな鍋が運ばれてきた。
「さっ、出来たわよ・・・、今日はジュンゾーの大好物のカレーよ・・・。」
彼女が笑顔で大皿に大量のご飯を盛ると、その上にこれまたなみなみとカレーを盛り付ける。
ううむ・・・、確かにカレーは俺も好物ではあるが・・・、こんなに大量に食えるのだろうか。
こちらの世界の俺は、かなりの大食漢・・・、まあそうだろうな、見た感じ筋肉もりもりだったから、日々激しいトレーニングを続けていたのだろうし、腹も減っただろう。
「では、頂きます。」
そう言って彼女は、俺の皿の半分くらいしか盛られていないカレーにスプーンを運ぶ。
まあ、太ることを気にする若い女性だったら、そのくらいだろう・・・、ちょっと俺のカレーは盛り過ぎだ。
でも・・・うまい・・・、ううむ、市販のカレールーを使ったようだが、それ以外にもスパイスというか、風味が増しているように感じる。
カレー専門店のカレーでも食べているような感じだ、とてもインスタントとは思えない。
あまりのうまさに、スプーンが止まらず、さほど大食いではないつもりの俺だが、大量に盛られたカレーを完食してしまった。
「ふふっ・・・、食べっぷりは変わっていないわね・・・、どうする?おかわりする?」
彼女が嬉しそうに笑顔を見せる。
いやいや流石にこれ以上は・・・、俺はふるふると首を横に振る。
ううむ・・・、折角引っ込んだ腹が、また出て来てしまいそうだ・・・。
ふう・・・食った食った・・・、食べ過ぎでぐったりとソファーに腰かけていると、彼女が寄って来た。
食器洗いも手伝おうとしたのだが、断られてソファーに追いやられたのだった。
「さっき出た時の帰りに酒屋に寄って来たのよ・・・、前はマーケットの警備が終わったら基地攻略で、夜の時間なんかほとんどなかったものね。
今は強奪が収まっているから大丈夫でしょ・・・、今日は飲みましょ。」
後片付けをした後、一旦奥の部屋へ引っ込んでから風呂へ向かい、また台所へ立ったので、何か調理でもしているのかと思っていたら、彼女の手には、おちょこが2つと徳利が握られていた。
そうして俺におちょこを持たせると、それに酒を注いでくれる。
俺が飲み始めると、コンロであぶったスルメも持ってきた・・・。
俺も彼女の手におちょこを持たせ、返杯とばかりに酒を注ぐ。
「乾杯!」
おちょこ同士を軽く合わせて、互いに笑顔で酒を口に運ぶ・・・・。
「あれから半年経つのよ・・・、ジュンゾーはこの地域の自警団のリーダーで・・・、徴兵制って言ってね、日本では成人に達すると、男子は必ず2年間は軍隊に属さなくてはならないの。
そこで銃の扱いや戦闘訓練を受けて、徴兵期間が終了すれば大学へ戻ることも、就職することも許されたわ。
それでも、地域ごとの自警団という地域軍に配属されて、有事の際は国民皆兵として武器を持って戦う事を義務付けられているの。
と言っても、ここ百年間も戦争のない平和な世の中だったから、徴兵制ですらただの健康増進のためのトレーニング期間としか、受け止められてはいなかったわ。
ところが5年前から始まったマシンによる強奪行為・・・、これは侵略行為とみなされて各地域の自警団が組織されて対応に当たることになったの。
なにせ相手は物言わぬ機械・・・、破壊しても破壊しても次々と補充されて、強奪行為が収まることはなかった。
対するこちらは生身の人間だから、銃撃を受ければ怪我をするし、死んでしまうようなこともあったわ。
仲間たちがどんどん犠牲になって行く中、ジュンゾーが特攻とも言える攻撃を仕掛けて敵の基地のガードを破壊し、そうして総攻撃をかけて東京基地に壊滅的打撃を与えたのよね。
ところがすぐにどこからか飛んできたマシンによって、基地攻略部隊は追い払われてしまい、又悪夢のような強奪され続ける日々が始まったの。
それからすぐよね・・・、私が悪いのよ・・・、私が、地面に書かれた落書きを目にしなければ・・・。
敵基地を監視していた自警団のメンバーの人が、マシンが何かをやっていたって聞いたから、それが何なのか気になって見に行ったのよ。
ジュンゾーの名前と共に、今は何年か?なんて寝ぼけたことを書いてあったから、てっきり敵の策略かと思って、返事は書いたけど、自警団にはなんて書いてあるか分らなかったって言っておいたわ。
だって・・・、ジュンゾーの名前を騙って、自警団を内部分裂させる作戦だと思ったものだから・・・。
そうして、ジュンゾーにだけは、敵のマシンにジュンゾーの名前が使われているって教えてあげたの。
ジュンゾーはすぐに確認しに行ったわ・・・、それが最後になるとは知らずに・・・、そうして半年も経ってようやく戻って来たのよ・・・、あなたはジュンゾーでしょ?
敵に捕まって、半年間も向こうの世界で過ごしていたんでしょ?
ようやく逃げてきたところ悪いんだけど、向こうでの生活を思い出してくれると、ありがたいのよね。
向こうの世界と行き来できる方法があるなら、ぜひ教えて欲しいわ。」
彼女はそう話し終えると、俺の肩に頭を乗せて寄りかかって来て目をつぶった。
徳利の大きさから2合徳利で、2本ほど彼女と俺、交互に注ぎ合って飲んでいたから、ともに2合近く飲んでいる計算になるだろう。
俺はまだ平気だが、彼女はどうだろうか・・・、まあ、女性にだって酒の強い人はいくらでもいるからな・・・、と思っていると・・・。
『すー・・・すー・・・』彼女のゆっくりとした呼吸音が聞こえてくる。
もう限界のようだ、俺は彼女の両肩を両手で軽く掴んで、ゆっくりと彼女と一緒に立ち上がる。
「うん?眠っちゃってた?」
彼女は眠そうに目を細めたり瞬きを繰り返す。
うーむ、かわいい・・・、そのままにはしておけないので、彼女を奥の部屋へと導こうと、扉を開ける。
奥の部屋には、真ん中に少し大きめのベッドが置かれていた。
酔って足取りが怪しい彼女を持ち上げ気味に部屋の中へと導き、ベッドへと誘導する。
そうして、ベッドへ寝かしつけようとした。
「来て・・・」
彼女は俺の首の後ろに手を回して、そのまま俺をベッドへ導こうとする。
「いっ・・・いや、お・・・。」
俺はこの世界の俺ではないと言おうとした瞬間、彼女は自分でシャツのボタンを外し、その整った胸をはだけさせる。
なんと、ノーブラ・・・、その白く美しい丸いふくらみを目の当たりにして、更に酒の酔いも手伝ったのか、瞬間俺の意識のタガが吹っ飛んだ。
夢中でその胸にむしゃぶりつく・・・。
翌朝目覚めると、俺はベッドで寝ていて、その隣で榛名朋美がさわやかな寝息を立てている。
昨晩の事は俺の夢や妄想ではなかったようだ・・・、だとしたら・・・・、彼女と・・・、申し訳ない!
彼女は俺の事をこちらの世界の俺と勘違いしているだけなのだ・・・・、それを利用して関係を迫るとは・・・、本当に俺は何ということをしてしまったのか・・・、どうしてはっきりと俺は違うと断らなかったのか・・・、今となっては遅いのだが・・・、猛烈に反省する。
だがどうすればいい・・・、こんなことになってから俺は別人ですなんて言えば、余計に彼女は深く傷つく・・・というか、強いショックを受けてしまう事だろう。
決して自分の行為を正当化するつもりはないのだが、今この場で彼女を起こして、俺は異次元世界の方の俺ですなんて、言えるはずもない。
「うっ・・・うーん、おはよ・・・、頭が・・・ガンガンする・・・。」
上半身起き上がらせて、しばし思案にふけっていると、彼女も目覚めたのか俺を見上げるが、しかしそのまままた背を向けて布団にくるまってしまった。
二日酔いだろう・・・、彼女はそれほど酒は強くないのだ。
彼女は起きそうもないので、俺一人で起きあがり洗面所へ向かい顔を洗う。
洗面所の鏡を見ながら、さしあたり彼女にどうやって接しようか、自問自答するが答えが出るはずもない。
仕方がないので、気分のすぐれない彼女に代わって、朝食位は準備してやろうと洗面所から出ると、既に台所には彼女の姿があった。
「すぐに出来るから、待っていてね。」
先ほどまでの彼女とは別人のように、てきぱきと動いているようだ。
そうして、食卓に目玉焼きの乗った皿を並べると、トーストをトースターにセットした。
「上に上がったら焼き上がりだから、悪いけど自分でバターを塗って食べてね。」
そう言いながら彼女は1人洗面所へ向かう・・・、そう言えば彼女顔も洗わずに、俺の朝食の支度をしてくれたのか、二日酔いで気分がすぐれないのだろうに・・・、本当に申し訳ない。
『チンッ・・・ガッシャン』勢いよく2枚のトーストが跳ね上がる。
トーストの表面には、丁度良い焦げ目が浮かんでいるようだ。
『カチャッ』「どうしたの?食べないの?食欲がない?」
焼き上がったトーストをそのままにしているのを見て、洗面所から出てきた彼女が心配そうにする。
「い・・・いや、待ってた・・・。」
「ああ、待っててくれたの?ありがとう。
じゃあ、食べましょ。」
彼女はすぐに笑顔を見せ、食卓につく。
何も重度の記憶障害を演じようとしている訳ではない、彼女の顔を見てしまうと、俺は言葉に詰まって、話せなくなってしまうのだ。
「じゃあ悪いけど私は仕事に行かなければならないから、うちで留守番していてね。
念のために鍵を渡しておくから、外出する時にはきちんと鍵を掛けて、それから迷子になったら困るから・・・、これがこのアパートの住所よ・・・、道が分らなくなったら、誰か周りの人に見せて道を聞くのよ、いいわね。」
まるで幼いわが子を一人残して働きに出る母親のように、何から何まで俺の事を気づかってくれ、住所が書かれたメモ用紙を持たせてくれる。
ふらふらと、またゲーセンへでも行ってしまうかもと考えているのだろうか・・・。
本当に良く気が付くし、やさしい心の持ち主のようだ。
まあ、彼女にとっての俺は、記憶障害の元彼なのだからな・・・。
『パンパンッ』忙しい中でもいつもの習慣は忘れないのか、彼女は神棚に手を合わせることは忘れずに、それから急いで出て行った。
よかった・・・、彼女があわただしくしていたので、余計な事を言わずに済んだ・・・。
今日帰ってきたら、正直に全てを話そう・・・、時間を置けば、彼女のショックも少しは和らぐだろう。
彼女を騙して関係を持ったことを非難されても仕方がない・・・、なにせ、まぎれもない事実なのだし、それが原因で警察に突き出されたとしても、まさに自業自得なのだから、潔く刑に服すつもりだ。
まあ、婦女暴行と同等の罪ぐらいにはなるのだろうなあ・・・、あの時もう少し自制が働きさえすれば・・、なんて考えたところで始まらないさ。
『カチャッ』「ただいまー・・・、おとなしくいい子にしていてくれた?」
夕刻になり、彼女が息を切らせながら帰って来た。
よほど急いで駆けてきたのであろうか、完全に息が上がっているようだ。
「あらー・・・、朝食の後片付け、やっておいてくれたの?
そう言えばお昼・・・、すっかり忘れていたけど、お腹すいてない?」
「ああ、大丈夫・・・、ラーメン作ったから・・・・。」
「そう・・・、よかったわ・・・。」
彼女が出かけた後、俺は朝食の食器を洗い、昼は食器棚の下に入っていたインスタントラーメンを作って食べたのだ。
まあ、彼女が作るのと違い、炒めた野菜も何もなく、ただ仕上げに卵を落としただけであったが、それでもおいしくいただけた。
「じゃあ、すぐに夕食の支度をするわね。」
彼女は着替えも早々に、台所へと向かう。
「その前に、俺の話を聞いてくれないか?大事な話なんだ。」
俺はついにすべてを打ち明けるつもりでいる・・・、昼の内にどのように筋道立てて話そうか、色々と思案を重ねていたのだ。
なにせ、このままでは俺は異次元からこの世界へ逃げてきたうえ、新倉山順三というこの世界の住民に成り代わって、平然と生活を続けようとする最低野郎ということになってしまう。
少しでも話す順番や言い方を間違うと、この行為だけでも十分に避難される行為だろうし、ましてや彼女の勘違いを利用してその体を・・・、もうこれは十分に犯罪なのだ。