実践開始
第2話 実戦開始
「じゃあ、明日からよろしくお願いいたします。
自分の事はラッキョウと呼んでください。」
帰り際、トップの成績を打ち出した奴が、手を出して握手を求めてきた。
俺の記憶では、全国5位の記録を持つやつである。
見た目はラッキョウと言うより猿なのだが・・・・。
「へえ、あなたが新倉順三さんですか。
もっとお年を召した方かとも思っていましたが、まだお若いようで・・・。
いえ、どこぞの政治家の方と似たようなお名前なもので・・・。
すごいですよね、対戦形式で310連勝中でしょ。
あのシューティングゲームで1度も負けたことが無いですもんね。」
ラッキョウは、俺のハンドルネームを聞いて、納得したように頷いていた。
新倉俊三というのは、俺の大好きな政治家で、食料品などがどれも高騰した20年ほど前に、これでは食べられない人が出ると言って、食料維持助成金なるものを低所得者に配布すべしと時の政府に提案し、ごり押しともいえる政治圧力で認めさせた人物である。
そのおかげか、所属政党が政権与党に返り咲いたのだが、いざ政権与党になってみると、国庫を顧みないようなパフォーマンスをするような人物を、要職につけることは出来ないのか、すっかり干されてしまい、それ以降日の目を浴びない存在になっている人物だ。
それでも、俺は密かに応援している。
俺の名前は新倉山順三で、山という字を外せば、丁度しゅんぞうとじゅんぞう、濁るかどうかだけなので、ゲームクリア時に使うペンネームともいえるハンドルネームに使っているのだ。
ラッキョウは俺よりも2つ下の26歳で、俺と同じくフリーターのようだ。
ラッキョウの話では、あのシューティングゲームの全国トップテンの中の7人は高校生以下であり、俺でも成人の部として区分すれば、全国3位となるのだそうだ。
もう一人成人で俺よりも持ち得点の高い奴がいるはずだが、そいつは安定した仕事を持っているのか、ハンドルネームから推察してみると、応募してきてはいないということだ。
ラッキョウがずいぶんと詳しい事に疑問を感じていると、学生時代の友人に、シューティングゲームを製作しているソフトメーカーに就職した奴がいるらしい。
シューティングゲームでも、対人戦となると血が飛び散る場面などが演出されるため、今では15歳未満は限られた設定しかゲームすることが出来ない。
身分証明書の提示がなければ、選べない設定があるのだ。
どうやら、そこから得た情報のようだ。
個人名が入っている訳ではないので、個人情報保護法には引っかからないかもしれないが、余り公言すべき内容ではなさそうだ。
しかし、本当にこんな内容が一流企業の仕事と言えるのだろうか。
翌日から指定された場所に出社し、案内された職場は、かつての怪獣ものの特撮番組で出てくる科学特捜隊の基地のような内装であった。
一人一人与えられた席の前には、ゲーム場さながらのシューティングゲームの画面が映し出されていて、ただひたすらに出てくる登場人物を撃ち倒していくだけだ。
これではゲーム場と何ら変わりはないのだが、的が人以外の設定はなく、生々しく血しぶきが上がる演出に我慢しながら、攻撃を継続していかなければならない。
中には、この演出だけで気分が悪くなってしまうものも居た。
俺も、人の血を見ることはあまり得意ではない。
健康診断で血液採取する時も、注射器を見ずにそっぽを向いて居る間に済ませてもらうタイプだ。
あくまでもゲームの中の演出であり、所詮はCGなのだと言い聞かせながら銃を連射していくのだが、画面があまりにもリアルなために、時折返り血を避けようと、体をひねってしまうほどだ。
今の設定は、どうやら繁華街に突然出現して、周囲の人々を殺戮していく内容のようだ。
人々は一般人で、老若男女入り乱れており、この人々たちを殺害していく設定が飲み込めない。
一応ゲームとはいえ、こちらに正義がある設定が当たり前のはずだが、これでは悪だ。
時折、警察なのか軍隊なのか判らないが、制服を着て銃を構えた人間が攻撃を仕掛けてくるが、まだ、こういった相手には銃口を向けやすい。
如何にゲーム上とはいえ、さすがに一般市民を装ったターゲットには銃口を向けづらいので、本来の目的は住民の排除という事を確かめ、足元に連射をして、人々をこの地から追い出すよう仕向けて見た。
どうやら、俺以外のメンバーたちも同じように、銃で脅かしながら人々を追いやりだした様だ。
周りの参加者たちの動きから、自分たちはどのような状態になっているのかを理解してきた。
俺たちシューターは巨大な真っ黒い球体であり、周りの人間たちとの大きさの比較からして、直径1m位であろうか。
その球体が地上からこれまた1m位の中空に、ふわふわと浮いているのだ。
つまり球体の中心部分が、人間が立った状態の顔の高さに当たり、球体の頂点が2m位の高さになるようだ。
球体の左右側からそれぞれ1本ずつアームが出ていて、其々マシンガンと白くて細長い筒のような物が、人間で言うなら肘部分に当たる関節の先に付いている。
この細長い筒状のものは、どうやらレーザー光線銃の様で、その熱線でガードレールや街灯を溶かして倒すことが出来た。
しかし、人々を脅かすのであれば、やっぱり銃の方が効果的のようだ。
なにせ、レーザー光線銃の光線は目には見えないし、音もしない。
銃撃時の銃声は部屋中に鳴り響くのだが、向こうの人々がわめいている音声までは伝わって来ない。
恐らく、CG作成時に口パクの画像を作成したのは良いが、音を付けるまでには至らなかったのだろう。
辻ごとの標識や、看板などには漢字にも似ているが見慣れない文字が書かれていて、CG担当者が手を抜いた様にも感じられる。
あるいはこれがうわさに聞く、中国の簡体字なのだろうか。
俺は中国語には全く見識がないので判らない、それでも見慣れたような漢字も所々あるので、なんとなく店や通りなどが理解できるような気はして来た。
どのみち言葉も分からないので、声が聞こえても理解できないだろうが、向こうの音声がないのはちょっとさびしい。
ある程度の範囲まで人々を追い払った時点で、本日の作業は終了となった。
シューティングゲームの開発画面と言うより、何らかのシミュレーションの色合いが濃い。
一体これは何のためのシミュレーションなのだろうか。
もしかすると、政府が暴動鎮圧のための模擬実験をしているのかも知れない。
それを一般企業にシミュレートさせているのか・・・。
そのような行事に加担することは、あまり望むところではないのだが、就職状況厳しい折、職業選択の自由など、俺のような中途半端な人間にはないのだと考え、続けることにした。
大規模なデモ発生時に、市民を安全に解散させることに役立つのだろうと、前向きに考えることにした。
なにせ、シューティングゲーム位しか人に自慢できるものがない、俺のような者を採用してくれたのだ。
しかも、そのものズバリ、シューティングゲームをしていれば仕事と認められるのだ。
そのカラクリは俺のような凡人には理解できないが、お役御免と突き放されるまでは、この会社にしがみついて行こうと心に誓った。
翌日、俺の操るマシンが突然吹っ飛んだ。
ある程度軍隊を鎮圧して、一般人を威嚇していたところを、背後からバズーカのような手持ちロケットで撃たれたのである。
街中であるにもかかわらず、そのような破壊兵器を使ってくるのだ。
丁度ビルの壁側を向いて居た俺は、爆風と共にビルの壁に叩きつけられ、無残にも地面に落下した。
(この場面は、俺の隣で操作しているラッキョウのモニターを横目で見ながら観察している。)
操作ボタンを押しても、全く動くことはない。
すぐに上司の指示で、昨日のスタート地点に他のメンバー全員のマシンを向かわせた。
すると、背後から大きな爆発音が鳴り響いて、ラッキョウのマシンが振り返ると、俺のマシンがあったあたりから黒煙が上がっていた。
恐らく、自爆したという設定なのであろう。
ご苦労な事だ。
昨日の出発点には、既に1台のマシンが宙に浮かんでいた。
俺の操作で上下左右に動く、俺のニューマシンだ。
それにしても、後方からの攻撃なんて、ありがたくない設定が含まれているものだ。
しかも周囲には一般人も多く居て、彼らに被害が及ばないように、平和的に排除しようと努力していた隙を突かれたのだ。
俺が避けると、一般人に当たるかもしれないとは考えなかったのだろうか?
いや、これはコンピュータプログラムだから、絶対に味方には被害が出ないポイントというものが設定されているのだろう。
仕方がないので、隣のラッキョウに声をかけて、2人組でお互いの背後を守り合う事にした。
5人が一列に並んでいて、俺の右隣がラッキョウで、左側に3人が座っている。
どうやら、残りの左側3人でチームを編成することになったようだ。
上空高く舞いあがり、前日に確保した座標まで、素早く戻っていく。
翌日も、やることは同じであった。
それでも少しずつ進んでいるのか、見えてくる景色が変わっては来ていた。
やがて、大通りの1角で大きなシャッターのある施設が見えてきた。
その施設の確保が、当面の使命なのだと我々シューティングチームの指揮をする上司が、壁に設置された各人のゲーム画面を映し出すモニターを食い入るように見つめながら、指示を出してきた。
たかが、シューティングゲームに指揮官がいるのだ。
もしかすると次のオリンピックには、シューティングゲームの団体戦でも採用されるのではなかろうかと、勘繰りたくもなる。
表の警備をしている奴らの隙をついて、半開きのシャッターをくぐって中へと入り込むと、数人の武装した人間たちが、奥のシャッターを破壊しようと工作していた。
どうやら爆薬を仕掛けて、爆破しようとしている様子だ。
俺は、一緒に中へと侵入したラッキョウに目をやり、アイコンタクトした後に引き金を引いた。
俺が爆薬を仕掛けている奴を一撃で葬り去り、ラッキョウは起爆装置を握りしめている奴の手首を吹き飛ばす。
うまく連携プレイが決まった。
そうしてから、痛みに転げ回る男を仕留めた。
2人をガードしていた連中が銃を連射してきたが、バズーカ砲とは違い、口径の小さなマシンガン程度では、球体表面に傷がつく程度だ。
俺たちは冷静に残った人間を射殺して行った。
ずいぶん慣れてきたとはいえ、未だに本当の人間を打ち殺しているのではないかと言う、嫌な気分にさせる。
「いやあ、素晴らしい。
やはり、自動警備システムなんてものは、実働上は役に立たないね。
結局は人間が直に操作しなければいけないという事だよ。」
何のことかよく判らないが、その日の作戦行動は上司から絶賛された。
それでも、マシンガンの銃弾を多数浴びると装甲が痛むので、なるべく相手が撃ってくる前に仕留めるか、銃弾をかわしながら行動するようにと、くぎを刺された。
そうして翌日も、このシャッターの前後の攻防であった。
敵の執拗な攻撃は続く、それでも辛くもシャッターの施設は守ることが出来た。
週末になって、来週からは本格的運用に入るとの事で、就業場所も今とは変わるらしい。
変わるとは言っても同じ建物内らしいのだが、今度は地下に設置された施設でゲームを実践するらしい。
さすがに、いい大人が昼日中からゲームに明け暮れるというのは、目的はどうあれ見栄えが悪いのか、地下深くに押し込めようというつもりなのだろうか。
こちらとしては、場所がどこでも構わない。
ビルの最上階だろうが、地下2階だろうが、ゲーム環境として変わりはないのである。
と思っていたら地下2階どころか、かなり地下深い施設のようだ。
エレベーターで1階から数分かかって到達するような深さだ。
とりあえず、非常階段があるようなのだが、扉を開けて遥か上方まで続いている折り返しを見上げると、とても歩いて地上までは辿りつけそうもないと思えるほどだ。
それでも先週までと変わらずに、各人用のゲーム装置と、それらをまとめてみるためのモニターが設置されている部屋で、窓もないのは少しさみしいが、かえって都会の騒音から離れた静寂空間で、望ましいとも感じられた。
就業場所が変わっても、やることは同じで、依然としてシャッター前の攻防が続く。
変わったことと言えば、俺たちのゲーム機が並んでいる列の向こう側に、衝立を挟んで向い合せに同じゲーム機が設置されていたことだ。
向こう側にも5台の装置が準備されている。
故障時の予備機なのか・・・?
いや、どうやら違うようだ、若い女性の5人組が入ってきて、その席に着いたのだ。
今度は女性のシューターも採用したのかもしれない。
まあ、コンピューターゲームの世界でも、男女雇用均等法はあるのだろうから、公平に採用した方がいい。
何より、男6人だけのむさくるしい部屋が、一気に明るくなったように感じる。