霧島で始まり霧島で終わる
18 霧島で始まり霧島で終わる
「飯倉俊三さんというのは・・・日本の国会議員で・・・もちろん向こう側世界のですが・・・、俺も知っている信頼置ける政治家です。
少なくとも俺は彼のことを信じています。
そうしてフットヒル社というのは・・・俺が勤めていた会社の本社ですね・・・・。」
いったん通信を切って、新倉俊三のことと俺が働いていた会社のことを簡単に説明しておく。
新倉俊三のプロフィールだったらいくつか知っているからもう少し詳しく話してもいいのだが、今この場でという訳にはいかないだろう。
「おっしゃることはごもっともですが・・・、そちら側の法律に照らし合わせて・・・という事ですが、もちろんこちら側の法律とは異なり、なかなか死刑判決が出ないという事は、こちら側に来ている新倉山君の説明を聞いて知っております。
しかしながら・・・禁固刑や懲役刑に処するという事になっても・・・、今そちら側世界の皆さん方に課せられた環境と大きく異なりますか?
そのような狭い穴倉に押し込まれて・・・下手をするとそこで一生過ごさなければならないわけですよ。
それなのに、そのような結果を招いた張本人たちは、自分たちがしでかしたことを明らかにすることもせず、責任も取らずにのうのうと皆さんの中に混じって暮らしていたわけです。
更には生体による次元移送の可能性をかぎつけ、こちら側世界の植民地へ逃げ込もうとしていた可能性が高い。
生体による次元移送計画は、霧島博士の壮絶な死により危険視されておりますが、恐らく成功していたならば、首謀者たちごく少数の人間たちだけ、こちら側世界へ逃げ出してこようと計画していたと考えております。
なぜなら、こちら側世界へ次元移送するという事は、こちら側世界という別次元の世界との関係を皆さん方に明らかにしなければならないわけで、そのためには自分たちがしでかしたことが公になるわけですからね。
さらに、そちら側の核シェルター内には、こちらで大雑把な試算をする限りは数百万人の方たちが生存していると考えております。
それらすべての人たちが植民地域へ次元移送してくるとなると、秘密裏に行うことは到底不可能で、そのような危険を冒してまで皆さんをこちら側世界へ導こうなどとは考えていなかったはずです。
何も悪くはない・・・何も知らない皆さんたちを犠牲にしてでも・・・、これは我々世界からの反撃にあって犠牲になった数多くの方たちも含みますが・・・、自分たちだけはのうのうと生き延びようとしていた首謀者たちを、あなたたちご自身で正当に裁くことはできますか?
霧島博士は壮絶な死を遂げてしまいましたが、それでもこちら側世界に到着してから1週間以上は生存しておりました。
それだけあればこちら側世界で尋問をして、更に裁判を行って裁定を下すことは可能です。
どうか・・・彼らを引き渡してくださりますよう、お願いいたします。」
赤城はそう告げた後、いつものようにコントロール装置のマイクに向かって一礼する。
向こう側世界の首謀者たちを白日の下にさらして処罰するというのは、霧島博士の・・・いやこちら側世界のすべての人たちの望むところなのだ。
「そうですね・・・我々は別次元世界の住民である、あなたたちの犠牲の上で・・・、更には我々の世界への反撃で亡くなった大勢の方たちの犠牲のおかげで生き延びているといっても過言ではないのでしょう。
だからと言って、その元凶たる彼らをそのままあなたたちの手に引き渡して極刑に処してしまえば収まるという事でもないと考えます。
我々世界の犯罪者は、やはり我々の法律の下で裁かれなければならないと考えております。
そのことにより、あなたたちが我々を見限って、手を差し伸べてくれなくなったとしても、それは仕方がないことと考えます。
我々自身もすでに、彼らが犯した罪の上に成り立った社会で長い時を過ごしてきたはずですから、この懲役刑のような穴倉内での生活も、ある意味の処罰であると認識するに至りました。
そのうえで、あなたたちの世界の法律に照らし合わせて我々全員が死刑に相当するというのであれば、またそれも仕方がないことであると理解いたしましょう。
ご裁量をお願いいたします。」
それでも新倉俊三はあくまでも拒否をする・・・、ううむ・・・自分たちが犠牲になっても構わないという事か・・・、どうしてそこまで彼らに義理立てするのか・・・?
「どうも・・・霧島敦子と申します・・・、あなたたちの世界へ次元移送した霧島の・・・娘です。
分け合って拘束されていたのですが、市民活動家の方たちに救出していただきました。
拘束したのは・・・ご存知の通りフットヒル社の手のものです・・・、ですがとりわけひどい扱いも受けてはおりませんでしたし、別に恨み言を言うつもりはありません。
彼らが行ったことは増え続ける人口に対して訪れ始めた食糧難を回避するための、やむを得ない処置だったのです。
もちろん当初はあなたたちの世界の片隅で、牧場や農業を行っていたという事も聞いております。
そうして、そこだけの収穫では間に合わなくなってきたという事も・・・、つまり、あなたたち世界から食糧強奪を開始しなければ、私たち世界はいずれ少ない食料を取り合って戦争状態に入り、今と同様にほぼ全滅していたでしょう。
父が行ったシミュレーションでは、あなたたち世界への進出をしなかった場合は、もう20年早く世界は破滅へと向かう戦争状態になっていたと聞いております。
それが今まで持ったという事は・・・、決して許されない行為をしでかしたとしても、一定の評価をしてやらなければならない・・・、それが父の最後の言葉・・・その言葉を残してあなたたちの次元へ旅立ったと聞いております。
ですので・・・首謀者も何もなく、あなたたちは我々を一律に評価していただいて構いません。
新倉さんたちが立ち上がったのも、詳細事情を隠したうえで今後もあなたたち世界との交渉を続けようとする政府首脳やフットヒル社幹部たち指導者たちを排除する目的だけで、決して彼らをあなたたちに引き渡して自分たちだけ生かし続けていただこうと考えたからではないはずです。
あなたたち世界に対して犯した罪に対しては同罪と考えておりますので、同様な評価をしてくださって構いません。
この考え方は、私と新倉さんだけの個人的な考え方ではなく、住民たちが蜂起してから1ケ月半かけてインターネットを通じて議論を尽くした、世界中の生き残った皆さんの総意です。」
続いて女性の声が・・・、霧島博士の娘さん・・・というとこちら側世界ではマシンの犠牲になってしまった娘さんという訳か・・・、向こう側世界では生きていたという訳だ。
さらに、長い時間をかけて生き残った人たちの総意を結集していたという訳だ。
「了解いたしました・・・、ただし、ここにいる我々だけで判断することは到底かなわない内容ですので、一旦持ち帰らせていただきます。
恐らく世界政府内での会議を経て最終判断を下すという事になるでしょうから、それなりに時間がかかります。
それまでの間は・・・、人道支援の立場から植民地域からの食料供給を復活させることといたします。
もちろんその間は、見返りに技術の供給などは要求しません。
ですが・・・こちら側にもそれなりの計画がございまして・・・、やはり巨大円盤を百機ほど製造したいと考えております。
再び・・・そちら側世界と友好な関係になった時にそれらの発注をかけたいと考えておりますので、今からでも先行して作りだめをしておいていただけると幸いです。
特に・・・発電機とエンジン部品ですかね・・・、もちろん旧植民地の工場を稼働されても構いません。
いかがでしょうか?」
すると霧島博士と小声で協議を続けていた赤城が突然口を開いた・・・、まあ持ち帰りにはなるだろうと思ったが、それにしてもついでにエンジンと発電機の先行発注とは・・・。
「いいでしょう・・・、我々もこの狭いシェルター内で何もすることもなく過ごしても仕方がありませんのでね・・・、でもそうするとマシンを稼働させていた多くの人たちの拘束を解かなければなりませんが、よろしいのでしょうか?」
「はい、それは構いません・・・新倉山君に聞いておりますが、マシンの操作者たちは事情をほとんど知らされずに、ゲームとして強奪行為に参加させられていたと聞いております。
彼らには罪はないものと考えております。」
新倉俊三からの問いかけに、赤城はすぐさま答える・・・ううむ・・・いいのだろうか?すぐに霧島博士の方へと振り返ると、彼も満足そうにうなずいているようだ。
そうか・・・向こう側世界の人々の潔さに納得したという事だろうか・・・、霧島博士の娘さんのことに関する恨みも少しは晴れたという事だろう。
「世界政府での決議を待たなければならないが、恐らく向こう側世界からの要求は通るだろう・・・、どのみち生体での次元移送は無理だからその時点で死刑確定のような形になってしまうしな・・、そのような行為は反対されても当然だ。
そのうえで円盤を建造して向こう側世界の環境を早期に改善してやる・・・、そうすれば地上で暮らせる日もそう遠くはないだろう・・・、何せ核融合発電機で休むことなく円盤は核廃棄物を収集し続けるわけだからな。」
翌日世界会議の席へと向かう円盤内で、赤城が今後の展開予想を説明してくれる。
「でも・・・所長が言っていたように・・・、もはや地上世界では動植物は死滅してしまっているのではないのですか?
仮に生きていたとしても放射能に汚染されていますし・・・、そのような動植物は食料にはなりえませんよ。
海の水の汚染も処理するのでしょうが・・・、それこそ深海生物でもなければ食料にできないのではないでしょうか?」
いくら地上世界の核物質が処理されたとしても、生活するには食料が必要だ。
こちら側世界から供給を受け続けるのでは、解放された意味はほとんどないといえるだろう。
「ある程度環境が改善されたら、こちら側世界から家畜や種もみを送ってやればいいのさ・・・魚なども含めてね・・・。」
すると突然霧島博士が意外なことを口にする。
「でもそれじゃあ・・・、いつまでたってもこちら側世界からの支援が必要となってしまいますよ。
生物の進化を待っていたら、それこそ所長が言っていたように何万年も・・・。」
いくら地上へ出られたとしても、食料事情が解消しなければ自由とは言えない。
「だから・・・、食料供給ではなく・・・、種牛や種豚に種もみ・・・だな・・・生体による次元移送してやればいいわけだ。」
ところが霧島博士は自信ありげに答える。
「えっ・・・でも・・生体による次元移送は失敗したのではないのですか?
霧島博士が犠牲になって・・・。」
一体どういうことなのか・・・、霧島博士の失敗を糧に新たな理論が生まれたとでもいうのだろうか?
「いや・・・霧島博士のコントロール装置を解析していて、遺書のようなファイルを見つけた・・・つい先日のことだがね。
彼の次元移送は実をいうと失敗していない・・・、彼の場合は自殺だ・・・向こう側世界の犯した罪を悔いてね・・・。
劇的に見せるためにわざと裁判の席上で発作が起きるような毒薬を飲んだようだね・・・、恐らく彼が持ち込んだコントロール装置の中に薬を隠していたのだろう。
サソリや毒蜘蛛などの生物毒を少量ずつ配合した劇物らしく、生体内に入って24時間以上経過すると分子構造が崩れて分析不能となるらしい。
期限内にその毒を想定して分析しない限りは、精密な解析装置でも検出はほぼ不可能と書かれていた。
生体による次元移送があたかも失敗したように見せかけるために行われた・・・、つまり向こう側世界の人たちをこちら側へ移住させないためにね・・・。
最初から死ぬつもりでこちら側世界に来たと思わせないために、裁判の席上では見苦しく命乞いをして見せたのだろうと考えている。
なにせ裁判は公開放送されたから、向こう側の人間も恐らく見ていただろうからね。
当初は植民地支配した国や地域の住民から慕われていて、ぜひとも次元移送してきてほしいと要望されていると信じ込まされ移送器を改造したのはいいが、実際には植民地域から次元を超えての移住は断られたことを知ったわけだ。
ところが移送器は、すでに改良を終えて試験段階に入っていたわけだから、このままだと植民地域に無理やりにでも一部の人間たちが次元移送してしまうと考え、それを阻止すべく一芝居打ったという訳だ・・・自らの命を犠牲にしてね。
コントロール装置の中には改良型の移送器の図面もあったから製作は可能だ・・・、部品は全て現行の移送器と変わらず、細かな微調整を部位ごとに行っていくだけのようだからね。
向こう側の地上が十分生活できるレベルにまで改善されたなら、改良版の移送器を使ってさりげなくブランド豚やブランド牛をつがいで送り込んでおいてやればいいさ。
米や野菜の種に加えて淡水魚と海洋魚も一緒にね・・・地上世界へ出られることになれば、こちら側の次元に移住したいとは考えないだろうから、生体の次元移送が可能であることを教えても問題はないだろう。」
霧島博士が笑顔で教えてくれる・・・ううむそうか、向こう側世界の霧島博士が仕組んだという訳だ・・・。
なんだか・・・最後の最後まで・・・、いろいろと考え手配をしてくれていたわけだな・・・、なんという偉大な人だったんだろう・・・。
「でも・・、これでようやく我々が受けた異次元からの強奪にけりが付きましたよね。
地上へ出ることが可能となれば、向こう側世界も次元を超えて干渉しなくても、今なら十分に生活できるでしょうから、お互い平和な世界が戻ってきますよね。」
阿蘇がその真ん丸な顔を、しわくちゃにして笑顔を見せる。
「まあそうだが・・・お互いの世界で多くの犠牲が出た・・・、奇しくもそのおかげで互いに余裕が出たとも言えないこともないわけだ・・・、食料物資のね・・・。
つまり・・・人口増加に対する食糧問題・・・、これが解決しない限り、またどこかの次元間で同じようなことが起きうるわけだな・・・。
下手をすると、次は我々が別次元に干渉することだってありうるわけだ・・、何せ我々はすでに別次元にアクセスする手段を持っているわけだからね・・・。」
赤城が考え考え恐ろしいことを口にする・・、確かに起こらないとは決して言えないわけだ・・・。
「食料物資の問題は科学技術の発展よりも最重要課題として、世界政府主導で今のうちから手を打っておかなければならないという事だ・・・、私も少しでも協力できるよう研究を始めるよ。」
霧島博士が新たな研究に着手してくれるようだ・・・、まあ、この世界は次元を超えた干渉の被害を経験しているわけだから、恐らく加害者には決してならないだろう。
それでも座して死を待つことのないよう、何らかの方策を研究しておく必要性があるわけだ・・・、上手くいけば別次元で食料がきゅうきゅうとしていることが分かれば、その技術を指導してあげればいいわけだ・・・。
せっかくの次元移送の技術は、そういったことに利用することが出来れば、本当の意味で素晴らしい発明と言えるのだろうな・・・。
完
長らくのご愛読、ありがとうございました。これでゲームの達人は完結となります。途中道筋を失いかけましたが、何とか終局を形作ることができてほっとしております。
これから1ヶ月ほど休みをいただき、以降は「もしも願いがかなうなら2」の続編を掲載したいとは考えておりますが、何せ今のところはっきりとした構想は立っておりません。ですのでどうなることやら・・・、ながーい目で見てやってください。