8:合流しよう。
ドサッ
「痛っ! …………あれ?」
気付けば先ほどまでと違う場所に居た。
遠くから雨のような水音が聞こえている。
……そうか、私は踏み潰されて死んだのか。
お尻が痛い。何も復活でお尻から落とさなくてもいいじゃない……
そんなことを考えている場合じゃない。
急いで周りを見回し、近くに巨人が居ないことを確認する。
いや、多分私が小さくなってるんだろうけど……
巨大なベンチとかあるし。
カメリアさんが悲しそうだったのはこのことか。
なぜ言ってくれなかったのか。
いや、種族が選ばれた時の表情や最後の言葉の雰囲気から考えるに言えない理由でもあったのか。
だから今は考えてる場合じゃないって。
油断してまた踏みつぶされたらたまらない。流石に足音で気付くだろうけどね。
先ほど周囲を確認した時、少し離れた所に植え込みがあったので、急いでその下の隙間に潜り込む。
裸足で走るのなんて慣れてないし、地面のデコボコも大きくて足が痛い。
物陰に隠れて一息ついて、少し考える。
とりあえず私は小さくなっているらしい。
あの靴のサイズからして大体十分の一くらいだろうか?
ステータスのSTRやVITの数値では人間と同じだけど、
無意識に踏まれただけで即死するって事は「同じ大きさなら」人間と同じって事なんだろうか。
常人の筋力で上から降ってくる数十トンの物なんて一瞬だって受け止められはしない。
いや常人じゃなくても無理だと思うけど。
二の腕やお腹などの皮膚をつまんでみたが、現実の私と同じ厚みしかない。
グーで軽くお腹や脚といった柔らかい所と肩や手首など骨に近い所をトントン叩いてみたが、受ける感覚も現実と同じ。
人間をそのままスケールダウンして翅を付けたような身体のようだ。
実際そんな身体の造りの生き物なんて存在できないだろうけどそこはそれ。
これゲームだし。
自分にかかる重力もおかしな感じになってるっぽい。
サイズが十分の一になってるのに普通の感覚で歩けるし、ジャンプした時の滞空時間も通常サイズと同じだ。
高い所から落ちたりしたら、他の人からは凄くゆっくり落ちてるように見えるのかな?
そういえば声の高さもだな。
お姉ちゃん達の声が普通に聞こえてたし、自分の声も少なくとも自分では普通の高さに聞こえた。
野太いお姉ちゃんの声なんて聴きたくはないけど。
ただ、音量はかなり違うようだ。
お姉ちゃん達は普通に話してたっぽいのにかなりの大声に聞こえた。
逆に私の声は耳の良い兎耳の人にしか聞こえなかったっぽい。
同じくらいの距離に居たもう一人は気付いて無かったみたいだし。
兎耳の人が偶然下を見た可能性もあるから本当に聞こえたのかは判らないけど、少なくとも普通の聴力ではあの距離だと聞こえない位の声量なんだろう。
そこまで考えた所でポーンという音が頭の中に響いた。メッセージの着信音だ。
お姉ちゃんからだった。
『噴水のある広場に行きます。場所がわからなかったら返事ください』
植え込みの奥の方を見てみると、水が噴き出しているのが枝葉の隙間から見えた。
聞こえていた水音はあれだったか。
ということはここの事だろう。
……あれ?
「お姉ちゃん」が自分のところに向かっていると理解した瞬間から、体がカタカタ震えだした。
さっきのは気付いていなかったから起きた事故だ。
危害を加える気などなかったし、加えるために向かって来ている訳じゃない。
今回は近づく前に大声を出して気付いてもらえば大丈夫だ。
……そう頭では解っているのに体の震えは止まらない。
落ち着け、落ち着け。 深呼吸だ。
大丈夫、大丈夫、怖くない、怖くない、怖くない……
「よし」
なんとか震えが収まってくれた。
そういえば自分の事ばかり気にしてたけど、お姉ちゃんPKしたことになっちゃったんじゃないか?
PKプレイヤーがどういう扱いになるか知らないけど、大丈夫かな……?
そうこうしていると足音と話し声が聞こえてきた。
音程が普通で、音量だけが大きい足音って違和感が凄いな。
「やっぱり居ないじゃない」
「まぁまぁ。返信は無いんだろう?」
「そうだけど……」
先ほどの三人が植え込み沿いにこちらの方へ向かって歩いてくる。
改めて見るとやはりデカい。
止まっていた震えが戻ってきてしまった。 落ち着け私。
なんとか抑えて植え込みの端まで出ていく。
道の真ん中まで出て行って手を振れば気付いてもらえるかもしれないが、最悪また踏まれるだけだ。
私の声が聞こえそうな兎耳の人に声をかけたいけど名前知らないし、とりあえず「ここにいる」ってアピールをしよう。
「おーーい!! ここでーーーす!!! ここーーー!!!」
二十メートル位の距離まで近づいてきた所で少し植え込みから離れ、出来る限りの大声を出しつつ大きく両手を振ってみる。
あ、兎耳の人が気付いた。やっぱり聞こえてるっぽい。
「ほら、居たよ」
と言いつつ私から少し距離を置いてゆっくりと片膝を突いて、こちらを覗きこんでくる。
気を使って少し離れてくれているんだろうけど、それでも腰が引ける。
奥からお姉ちゃんの「えっ?」という声が聞こえてきた。
「白雪ちゃんだね?」
大きめの動作で頷きながら「はい」と返す。
すると突然私の前に、巨大な指が凄い勢いで近づいてきた。
「ひっ!!」
恐怖で足に力が入らなくなり、尻餅をついてしまう。
「あっ、済まない! 怖がらせちまったねぇ…… 私はアヤメ。お姉さんの仲間だよ。よろしく」
あぁ、握手のつもりで差し出したのか……
なんとか立ち上がり、指に近づく。
「白雪です。よろしくお願いします」
人差し指一本でも十センチ以上の太さがあるので、両手で包むように持ち少し頭を下げる。
頭を上げて手を放すとアヤメさんも指を引っ込め、斜め後ろに立っていたお姉ちゃんに「ほら」と言って位置を変わる。
入れ替わって私の前に正座するお姉ちゃん。
私の体が勝手に後ろに逃げようとする……
耐えろ。さっきのは事故だ。今度は大丈夫だから。
ん? なんかお姉ちゃんがプルプルしてるような……?
あれ、これヤバ
「雪ちゃ」
「ガッ!! ッ!?」
お姉ちゃんの叫びと共に左からの強い衝撃を受け、
続けて高速で前方に引き寄せられて私の意識は刈り取られた。
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「雪ちゃん可愛いーーーーーーっ!!!」
はぁっ!? こいつさっきの私の応対見てなかったのか!?
立っている白雪ちゃんを右手で掴んで思いっきり引き寄せやがった!!
勢いよく腰の辺りを掴んだ時点で無事だったとは思えないが、
次の引き寄せで上半身がついてこれずに胸の辺りからへし折れて後ろに倒れていた。
その時点で目を逸らして耳を塞いだ。
獣人は耳が二セットあるが、人間の耳は飾りのようなものだ。
解剖したらどういう造りになってるんだろうな。
無駄なことを考えているとミヤコの横に立っていたレティが涙目になって口元を押えているのが見えた。
あ、植え込みの横に吐いた。何見たんだろうな…… 知りたくは無いけど。
そろそろ大丈夫かな……?
耳を塞いでいた手を放す。
ミヤコが「あれっ?」などと言って空っぽの自分の手を見ている。
把握できてないってことは目を瞑って抱き寄せてたのか。
とりあえず頭をはたいておく。
「いったーーい!!」
「あんたはアホかーっ!! やっと合流した妹を握りつぶしてどうするんだ!」
「えっ? あっ、 ……う、あぁ」
何が起きたのか理解が追い付いたらしく、顔が青ざめている。
視界の端に小さな光と共に白雪が復活するのが見えた。
尻餅をついた体勢のままこちらを見ると、反転して起き上がり悲鳴を上げて植え込みへ逃げ込んでしまった。
「ごめんね、雪ちゃんごめんねぇーー!!」
ミヤコが泣きながらそれを追いかけて植え込みを覗きこむ。
植え込みから「嫌ぁーーっ!!」「来ないでぇっ!!」「助けてぇーっ!!」と悲鳴が響く。
もはや半狂乱だ。これはマズい。
「落ち着きな! あんたは聞こえてないかもしれないけどヤバいくらい取り乱してる!」
羽交い絞めにして無理やり引き離す。
「でも!」
「自分を二度もミンチにした相手が迫ってきていて正気を取り戻せるわけがないだろう!」
「うぅ……」
少し遠くにいるレティに声をかける。
「もう大丈夫かい? 悪いけど私はこいつを捕まえとくから、白雪ちゃんを見ていてくれないか?」
「わかりました。 私に何か出来るわけでもありませんが……」
「済まないね、頼むよ」