或る転生者の末路
メリバが読みたいがために書いてしまった作品です。
甘い話、幸せなものをお望みならば回れ右をオススメします!
「どうして…?どうしてどうしてどうしてどうしてっ!!」
愛沢 由利は、叫んだ。目の前で何が起こっているのか全く理解ができなかった。
座り込む彼女の前には、彼女を冷めた目で見下ろす男達が立ち並ぶ。
(どうしてなのっ!!私は、ヒロインなのに!!彼等を助けにきた人間なのに!!)
由利はおかしくなりそうな頭を抱えながら、いままでのことを思い出す。
彼女はいわゆる転生者というものだ。
以前の世界で事故に遭い、気がつくとかつてプレイしていた
『永久の約束―あなたとともに―』という
乙女ゲームの世界のヒロインに成り代わっていた。
初めはもちろん戸惑った。
どうして私が…?と故郷の家族や友人を思い出して泣くこともあった。
だが、彼女は思いした。この世界の攻略キャラたちのことを。
このゲームは、よくある乙女ゲームのように辛い過去をもった
イケメンたちを癒して恋をしていく学園ものだが、
少しだけ他のゲームと違うところがあった。
重いのだ。彼等の過去が。尋常ではないくらいに。
そして、由利はそんな彼等のうちの一人に強い想いを抱いていた。
その人とは、木月 薊。
鮮やかな赤髪、鋭い金目に彫りの深い顔立ちの野生的なイケメン。
彼は幼い時に虐待を受けていた。
富豪の娘である母親と庶民の父親が駆け落ちして生まれた彼。
誰の目にも大変ではあるだろうが、幸せな未来が約束されているように見えた。
しかし、父は家庭をもった途端に豹変してしまう。
子供の彼に暴力をふるい、怒鳴りちらす。
そして母はそんな彼に見向きもせずに、父との恋におぼれる。
そんな生活が日常だった。
彼が中学にあがったとき、父親が飲酒運転の車に轢き殺されていなくなった。
これからは自由に暮らしていけると思った彼は、
まずは母親との縁を切ろうと決める。
だが、母にその旨を告げに言ったときに彼女は突然すがり付いてくる。
「いままでごめんなさい。謝って許されることでないのは分かっているの。
でも、お願い。私にやりなおしの機会を頂戴。私は、あなたを支えていきたいの」
そう懇願された。
彼は、いままで見捨てていたくせに。いまさらっ…!!と憤ったが、
母親という存在を捨てきることなどできず、結局ともに暮らすことにする。
けれども、現実は非情だ。彼が中学を卒業した日に事件は起こる。
夜、いつものように寝ていた彼は、なにか重いものが
体の上に圧し掛かっているのを感じる。
ぼんやりと目を開けた瞬間、彼は愕然とした。
乗っていたのは、一糸纏わぬ姿の母親だったのだ。
「わたしの可愛い子。ようやく、大人になってきたのね。」
そういって嗤う姿は、どうみても欲に塗れた女の姿だった。
彼の過去とは、性的虐待と暴力的虐待だった。
それから、彼は他人の接触を避けるために頂点をめざすようになる。
傲岸不遜で、一人で全てをこなす完璧な生徒会長という肩書きを手に入れる。
本当に重い。彼女もプレイし始めたときは、何度か病みそうになっていた。
けれども、そんな彼がヒロインのおかげで
人と触れ合えるようになっていくうちに、彼女は画面の中の人間である
にも関わらず、彼に恋心のようなものをもっていった。
だから、彼女は決めたのだ。
彼を救うために私はこの世界で生きていこうと。
彼女の計画は上手くいっていた。
彼の攻略のためには、他の攻略キャラに恋心をもたせながらも
彼とイベントをこなさなければいけない。
彼女はゲームをプレイしていた頃を思い出しながら、彼との距離を縮めていった。
そして、ようやく彼に告白されるイベントまでやってきた。
鼓動の速まる胸の前で、手を握りしめながら目の前の生徒会室の扉を見上げる。
(ようやく、彼と幸せになれる)
期待にゆるみそうになる口端をひきしめながら、豪華な真鍮の扉を押し開く。
「薊会長?」
声をかけながら、中をみたが何故か室内には灯り一つついていなかった。
(おかしいな…ゲームでは、会長が部屋の真ん中に背をむけて立っていたはず
なんだけど)
訝しくおもいながら、おそるおそる暗い室内に足を進める。
部屋の中央まで歩いていったとき、突然ドンッと背中を強く押された。
「きゃっ!?」
重心の崩れたからだは、前のめりに倒れ、咄嗟に床の上に手をつく。
「だ、だれ…っ!?」
後ろを振り向こうとしたが、背中に足を乗せられ床に伏せられる。
「あっ…、か、はっ…!!」
力強い衝撃に、肺から空気がもれた。
(なんなの!?どうして、私は襲われているのっ?)
困惑する由利の耳に、複数の足音がきこえてくる。
更なる奇襲者の気配には、由利は身を堅くした。
(こわい、こわい、こわい!! 薊会長っ!!)
得体の知れぬ恐怖に彼女は、最愛の人を呼ぶ。
彼の姿が、声が、笑顔が脳裏に描かれる。震えるからだが落ち着いていく。
そうだ。きっと会長は、こいつ等に捕まってしまったんだ。
(こんなのゲームにはなかったけど、ここはゲームの世界ではないからイレギュラー
が起こってもおかしくない。それなら、私がなんとかして彼を助けにいかないと!)
由利はそう決心を固め、震える声を誤魔化す様に何者かに向かって叫ぶ。
「なんなんですか!!あなたたちっ!!会長をどうしたんですかっ!?」
「…」
「っなんとか言ったらどうなんっ…!?」
突然明かりがつき、視界が霞む。
「だとよ、会長さん」
(えっ?いまの、声って…)
聞こえた音は、由利のよく知る人間の声に似ていた。
動揺する心を静めるために、
声の主を確かめようとチカチカする目をゆっくりと開く。
「…………………………え?」
由利を囲むように立ち並ぶ4人の男達。そして、由利は彼等に見覚えがあった。
なぜなら、彼等はこの世界の攻略キャラたちだったから。
「なん、で…みんなが」
声が震える。正体の分からぬ人間に襲われたときよりも、
大きな恐怖がじわじわとせまってくる。
(ううん、ち、がうよ。これは、何かの間違い…そうっ!!ドッキリとか!!)
冷たい空気に彼等は自分に害を加えようとしているのではと思ったが、
直ぐに考えを改める。だって、自分はなにも彼等に酷いことをしていない。
「も、もぅ…!!みんなして、何なの?
いきなり後ろから蹴らないでよ!びっくりしちゃったよ?
これでも、私おんなのこなんだからもっと優しく…」
「黙れ。その薄汚い口を閉じろ」
「え……」
いまの言葉は誰なのか。誰が誰に何を言ったのか。
彼女は直ぐには、理解できなかった。いや、したくなかった。
「な、なに言ってるんですか?あざっ…」
ありえない現実を打ち消してほしくて、すがるように薊の方に手を伸ばす。
「気安く俺の名前を呼ぶな。聞こえなかったのか?口を閉じろといっただろ?」
「あぐっ!!?」
伸ばした手を思い切り靴底で踏みにじられる。
(いたいいたいいたいっ!!なにっ?何が起きているの?)
事態を把握するために思考をめぐらそうとするが、
薊はそれを許さないというかのように踏みにじる足に力をかける。
「やぁっ!!いたいっいたいっ!!いたいよぉっ!!」
悲鳴をあげても、彼等は道端に捨てられた
ゴミをみるような目をむけてくるだけだった。
「耳障りな声だ。こんなモノと半年も過ごしていたのかと思うと怖気が走る」
「はぁ!?そんなこと言っといて、主に指名されたときに喜んでたじゃん!!」
「当たり前だろ。主が俺をたよってくれたんだから」
薊は頬を染め、眦をさげて恍惚の表情を浮かべる。
(あざ、み…かいちょう?)
由利は、彼のそんな幸せな顔をみたことがなかった。ゲームでも、この世界でも。
(ほんとうに、目の前にいるのは薊会長なの…?)
あの優しくて不器用な顔で自分の頭を乱暴に、でも恐る恐る撫でてきた彼なのか。
由利には、もう何もわからなくなってきたいた。
「気持ち悪いので、その顔やめてくれませんか?」
「あぁ、お前のそんな顔みせられても何の得にもならんな」
「はっ!!主に頼られなかったからって、嫉妬は見苦しいぞ?」
「嫉妬なんかするわけないっす。主は優しいから、協力した俺たちのことも
褒めてくれるって言ってましたし!」
「相変わらずの駄犬だな。主は今回は半年も働いてくれたから、
俺には特別なご褒美をあげるって言ってくださったんだよ」
自慢げな薊のその言葉に、3人の男はピクリと肩を揺らす。
「くそっ…!!なぜ、主はこいつに頼まれたのだっ!!」
「今回ばかりは、あなたたちと同意見ですね。
こんなのに主が情けをおかけになるなんて」
「ちっ…面白くないっすね」
「あはは。会長、ほんと死んじゃえばいいのにー」
4人は嫉妬に塗れた顔で薊を睨むが、当の本人はどこ吹く風だ。
「しょうがねぇだろ?主がお決めになったことなんだから」
にやにやと笑いながら挑発する薊に、3人は殺気立つ。
(みんな一体どうしちゃったの?あるじって、だれ?)
由利を放って会話をする彼等に、どんどん疑問が募っていく。
「っの!!」
「はいはい、そこまでな」
パンパンと手を叩く音が上から聞こえる。由利の背中に足を乗せ、動きを封じている男だった。
(この声、やっぱり…樺先生だ)
男の声は由利のクラスの担任の樺 不軌のものだ。
そして樺は、この世界の隠れ攻略キャラでもある
「お前等、喧嘩すんのはいいけど早くコイツを処理しろよ?
俺はこの後、アイツによばれてるんだから。
お兄さん、もう足のっけてるのいやだし」
「樺っ…てめぇ、主に気に入られてるからっていい気になんなよ!!」
「事実だろ。早く片つけないと、アイツに呆れられるぞ?」
「くっ!! 主を待たせるわけには、いかないな」
「よしよし。じゃ、俺はお先に失礼するな」
背中の重みが消え、足音が去っていくほうをちらりとみると
樺先生が背を向けながら手を振って扉の先へ消えていった。
(樺先生まで…主って人のことを気にかけてた)
彼等は皆一様に主に執着しているようだった。
そこで、由利は気づく。
(みんながおかしいのは、もしかしてその主という人間のせい?
何か弱みを握られたり、過去のことをで脅されたり…)
彼等の一連の会話を聞く限り、どうみてもそんなことはありえないのだが、
彼女にはもうそんなことを考えられるほどマトモではなくなっていた。
自分の恋人はただ騙されているだけなのだと、
まるでストーカーのような結論を叩きだしてしまった。
「みんな、大丈夫だよ?」
「は?」
いきなり優しい声で話しかけてきた由利に、男達は眉を顰める。
コイツは何を言っているんだ?という目をむけるが、
自身の妄想に取りつかれた由利はそんな視線にもきづかない。
「主って人がみんなをおどしてるんでしょ?それで、私を巻き込まないために
こんな突き放すようなまねしてるんだよね?」
彼等は目を丸くした。
勿論、由利の考えがあたっているわけではなく、その突拍子もない言葉の意味が
すぐに理解できなかっただけだ。
だが、彼女はその反応を自分の言葉が当たっていて驚いていると解釈した。
「やっぱり…、そうなんだね。ひどいっ!!
みんなを脅してこんな真似させるなんて…。
安心して!!私は、そんな最低な人に負けないから!!
みんなで協力すれば、そんな奴すぐにっ…
あ゛あ゛ぁああああああああああああああああっっ!!」
由利の言葉は続かなかった、続けられなかった。
薊が彼女の手の骨を踏みにじり、折り砕いたからだ。
「てめぇ……なに言ってる?主が、最低?」
低く唸るような声音で薊は由利に問いかける。
黄金の目は瞳孔が開き、言葉の節々からこらえきれない怒りをにじませながら。
「ひ、ぁ……っんで?」
(どうして?どうして薊は怒っているの?)
由利には本当に分からなかった。薊の怒りの理由が。
「コイツ、本当に分からないって顔してるよ。
はぁ…まったくもー。しょうがないなぁ」
会計の日下部 一夏は、呆れたように優しく微笑む。
その顔に由利は、わかってくれたのかと希望に目を輝かせた。
「!! いちげ…っ!?ぇ………」
一夏はゆっくりと由利の口に手を伸ばし、彼女の舌をやさしく撫でる。
そしてそれを
持っていた愛用のナイフで切り落とした。
「……………っ!!!!!!!!!!」
切り落とされた舌の狂うほどの激痛に叫ぼうとしたが、
それもかなわず喉が開閉する音だけが響く。
「あはははは、魚みたい。煩い声で喚かなくっていいね。」
「…………っ!!!……………!!!!!!!」
「なんも言わないで黙ってればよかったのにね。
俺たちが騙されてるとか意味のわかんない言葉並べ立てて、
挙句の果てには主を侮辱したんだ。楽に死ねると思わないでね」
にこりと笑う一夏の目は猫のように弓なり形をしているが、
その視線は冷え切っている。
怒りと殺意を向けているのは、薊と一夏だけではない。
書記の戸塚 竜胆、副会長の橋立 藤夜、
補佐の白橋 真澄。彼等もまた、由利に怒りと殺意を煮えたぎらせていた。
「最後に、楽しい夢みさせてやるよ。よかったな、俺の顔を死ぬ間際まで見れて」
薊は、初めて笑顔を由利に見せた。
ずっとみたいと願っていたはずの笑顔は、あまりにも歪んだものだった。
勢いで書いてしまったが、これは需要なんてないだろうなぁ…。
とか、思いながら書いた自己満足小説。