196:粉を上げよう。
さて、仕事も終わったし何するかな……
あ、そうだ。エドおじさんの所に行かなきゃいけないんだったな。
通訳はエリちゃんにお願いしよう。
……その前にモニカさんに砂糖上げないと、仕事に戻りそうにないな、この人。
さっきからめっちゃこっち見てるし。
撫でてあげたし蜜も上げたのにしょうがない人だなぁ。
あ、違う。撫でたのは私がモフりたいだけだった。
まぁ多分、このまま忘れて出てもちゃんと仕事はするんだろうけどさ。
その代わり、戻ってくるたびに待機されそうだけど。
「それじゃモニカさん、少し上向いて口開けてねー」
「はい」
「……あの、少し呼吸を弱めてくれないと近寄りづらいんですけど」
物理的にも精神的にも。
ハッハッと塊で勢いよく吐かれるから、一回ごとに吹き飛ばされちゃいそうだよ。
「申し訳ございません。少し落ち着きます」
息は穏やかになったけど、これ無理矢理抑えてるだけっぽいな……
あんまり無理させても悪いし、ささっと上げるとしよう。
「それじゃ動かないでくださいねー。動いたら死にますよー」
モニカさんの開いた口の中に、翅を一本差し込みつつ声をかける。
「自分が、ですわね」
「うん」
まぁ思いっきりぶつかったとしても、モニカさんには傷一つ付かないだろうしね。
モニカさんから返事が無いのは、私が口の前に居るのを考慮してくれたんだろうな。
よし、それじゃさらさらーっと。
量を多く発生させることを意識しつつ、翅の付け根を小刻みにトトトトっと叩いて出た物からどんどん落としていく。
これどれくらい出してあげればいいかな。
まぁ大雑把にスプーン一杯くらいでいいか。
というか吹き飛ばさない様に息を止めてくれてるみたいだし、手早くやろう。
えいっ。
……量に全力を注いでみたら出すぎてしまった。
ティースプーン一杯のはずがテーブルスプーン山盛り一杯になっちゃったよ。
うん、まぁ嬉しそうだし良いか。
頼むから今むせないでね。散弾食らったみたいになるだろうから。
口をもごもごさせつつ深々と頭を下げて、仕事に戻っていくモニカさん。
うん、まぁちょっと入れ過ぎたし喋れないのは仕方ないね。
「さて、それじゃエドワードさんの所に行って来ようかな。エリちゃん、通訳お願いできる?」
「あいよーぅ」
「んー、この時間から行けば多分、着く頃には私が居た辺りで作業してると思うー」
「あ、そうなんだ。めーちゃんから何か伝える事はある?」
「んー、特別な事は無いかなー。ありがとうございましたーと、ごめんなさいくらいー」
「そっか。それじゃ皆はどうする?」
振り返ってテーブルの上を見ると、ラキが織機の糸の隙間でシャトルランを続けていた。
どれだけスタミナあるんだ、この子は。
「シルク、ラキと一緒に布作って待ってる?」
織機の横に浮いているシルクに声をかけると、頷いて椅子に座って準備を始めた。
なんかシルクもちょっとハマってないか?
「で、ぴーちゃんは…… あ、付いてくるのね」
「ぴー」
隣に来てゆっくりと羽ばたきながら頷くぴーちゃん。
やっぱりぴーちゃんも羽ばたいた方が楽なんだな。
私に抱き着いた時は羽を動かさずに浮いてたし、一応羽ばたかなくても飛べるんだろうけど。
「で、カトリーヌさんはどうする?」
「なんかその流れだと、カトちゃんもユッキーの召喚獣みたいだねー」
「いや、別にそういうつもりは無いけどさ」
「私としてはその扱いで全く問題は無いのですが。そうですわね……」
微妙な発言をしつつ少し考えるカトリーヌさん。
うん、突っ込んでも無駄だからスルーしよ。
「白雪さんは、それが終われば役場に向かうのですわよね?」
「うん、そうだね。新しいスキルを見せなきゃだし、中庭での訓練もしようと思うし」
「それでしたら、ここで色々と作業をして待機していることにしますわ。せっかくですから一緒に訓練致しましょう」
「あー、そうだね。一緒に訓練した方が色々と良さそうだし」
一人で黙々とやってたらその内飽きちゃいそうだからなぁ。
それに一人じゃ出来ない事もあるかもしれないし。
かといって人間達じゃ魔力に差が有り過ぎて、一緒にやる意味が無い可能性もある。
問題は付き合える相手がカトリーヌさんって事だな。
なんかやらかしそうで注意する必要があるからなぁ……
まぁ仕方ない。悪い人ではないんだしね。
「うん、それじゃ終わったら一旦こっちに戻ってくるね」
「はい。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「んー、白雪ちゃーん」
「ん? どしたの、めーちゃん」
「もしかしたらエドおじさんが、私が出したお金返してくるかもしれないからー。そうなったら受け取らずに押しつけといてー」
「あー、今まで世話した分でこれじゃ貰い過ぎだって言って?」
「んー。迷惑料とか言っておいてくれればー」
「ん、わかった。まぁ言うのはエリちゃんなんだけどね」
「まーそだね。任されよー」
「んー、お願いねー。それじゃー、いってらっしゃーい」
「はーい、行ってきまーす。ぴーちゃん、エリちゃん、行くよー」
二人を促して、お留守番組に手を振って庭を出ていく。
お、早速織り始めてるな。楽しそうで何よりだよ。
「そういえばさー」
「ん?」
「私めーちゃんがどこに居たのかよく知らないんだけど、どっちの方なのー?」
「あぁ、北西の畑の辺りだよ。ここからだとあっちかな」
大体の方角を指し示す。
私もちゃんと地図見てないから多分だけどね。
「ほほー。じゃエドおじさんってのは地主さんかな?」
「確かそうだったかな。めーちゃんがお世話になってたみたい」
「そっかー。あ、モニカさんが仕事してる」
「まぁそりゃ庭師だし、庭で仕事してるでしょ。お疲れさまでーす」
「ぴー」
ぴーちゃんと一緒に手を振って挨拶する。
ってぴーちゃん、それ大丈夫なの?
いや、ちゃんと浮けてるんだし大丈夫なんだろうけどさ。
「なんかすっごい複雑な表情してるんだけど?」
「私達を見かけたのと挨拶された喜びに、一緒に行動してるエリちゃんが羨ましいって気持ちとかが混ざってるんじゃない?」
「なんか後が怖いんだけど」
「うん、まぁ仕方ない事なのはちゃんと解ってるはずだし、特に何かされる訳でも無いだろうから大丈夫だよ」
「はずとかだろうっていう、微妙に不安の拭いきれないお言葉がありがたいね」
うん、多分大丈夫。多分。