異世界へ
2話 異世界へ
『ズンッ』体に衝撃を感じ、ふと意識を取り戻す。
『ピィーピィー・・・、患者の心音を確認して、戻らない場合はリトライしてください。
リトライしますか?』
傍らの箱から、合成音声が聞こえてくる。
その空間は真っ暗だったが、明らかに先ほどまでとは違う空間・・・背中への湿り気と冷感から、地下の部屋ではなく、洞窟のような周囲が土で出来た、ただの穴でしかないと分かる。
ふと両手の動きを確かめるかのように、まず両手をクロスさせて左右の腕をつかみ、そのまま上下させる。
次に腹の感触を確かめてみる・・・、はだけた胸についているAEDのプローブを?がすと、そのまま下半身へと手を伸ばす。
上半身を起き上がらせて、両足共に完全についていることを確認すると、今度は膝を曲げて見る。
動く・・・、そのまま立ち上がってみる。
やったのだ・・・、恐らく次元移動に成功したのだ。
まあ、強奪した物資を日々移送していたのだから、次元移動できることは疑いもない事実なのだが、生体として次元移動できた・・・、案外簡単に蘇生するものだ・・・、これなら・・・とも思ったが、よほどせっぱつまっていなければ、命を懸けてまで次元移動しようなんてやつはいないだろうし、今回たまたま成功したが、次もうまくいくと言う保証はないのだ。
『カチッ』とりあえずロッカーにあった非常用袋の中から懐中電灯を取り出して点けて見る。
そこは、高さ2m位で幅と奥行きも2m程度のまっ四角な空間だった。
いや、奥行きはもう少しあるか・・・、一緒に次元移動してきたコントロール装置の向こう側に、次元移送装置があって1m幅くらいの長方形を形作っている。
その横には無線のAtermと思わしき装置が置かれていて、こちらの世界からの送信側の電波を飛ばしていたのであろう。
恐らく電波も一方通行なのだろう、通信だけは双方向ということではなく、向こうの世界から送信されてきた電波をここの無線装置で送受信して、モデムなどを介してこの世界のネットワークへ結び付けていたのではないか。
俺は出口を探そうと、装置についたケーブルを辿ってみる。
すると、傾斜のある直径1m位の円形の穴があり、恐らく穴あけ用のドリルマシンの通った後なのだろう、腹這いになりながら何とかそのスロープを、ほふく前進よろしくよじ登って行った。
折角運んできたコントロール装置だったが、一人ではとてもこの穴を通して持っていく事は出来そうもないので、あきらめる。
残り半分ほど残されたペットボトルの水と、俺たちの世界が破壊された映像を記録したディスクと、念のための非常用持ち出し袋だけを持っていく。
途中何度もスロープから滑り落ちながら、何とか平坦な場所までたどり着いた。
直径1mの横穴が延々と続いて行くのだが、その先が少し明るくなっている。
ようやく出口へたどり着いたのだと思い、急いでその先へとほふく前進で進み、その先を覗こうとして驚いた。
『ゴォー』ものすごい轟音と強烈な風と共に、いくつもの光が目の前を通り過ぎて行く。
慌てて首をひっこめると、暫く経って轟音は遠ざかって行った。
穴から再度首を出して慎重に辺りを見回すと、そこは更に大きな横穴・・・トンネルのような場所であった。
ふと下を見ると、光る金属の棒が2本平行に並んで長く伸びており、それはレールのようで、恐らくここは地下鉄の中であろうと容易に想像できた。
左右に首を振ってみると、目の前にアーチ状に切り込みが入った壁があり、その向こう側にも照明がついていて反対車線のトンネルがあることが分る。
左側の数十メートル先の中央分離帯が少し大きく作られていて、そこには上方へと伸びる梯子が付けられているのが見えた。
緊急避難用か、あるいは点検用なのか分らないが、どこかしら地上と繋がっているのだろう。
俺は先程電車が来た方向を注意深く見つめ、後続がないことを確認するとすぐに穴から這い出して、中央分離帯へと駆け出した。
と言っても、普段から運動などした事のない、既に20代後半にして中年太りを自負しているうえに、この3週間ほどは地下の狭い一室に閉じこもったままで、更にはここ数日間水以外食べ物など口にしていない。
こんな最悪な状態で、まともに走れるわけがない、数歩どころか一歩目で右足のつま先をレールの枕木に引っ掛けて、そのまま前のめりに転んだ。
『ズササッ』砂利が敷き詰められたところに突っ込み、そのまま少し前へと滑る。
「いたたたた・・・。」
思わず声を出してしまうが、別に隠密行動をとっている訳でもないので、それは構わない。
恐らく顔と手の平と膝に裂傷を受けたであろうが、それほどひどくはない様子だ。
それよりも、俺がのっかっているレールに伝わってくる振動の方が問題だ。
それは明らかに、こちらへと近づいてくる電車の振動であるからだ。
日頃の横着ぶりはどこへやら、瞬時に起き上がると、後ろを振り返らずにすぐさま先程見つけた中央分離帯へと駆け出す。
『プワーッ』背中を照らすライトと共に、危険を知らせる警笛が鳴らされる。
もう駄目だ・・と思った時、何とか分離帯に上るステップに足がかかった。
『ごぅぉー』ものすごい轟音と共に、俺の背後では光の列がハイスピードで飛んでいく。
間一髪間に合ったようだ、電車が過ぎ去った後で俺は緊急持出し袋から絆創膏を取出し、手と両足の傷口に貼りつけると、手を伸ばして細い鉄製の梯子にぶら下がった。
それから延々と梯子を登り続け、体力のない俺は何度も落ちそうになりながら、休み休み上り続け何とか蓋のようなマンホールを開けると、そこは広い空間だった。
恐らく今は使われていない、地下鉄のホームか何かなのだろう、照明はなく真っ暗闇で、懐中電灯で照らすとレンガ造りのホームであることが分る。
さて、どうしたものか・・・、とりあえず自分が出てきたマンホールの蓋に印をつけようと、転がっていた金属製の棒で×印と今日の日付を入れておく。
と言っても、正確な日付は判らないので、11月1日ということにしておく。
ホームの両側にある扉には鍵がかかっているようで開きそうもなく、また、線路のレールを見ても光沢はなく廃線のホームであることが伺える。
廃線であれば電車が突然来ることもないだろうと、線路に降り立ち当てもなく歩き始めた。
なにせ、他に行けそうな場所はないのだ、線路伝いに行くだけしか道はなく、問題はどちらの方向へ進むのがいいのかだけだが、とりあえず右へ進んでみた。
その後、どこをどう通ったのかよくは覚えてはいない、いつの間にか地上へ出ていた。
広い車両駐車スペースの様で、何本もの電車がまっすぐに伸びている。
俺は電車の横を通り過ぎてそのまま歩いて行くと、ようやく金網越しに外の様子がうかがえた。
そのまま塀の内側を進んで行くと、ゲートがあり守衛所のようなものが目に付いたので、なるべく見つからないようにすきを窺って、門をくぐって外へ出ることができた。
月明かりもない曇天の夜の様だったが、それでも街灯の明かりだけでも十分に明るく感じられた。
懐中電灯の光だけで恐らく数時間は過ごしていただろう、ようやく暗闇から解放された気分だ。
さて、外へと出られたのはいいが、これからどうしようか・・・、俺たちの世界が破滅したと言うビデオを持ってきて公表するつもりではあったが、どうすれば可能だろうか。
次元移動してきたと言えばいいのか・・・?いや、そんなこと口にしたところで、誰も信じてはくれないだろう。
どこかの放送局を頼って行ったところで、有名になりたい輩がでっち上げた合成映像ぐらいにしか取り上げられないだろう。
映像の信ぴょう性を確認してもらったとしても、こちらの世界でのパレード映像と、そうして俺たちの世界の映像が一瞬で断ち切れたと言う記録でしかないのだ。
異次元から来たという証拠になるようなものを持ってこられれば良かったのだが、具体的にそれが何かすら、思い浮かぶこともなかった。
同じ年代の平行世界であるならば、ましてや俺と瓜二つというか、こちらの世界にも俺がいたわけだから、時代としては変わりはないはずで、片や俺たちの世界では次元移送装置を持ってはいたが、それは一般人は知らないことであり、そんなものが証明になるとも思えないし、今ではこの世界でも次元移送装置を所有しているのだ。
俺が持ってきたビデオ映像には、俺のマシンに榛名朋美が寄って来て話しかけている映像も入れてはきたが、それだって別アングルから撮影できなかったこともないだろう。
更に、俺が異次元から来たということは、俺自身が今まで強奪行為を補助していた張本人であることを認めることになり、すぐに拘束されて裁判で裁かれることになるだろうし、下手をしたら死刑だ。
いや・・・、俺が行なった罪から逃れようと考えている訳ではない。
しかし、俺は何も知らずにただのシミュレーションゲームと思って引き金を引いただけなのだ。
今更命乞い・・・、と言われるかもしれないが、異常に気付いた俺は、以降はこの世界の人たちを傷つけないように注意して行動したし、何よりこの世界が解放されたのは、俺が向こうのコントロールを支配して籠城したからである。
少なくともその事実は判ってもらいたいし、その上で俺を罰するなら罰してもらいたいと考えている。
この世界に恩を売ろうと考えている訳ではないし、救世主として英雄扱いされたい訳ではない。
すべてを知ったうえで、判断してもらいたいと考えているのだ。
しかし、こちらの世界でも次元移送装置の事を秘密にしていたとしたならば・・・、異次元からの侵略行為は侵略行為として認識されていたとして、それがこちらから対処できないことだったとしても、報復措置として仕掛けた核爆弾を送り込むと言った手段が、秘密裏に行われていたとしたら・・・、なにせ、俺たちの世界の百億の人口のうちの大半が死滅したはずなのだ。
そんな選択をした事が公になって、許されるのだろうか。
いくらこの世界から強奪行為を繰り返していたにっくき相手だからと言って、即座に死刑宣告とも言える核爆弾を送り込むことが、解決手段として適切であると言う賛同が、一般市民から得られるのであろうか。
それが無理であるならば、秘密裏にことを運ばなければならない。
あのパレードの行事に見せかけて、飛行船から気球で吊った次元移送装置に爆弾を落下させたのは、俺たちの世界へのカムフラージュだけではなく、こちらの世界の一般市民たちへのカムフラージュであった可能性も考えられる。
そうだとすれば、俺が名乗り出て行った場合、この世界の政府から見ると、向こうの世界の殺戮行為を知っている俺の存在は邪魔でしかないわけだ。
そのまま闇に葬ってしまおうと考えるだろう。
正規の裁判など受けさせずに・・・、なにせ、いきなり核爆弾を世界規模で送り込むような世界なのだ。
非核・軍縮などが常に叫ばれていた、俺たちの世界とは若干環境が異なるのかもしれない。
それは嫌だ・・・、何とか生き延びて次元を超えてきたのだ・・・、俺のした行為を恩着せがましく言おうとしている訳では決してないのだが、せめて正規の裁判で全ての事実を知ったうえで裁いていただきたい。
だから、このまま警察へ自首というか、出頭することは危険だろう。
警察を信じないわけではないが、そのまま上層部へと連絡がいき、闇の組織へでも身柄を引き渡されては困る。
公的機関に闇の組織があるのかどうかも俺には判らないが、なにせ、俺の勤めていた会社は世界的な大会社ではあったが、そんな一企業に異次元世界への侵略行為が可能とは到底考えられない。
何らかの技術は持っていたとしても、恐らく世界規模での公的機関のバックアップがなければ、到底なしえないことであったろう。
そのような事が、こちらの世界でもないとは限らない。
今更命が惜しいだのどうのという訳ではないが、このまま俺の存在自体を消されてしまうのは悔しい。
この世界を救ったと主張するつもりはさらさらないのだが、この世界を解放する一役をかったと言う事実だけは認めて欲しい。
そうなるとやはりマスコミか・・・、メディアに出てしまえば、簡単に処分することは出来ないだろうし、何よりお互いにやられていたこととやったことが明らかにされる。
しかし、それは簡単な事ではない・・・、なにせ、当たり前だがこの世界に俺は知り合いはいないしコネもない。
この世界にも俺の両親はいるはずだが・・・、実家の場所は勿論知っているのだが・・・、いきなり言ってあなたの息子は異次元から来たマシンの標的となり、撃ち殺されましたとでもいうのか?
俺は異次元世界のあなたたちの息子ですと言って、保護してもらおうとするのか?
そんなことしようとすれば、すぐに警察を呼ばれてしまうだろう、なにせ、うちの両親ともに退職しているが元教師であり、非常に厳格なのだ。
だから、ろくに仕事もしないフリーター生活を続けてきた俺が言うのもなんだが、この世界の俺が軍隊の兵士であったことは意外だったのだ。
人の命は何より重いとして、決して人を傷つけるなというのがうちの両親の常の教えであり、破壊行為や殺戮行為を最も嫌うのだ。
まあしかし、ターゲットはただの真っ黒な球体であったのだから、許されていたのかもしれないが・・・、なんにしても、この世界の俺の仇でもある(俺が直接引き金を引いたわけではないのだが・・・)俺を匿ってくれというのはムシが良すぎるだろう。
そうなると、こちらの世界での証人というか、俺の存在を証言してくれる人を見つけなければならないが・・・、やはり榛名朋美・・・、彼女に接触する必要性があるだろう。
しかしどうやって・・・、この世界の俺は彼女の事を知っていた・・・、というか彼女の方がこの世界の俺の事を知っていた。
この世界では俺は有名人なのかどうかはわからないが、恐らく2人は顔見知り以上の関係ではないかと考えている。
何とかして彼女の元へ行って、俺の素性を明かして全てを打ち明けるのが一番の得策だろう。
しかし俺は、彼女の住まいどころか、彼女が会社員なのか学生なのか・・・あるいは主婦なのか、何をしているのかすら知らない。
どうすれば、この世界の彼女に会えるのか、思いつかないのだ。
まずは過去の記憶を辿って、俺が昔通っていたゲーセンがこの世界にもあるかどうか、歩き始めた。