古き良き時代
6 古き良き時代
彼女の言葉から察するに・・・、この世界では第2次世界大戦どころか、第1次世界大戦すらも行われていないということか。
恐らく、日清戦争や日露戦争も・・・。
その為なのか、文明はゆっくりと進歩し、俺がいた世界とは科学力で大きな差がついてしまったのだろう。
戦争という行為は、人の命を奪うし悲惨な行為ではあるけれど、飛躍的に技術力を向上させると言うからな。
恐らくこの世界は、俺たちの世界で言うと昭和・・・、それも第2次世界大戦が終わって間もなくのころの時代に近いのであろう・・・、俺たちの世界でもその時代は古き良き時代として映画などに取り上げられ、俺も子供の頃に見た記憶がある。
「少しは何か思い出した・・・?」
彼女が、俺の方へ顔を向けるが、俺は何も答えられない。
「まあ、あまり無理をしない方がいいとは言うからね・・・、いいわ、ゆっくりと治しましょう。
戻ろう・・・。」
少しがっかりした様子を見せながら、彼女は俺の手を引いて来た道とは反対側の公園出口へと向かう。
彼女は俺に何を期待しているのか・・・、恐らく、この地域の異次元兵器に対抗する軍を統率しているくらいの立場ではなかったかと想定される、こちらの世界の俺・・・つまり新倉山順三の復活を期待しているのであれば、それは無理だ。
いくら次元は違えど同じ人間と言っても、俺には奴の代わりは出来そうもない。
鍛えあげた屈強な体に様々な戦術・・・、到底俺になしうることではないのだし、何より奴が死んだことを知られていないことを利用して、俺が奴に成りすますつもりは毛頭ない。
今は騙しているようで申し訳ないが、あくまでも仮だ・・・、様子が分り次第、正直に打ち明けるつもりでいる。
それにより俺が、この世界を侵略しようとしていた異世界からの使者として、警察へ突き出されたとしてもやむを得ない事だと考えている。
ただ、俺自身にはこの世界の人々への敵対意識とか、人々を苦しめようなどと言ったつもりは毛頭なかったことを理解してもらうための準備はしておきたいと思っているだけだ。
何度も繰り返し試行して出した結論を、再度反芻しながら彼女について歩いて行く。
「ちょっと買い物して行きましょ。」
彼女に手を引かれて向かった先は、スーパーマーケットだった。
と言っても、俺たちの世界にあった、巨大なショッピングモールなどではなく、平屋で食料品専門の肉屋と魚屋と八百屋がドッキングした程度の、食料品スーパーだ。
「はい、かごを持ってね。」
彼女は俺にスーパーの買い物カゴを持たせると、次々にそこへ放り込んで行く。
スーパーの野菜売り場には、色とりどりの野菜や果物が、所狭しと山積みに並べられている。
お1人様玉ねぎ限定3個までなんていう張り紙が常に掲示されている、俺たちの世界の野菜売り場とは異なり、食材は十分に豊富のようだ・・・。
玉ねぎにジャガイモに人参・・・、これに肉が加われば今夜はカレーか?と思っていたら、案の定、食肉のブースの前で立ち止まる
「豚コマ300頂戴。」
彼女がカウンターの向こうの若い店員に告げると、店員は薄い木の皮のようなものを量りに乗せると、そこに薄切り肉を乗せて行く。
「ヘイお待ち!」
量り終ると木の薄皮を丸め輪ゴムで止めると、これまた薄い水色の紙にくるんで、その表面にマジックで何か書き込み、彼女に差し出した。
「ありがとう。」
彼女はそれも俺の持つカゴの中へ入れる。
包み紙には、肉99と書かれている・・・、99円ということなのか?
それは安い・・・、豚コマ300と言っていたから、100グラム当たり33円?
そう言えば、先ほど野菜の所に札が立っていて、3とか5とか書かれていたが、あれは値段なのか?
玉ねぎとジャガイモが1個3円で人参が1本5円ということか・・・、俺も仕事にあぶれている時は、食費節約の為に自炊はよくしたので、食材を買い物に行ったものだが、恐らく俺たちの世界の1/10位の物価なのではないだろうか・・・。
しかも、食料の供給が安定していた時(つまり、こちらの世界から強奪していた時)の価格であり、野菜などが高騰していた時と比較すると、更にそこから5から10倍へと跳ね上がる。
何という物価の安さだ・・・、こちら側の世界では、世界人口が爆発的に増えるといった現象は、起きていないのだろうか?
世界規模の人口増加で食糧危機となり、食品価格が跳ね上がると言う俺たちの世界で起きている現象とは、無縁の世界ということなのだろうか。
道理でコロッケが1つ5円とかで売られている訳だ・・・、あれは別に特売と言った訳ではないのだろう。
「あとは・・・、これこれ・・・、これがあるから、私たち庶民でも、おいしいカレーが食べられるのよ。」
彼女は笑顔で俺に話しかけながら、スーパーの棚から長方形の箱を取り出した。
カレーのルーの箱・・・俺たちの世界でもなじみのメーカーのものだ、彩が少し華やかさに欠けるが、パッケージデザインなど、見覚えがある形なので、すぐに判った。
この世界とは文明の進み具合に差があるようで、その差が物価に繋がっているのだろうが、同じものも販売されているようだ。
総じて、同じ人種の考えることは似かよると言う事だろうか・・・。
「じゃあ、必要な食材は揃ったから、レジへ行くわね。」
彼女は俺をレジへと誘導して歩いて行く。
「256円です。」
レジ打ちの中年女性が、商品を紙袋に詰めながら購入金額を告げる。
ううむ・・・、玉ねぎとジャガイモは2個ずつで12円。
人参が1本で5円で、肉が99円だったから、カレールーが1箱140円ということか?
それとも消費税が掛けられているのだろうか・・・?
「結構高いでしょう?
これでも最近は異世界からの強奪が治まっているから、野菜なんかは値段が下がって来たところなのよ。
それでも肉や、こういったカレーなどは、流通段階が複雑とかで、一気には下がってくれないのよね・・・・。
みんな、あの恐ろしい強奪行為がいつか復活するのではないかとびくびくで、食料なども小出しでしか出荷しないところが多いのね。」
少し大きめのガマ口から小銭を取り出して清算すると、彼女は食材が詰められた紙袋を俺に持たせて、先を歩きはじめる。
ううむー、この状態でも物価が高騰しているという感覚なのか・・・・、俺たちの世界とはえらい違いだ。
いや、そうか・・・、物価というか、食品の価格よりも、給料というか人々の収入との比較が重要な訳だ。
物価が1/10でも、給料が1/10だったら、生活水準は変わらないことになる。
「きっ・・・き、きゅうり・・・。」
給料はいくらなんだい?と聞こうとして、慌てて取り止める。
記憶喪失のふりをしているのを忘れていた・・・、やばいやばい・・・。
「うん?きゅうり?きゅうりはカレーには入れないわよ・・・、少なくとも私はね・・・。
きゅうりを入れたカレーが好きなの?それとも、付け合せに、きゅうりの漬物が良かった?
福神漬けを買って来たけど・・・、きゅうりのお漬物・・・、家にあったかしら・・・?
もう一度戻って、買ってくる?」
彼女は、俺がきゅうりをリクエストしたものと勘違いをして、慌ててスーパーに戻ろうとするが、すぐに首を横に振って引き留める。
「うん?いいの?福神漬けで大丈夫?」
彼女は俺が抱える紙袋の中から、福神漬け入りのビニール袋を取り出して俺に見せるので、俺は大きく何度も頷いて見せた。
「じゃあ、戻りましょ・・・、今日がお休みで良かったわ・・・、のんびりできるから・・・。」
彼女はまた笑顔で、俺の手を引いて歩き始めた。
今日が休みということは、彼女は働いているということなのか・・・、学生・・・ということはないだろう。
なにせ、俺がゲーセンに通っていた当時の彼女が、見た目からして恐らく女子大生くらいだったろうから、研究の為に大学に残ってでも居なければ、とっくに卒業しているはずだ。
そうなると・・・、今日は日曜日くらいか?籠城生活が長く、曜日の感覚もないので、全く分からない。
「テレビでも見て待っていてね、もうお昼だから、すぐに作るわね。」
アパートへ戻ると、彼女は俺をソファーに座らせ、テレビをつけてくれた。
「お昼のニュースです。
本日も北海道、東北・関東1・2・中部・関西1・2・中国・四国・九州・沖縄地方すべてで、異次元からの強奪行為は行われておりません。
我々が放った、新型爆弾による対抗処置が成功したのか、この1週間も平穏な日々が続いております。
毎日休むことのなかった襲撃が止んでから、本日で23日を数えますが、未だに強奪行為が中断された原因は特定されておりません。
このような状況ですので、向こうの世界の情報が一切入ってこない中、安易に平和を信じて警戒を解くことは危険でですから、なおしばらくは警戒を継続するよう、世界統一政府は日本時間今朝6時に声明を発表いたしました。
これを受け、日本でも警戒を解くことなく、各地域ごとに巡回警備を継続するよう呼びかけております。
各地域の自警団は、班分け票に従って交代で巡回をお願いいたします。
少なくとも、今週末までは引き続き・・・・」
テレビでは丁度ニュースをやっている時間の様で、アナウンサーが原稿を読み上げている。
「すごいでしょう?
もう3週間も襲撃がないと言うのに、それでも毎日交代制で、自警団の人たちがパトロールを続けているのよ。
それも、昼夜問わず連続で・・・、以前だったら、昼間の襲撃が済んでしまったら、後は基地へマシンたちが戻ってしまうので、戦いの場所は基地へ移っていたのだけど、今は襲撃がないから逆に至る所で警戒していなければならない状態なのね。
かえって前より多くの人たちが時間を割いて、パトロールを続けていると言う訳。
さっ、食べましょ、こっちへ来て。」
彼女は食卓にどんぶりを並べて、俺を呼び寄せる。
今日の昼はラーメンの様子だ、麺の上には、ゆで卵と炒めた野菜が乗っている。
うーむ、うまい・・・と言っても、インスタントラーメンだから、食べなれた味だ。
食べ終わって彼女が食器を片づけた後、彼女は仕事の準備があると言うので、出かけてしまった。
俺は1人ソファーに座り、テレビを見続ける。
休みの日の昼だからなのか、テレビ番組は、歌番組や劇場中継など華やかな内容だ。
コマーシャルが入るということは民放であろうが、CMの内容は家電製品や食品に関するものが多い。
この辺りは、俺たちの世界とあまり変わりはないが、テレビはブラウン管テレビで、原色フルカラーを謳っていたり、大出力オーディオ機器という、大きな円盤を回す装置が付いた、これまた巨大なスピーカー・・・、中央にはアンプが付いていて、音を拡大するということらしいが、これで一体何をしたいのだ?と言いたくなるような装置の宣伝もしているようだ。
洗濯機は搾り機より簡単お手軽、高速脱水機付きの2槽式と宣伝されていて、洗濯機のあの小さな槽は脱水機だということが分った。
食べ物に関しては、やはりチョコレートとかスナック菓子などのCMが多く、それでも個別包装の高級仕様の物より、板チョコや大袋入りのキャンディーなどの宣伝が多いようだ。
CMを見ているだけでも、随分と違いを感じるが、歌番組で出てくる歌手や司会者たちを見ていると、どことなく見た感じがあるような人ばかりで、中にはズバリ知っている名前の人も結構いた。
それでも、楽曲の内容は時代背景からなのか、ビートの効いた明るいポップサウンドはあまり多くはなく、おとなし目のバラードなどが中心のようだ。
家電製品などは、小学校の時の社会見学で、電機メーカーの工場見学に行ったことがあったが、その時に家電製品の進歩などと言った、各世代の家電製品が並べられていたのを見た記憶がある。
元々大きな装置であった家電製品が、日本人お得意の技術によって、より小さく、より薄く、より軽くなってきたのだと紹介されていて、中でもテレビなどは、ブラウン管から液晶やプラズマへと移り変わり、大きな設置スペースを要していたものが、今では壁掛けも可能になったのだと言う説明に興味を持った記憶がある。
テレビだけの技術を見ても、50年以上は遅れているだろう。
なにせ、ここのブラウン管テレビは丸いチャンネルを回して切り替えるタイプで、リモコンすらついてはいない。
彼女の事情で、高級なリモコン付きのテレビは買っていないのかもと思っていたのだが、宣伝で出てくるテレビ自体にリモコン仕様などない様子だ。
恐らく電話も・・・、携帯電話などないのではないか?
そう言えば、彼女と一緒に外を歩いている時に、公衆電話ボックスがいくつもあったし、そこで電話している人も多く見かけた。
俺たちの世界ではほとんど見かけなくなってきた公衆電話だが、災害時の非常連絡の為に、家の近所の公衆電話の配置は常に意識していたものだった。
ううむ・・・携帯を忘れてきて、正解ということか・・・。