籠城
第11話 籠城
他のコントロールルームに関しては全て制圧済みで、部屋中に神経ガスを撒いてエレベーターも動作停止させてある。
管理者権限パスワードは全て切り替え済みなので、今なら東京コントロールルーム以外なら取り返されたところで、制御を奪われる心配はそうないはずだが、相手の手持ちのコマはなるべく少なくしたいのだ。
コントロールルーム以外に異次元にアクセスできる施設がどれだけあるのかも判らないし、実際にプログラムを運営しているサーバーコンピューターがどこにあるのかも判らない。
いくら管理者権限を奪ったところで、プログラムの再インストールを実施されては、どうしようもないのである。
但し、プログラム規模から考えると、再インストールした場合は、全てのコントロールルームと異次元の基地、其々の操作盤と異次元のマシンとの同期調整、これらを全て1台1台設定して行かなければならないだろうと推定している。
数百ヶ所はあるのだから、そう簡単な作業ではないだろう。
どれだけの手間と日数がかかるのか。
数週間から何ヶ月間とかかかる可能性が高い。
それならば、何とかして現状のままで東京コントロールルームを奪還して、コントロールを回復させようとするだろう。
俺を訊問して管理者パスワードを手に入れるか、例えわからないとしても、直接コントロールが生きてさえいれば、追加の管理者を作成することだって可能だ。
その為、俺はこの東京コントロールルームで籠城することを決めた。
俺が自殺などもせずに、ここで生きてさえいれば、奪還の可能性ありとして、プログラムの再インストールなどと言う強硬手段は、すぐにはとらないはずだ。
俺は、地上からの呼びかけには、無精せずに応対することにした。
男子トイレはこの階にある。だから問題はない。
食事に関しては、個人用のロッカーが与えられてからというもの、怪しまれない程度にレトルト食品や缶詰などを、ロッカーに溜め込んでおいた。
3週間は持つだろう。
「新倉さん、無事でいますか?応答願います。」
早速、ビル1階のエレベーターホールに設置されている、テレビカメラを通じて上司が呼びかけてきた。
地下は制圧されてしまい、エレベーターは使えない。
このエレベーターはビル用のもので、地下行き専用ではないのだが、3台あるうちのたった1台が地下へとアクセスできるエレベーターであり、地下への呼びかけを行うには、他に方法がないのであろう。
なにせ、コントロールルーム内での携帯電話使用は禁止しているのであるから、携帯電話へかけてくるようなことはしないのである。(実際には、俺は携帯電話を持ってきているのだが・・・)
「所長、先ほどはすみませんでした。
鍵を破られてしまうと困るもので、強硬手段に出させていただきました。
しかし、神経ガスも水滴で叩き落されたでしょうから、ガスの影響はなかったでしょう?
俺は、皆さんを傷つけるつもりは全くありません。」
俺は、なるべく冷静に、高ぶる感情を殺して、落ち着いた口調で返事をする。
「あなたの要求はなんですか?
給料や就業時間などの待遇面であれば、相談いただければ対応可能でしたのに、今からでも遅くはありません。
事態が公になる前に、速やかに出てきてください。」
上司は、何とか俺を説得しようと必死の様子だ。
それはそうであろう、今までにこのような馬鹿な事を始めるような奴はいなかったのであろう。
なにせ、1日中ゲーム機に触っていれば、破格の給料が頂けるのだ。
そのような待遇を捨ててしまうような馬鹿な事は、いかなる信念を持ち合わせていたとしても、行うやつなどいるはずもない、多少の我慢はするべきだ。
但し、あくまでもそれが合法的であり、人道上も問題ない場合でさえあればだが。
「所長、俺の要求はたった一つです。
ここで実際に行われていることは、決して仮想プログラム上で行われていることではありません。
次元こそ異なりますが、現実世界で行われている略奪行為です。
そのことを認めて、直ちにこのような不法行為は取りやめる事及び、このような違法行為に加担した方たち全てを罰することです。
勿論、当初知らなかったとはいえ、俺も大量の人を殺し、物資を奪う事に加担してきました。
俺も含めて罰して下さい。」
俺は、とりあえず、要求として自分の望みを告げて見た。
別に、これが叶う必要性はないと思っている。
しかし、所長も含めて、仮想現実と信じてやまない関係者に、少しでも疑念を持ってもらえれば、それだけでもいいと考えているのだ。
実質の効果はこれから、籠城を続けて行けば現れてくるはずだ。
「何を馬鹿な事を言い続けているのですか。
まだ、目が覚めませんか・・・。
それとも、精神を病んでいたので、刑事責任は問えないとの判決を期待していますか?
あいにくですが、あなたの勤務状況から推察して、精神状況は極めて普通レベルと評価されています。
今更、取り繕ったところで、責任を逃れることは出来ませんよ。
それよりも、悔い改めて早めに自首をして、少しでも心象を良くした方が身のためと考えますがね。」
上司の言葉は尤もである。
至極真面目であり、人となりも良く出ている。
しかし、彼はどうして自分がやってきたことを、あくまでも仮想現実としか認識できていないのであろうか。
自分で直接ゲームに参加することなく、ただモニター越しにマシンや人物の動きを眺めているだけだったので、映画やドラマなどを見ているのと同じ感覚になっていたのであろうか。
どれだけリアルであったとしても、あくまでもスクリーンの向こう側での出来事でしかないと感じているのか。
まあ、俺だって怪しいと感じていただけで、俺自身が向こうの世界に居たことと、俺が過去にバイトをした時に見たオブジェがたまたま中国基地にもあった事など、仮想空間らしからぬ設定に疑問を感じたことがきっかけだ。
確かに、強奪した物資の箱のつぶれ等再現は出来たが、本当に異次元からの強奪品かどうかの確認は出来ていないし、異次元産だと証明する方法も思いついている訳ではない。
と言うよりも、次元間を物質移動させる装置に関しても、あのオブジェがそうであろうとなんとなく感じているだけで、実際動作確認できたわけでもない。
だから公の場に出て、根拠のある話は今のところは出来そうもない。
「判りました、当分はこのままここに籠ります。
しかし、いずれ明らかになってくることが多くあると考えています。」
俺はそう言い残して通信終了した。
俺は、頭上パネルのモニターを16分割し、各コントロールルームのモニター映像を出力し、順次切り替わって観察して行けるようにした。
そうして、スピーカーのボリュームを最大にしておく。
各コントロールルームへのアクセス手段である、エレベーターは使用不能にしてあり、非常階段には神経ガスを散布してある。地下深い場所である為、都会の騒音もなくどの基地も今の所は平静な無音状態である。
コントロールルームを奪還しようとする襲撃などがあれば、すぐに判るであろう。
それから俺は、操作装置のモニター画面を次々に切り替えていく。
こちらの方の映像は、異次元の世界の各基地の映像だ。
こちらもいたって平静な状況だ。
既に10時を回っていたので、東京基地に画面を切り替え、唯一重複したマシンを割り当てていない、俺のマシンを操って、表に出て見る。
『ガラガラガラガラ』ゆっくりとシャッターが開き、開き切らぬうちにそれをくぐり抜け、俺は基地の建物の外へとマシンを出す。
このところ、東京基地では基地を奪還しようとする攻撃は皆無となり、市場やスーパーマーケットでの強奪を阻止するための防衛に専念しているようだ。
昼間の基地の周りは閑散としていて、人通りもない。
既に季節は秋で、無人のビル街を僅かばかりの木の葉が舞っている。
人類死滅後の世界で、不死人と戦う戦闘シミュレーションゲームと言う設定なら、それにふさわしい背景と言えるくらいだ。
しばらくすると、遠くから人影が近づいてくるのが判った。
ゆっくりと、歩いて近づいてくるその影は、真っ赤なコートに身を包んだ美女・・・榛名朋美だ。
彼女は、旧知の中でもあるかのように、俺のマシンを恐れることもなく近づいてきたかと思うと、マシンのカメラに向かって話しかけてきた。
しかし、何を言っているのかは分らない。音声は伝わってこないからだ。
俺は、レーザー光線銃で彼女の足元のアスファルトに文字を刻んだ。
彼女もそれに気づき、以前のようにアスファルトにスプレーで文字を書きはじめた、スプレーは持参していたようだが、うっかりしていたのであろう。
『しばしの休戦?又は、この世界からの撤退?』
以前の東京基地ほどではないが、他の日本基地では今でも早朝から、熾烈な攻防戦が繰り広げられている。
それが、今日になって基地からマシンが放たれることもなく、どの基地も閉鎖されたままであることに疑問を持ったのであろう。
唯一、マシンを表に放出してきた、東京基地に代表者が確認に来たのであろう。
以前、マシンガンで威嚇したはずなのだが、今はさほどの危険はないとの判断であろうか。
それにしても彼女たちは、この侵略行為が別世界からの接触であることを、理解している様子だ。
だからこそ、この世界からの撤退と言う表現をしてくるのであろう。
俺は再度、彼女の足元のアスファルトに文字を刻んだ。
『わずかばかりの平和』
『やっぱり休戦?or総攻撃の準備?』
文字を読み取った彼女は、自分もスプレーで、尚も問いかけてくる。
俺は、もう一度文字を刻んだ。
『期間不明 その後も不明』
『????何がどうした?』
俺は、更に文字を刻む。
『一人だけクーデター 今後の展開不明』
『あなたが?』
『はい』
『いつまで?』
『不明』
『私たちの世界 救って』
彼女は更に、言葉を書き加えた。
しかし俺は、その言葉に答えるつもりはない。
俺は、彼女たちの世界に恩を売るつもりはなかった。
恩を感じてもらったところで、何もしてもらえる訳もない。
俺は、このままいけば捕まるだろう。
犯した規模から考えて、軽い罪で終わるはずもなく、例え、この件が公になったところで、俺の実質的な罪が軽くなることはないだろう。
なにせ、何も起こらなければ企業の重要施設の不法占拠だし、異次元への侵略行為が明るみに出たところで、異次元世界の人々の虐殺と略奪行為への加担なのだ。
どちらに転んでもいい事は起きそうにない。
その時に、異次元世界の人々が俺の事に関して、情状酌量してくれるのではないかと言う、淡い期待を抱いているわけでもない。
兎も角、こんな行為は止めるべきと言う、信念に基づいて行っているだけだ。
だから、あやふやな憶測とか、希望的観測とか、ましてや救うなどと言う驕った言葉を述べるつもりもない。
しばらく、何も書き出すことのない俺に焦れたのか、カメラに向かって何事か訴え出す彼女。
言っていることは、身振りと口の動きでなんとなくわかる。
両手を胸の所で組んで『お願い・・・』。
しかし、俺は何もしなかった。
やがて彼女はあきらめたのか、元来た道を歩いて帰って行った。
彼女が去ってから2時間ほど経過した頃、日本の他都市の基地を皮切りに、基地への一斉攻撃が開始されたようだ。
シャッターを閉じた状態の基地は、外壁も分厚く難攻不落の要塞と化す。
しかし、ガードマシンの警護もなく、自由に爆薬の設置も出来る状況では、シャッターを破られるのも時間の問題であろう。
俺はその様子を只ゆっくりと、各都市の画面に切り替えながら、観察していた。
別に、どの都市の攻撃陣が優秀で、一番に基地を攻略するのかという事を観察している訳ではない。
ただ、異次元世界の人々が、敵基地を必死で攻略しようとしている姿を、微笑ましいというか、頑張っているなあと感じながら、ひたすら見つめていた。
しかし、東京基地だけは様子が違った。
俺のマシンがシャッター前に居座って居るせいなのか、あるいは俺が略奪行為を1時的にしろ止めていると伝えたので、東京基地の脅威はないと考えているのか、いずれにしても他の基地の緊迫した状況と異なり、のんびりとした時間が過ぎていく。
やがて、いつもなら就業時間である午後5時を迎えたが、俺のマシンはそのまま外に出しておくことにした。
別に浮かせておくだけならば、何の操作もいらず、そのままにしておける。
このまま籠城し続けるので、マシンを収納してシャッターを閉じる必要性もない。
榛名朋美ではないが、俺はいつまでこんなことを続けていられるのか、コントロールルーム内を見回しながら考えていた。