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黒煙街の探偵  作者: 13腰
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一話

半ば引きずられるようにして一階に降りると、鉄と油の匂いが一層強くなる。


そこは一見するとまあ、普通のカフェか何かに見えなくもない。

(見た目と手触りだけは)木製の床と壁、複数置かれた丸テーブルに椅子。

カウンターの奥に、雑多な部品と器具、薬品が山と積まれた個人用のラボさえなければ、もう少し客が入るのではなかろうか。いや、閑古鳥を免れるには、もう少し掃除が足りないか。


「まったく、朝飯一つにどれだけ手を煩わせるんだ。」


ごとり、とテーブルの上に食事が置かれる。

用意してくれることには感謝するが、これを作ったのは彼女お手製の自律式調理機械(ロボット)であって、彼女自身ではない。間接的には彼女の料理とは言えなくもないが。

当の本人は、俺の朝食を置いたらさっさとラボで新聞を読みながら機械弄り。


これがこの店、《竈の火》の日常風景である。

店主である彼女、すなわちDr.ソナールの趣味とある種の怠惰によって作られた《竈の火》は、現在俺の拠点と化しており、依頼相談の場所に使われることすら多々ある(本来ならば借りている二階で行うべきなのだが、多少なりとも客が入っている店に見せかけるために彼女より命令された)。故にこの現状には思うところはある、の、だが……


「……なんだ」


睨みつけられた。

確かに彼女は飲食店経営者としては、褒められたものではない。

だが、彼女に頭が上がらない理由がありすぎるのだ。住処、食料、家賃、機械改造(サイバネ)問題、その他モロモロ。

……否、そもそも紳士としてはレディを尊重……ああもう、これはいいか。

心の中で言い繕っても仕様がない。


つまるところ、金である。

金があれば現状の気まずさと居心地の悪さから多少なりとも抜け出せる。

先月のミスに引きずられての今現在ではあるが、とにかく仕事さえくれば!


「あ、あのっ!!!」


と、物思いにふけっていたところに、来店を告げる合成音と共にと共に声が響いた。

振り返れば、少女である。店の自動ドアが開いたところに、息を切らした様子で佇んでいる。


歳のころはまだ十代半ばから後半、といったところか。

なんとなく、爽やかな香りがするな、と思った。

肩のあたりまで整えられた金髪と、柔らかな顔立ちは、天使のような……とまではいかずとも十二分に可愛らしい。真新しいサイバーモンタージュ模様が入ったシャツとボトムは若者らしいが、どこか彼女には不釣り合いだ、と思うのは偏見であろうか。


その少女は、しばし息を整えると、こう口にしたのである。


「探偵さんがいるっていうのは、ここでしょうか!依頼が、あるんです!」





天使どころか女神だった。





* * * * * * * *


まだ営業時間外だ、とぶつくさ呟く店主(ソナール)を無視し(最も、店の鍵を早くから開けていたのは彼女自身である。作業に没頭すると開店時間を忘れるため、目覚めてすぐに鍵を開けるのが習慣だ)、少女から依頼の話を聞くことにした。


彼女の名はマリア、16歳。予想通り、まだ年若い少女だ。


「……姉さんが、帰らなくって……しばらくして、警察の方から、死んだって……もうほかに、どうしたらいいのか……」

「それがもう、2週間前、ね。」


話の内容は、こうだ。


3週間前、恋人に会いに行ったマリアの姉が帰ってこず、一週間後警察により死体で発見。

傷跡や状況からして他殺の方向で捜査を進めていたようだが、一向に犯人が見つからない。

姉が会いに行ったという件の恋人も行方がわからず、業を煮やして俺に依頼に来た、というワケだ。


「お願いします!お金ならどうとでもします!ですから……!」

「ちょ、ちょっとちょっと。そんな頭下げないでくれないか……」


少しだけ内容を吟味する。情。実利。成る程、受けない理由がない。


「わかった。だからほら、そんな辛そうな顔しないでくれよ。」



その時の表情は、まさしくぽかん、とした顔であった。本当に受けてもらえるとは思わなかった、という類の。……何度も、見てきた顔でもある。きっと、内心では諦めかけていたのだろう。警察にも解決できない事件を、探偵がどうやって。それでも、最後の希望にすがらずにはいられなかった。そういう事なんだろう。



だから。


「この街は俺の庭だ。必ず、解決してみせる。」



俺は、そう強く断言した。少女の絶望を吹き飛ばすように。






「……ところで探偵」


決まった、と思ったところで、何故か静観を決め込んでいたはずの店主が口を出してきた。

一体なんだというのだ。見ろ、目の前のマリア嬢も俺に礼を言うタイミングを逃して困っているではないか。なんと空気が読めない女だ。この依頼を達成して家賃モロモロを払ったらさんざん文句を言ってやろう。


「この、今TVで流されてる逮捕のニュース。その娘の依頼の犯人じゃないの。」


えっ。


つい、と指された彼女の油に汚れた指先を追う。

これまで長い期間に渡って犯人が見つからなかった殺人事件の犯人が昨日逮捕され、住人から安堵の声。

犯人は他にも複数の殺人事件を起こしており、繰り返し警察に猟奇的な内容のメッセージを送っていた。

残虐な行為から犯人の精神状態が正常かどうか疑われており、現在検査中。なお犯人は容疑を否認している。




……えっ?

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