終焉
第14話 終焉
ついに、東京コントロールルームに本格的に制圧の動きがあるのかと覚悟を決めたのだが、少し様子が違った。
頭上のモニターが全て死んでいるのである。
全ての分割画面がブラックアウトし、何の映像も映し出してはいない・・・通信線を切られたか?
いや、中にはテレビ放送も含まれていて、ネットワークを切られてもアンテナ線は別にあるはずだし、通信線も有事の際を見越して、バックアップ含めて数系統あるはずだった。
電源も複数系統から引かれていたはずだし、それらを一瞬で処理することは難しいだろう。
俺は、テレビ画像に切り替えて、ビデオを巻き戻してみた。
モニター上に映し出される映像は、1週間の間は記録として残るのである。
すると画像が消える瞬間、画面一杯が強烈な光で包まれている。
一体何が起きたのか。
どのテレビ番組でも同様で、海外放送も監視目的でモニターに追加していたことを思い出した俺は、海外放送チャンネルのビデオにも切り替えて見た。
すると、全く同じ時間、いや、正確には秒数までは一緒ではないが、ほぼ同じタイミングで画面が強烈な光に包まれ、通信を絶っている。
俺は操作盤のモニターに目をやる。
そこでは、先ほど同様に飛行船や熱気球の下をパレードが繰り広げられている。
向こうの世界は平穏そのものだ・・・、しかし、何かが違う。
よく見ると、先ほどまであった飛行船に吊り下げた巨大なオブジェが無くなっているのだ。
いくら張りぼてでも、あれだけ巨大なものが落下したら、下に居る人々が怪我でもしているのではないかと心配したが、下ではそのような混乱は起きてはいない様子だ。
不審に思って、こちらでも画像のビデオを巻き戻してみた。
各マシンのモニター画像は、侵略攻撃の評価に使うため記録を撮って永久保存なのだ。
4つの熱気球の真上まで進んだ飛行船。
次の瞬間、飛行船に吊り下げられた巨大な丸い玉が切り離される。
地上の人々に落下かと思われたが、熱気球に挟まれた空間の途中で、どこかに消えてしまった。
俺は、もう一度、その映像をスローで再生して見た。
すると、オブジェが熱気球のゴンドラの高さを通過する瞬間に消えてなくなっている。
静止画像を取り込んで、熱気球のゴンドラを拡大する。
するとそこには円錐状の頂点に球が乗っているオブジェ、すなわち次元位相装置が吊るされているではないか。
4基の熱気球で移送装置をそれぞれ吊って、巨大な玉を移送したのであろう。
爆弾か?爆弾を送り込まれたのか?
しかも、全世界で示し合わせて同時攻撃だ。
他の箇所の画像は確認できていないが、恐らく同じことが行われていたのだろう。
ロケットや爆撃機で輸送できるようなサイズではない。
何十メートルもの直径の巨大な爆弾だ。
恐らく核爆弾だろう。
それを世界中の何ヶ所に移送したのかはわからないが、どうやら全てのコントロールルームの地上部分は壊滅状態のようだ。
いや、まだわからない。
何らかの方法を使って、全てのモニターを使用不能にして、突入部隊が制圧に来るのかも知れない。
俺はそう考えながら、時を待った。
しかし、1日たっても何の動きもない。
さすがに全てのネットワークを普通にするような処置まで行って、そのまま放置しておくということは考えにくい。放置ではなく、何もできないのだ。
やはりそうなのだ。巨大な核爆弾の攻撃を受けて、地上は灼熱地獄が続いていることだろう。
地下深い施設の為、何とか無事でいられるが、そう長くは持たない。
食料の在庫の関係もあるが、何より電源が1ヶ月しか持たないのだ。
つまり、飲まず食わずで生きながらえたところで、後1ヶ月で電源の供給は経たれてしまう。
俺に残された選択肢は3つ
1.何の望みもないことに失望して、直ちに命を絶つ若しくは食料が無くなり次第自殺する。
2.一か八か、次元移送装置で向こうの世界へと旅立つ。
3.とりあえず、食べ物がある1週間は生きて、これまでの事を反省する。死ぬのは自然に任せる。
2はないだろう。生命体は次元移送は無理だとの考察だった。
しかも、この侵略行為を見る限り、生身の人間の行き来は行われていない。
もし、生身の人間が向こうの世界へ自由に行き来できるのであれば、マシンの遠隔操作などと言った、まどろっこしい手段を取らずに、向こうの世界を征服してそこから食料を調達する、若しくは向こうの世界を植民地化すると言った、現状とは異なる状況になっていたことだろう。
まあ、自殺代わりに行ってみることは、いいのかも知れないが・・・。
誰も彼もが死んでしまった。
家族も友人たちも全て。
そういえば、姉さんは先月子供が生まれたと言っていた。
待ちに待った待望の第1子だ。しかし、忙しくて顔を見に行くこともしていなかった。
自然と涙がこぼれてきた・・・・。
これが、俺の望んだ結末だったのか?
勝利の宴ともいえる、歓喜のパレードを繰り広げている、異世界の住人達に恨み言を言うつもりはない。
それだけのことを、行ってきたのだ、この世界から。
しかし、この世界の住民たちの大半は、事実を知らされずに食料が安定的に供給されていることを、甘受していただけだ。
とはいえ、その事に関して、もっと積極的に考えて見る必要性があったのかも知れない。
世界規模での耕作面積が、増えるどころか逆に減って、その部分が居住区域に成り代わって行く現状、ところが人口増加に比例して食料の需要は増加していく。
何か特別なやり方をしていない限り、当に破綻していたことは判っていたはずなのだ。
それなのに、誰もがその事には目をつぶって、安定供給されている食料の供給元に関して、詳しく知ろうとはしてこなかった。
では、もし異世界の住民たちから食料を強奪していることが、公になった場合どうなったであろう。
本当に略奪行為は即刻取りやめと、果たしてなったのだろうか・・・。
俺は事実を公にしてしまえば、全ては丸く収まると考えていた。
これは、その為の戦いなのだと。
しかし、根本的にそこが誤っていたのだとしたら・・・。
会社の幹部など、事実を知った上で略奪行為に加担していた面々はともかく、何も知らずに一瞬でその命を奪われた、数多くの人々。
どうして、いきなり爆弾を送り込むようなことをして来たのか。
次元移送装置が使用可能と判断した時に、こちらの世界と通信などでコンタクトをとることは、考えなかったのだろうか。
仮に、その様な事をしていてくれれば、展開はもっと変わっていたはずだ。
いや、圧倒的科学力の差で、抵抗することもままならない状態から、唯一反撃の手段を得たのだ。
それを使えるチャンスは、そうはないかもしれない。
与えられたチャンスを最大限に生かす可能性を考えれば・・・。
そう、まさにこれは戦争だったのだ。
油断していた・・・。
俺は神にでもなったつもりで、向こうの世界の人々を、いわば上から見下ろしていた。
更に、その安息の時間が残り少ないことを、申し訳ないとまで感じていたのだ。
しかし、向こうの世界の住民たちは、着々と準備を進め、逆転の手はずを整えていたのである。
いかに科学力に差があったとしても、瞬間的に爆弾を移送されては打つ手はないだろう。
恐らく起爆する瞬間のタイミングを見計らって、移送してきたのだ。
タイミングを間違えると、自分たちの世界に被害が及ぶような、危険な賭けだ。
更に、こちらからの攻撃が止まなければ、2次3次と爆弾を移送しようとも考えているのかも知れない。
もっときわどいタイミングで・・・。
どちらにしても、成功だ。
彼らの勝利だ。
俺は、異次元世界を侵略していることをまぎれもない事実と考え、その様な暴挙を止めさせるため、たった一人だけで戦おうとした。
しかし心の底では、これはただの偶然が引き起こした、俺の壮大な勘違いであることを願ってもいた。
だからこそ、恥をかくのは俺一人だけの方がいいと考え、ラッキョウたち同僚にも打ち明けずに、俺だけで1年間にも及ぶ準備期間をかけて、実行した訳だ。
その間にも色々と証拠集めを行い、本当に異次元世界への侵略行為かどうか、何度も繰り返し自問自答していた。
間違いなく、異次元世界への干渉であろうと、俺は判断した訳だが、最初の頃の印象から俺の目が曇ってしまい、正常な判断ができていないのではないかという不安感は常にあった。
友人たちには、おれが失敗して捕まった時に、俺が集めた資料を公表してもらい、俺の判断が間違っていたのかどうか、評価してもらおうとも考えていた。
社長以下えらいさんたちの説得に関しても、頭がおかしくなった一社員を何とか安全に保護しようと、話を合わせて説得しようとしていたなんて、そんな結末を、心のどこかでは望んでいたような気もする。
だが結果は、最悪の方向へと進んでしまったようだ・・・、この世界の消滅・・・。
俺は、3つの手段を書き記した紙をじっと見つめていた・・・。
自問自答の無限ループは、果てしなく続いて行く。
意気消沈して茫然と過ごしているうちに、突入部隊がやってくることを期待しながら・・・。
完
一旦終わります。