移送実験
5 移送実験
翌月の1日、コントロール装置の部品供給が行われるため、フィリピンのマニラへ円盤を使って飛んでいく。
2000万円分の金塊を輸送するためなのか、いつもと違い眼鏡をかけたちょっと硬そうな軍人たちも同行していて、客室に待機している。
「おはようございます、新倉山さん・・・。
コントロール装置用の部品に関しましては、フィリピン行政府の方たちにお願いして段ボール箱詰めしておいていただきましたけど、確認はできましたでしょうか?」
座標で指定されたマニラ港近辺に到着するなり、所長から無線が入ってきた。
コントロール装置で円盤下部カメラからの映像を映し出すと、緑の芝生いっぱいに段ボール箱が平積みされている。
どうやらゴルフ場の敷地内を受け取り場所に指定してきた様子だ。
「はい・・・確認できました。
段ボール箱の大きさは統一されているようですので、ハンドアームマシンを使用することなく、転送ビームで収納できそうですね。」
すぐにマイクを使って返事をする。
「箱の重量は、ひと箱あたり5キロ前後に統一して梱包をお願いしていますから、設定をお願いいたします。」
ううむ・・・箱のサイズだけではなく重さまで統一してくれているのか・・・、流石気遣いが半端ない。
すぐに重さとおおよその大きさを入力して、転送ビームで円盤内に収納する。
「今・・・納品された品物を確認しに行くから、ちょっと待っていてくれと言っている。」
客室の軍人たちが倉庫へ向かったのだろう、無線機から延ばしたイアホンで無線連絡を聞いている阿蘇が操作室にいる俺たちに向かって声をかけてくる。
「現在納品確認中ですから、しばらくお待ち願います。」
「ああそうですか・・・、電子部品に関しては初めての取引ですからね・・・、ご確認いただいても構いませんよ。」
「はい・・・はい・・・そうですか。
すべて注文通りですね。了解いたしました。」
しばらくして、無線連絡を聞いている阿蘇が小声でつぶやく。
「とりあえず、すべての箱を開けて添付のリスト表を確認。
あとはランダムに内容物とリスト内容を確認して一致したようだ・・・、1次の納品確認は終了だね。
金の延べ棒を降ろすよう言われている。」
阿蘇が笑顔を見せ、代金である金塊を降ろすよう指示する。
「分かった・・・、倉庫に置いたあの箱だね。」
金塊の位置と大きさや重さはすでにスキャン済みだ。
倉庫に収納した部品や軍人たちは除外して、金塊だけを地上へ送り出すよう転送ビームをセットする。
「代金は受け取ったという連絡が来ました・・・、これで今回の取引は終了ですね。
今後発注される円盤の部品リストに関しましては、発注量の目途がつき次第リストを各植民地の行政府あてに送付ください。
さすがに円盤部品ともなりますと、1ケ所の植民地だけで受け渡しをしていると非効率ですからね。
地区ごとに行う予定ですので、すみませんが偏りがあまり出ないような発注をお願いいたします。」
所長から円盤部品の発注に関して注文を付けられた。
まあ、円盤は植民地ごとに10機ずつ製作すると言っていたからな。
それぞれの地域で製作する部品の一部をこちら側に供給するつもりなのだろうから、どこか一ケ所に発注が集中しても、植民地間で部品の移送をしなければならなくなるから、効率が落ちるわけだ。
こちら側世界で円盤製作をまとめて一ケ所で行おうが、地域に分散させて行おうがどちらにしてもそれはこちら側の都合なのだから、納品された部品の輸送はこちら側で行えという事なのだろう。
まあ、それはそれで当たり前と言えそうだ。
「了解いたしました・・・、現在、円盤製作担当国ごとに必要部品をリストアップ中です。
追ってご連絡させていただきますが、その際地域ごとの偏りが出ないよう配慮させていただくつもりです。」
すぐに赤城が返事を返す。
「お手数ですがお願いいたします。
それでは、こちらも円盤製作を再開してもよろしいのですよね?」
所長が念を押すように確認してくる。
「はい、昨日をもって円盤製作工場周辺を監視していた部隊の大部分は引き揚げさせました。
本日の朝までの勤務の部隊をこれから回収いたしますので、工場を再開させてください。
ですが保有兵器の均衡のためという事ですので、まずは植民地ごとに1機ずつの製作までにしてください。
こちら側世界での円盤製作が始まり次第、2機目以降の製作の再開をお願いいたします。」
「では、そうさせていただきます。」
『プチッ』その言葉を最後に無線が切れたようだ。
「じゃあ、ドーム工場へ回って残留部隊を回収してくれ。」
赤城の指示で、すぐに円盤工場の座標を入力し円盤を発信させる。
「虫・・・?」
「ああ・・・、虫といったって・・・、ハエとか蚊とかではなくてトンボにカブトムシ・・・アゲハ蝶などだな。
それらが円盤工場の中を飛び回っていたよ・・・、流石にフィリピン・・・都会のようでいて自然が豊富と感じたけど・・・、円盤製作には邪魔になるだろうな。
今日から工場再開するためなのか、昨晩からハンドアームマシンが何台も虫取り網を持って飛び回っていたよ。
最初のうちは俺たちが採取して、それでも持ち帰るわけにはいかないから行政府の役人に手渡していたんだが、本格的に採取を始めたようだった。」
監視部隊を回収して帰路について安定飛行に移った時、操作室へ一人の軍人が監視状況を赤城に説明しにやってきた。
ひときわ大柄で鋭い目つきをした軍人・・・、筑波だ。
奴の部隊は娯楽施設の建築現場の監視を担当していたはずだが、今回で交代して1時帰国するのだろう。
その時にちょっと信じられない言葉が出てきた。
「そうはいっても、いくら円盤製造が中断していたとはいえ、扉が解放されていたわけではないだろ?
いくら何でも昆虫など、工場内に入ってこられないのじゃあないのか?
それとも・・・工場の周囲に大きな森でもあって工場周辺を昆虫たちが群れを成して飛び回っていたとでもいうのかい?
それだったら、君たちが出入りするときに紛れて一緒にという事も・・・。」
その言葉を聞いて、阿蘇が不思議そうに首をひねる。
「いやあ・・・流石にビル街の空間に作った工場だけに、いくら外でも昆虫が飛び交っているという事はなかったさ・・・、まれに見ることはあったがね。
それがなぜか・・・工場の中には昆虫がいっぱいいて・・・、もちろん死骸なども多くみられたがね・・・、ドームの中の方が昆虫が住みやすい環境なのかね・・・まあ、空調は効いていたからかな・・・。」
問われた筑波も不思議そうに首をひねる。
「いや・・・そうではないだろう・・・生体の次元移送実験を、昆虫を使って行っているのではないかな・・・。
よく考えてみれば次元移送のほかに同次元間の場所移送もできるのだから、その移送先はとりわけ地下空間でなくてもいいわけだ。
そう考えれば次元移送はどこかの地下空間に移送したのちに、地上に向けて同一次元の場所移送を行えば、地下施設など作らなくても移住してこられるという事になる。
どこか中継場所の地下空間があればいいというだけのことだ・・・、ちょっと考え違いをしていた・・・。」
ううむ・・・、これはちょっと思いつかなかったことだ・・・まずいぞ・・・。
「ううむそうか・・・・阿蘇よ、すぐに霧島博士に緊急連絡してくれ。
これから帰るから、各国とのテレビ会議を緊急招集するようお願いしてくれ。」
「はい、分かりました・・・。」
赤城に指示され、すぐに阿蘇が無線機に向かう。
恐らく昆虫だったら突然出現しても目立たないだろうから・・・昆虫などはそのような存在であるわけだから・・・、それを使って生体の移送実験を行っているのだとしたら・・・、恐らく昆虫レベルでは成功と言えるのだろう。
もっと大きな生物に関しても、近いうちに移送が現実のものとなる日も近いと言える。
しかも、それは地上のどこにでも移送することが可能なのだ・・・、地下空間である必要性などないわけだ。
ううむ・・・これはまずい・・・だからこそ、円盤製作して武力均衡を保とうとしていると言えそうだ。
そうして向こう側世界の人々が移住完了してしまえば・・・、さらなる近代兵器を製作して・・・。
こちら側世界が全て向こう側世界の軍門に下る日も、そう遠くはないと言える・・・。
『ダダダダダッ』軍本部へ到着して監視部隊とコントロール装置部品を、転送ビームを使ってグラウンドへ降ろすと、俺たちも続いて倉庫経由でグラウンドに降り立ち、気がせいているためか全員が駆け足で本部ビルへと向かう。
『はあはあはあ・・・』廊下を走るのはいけないことなのだが、緊急のため司令本部に入ってからも走り続け、息を切らせながらエレベーターに乗り込んだ。
「ご苦労さん・・・コントロール装置の部品は、今研究員たちに運び込ませている。」
通信室へ着くと、白衣姿の中年男性が迎えてくれた・・・霧島博士だ。
「はあはあ・・・阿蘇が先ほど無線でお伝えした通り、円盤工場内に大量の昆虫が発生した件は、向こう側が生体の移送実験をしているとみて、間違いはありませんか?」
赤城が、息を整えながら霧島博士に尋ねる。
「どうやらその可能性が高いね・・・、工場内を飛び回っていたという事だと、昆虫レベルとはいえ生体に関する次元移送はほぼ成功しているとみて構わないだろう。
そうなると・・・後は移送先なのだが・・・、新倉山君の推察通り次元移送技術のほかに同一次元間の物質移送技術も向こう側世界は持っているとみて間違いがない。
なにせその技術を使って植民地から移送した食料物資を、世界中に点在するシェルターに移送しているわけだからね。
そうして次元移送だけではなく同一次元間での移送に関しても、生体での移送が可能になっていると考えられるだろう。
どのみち物質を素粒子レベルにまで分解して移送してから合成するという技術自体、そう大きな違いはないわけだろうからね。
ただし・・・次元間でも同一次元内でもそうなのだが、移送先の位置の指定に関しては、恐らく相当に細密な設定が必要と考えている。
つまり緯度経度を指定するにしてもミリ単位の誤差もなく位置座標を特定する必要性があるし、地下か地上かという高さ設定に関しても、海抜で指定するのか地殻からの高さなのか入力方法は不明だが、それこそセンチメートル単位での精度が必要になってくるだろう。
なにせ地上であれば建物が建っていたり、岩場だったり木々や草が生えていたりするわけだ。
そのようなところに何も考えずに物質を送り込めるとは思えない。
やみくもに座標を入力するわけにはいかないだろうから、ある程度特定できる場所という事になるのだろうが、恐らくその座標を指定するのは簡単ではないだろう。
だからこその地下移送なのだ・・・、地下空間にごく小さな移送器を送り込んで、その移送器を使って相手側の地面を掘り進んでいく。
そうすることにより、双方の世界の空間位置が重なり合うわけだ・・・、高さや位置がどうずれていようとも、掘り進む範囲で補正が可能なわけだね。
そうして初めて安全に次元間移送が可能となるわけだ・・・、建築資材などそのようにして送り込んで各地域の基地を秘密裏に作り上げ、それが完成してからは両方の地点で送信実験を行い位置補正するわけだ。
大きな基地倉庫を建設していたのは、そのせいなのだろうね・・・、座標位置だけではなく高さに関しても台を設置したりして補正が可能となる。
次元は異なれど同じ場所に移送されるという事だが、どれくらいの精度で移送されているのか誰にも確認手段がないからわからないわけだ。
高さ関係で1mもずれていれば安全な移送は困難と言えるだろうから、地上への移送は慎重に吟味する必要性があると言える。
そのずれを確認しようとして地上へ移送器とカメラを送り込もうとすれば、地上では非常に目立ってしまうだろうしね・・・、隠し農場など適役だったのだろうが・・・農場はこちら側世界で利用を開始してしまったから、移送先としては不適と判断されたのだろう・・・。
それに人跡未踏の地だから、訓練していない一般人では、そこから市街地を目指すのも容易ではないからかもしれない。
そこで・・・まずは昆虫を移送してみたのではないだろうか・・、飛ぶことのできる昆虫であればなるべく高い位置を指定しておけばいいし、ドーム内であれば監視カメラなどで移送確認できるから、まさに一石二鳥・・・。
いや昆虫であればそこに入り込んでいても目立ちにくいという点を考慮すれば、一石三鳥か・・・上手いやり方だね。」
霧島博士は腕組みしながら何度も感心するように頷く。
「昆虫ならともかく・・・人間では無理だろう・・・、飛び跳ねていて着地するのであればまだいい・・・それでも1mもジャンプできる人はそうもいないはずだが・・・、突然地面がなくなって1mも落ちると、恐らくまともに着地出来ずに大抵の場合は、足の骨を折ったり、ねん挫してしまうだろう。
到底秘密裏に次元間移住が行なえるとは思えない。
かといって下半身は地面の中なんて言うような移送もできるわけないし、移送先の座標指定は容易ではないと考えるね。」
霧島博士は生体の次元移送もそうだが、移送先の座標指定の難しさも示唆する。
確かに・・・、そのために地下空間を作って高さも含めた位置補正をやりやすくしていたと言えるのか・・・、でもだとすれば・・・。
「それでしたら、地下基地はどうですか?
俺が移送されてきた東京の地下基地のように、恐らく世界各地にあると想定されている地下基地・・・、あそこだったら次元移送してくれば地上へ出る術もあるでしょうし、何より向こう側世界でもシェルター化しているはずですから、まずは地下基地へ同一次元間の移送を行って、それから次元移送してくればいいのではないでしょうか?
なにせ東京基地以外の地下基地はいまだに見つかってはいませんから、そこを利用して次元移送してくる可能性は十分に考えられます。
それでしたら自国内の基地経由なので、フィリピンの娯楽施設など利用しなくても、地上へ出ても怪しまれないでしょうし・・・。」
世界中にあるはずの地下基地がいまだに一つも見つかっていないことが悔やまれる。
それらを利用すればいいのだから、所長が言っていたように娯楽施設建築とか円盤製造工場とかは、単に観光客誘致や戦力の拮抗のみが目的と言えるのではないだろうか・・・?